胡粉ごふん)” の例文
それは漆喰か胡粉ごふんのやうな白い粉末ですが、指先でつまみ上げると、觸覺がねつとりして、漆喰やうどん粉のそれとは全く違ひます。
それと用途不明の地模様のある一枚もあり、それは奈良朝にはめずらしいスピード感のある刷毛描きで飛雲と飛鳥の胡粉ごふん絵なのだ。
正倉院展を観る (新字新仮名) / 吉川英治(著)
過ぐる夜のもやは墨と胡粉ごふんを以て天地を塗りつぶしたのですけれど、これは真白々まっしろじろ乾坤けんこん白殺はくさつして、丸竜空がんりゅうくうわだかまる有様でありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お母様はそれを御自分の押絵に合うように、お縁側に持ち出して、いろいろな胡粉ごふんで塗ったり乾かしたりしておきになりました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
通して捺塗なぞって見て下さい。その幻の消えないうちに。色が白いか何ぞのように、胡粉ごふんとはいいませんから、墨ででも、しぶででも。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東京から西の郊外へ出て見ると、手が取れたり顔の胡粉ごふんげたりした雛人形が、路の辻の小祠の付近に出してあるものをよく見かける。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
用いられた顔料は朱土しゅど白緑びゃくろく黄土おうど胡粉ごふん等。古き仏画には金をも用いたようである。紙地には黄土を引くのを通則とする。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
胡粉ごふんの雪の積つた柳、銀泥ぎんでいの黒く焼けた水、その上に浮んでゐる極彩色ごくさいしきのお前たち夫婦、——お前たちの画工は伊藤若冲いとうぢやくちうだ。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
多寡が胡粉ごふんを塗った張子の面ですから、力まかせに引きめくれば造作ぞうさもなしに取れそうなものですが、それがわたくしには出来ませんでした。
半七捕物帳:65 夜叉神堂 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
絵巻物のような単独鑑賞の絵画にしても「源氏物語絵巻」の如きは「つくり絵」とわれる胡粉ごふんぬり重ねによる色彩の諧和かいわ豊麗を志している。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
椿岳の泥画というは絵馬や一文人形いちもんにんぎょうを彩色するに用ゆる下等絵具の紅殻べにがら黄土おうどたん群青ぐんじょう胡粉ごふん緑青ろくしょう等に少量の墨を交ぜて描いた画である。
胡粉ごふんをぬりすぎたんで妙なかおになっちゃったんですの、まるで色のくろい人がデゴデゴに白粉をぬったようにネー、一人で笑ってたんですよ
淡路の人は大阪の人形は小さ過ぎるから、舞台の上で表情が引き立たない。それに胡粉ごふんみがいてないのがいけないと云う。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
『ありがたう』とつてあいちやんは、『隨分ずゐぶん面白おもしろいのね。いままでらなかつたのよ、そんなに澤山たくさん胡粉ごふんのことについては』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そして宗達が風神雷神を画いたとき、風神の体躯たいくの色を暗緑に塗つたかとおもふと、雷神の方を白い胡粉ごふんで塗つて居る。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
先ず大体からいうと玉子の皮がテラテラ光って光沢つやのあるのは古い証拠で、少しも光沢のないちょうど胡粉ごふんを薄く塗ったようなのが新しいのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
谷中は寺の多い処だからでもあろうか、朱漆しゅうるしの所々に残っている木魚もくぎょや、胡粉ごふんげた木像が、古金ふるかねかずそろわない茶碗小皿との間に並べてある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
石黄色の胡粉ごふんで塗られた壁は、所々大きく剥落はくらくしていた。奥の方に黒塗りの木の暖炉が一つあって、狭いたながついていた。中には火が燃えていた。
胡粉ごふん、朱、白緑、白群青、群青、黄土おうど代赭たいしゃ等を使用するのが、最もいいようです、右を充分乳鉢にゅうばちって用います。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
木枠籠胴きわくかごどうに上質の日本紙を幾枚も水で貼り、その上へにかわでへちまをつけて形を整え、それを胡粉ごふん仕上げにしたもの。
一面に白い胡粉ごふんで塗り詰めたような中に、一筋の黒い川の遠く流れている光景が実にはっきりとよく描かれてある。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
上から胡粉ごふんを塗ってみがくのです。これは今でもやりますがね。しかし、なんといってもろう人形ですね。ロンドンのチュソー夫人の蝋人形館のあれです。
悪霊物語 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は、うしろの棚から鬼の赤、青、狐の胡粉ごふん、天狗の紅の壺などを取りおろし、塗刷毛ぬりばけで窓を叩きながらもう一遍呼ぶのだが、彼は振向きもしなかった。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
松島座前にはいつものぼりが威勢よくはためいて、四谷怪談よつやかいだんだの皿屋敷さらやしきだの思わず足をとどめさすほど毒々しい胡粉ごふん絵具の絵看板が五、六枚かかげられ、弁や
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
胡粉ごふんのはげかかった白い顔の愛らしさ、優しい姿をつつむ衣の白緑や緑青の古雅なにおい、暗緑の地に浮き出ている蓮の花びらの大気に漂う静かな心持ち
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ぽつぽつ帰り支度にかかろうかとようやく白みかけた薄墨うすずみの中に胡粉ごふんを溶かしたような梅雨の東空を、詰所つめしょの汗の浮いた、ガラス戸越しに見詰めていた時でした。
(新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
泥地は胡粉ごふんにかわで下地を仕上げ、漆で塗ったまま仕上げ、研がないのです。泥地でも上物じょうものは中塗りをします。
「本当の首ではないとも。木でこしらえ、胡粉ごふんを塗り、墨や紅で描き、生毛を植えて作った首形なのだよ」
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本画の彩色法も、今はだいぶ手法も違って来たが、古来本格的に濃彩を施すのは相当修練を要したもので、土佐派でも狩野派でも胡粉ごふんのとき方からしてけいこさせる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
あやしきなりに紙を切りなして、胡粉ごふんぬりくり彩色さいしきのある田楽みるやう、裏にはりたるくしのさまもをかし、一軒ならず二軒ならず、朝日に干して夕日にしまふ手当ことごとしく
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
土の上に塗った胡粉ごふんの色が冷く白い。それに死んだ人のような指をした人形が目を一つところに据えて踊り出した。自分はこれが子供の時から恐ろしく思われるものの一つだ。
土淵村にての日記 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
泥色どろいろをした浅草紙を型にたたきつけ布海苔ふのりで堅めた表面へ胡粉ごふんを塗り絵の具をつけた至って粗末な仮面である。それを買って来て焼け火箸ひばしで両方の目玉のまん中に穴を明ける。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おのれじじいめ、えせ物知ものしりの恋の講釈、いとし女房をお辰めお辰めと呼捨よびすて片腹痛しとにらみながら、其事そのことの返辞はせず、昨日頼みおき胡粉ごふん出来て居るかと刷毛はけ諸共もろとも引𢪸ひきもぐように受取り
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これにも井桁に橘の紋が、それだけは判然と、胡粉ごふんようのもので捺染なっせんしてあった。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
まだ表立って名も貰っていない次郎吉はベトベト胡粉ごふんで牡丹雪を降らすばかりだったが、それだけのことでもこの程度の修業年月で引き受けさせられるのは前例のない速さだとされた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
綿の詰つた口、薬物の反応らしい下縁の薄紫色に斑点つけられた目、ちやうどそれは土の人形か、胡粉ごふんを塗つた木彫の仏像としか思はれない首が、持ちかへる度に、がくり——とぐらついた。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
各色の音楽的調和によりてくわだてずしておのずから画面に空気の感情を起さしむるといへども、肉筆画にありては、しゅ胡粉ごふんすみ等の顔料は皆そのままに独立して生硬なる色彩の乱雑を生ずるのみ。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
渺茫べうばうたる海洋は夏霞が淡く棚曳いたといふ程ではないがいくらかどんよりとして唯一抹である。じつと見て居ると何處からか胡粉ごふんを落したといふ樣にぽちつと白いものが見え出した。漁舟である。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
人形師にんぎょうしって、胡粉ごふん仕事しごとがどんなもんだぐれえ、もうてえげえわかっても、ばちあたるめえ。このあめだ。愚図々々ぐずぐずしてえりゃ、湿気しっけんで、みんなねこンなっちまうじゃねえか。はやくおこしねえ
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
艶もなく胡粉ごふんのやうに眞つ白に塗りつけたおしろいが、派出な友禪の着物の胸元に惡毒あくどい色彩を調和させて、猶一層この女を奇麗に見せてゐた。鼻が眞つ直ぐに高くて口許がぽつつりと小さかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
合天井ごうてんじょうなる、紅々白々こうこうはくはく牡丹ぼたんの花、胡粉ごふんおもかげ消え残り、くれない散留ちりとまって、あたかもきざんだものの如く、髣髴ほうふつとして夢に花園はなぞのあおぐ思いがある。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
才智もたくましく、こんな道化た様子をしておりますが、顔を洗って、胡粉ごふんを落したところを見ると、なかなか好い男であります。
そして重いほど咲き満ちた糸桜が廻廊の杉戸へ胡粉ごふんのように吹き散ってゆく絢爛けんらんな眺めも今の心には何の慰めにもならない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奈良の文字をかぶるものに、「奈良人形」や「奈良扇ならおうぎ」があります。人形は木彫のもので、これに厚く胡粉ごふん彩色を施します。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
天狗弁は大阪へ出て文楽の楽屋を手伝っているけれど、仕事というのは昔からある人形の直しをしたり、胡粉ごふんを塗りかえたりするくらいに過ぎない。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
有難ありがたう、てると却々なか/\面白おもしろ舞踏ぶたうだわ』とつてあいちやんは、やうやくそれがんだのをうれしくおもひました、『わたし奇妙きめう胡粉ごふんうた大好だいすきよ!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
相模さがみ弘西寺こうさいじ村の化粧地蔵、これも願掛けをする人が白粉や、胡粉ごふんを地蔵のお顔に塗って拝みました。(新編相模風土記。神奈川県足柄上あしがらかみ郡南足柄村弘西寺)
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は、長いこと、矢張り懐手をしてその迷路のような一廓の中を、彷徨さまよい歩いた、胡粉ごふんを塗ったような女共の顔が、果物屋の店先きのような匂いを持ってさらされていた。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ひょろ松が、指さされたところを見ると、黒漆塗の札に『春鶯句会しゅんおうくかい』と胡粉ごふんで書いてあって、その左に、仁科伊吾を筆頭にして、六人の席札がずらりと掛けつらねられてある。
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あやしきなりかみりなして、胡粉ごふんぬりくり彩色さいしきのある田樂でんがくみるやう、うらにはりたるくしのさまもをかし、一けんならず二けんならず、朝日あさひして夕日ゆふひ仕舞しま手當てあてこと/″\しく
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)