“纏(まと)” の例文
世にも稀な大悪人、天下を騙(だま)し取ろうとした大かたり、こんな恐ろしい名が、きっとあの男に永く永くつき纏(まと)うに違いございませぬ。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
また、時には少年の着るような薄色の襲(かさね)を覗(のぞ)かした好みを見せれば、次の夕方には、もう一人の男もそれに似合うた衣を纏(まと)うていた。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ただ相互に関係のないことなので、纏(まと)めて書くわけに行かぬ。疑がいくらか知性的なので、学問修行に聯関して一言しただけである。
洪川禅師のことども (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
部屋中がグルグル廻転し、耳のそばで馬鹿囃(ばやし)がチャンチャン囃し立てている中で、何かうるさく、彼女の頸(くび)に纏(まと)いつくものがあった。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あの手拭が頸に纏(まと)い就いてる有様(ようす)を巨細(よく)視て下さい。あの手拭は交叉して括っては無い。端からグルグル巻き付けた形になってます。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
「お前だけを残して、飛んでしまったろうと言うことだよ、二千両も持っているんだから、お前なんぞに付き纏(まと)われちゃ厄介だろう」
纏(まと)い幅員わずか二万四千七百九十四方里の孤島に生れて論が合わぬの議が合わぬのと江戸の伯母御(おばご)を京で尋ねたでもあるまいものが
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
またあのせかせかした歩みの拍節(タクト)から生みだされて、たえず彼につき纏(まと)って離れなかった轟(とどろ)くような楽旨(モチーフ)も、彼の耳から消え失せた。
いかにもねばり強(づよ)い、あきらめにくい悲(かな)しみの心(こゝろ)が、ものゝ纏(まと)ひついたように、くね/\した調子(ちようし)の現(あらは)れてゐるのが感(かん)じられませう。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
裸体に蓑をかけたのが、玉を編んで纏(まと)ったようで、人の目には羅(うすもの)に似て透いて肉が甘い。脚は脛(はぎ)のあたりまでほとんどあらわである。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕も至極(しごく)好機会だと思って研究会の方を貴老(あなた)から纏(まと)めて下さいとくれぐれも子爵に頼んで来たがこれさえ出来れば至極の名案でないか
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
それでいて彼女は相手の吹きかける議論の要点を掴(つか)むだけの才気を充分に具えていた。彼女はすぐ小林の主意を一口に纏(まと)めて見せた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それについて私の平生の疑問は、これらの連作をされる方々が、どういう方法で一聯の連作を纏(まと)めておられるかということであります。
書簡(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
これを纏(まと)めて呉れないかという話があって、その断片的な草稿を文字の足りない処を書き足して、一冊の本に纏めたという縁故もあり
北村透谷の短き一生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が衣裳までも第四階級のものを纏(まと)めて来ようとする所に現代の興味がある。トルストイよりもドストエフスキーの方が吾々には懐しい。
第四階級の文学 (新字新仮名) / 中野秀人(著)
一箇月ばかりして、彼はまた演説の腹案(ふくあん)をこしらえる必要が起ったので、平生(いつも)のように散歩しながら思想を纏(まと)めるつもりで戸外(そと)へ出た。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ままよと濡れながら行けばさきへ行く一人の大男身にぼろを纏(まと)い肩にはケットの捲(ま)き円(まる)めたるを担(かつ)ぎしが手拭(てぬぐい)もて顔をつつみたり。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
『想山著聞奇集』五に、野猪熾(さか)り出す時は牝一疋に牡三、四十疋も付き纏(まと)うて噛み合い、互いに血を流し朱になっても平気で群れ歩く。
わたしはさっきからそのまぼろしを追うこころを歌にしようとしていたのですけれどうまいぐあいに纏(まと)まらないので困っていたのです。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それで彼のなした事業はことごとくこれを纏(まと)めてみましたならば、二十ヵ村か三十ヵ村の人民を救っただけに止(とど)まっていると考えます。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
二人の運命を想いやる時には、いつでも羞かしい我の影がつき纏(まと)うて、他人(ひと)の幸福(さいわい)を呪(のろ)うようなあさましい根性も萌(きざ)すのであった。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
それは甲冑(かっちゅう)を纏(まと)い七つの道具を背負う弁慶の図である。狭い画面の中に、画工は驚歎すべき簡略さを以てこの場面を現出している。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
どれもこれも纏(まと)まりのつかない、空想的な形に見えだしてきたが、そのうち、突然に彼女は、がんと頭を撲(う)たれたような気がした。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこには一糸も纏(まと)わないジュリアが、大理石彫(だいりせきぼ)りの寝像であるかのように、あられもない姿をしてタイルの上に倒れていたのであった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人の姿は朦朧(もうろう)と見えた。二人ながら覆面(ふくめん)をし、目立たない衣裳を纏(まと)っていた。一人は大小を差していた。しかし一人は丸腰であった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
手拭(てぬぐひ)を浸(ひた)す度(たび)に小(ちひ)さな手水盥(てうずだらひ)の水(みづ)に月(つき)が全(まつた)く其(そ)の影(かげ)を失(うしな)つて暫(しばら)くすると手水盥(てうずだらひ)の周圍(しうゐ)から聚(あつま)る樣(やう)に段々(だん/\)と月(つき)の形(かたち)が纏(まと)まつて見(み)えて來(く)る。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
しかし、すでに秀吉の存在は、何となく、冒(おか)し難いものになっている。纏(まと)められた原案は、やはり一応は、秀吉の前にも送られて来て
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
種吉の手に五十円の金がはいり、これは借金払(ばら)いでみるみる消えたが、あとにも先にも纏(まと)まって受けとったのはそれきりだった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
どうすすめてもはなしは纏(まと)まらなかった、それでついには世話をしようというものもなくなり、独身のまま月日が経っていった。
青竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その翌日あの大地震があったのだが、纏(まと)めていった姪(めい)の縁談が、双方所思(おもわく)ちがいでごたごたしていて、その中へ入る日になると
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それほど前十篇にはある纏(まと)まりが感ぜられるのである。そうしてちょうどこの点に斉魯河間九篇本の問題が引っ掛かるのである。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「白のニッケル、マホガニー材、蝋色(ろういろ)の大理石、これだけあれば、俺はどんな感情でも形に纏(まと)めてみせるね。どんな繊細な感情でもだぞ」
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
己(おの)が胡服を纏(まと)うに至った事情を話すことは、さすがに辛(つら)かった。しかし、李陵は少しも弁解の調子を交えずに事実だけを語った。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
御徒町の腹切(はらきり)と人の噂を聞きまして、愚作なれど一冊のお話に纏(まと)めました、松と藤のお話でございますが、先ずこれで全尾(ぜんび)でございます。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
猛貌(もうぼう)の御神、身に草木の葉を纏(まと)ひ、頭に稲穂をいたゞき、出現之時は豊年にして、出現なき時は凶年なれば、所中の人、世持神(よもちがみ)と名づけ
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「出ではしり去ななともへど」というあたりの、朴実とでも謂うような調べは、憶良の身に即(つ)き纏(まと)ったものとして尊重していいであろう。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
今しも破蚊帳(やぶれがや)を法衣(ころも)の様に纏(まと)つて、顔を真黒に染めた一人の背の高い男が、経文(おきやう)の真似をしながら巫山戯(ふざけ)て踊り過ぎるところで。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ボルシエヴイキの組織其者が、労働者に対する取扱ひにもさうであつたやうに、子供に対してもやはり差別と不公平とを附き纏(まと)はせるのだ。
子供の保護 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
上の方がまだ少し透いてゐるので、一週間分づつ纏(まと)めて送らせてゐる Kölnische Zeitung を詰め込んだ。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
纏(まと)いを威勢よく舁(かつ)いで、館林の町をはじめ、近所近在の消防組を狩り集め、十数里の路を、一瞬の間に厩橋城下へ駆けつけた。
老狸伝 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「勘次。お前は立番だ。俺と松さんとでちょっくらお神を白眼(にら)んでくる。松さんがいりゃあ勘なんざかえって足手纏(まと)い、そこに立ってろ。」
わざと帽子を阿弥陀(あみだ)にかぶったり、白いマフラーを伊達者(だてしゃ)らしく纏(まと)えば纏うほど、泥臭く野暮に見えた。遠くから見ている私の方をむいて
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
わざわざ京都へ売ったのは江戸では事の発覚を怖れたからで、折よく京都の方から買手が来ていたので話が纏(まと)まったものだということです。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
汝の願ひの一部は滿(み)つべし、そは汝削(けづ)られし木を見、何故に革紐(かはひも)を纏(まと)ふ者が「迷はずばよく肥(こ)ゆるところ」と 一三六—一三八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
千代さんは二、三日逗留(とうりゅう)してから家に帰った。そしてそれから間もなく、客と姉夫婦との間で、千代さんの縁談が纏(まと)められた。
請取(うけとり)頓(やが)て古郷(こきやう)へ急ぎける斯(かく)て山路に掛り小松原を急ぐ程に身には荒布の如き半纏を纏(まと)ひし雲助二人一里塚(づか)の邊より諸共に出て前後より傳吉を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
北方心泉の方は、全幅が恰(あたか)も一字の如くぴたっと行っておりますが、こちら守敬は非常にがたがたとして纏(まと)まっていません。
よい書とうまい書 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
修禅寺の僧が泛ぶ……というような順序で、漸々(だんだん)に筋を纏(まと)めて行く中(うち)に、二人の娘や婿が自然に現われる事になったのです。
僕の方の、機関庫の中の組合も、うまく纏(まと)まりそうなんです。裏切り者が出ずに、これがうまく纏まると、素晴らしいんだ。
機関車 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
習慣の人心を纏(まと)うは綿衣の身を纏うよりもはなはだし。すでにこれを知らば過去の抑圧のはなはだしきもまた知るべきなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)