羽二重はぶたえ)” の例文
茶店の床几しょうぎ鼠色ねず羽二重はぶたえ襦袢じゅばんえりをしたあら久留米絣くるめがすりの美少年の姿が、ちらりと動く。今日は彼は茶店の卓で酒をんでいるのだ。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お綾の皮膚の色は、羽二重はぶたえ紅珊瑚べにさんごを包んだようで、生々いきいきした血色と、真珠色の光沢の上に、銀色の白粉おしろいを叩いたかと思われました。
「ないどころか、日本の絹は世界一だってね、それと同じことに、マダム・シルクの年増としまっぷりが、飛びきりの羽二重はぶたえなんだとさ」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
... 思切って緞子どんす繻珍しゅちんに換え給え、」(その頃羽二重はぶたえはマダ流行はやらなかった。)というと、「緞子か繻珍?——そりゃア華族様のッた、」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
ああいうのこそほんとの餅肌とか羽二重はぶたえ肌とか云うんですよ、あれだけの縹緻きりょうだし肉付きもいいし、……まあよく見て下さい。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
万一彼女の眼にとまっても、彼女はそれをコスメチックで塗り堅めた僕の頭や羽二重はぶたえ足袋たびで包んだ僕の足よりもありがたがらないだろう。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
谷中芋坂いもざかの名物羽二重はぶたえ団子だんごがアンポンタンのお茶受けに好きだった。その団子屋の近くは藤木さんの住居になった寮だ。
真白い羽二重はぶたえのパジャマを引っかけながら、どうも昨夜、催眠剤おくすりみ過ぎたらしいと云い云い湯に這入ったというんだ
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
三人とも揃いの黒羽二重はぶたえの羽織で、五つ紋の、その、紋の一つ一つ、円か、環の中へ、小鳥を一羽ずつ色絵に染めたあつらえで、着衣きものも同じ紋である。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは、右眼の下のところまで被さるもので、かもじを解いて一本ずつ針に通し、それを羽二重はぶたえに植え付けたものである。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
中は京都のゑり万製の紋羽二重はぶたえの胴着であったが、そう云っても幸子らしい柄が選んであったのは、丹生夫人あたりが頼まれて調えたものでもあろうか。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
喬之助は、抜身ぬきみの一刀を糸で腰に釣って、それに、羽二重はぶたえ単羽織ひとえばおりをフワリと掛け、刀身をすっかり隠して、さやに納まっている如く見せかけていたのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのうちでも金襴きんらん羽二重はぶたえ縮緬ちりめん緞子どんす繻珍しゅちん綾錦あやにしき綸子りんず繻子しゅす、モミ、唐縮緬、白地薄絹、絹糸、絹打紐、その他銀塊、薬種等も多く輸入されます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
生糸きいと羽二重はぶたえの輸出につれて、その頃、居留地の商館から外地向けの絹ハンケチがおびただしく売れていたのである。
「俺にとっちゃ初物だった。第一体がよかったよ。色の白さと柔かさとに羽二重はぶたえというより真綿だね。それに情愛のはげしさと来たら、ヒヒヒヒ、何んと云おうかな」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは玉子色の羽二重はぶたえに白麻の裏のとった袋に入れて、別に自筆の手厚い感謝状を添えたものである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それからこれはまっ羽二重はぶたえのコップでしょう。この花びらは半ぶんすきとおっているので大へん有名ゆうめいです。ですからこいつのきゅうはずいぶんみんなでしがります。
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あるいは身幅みはばの適したるものにても、田舎の百姓に手織木綿の綿入れを脱がしめ、これに代るに羽二重はぶたえの小袖をもってすれば、たちまち風を引て噴嚔くしゃめすることあらん。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
越前の福井は松平まつだいら氏の城下。また永平寺えいへいじの国。ここの名は久しくその「羽二重はぶたえ」を以て聞えました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
日当りのいい縁側には縮緬ちりめんの夜具羽二重はぶたえ座布団ざぶとん母子おやこ二人の着物が干される。軒先には翼と尾との紫に首と腹との真赤まっか鸚哥いんこが青いかごの内から頓狂とんきょうな声を出してく。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
涼やかな軟風なんぷうにさざなみを立てている不忍池畔しのばずちはんの池添い道を、鉄色無地の羽二重はぶたえの着流し姿に、たちばなの加賀紋をつけた黒い短か羽織茶色の帯に、蝋塗ろうぬり細身の大小の落し差し
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
女はそれと同時に羽二重はぶたえの白い裏の掛蒲団かけぶとんねて外に出ながら、華美はで長襦袢ながじゅばんの前をつくろいつくろい章一の枕頭まくらもとに坐った。章一は女が坐ってしまうとふすまの外へ声をかけた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
羽二重はぶたえの三重張り、長さ約五けんの大気球で瓦斯ガス料三千円を要すと、なにしろ今晩はむずかしいとあって、ねむい眼をこすりながら一旦引き取り、翌日あらためて行って見ると
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
厚味のあるくちびる、唇の両脇で二段になった豊頬ほうきょう、物いいたげにパッチリ開いた二重瞼ふたえまぶた、その上に大様おおよう頬笑ほほえんでいる濃いまゆ、そして何よりも不思議なのは、羽二重はぶたえ紅綿べにわたを包んだ様に
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
……羽二重はぶたえの見捨品を日本内地の工場から直接取り寄せて、大儲けをする者が居る。日本へ渡ったら、何とか取り計って呉れぬか。佐賀の居所は何処どこだ。一筆走らして貰い度い、等と。
(新字新仮名) / 金史良(著)
権現ごんげん様と猿田彦さるたひこを祭った神棚の真下に風呂敷を掛けて積んである弟子達の付届つけとどけの中から、上物の白羽二重はぶたえが覗いているのが何となく助五郎の眼に留まった。おろくは少し狼狽あわて気味に
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
下には鼠縮緬ねずみちりめんひっかえしを着、上には黒羽二重はぶたえ両面芥子人形ふたつめんけしにんぎょう加賀紋かがもんの羽織を打ちかけ、宗伝唐茶そうでんからちゃの畳帯をしめていた。藤十郎の右に坐っているのは、一座の若女形わかおやま切波千寿きりなみせんじゅであった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
縁側を歩かせるとまだ足が不たしかで、羽二重はぶたえのようになめらかなあしうらは力なく板の上をずるずるすべった。三毛を連れて来てつき合わせると三毛のほうが非常に驚き恐れて背筋の毛を逆立てた。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
御用の階数を早く仰有おっしゃって下さいまし、二階御用の方はございませんか。化粧品靴鞄ネクタイ御座います。三階木綿類もめんるい御座います。お降りございませんか。次は四階絹織物きぬおりもの銘仙めいせん羽二重はぶたえ御座います。
遊星植民説 (新字新仮名) / 海野十三(著)
草刷くさずりのような羽二重はぶたえをまぜ張った燃ゆるようなこの詩集は彼を慰めた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
遺骸いがいにはさっぱりした羽二重はぶたえの紋附がせてありましたが、それはお兄様の遺物でした。納棺の時に、赤い美しい草花を沢山取って来て、白蝋はくろうのような顔の廻りを埋めたのが痛々しく見えました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
おまえさまたちのなかにも羽二重はぶたえなり、小紋なり、結構な晴れ着の一枚二枚頂戴しないかたはひとりもないと存じます。
日本婦道記:松の花 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それをお浜は心得たように、羽二重はぶたえかなにかの長襦袢ながじゅばんの真白なのを一枚だけ取って竜之助に見せますと、それには、べっとりと血がついておりました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼が蛇の頭を握った時、すべすべした羽二重はぶたえの裏と、柔かい外套がいとうの裏が、優しく手の甲に触れるのを彼は感じた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二者を比較すると『都の花』は羽二重はぶたえ黒紋付くろもんつきの如く、『我楽多文庫』は飛白かすりの羽織の如き等差があった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
羽二重はぶたえをこするような空気の音が耳をかすった。途端に、積んである畳が半分、粉々になって、人間の脳味噌のうみそと一緒に、後ろのがけへ、どかあん! と炸裂さくれつした。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とうとう火鉢の周囲まわりへ二まわり半ほど並べたところへ、やっとの事、御大将の菊地市長が出て来た。黒羽二重はぶたえ五つ紋に仙台平せんだいひらか何かの風采堂々と、二人を眼下に見下して
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
さやさやと衣摺れの音が聞えるのは、羽二重はぶたえ甲斐絹かいき精好せいごう綸子りんずでなければなりません。
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
深い饅頭笠まんじゅうがさ雨合羽あまがっぱを着た車夫の声が、車軸しゃじくを流す雨の響きの中に消えたかと思うと、男はいきなり私の後へ廻って、羽二重はぶたえの布を素早く私の両眼の上へ二た廻り程巻きつけて
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宗右衛門自身が江戸の或る大名家老から頂戴ちょうだいした羽二重はぶたえしとねが紅白二枚、死出の旅路をひとりで辿たどるお辻の小さな足にも殊更ことさらに絹足袋たびを作つて穿かせ、穿きかへまでも一足添へた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
この時、衣服の制限をたつるに、何の身分は綿服めんぷく、何はつむぎまで、何は羽二重はぶたえを許すなどとめいいだすゆえ、その命令は一藩経済のため衣冠制度いかんせいどのため歟、両様混雑して分明ならず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
福島、特に郡山こおりやまを中心に養蚕や製糸の業が盛であります。川俣かわまた羽二重はぶたえの産地として名を成しました。ですが主に輸出ものでありますから土地の暮しとは深いむすばりがありません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
敷台しきだいに立ちはだかって戸外おもて呶鳴どなった玄蕃、三ッ引の紋を置いた黒羽二重はぶたえを着流し、茶博多ちゃはかたを下目に結んで、大柄な赭黒あかぐろい顔と言い、身体がたっぷりしてるから、なかなかどうして
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
師匠と並んだ部屋の、鏡の前にすわって、羽二重はぶたえを貼り、牡丹刷毛ぼたんばけをとり上げる。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
かみの鳥居の際へ一人出て来たのが、これを見るとつかつかと下りた、黒縮緬三ツ紋の羽織、仙台平せんだいひらはかま、黒羽二重はぶたえの紋附を着て宗十郎頭巾ずきんかぶり、金銀をちりばめた大小、雪駄穿ばき、白足袋で
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これも後には、白か紫の唐縮緬モスリンになり、哀れなほど腰の弱い安縮緬ちりめんや、羽二重はぶたえ絞りの猫じゃらしになったが、どんな本絞りの鹿でも、ぐいと締る下町ッ子とは、何処か肌合はだあいが違っている。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
女の身に着けたものの内で、わずかに人の注意をくのはくび周囲まわりを包む羽二重はぶたえの襟巻だけであるが、それはただ清いと云う感じを起す寒い色に過ぎなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腐った羽二重はぶたえ、五十日月代さかやき、禿ちょろの朱鞘、麻裏を突っかけて、裾を少しつまみ上げ乍ら片手の妻楊子つまようじで歯をせせっている図は、どう見てもあまり結構な人柄ではありません。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
そして、いずれ今でいうブローカーであろうか、羽二重はぶたえの輸出とか生糸の売買などに首をつッこみ、開港場成金を夢みてか、さかんに居留地の商館や税関あるきなどしていたらしい。
羽二重はぶたえの千羽鶴、裾模様の振袖三枚がさねの、まだシツケの掛かっているのを逆さに着せて、金銀の地紙を織出した糸錦の、これも仕立卸したておろしと見える丸帯でグルグルグルと棒巻にしたまま
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)