置炬燵おきごたつ)” の例文
その留守を狙つて曲者が入り、置炬燵おきごたつもたれてウトウトして居る家内の眼を、後ろから抱きつくやうに突いて逃げ出したさうで——
襦袢一重の女のせなへ、自分が脱いだかすりの綿入羽織を着せて、その肩に手を置きながら、俊吉は向い合いもせず、置炬燵おきごたつの同じ隅にもたれていた。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
床を前に置炬燵おきごたつにあたっているのが房さんで、こっちからは、黒天鵞絨くろビロウドの襟のかかっている八丈の小掻巻こがいまきをひっかけた後姿が見えるばかりである。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
先生は昔の事を考えながら、夕飯時ゆうめしどき空腹くうふくをまぎらすためか、火の消えかかった置炬燵おきごたつ頬杖ほおづえをつき口から出まかせに
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
小綺麗こぎれいなメリンスの掛蒲団かけぶとんをかけて置炬燵おきごたつにあたりながら気慰みに絽刺ろさしをしていたところと見えて、右手にそれを持っている。私は窓の横からのぞきながら
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
くつばかりぢやない。うちなかまでれるんだね」とつて宗助そうすけ苦笑くせうした。御米およね其晩そのばんをつとため置炬燵おきごたつれて、スコツチの靴下くつした縞羅紗しまラシヤ洋袴ずぼんかわかした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
退紅色の粗いかたの布団を掛けた置炬燵おきごたつを脇へ押し遣って、きりの円火鉢の火を掻き起して、座敷の真ん中にいてある、お嬢様の据わりそうな、紫縮緬むらさきちりめんの座布団の前に出した。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「こいつは工合がいい、お太陽様てんとさまをふところに入れてるようだ。置炬燵おきごたつなら差し向いだが、差しならびの日向ひなたぼッこ。お蝶さん話があるんだから、ちよッとここへ坐ってくんな」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十六にちあさぼらけ昨日きのふ掃除そうぢのあときよき、納戸なんどめきたる六でうに、置炬燵おきごたつして旦那だんなさまおくさま差向さしむかひ、今朝けさ新聞しんぶんおしひらきつゝ、政界せいくわいこと文界ぶんくわいことかたるにこたへもつきなからず
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おしゅんは伝兵衛おさんは茂兵衛小春は俊雄と相場がまれば望みのごとく浮名は広まりうだけが命の四畳半に差向いの置炬燵おきごたつトント逆上のぼせまするとからかわれてそのころはうれしくたまたまかけちがえば互いの名を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
住みつかぬ旅の心や置炬燵おきごたつ 芭蕉
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
冬となりてここにまた何よりも嬉しき心地せらるるは桐の火桶ひおけ置炬燵おきごたつ枕屏風まくらびょうぶなぞ春より冬にかけて久しく見ざりし家具に再び遇ふ事なり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
身辺の寒さ寂しさよ。……霜月末の風のや……破蒲団やぶれぶとん置炬燵おきごたつに、歯の抜けたあごうずめ、この奥に目ありかすめり。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「靴ばかりじゃない。うちの中までれるんだね」と云って宗助は苦笑した。御米はその晩夫のために置炬燵おきごたつへ火を入れて、スコッチの靴下と縞羅紗しまらしゃ洋袴ズボンを乾かした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぼんやり置炬燵おきごたつに当りをれば、気違ひになる前の心もちはかかるものかとさへ思ふことあり。
病中雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私たちは門を閉めて今日は打寛うちくつろいで、置炬燵おきごたつに差向かった。そうしてこういう話をした。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
どころをこぎれいに掃除して、納戸なんどの隅から見つけてきた置炬燵おきごたつ、赤い友禅の蒲団ふとんをかけてその中にうずくまり、側には持ち出した草双紙を、より取り勝手に見散らかしていた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな晩には置炬燵おきごたつをする人もあろう。しかし実はそれ程寒くはない。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
待つ身につらき夜半よは置炬燵おきごたつ、それは恋ぞかし、吹風ふくかぜすずしき夏の夕ぐれ、ひるの暑さを風呂に流して、身じまいの姿見、母親が手づからそそけ髪つくろひて、我が子ながら美くしきを立ちて見
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ふみ読むは無為の一つや置炬燵おきごたつ
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
と、一年おいて如月きさらぎの雪の夜更けにお染は、俊吉の矢来の奥の二階の置炬燵おきごたつに弱々ともたれて語った。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
片寄せてあった置炬燵おきごたつを引出し火鉢の炭火を直しはじめると、重吉は懐中ふところから蟇口がまぐちを出しながら
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
苫舟とまぶねの中の置炬燵おきごたつは、辛く当る風もなく、ぴちゃりぴちゃりと船底をうつ川波の音を聞きながら、手足を蒲団にうずめていると、ほんとに呑気で、いつまでもここを出たくない気がする。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古人を待つ身につらき置炬燵おきごたつと云われた事があるからね、また待たるる身より待つ身はつらいともあって軒に吊られたヴァイオリンもつらかったろうが、あてのない探偵のようにうろうろ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
につらき夜半よは置炬燵おきごたつ、それはこひぞかし、吹風ふくかぜすゞしきなつゆふぐれ、ひるのあつさを風呂ふろながして、じまいの姿見すがたみ母親はゝおやづからそゝけがみつくろひて、ながらうつくしきをちて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
行つて見ると、やはり机の側に置炬燵おきごたつを据ゑて、「カラマゾフ兄弟」か何か読んでゐた。あたれと云ふから、我々もその置炬燵へはいつたら、掛蒲団の脂臭あぶらくさにほひが、火臭い匂と一しよに鼻を打つた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし奥さんのそばにある置炬燵おきごたつは、又純一に不快な感じを起させた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
年久しく十四五年を経ためすが、置炬燵おきごたつの上で長々と寝て、そっと薄目をみひらくと、そこにうとうとしていた老人としよりの顔を伺った、と思えば、張裂けるような大欠伸おおあくびを一つして
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
されば貴人の馬車富豪の自動車の地響じひびき午睡ごすいの夢を驚かさるる恐れなく、夏のゆうべ格子戸こうしどの外に裸体で凉む自由があり、冬の置炬燵おきごたつに隣家の三味線を聞く面白さがある。
芸妓げいこの酌で置炬燵おきごたつも遊びの味なら、みぞれ雲に撥のえを響かせて、名利みょうりや殺刃や術策や、修羅しゅら風雲の流相るそうをよそに、こうして磧の夜霜から、およそ人間のすること、いたされることを
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其日そのひかぜもなく一仕切ひとしきりつたが、うちにゐると底冷そこびえのするさむさにおそはれるとかつて、御米およねはわざ/\置炬燵おきごたつ宗助そうすけ着物きものけて、それを座敷ざしき眞中まんなかゑて、をつとかへりをけてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
片隅には「いのち」という字をかさの形のようにつないだ赤い友禅ゆうぜん蒲団ふとんをかけた置炬燵おきごたつ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
二階の欄干てすり、小窓などから、下界をのぞいて——野郎めが、「ああ降ったる雪かな、あの二人のもの、みのを着れば景色になるのに。」——おんなめが、「なぜまたしじみを売らないだろう。」と置炬燵おきごたつ
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その日は風もなくひとしきり日も照ったが、うちにいると底冷そこびえのする寒さにおそわれるとか云って、御米はわざわざ置炬燵おきごたつに宗助の着物を掛けて、それを座敷の真中にえて、夫の帰りを待ち受けていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乳母うばに抱かれ、久松座ひさまつざ新富座しんとみざ千歳座ちとせざなぞの桟敷さじきで、鰻飯うなぎめし重詰じゅうづめを物珍しく食べた事、冬の日の置炬燵おきごたつで、母が買集めた彦三ひこさ田之助たのすけ錦絵にしきえを繰り広げ、過ぎ去った時代の芸術談を聞いた事。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
雪の夜路よみちの、人影もない真白まっしろな中を、矢来の奥の男世帯へ出先から帰った目に、狭い二階の六畳敷、机のわきなる置炬燵おきごたつに、肩まで入って待っていたのが、するりと起直った、逢いに来たおんな一重々々ひとえひとえ
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)