えみ)” の例文
すると、一寸会話の途切れたあとで、S子はTの顔をジロジロ見ながら、その可愛い口許くちもとに一寸えみを浮べてこんなことをいうのです。
算盤が恋を語る話 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かっぱとかっぱが顱合はちあわせをしたから、若い女は、うすよごれたがあねさんかぶり、茶摘、桑摘む絵の風情の、手拭の口にえみをこぼして
小春の狐 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
未だ満面にえみをたたえながら圓太郎、器用にこしらえられている給金わりの包みを手に取って、ひとつひとつ感心したように眺めていたが
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
驚愕に青くなった唇にはみるみる喜びのえみが盛り上がり、恐怖に震えた口からは思わず力強い歌声がほとばしり出でるでありましょう。
源兵衞は何うして知れたかと思って、顔色かおいろを変え、突いていた手がぶる/″\震える様子ゆえ、喜一郎はえみを含みまして、物柔らかに
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この時マリイは諸手もろてを巨勢が項に組合せて、身のおもりを持たせかけたりしが、木蔭をる稲妻に照らされたる顔、見合せてえみを含みつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
客の口から、国々の風土人情、一芸一能の話に耳を傾けて、時々会心かいしんえみらす丹後守のかおには聖人のようなとうとさを見ることもあります。
「それには訳がございます」婦は皮肉のえみを洩らし、「黙って家は出たものの、思うに恐らく父の讐敵かたきを討ち取るためでございましょう!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今の場合に大原があわてて来りしは尋常の事にあらざるべしと自ら席を立ちて大原を迎うるに大原は劇てていれど幾分いくぶんえみを含み
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
凄絶なえみを片頬に見せたお延は、同時に、音もせず身を退いたが、どうしたのか、次の部屋までくると、着物のすそがピンと張ってしまった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伯爵は其箱を見、この答えを聴くより、たちまち露子の腕を取って、其腕に玉村たまむら侯爵から贈って来た腕環うでわめ満面にあふるるばかりのえみたたえて
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
ほのかなるえみは浪子のくちびるに上りしが、たちまち色なき頬のあたりくれないをさし来たり、胸は波うち、燃ゆばかり熱き涙はらはらと苦しき息をつき
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「なんの、三日や五日のことが」と、大納言は天女の悲しむありさまを見て、満悦のために、不遜なえみ鼻皺はなじわにきざんだ。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
され共東天やうやく白く夜光全くり、清冷の水は俗界のちりを去り黛緑たいりよくの山はえみふくんて迎ふるを見れば、勇気いうき勃然ぼつぜん為めに過去の辛苦しんくを一そうせしむ。
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
老人の顔附はおだやかにしてえみを浮めしとも云うことに唇などは今しも友達に向いて親密なる話をはじめんとするなるかと疑わる、読者記臆せよ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
この盾だにあらばとウィリアムは盾の懸かれる壁を仰ぐ。天地人を呪うべき夜叉の姿も、彼が眼には画ける天女てんにょの微かにえみを帯べるが如く思わるる。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『誰れで?——』確か、えみの声である。そして誰か外にもう一人の若い女の声がして二人で何かぶつ/\囁いて居る。
持っていた画像えすがたの旗竿で、事もなげに払いながら、またあの気味の悪いえみを洩らしますと、わざとやさしい声を出して
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
御返答承りしと言葉さわやかにえみを含めば、一同あきるゝ事稍久ややしばし焉。たちまちにして雲井喜三郎は満面に朱を注ぎつ。おのれ口の横さまに裂けたる雑言哉ぞうごんかな
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
坊さんは突然のこの質問に暫らくその意味を取りかねて居たようであるが、やがて、唇に薄いえみをうかべて言った。
狂女と犬 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そこには、殿上人を召使いのごとくあごで使う習慣のついた、そのくせ満面のえみを浮べる入道夫婦がいたのである。
淋しいえみを片頬に見せて、消入るような声で何か云っているようであったが凄まじい木枯しが打消してしまって、老婆の「ホー」と云った寒そうな声と
やもり物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「なに紙谷伸子かみたにのぶこを⁉」と法水は、ちょっと驚いたような素振を見せたけれども、その顔には、隠そうとしても隠し得ようのない、会心のえみが浮んできた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
玉置子爵は苦笑してドッカと安楽椅子に身を埋め、蜂屋文太郎は会心のえみを浮べてすっくと起ち上りました。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
時々は淋しいえみをさえお洩しになります。雨の戸を打つ音でお言葉は断続してよくきき取れませんが、何とも云えない寂しさに我知らず身震いいたしました。
蛇性の執念 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
右の踏みならされた細道を進んでいる永井がその時、低声こごえに云った。ロシアの女を引っかけるのに特別な手腕を持っている永井の声はいくらかえみを含んでいた。
パルチザン・ウォルコフ (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
謙作がその方を見た時には、女はもうコップを赤く火照ほてった口元に持って往ってなまめかしいえみを見せていた。謙作のまわりにははなやかなかがやかしい世界が広がっていた。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
番頭がそう云って隠居の部屋へ挨拶に行く毎に、海老屋の年寄りは会心のえみを洩していたのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ハハアわしかとえみを含んで可なり詳しく話して呉れたのであったが、其当時書き留めて置かなかったので殆ど忘れてしまったのは、今思うと誠に惜しいことをしてしまった。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
はっきりとそう言って、古き思出もまた楽しからずやといったさまに、追憶のえみをふくまれる。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
お葉はその姿を見ると共に、有合ありあう小石を拾って投げ付けると、つぶては飛んで市郎のたもとに触れた。振返ふりかえると門前にはお葉が立っている、加之しかえみを含んで小手招こてまねぎをしている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とお隅は源の姿を盗むように視下みおろして、あおざめた口唇くちびるえみを浮べました。源は地団太踏んで
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
何者とも知れない隻腕の剣豪丹下左膳、そこで、刀痕あざやかな顔に強情なえみをうかべ、貼り紙をたてに開きなおって、乾雲丸けんうんまる娘御むすめご弥生どの、いざ申し受けたいと鉄斎に迫った。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かしくしたもので、その翌日少女むすめの顔を見ると平常ふだんに変っていない、そしてそのうっとりした眼にえみを含んで迎えられると、前夜からの心の苦悩は霧のように消えて了いました。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
驚きながらもえみを含んで源氏を見ていた。非常に偉い僧なのである。源氏を形どった物を作って、瘧病わらわやみをそれに移す祈祷きとうをした。加持かじなどをしている時分にはもう日が高く上っていた。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
氏郷及び氏郷の諸将は之を聞いて、ソリャコソ政宗めが陰謀は露顕したぞ、と思って眼の底に冷然たるえみたたえて点頭うなずき合ったに違いあるまい。けれども氏郷の答は鷹揚おうようなものであった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
第二の見慣れぬ旅人 詩人には怖しいものも、やさしく見えるということだ。吾等の怖れている自然力、不思議な運命、悪魔も、さだめし柔和なえみを顔に浮べて近づいて接吻せっぷんすることだろう。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
今年の一月彼はある運動会で一少年を見た、その時のその少年の顔には愛の色みなぎり、眼には天使エンジェルえみ浮んでいた、彼は恍惚うっとりとして暫く吾を忘れ、彼の胸中に燃ゆるほのおに油をいだのである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
それを聞くと、豊雄は、あまりのことにびっくりして、身の毛もよだって恐怖が全身をはしり、ただ茫然として、どうしてよいやら、うろたえるだけであったが、女はあやしいえみをうかべると
恰度この時、先程の駅手が顕微鏡を持って来たので、喬介はそれを受取ると、整った照明装置に満足のえみを漏しながら、警察医に機械を渡して、屍体の傷口に着いた砂片の分析的な鑑定を依頼した。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
娘はたちまちその蒼白く美しい顔に、会心かいしんえみもらして、一礼を述べてのちわたしがほんのこころばかりの御礼の品にもと、かねてその娘が死せし際に、そのひつぎに納めたという、その家に古くより伝わった古鏡こきょう
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
すやすやと眠る顔にはえみをふくみ、いわゆる「子供の寝顔」となる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
長官は少しえみを含み「そりゃもとより我々は同種族であるからその酷似こくじしているのも怪しむべきでないけれども、その山水植物等もまたよく似て居るというのは奇態である。果たしてそうですか。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
飽かず眺めてちょっと鼻にいで満足らしいえみを漏した。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
口許に、微かなえみを見せて、じっと、土方の顔をみた。
近藤勇と科学 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
今まで真面目まじめな顔をしていられた師匠もえみをふくみ
瑞木が云ふと叔母は満足らしいえみを見せて
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
片頬かたほえみを含みつつ力の抜けた空元気からげんき
童貞にあれば少女のえみぞよき
鶴彬全川柳 (新字旧仮名) / 鶴彬(著)
なみだの谷やえみその
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)