疼痛とうつう)” の例文
しかしそういう力の中心には、侵蝕しんしょく的な蛆虫うじむしが住んでいた。クリストフはときどき絶望の発作にかかった。それは急激な疼痛とうつうだった。
博士を監視していた五十七ヶ国のスパイは、いずれも各自の胸部きょうぶに、貫通かんつうせざる死刑銃弾の疼痛とうつうにわかに感じたことであった。
被告の妻の手から竹駒稲荷大明神の御供物おくもつと称して、モルヒネを混入せる菓子を与えて、その発作的胃神経痛の疼痛とうつうを鎮めて以来
或る部落の五つの話 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
御覽ごらんなさい、世界せかいはじめから、今日こんにちいたるまで、益〻ます/\進歩しんぽしてくものは生存競爭せいぞんきやうさう疼痛とうつう感覺かんかく刺戟しげきたいする反應はんおうちからなどでせう。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ずきんずきんする右手の疼痛とうつうから、一切の情景が記憶によみがへつて来た。痛む手が、まるで大きな石でもくくり附けられたやうに重い。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
甘美な疼痛とうつうがこの指をも見舞つた。いつそこの指を火にくべて、われとわが生命の焼ける臭ひをいだらどれほどこころゆくことだらう。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
安井は、そのきたない、暗い、寒い寝箱の中で、その傷の疼痛とうつうのために、時々顔をしかめながら、一生懸命にことの成り行きを聞いていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
ぐいと手錠を逆に引張った刹那せつな、歌麿は右の手首に、刺すような疼痛とうつうを感じたが、忽ち黒い血潮がたらたらと青畳を染めた。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
身動きのならないほど客の込み合う中で、彼は釣革つりかわにぶら下りながらただ自分の事ばかり考えた。去年の疼痛とうつうがありありと記憶の舞台ぶたいのぼった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いくら説得しようと努力しても、えきった胃はいっかな満足せず、薄氷うすらいのような疼痛とうつうだけをみなぎらせて、全身に力を供給しようとはしない。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
この頃では頭を少しもたぐる事も困難に相成あいなり、また疼痛とうつうのため寐返り自由ならず蒲団の上に釘付にせられたる有様に有之候。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
無理に、——この執拗しつような咳と喘鳴と、関節の疼痛とうつうと、喀血かっけつと、疲労との中で——生を引延ばすべき理由が何処にあるのだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「さあね。五分か十分貴女あなたが我慢できれば、それにも及ばないでしょう。じりじり疼痛とうつうを我慢していることから思えば、何でもありませんよ。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
腕から、肩へかけて、灼け、燃えるようで、身体の底まで、疼痛とうつうが突き刺した。人々の叫び声と、走る音と、提灯とが、すぐ前で、飛びちがった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
粟粒ぞくりゅう結核菌が大脳を冒して残酷な疼痛とうつうを起した時、看護していた奥さんがお子さんの事について何か相談されると
婦人改造の基礎的考察 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
と儀助は魚籠びくを肩にかけて案内して行った。新九郎もさて立ち上がってみると、さすがに骨と肉とが離れるような疼痛とうつうをどこともなく覚えるのだった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私が静坐する習癖は——実は私はそれでもって自分の健康を保つと考えているのだが、それがかえってこうした疼痛とうつうを引起すように成ったのかも知れない。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかきうごとあとをぽつ/\ととゞめたのみで衣物きもの心部しんぶふかまなかつた。ほこりかれえてはしつた。與吉よきち火傷やけど疼痛とうつううつたへてひとりかなしくいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
そうして、それと共に、力のない呻吟しんぎんの声が、やみを誘うごとく、かすかにもれ始めた。阿濃あこぎは、歌の半ばで、突然下腹に、鋭い疼痛とうつうを感じ出したのである。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
憂慮をおさえつけていると、三時ごろからどんどん熱が上がり出して、それと共に下腹部の疼痛とうつうが襲って来た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その校長の子は今日その遊び仲間を振り切つて帰つて来た。何となしに起るはかない気鬱きうつと、下腹に感ずる鈍い疼痛とうつうとがやむを得ずその決心に到らしめたのである。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
とかく人は病気を恐るるものにて、その恐るるは必ずしも、疼痛とうつうのたえ難きにあらず、また貧苦のためにもあらず、ただ病気によりてその寿を短縮するかを恐れます。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
しかも、それを重圧すると、恐らく歩行には耐えられまいと思われるほどの疼痛とうつうを覚えるんだが……
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
鋭い、突き刺すやうな疼痛とうつうがあつた。この知覺は、しばらく恐怖を通り越した。私は狂人のやうになつて、彼に反抗はむかつた。私は、私の手が何をしたか、はつきり知らない。
彼は、自分の頭の上の大空が、大半は暗い雲に覆われて、そのわずかな切れ目から、二、三の星がまたたいているのを見た。彼は激しい渇きと、全身を砕くような疼痛とうつうを感じた。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
もっともっと肝を冷させられたのは、その晩どうも頭のしんに、軽い疼痛とうつうが起ってならぬ。無事に祝宴の済んだ気疲れか? とも思ったが、ともかく身体がなんとなくだるい。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
塩を断ちて仏に請えり。しかれども時彦を嫌悪の極、その死のすみやかならんことを欲する念は、良人に薬を勧むる時も、その疼痛とうつうの局部をさすひまも、須臾しゅゆも念頭を去りやらず。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
実に何んともいいようのない疼痛とうつうを感じて、いてもってもいられない位……僂麻質斯リューマチスとか、神経痛とかいうのでもなく何んでもたん内訌ないこうしてかく全身が痛むのであるとかで
妹や店員達が代る代る輸血したけれどもついに効果がなかったこと、病毒は、脚の疼痛とうつうから解放された病人の、胸部や頭部を侵して来、病人は恐ろしい苦悶くもんうちに絶命したこと
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
腰の傷の疼痛とうつうで眠れない田川は、水を飲ましてもらいたいと思いながら声をかけた。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
異邦の渺茫びょうぼうたる高原の一つ家で、空高い皎々こうこうたる秋の月を眺めた者のみの知る、あのたえ難いみだすような胸の疼痛とうつう、死の苦痛にも勝るあの恐ろしい郷愁にも似た苦悩に充満するのだった。
五階の窓:04 合作の四 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
疼痛とうつう。からだがしびれるほど重かった。ついであのくさい呼吸を聞いた。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
松山からの帰途須磨、大阪をぎり奈良に遊んだが、その頃から腰部に疼痛とうつうを覚えると言って余のこれを新橋に迎えた時のヘルメットを被っている居士の顔色は予想しておったよりも悪かった。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
いたずらに白いからだのすべての部分、そういうものがただちに自由になるということ、その事実がいまもなお行われていることを考えると、かれは頭の至るところに或る疼痛とうつうさえ感じるのであった。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
たまらない胸部の疼痛とうつうの続く病気で、冬一杯はほとんど枕もあがらなかったのですが、正月からはグングン良い方に向い、近頃は床もあげて、一日の半分は外で暮すと言った、気儘きまま気随の療養生活を送り
銭形平次捕物控:245 春宵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛とうつうを感じてきたのは、かれみずからにもよくわかった。ふくらはぎのところどころがずきずきと痛む。普通の疼痛ではなく、ちょうどこむらがかえった時のようである。
一兵卒 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
不思議にも彼は蹴られても、殴られても疼痛とうつうを感じなかった。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
発熱や疼痛とうつうを伴う疾患にも何の苦悩をも示さない
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その畑に霜はふる、銀の薄き疼痛とうつう…………
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
堪へがたい疼痛とうつうは身をよぢらしめ
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
ドノバン以上の疼痛とうつうをおぼえた。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
御覧ごらんなさい、世界せかいはじめから、今日こんにちいたるまで、ますます進歩しんぽしてくものは生存競争せいぞんきょうそう疼痛とうつう感覚かんかく刺戟しげきたいする反応はんのうちからなどでしょう。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
X大使の握力は、まるで万力機械まんりききかいのように、強かった。幻影ではないX大使であった。私は歯を喰いしばって、疼痛とうつうにたえた。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は、負傷後、イヒチオールを二、三回塗布され、足のガーゼを二、三度自分で取り換えただけであった。彼は傷の疼痛とうつうのために、非常にやせてしまった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
やがて仄暗ほのぐらい夜の色が、縹渺ひょうびょうとした水のうえにはいひろがって来た。そしてそこを離れる頃には、気分の落著おちついて来たお島は、腰の方にまたはげしい疼痛とうつうを感じた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
身体中が、疼痛とうつうに灼けつくようであった。咽喉のどが干いて全身に熱が出て、気が時々、遠くなった。
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かれなはふにも草鞋わらぢつくるにも、それある凝塊しこりすべての筋肉きんにく作用さよう阻害そがいしてるやうで各部かくぶ疼痛とうつうをさへかんずるのであつた。器用きようかれ手先てさき彼自身かれじしんものではなくなつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
患者が身体の何処かにいささかでも疼痛とうつうを感じたような場合には、間髪を入れず外科医を招いて処置しなければ手後れになる危険がある、それは実に寸秒を争うのである、と云っていた。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
またもひどい疼痛とうつうが襲い始めた、葉子は神のにかけられて、自分のからだが見る見るやせて行くのを自分ながら感じた。人々が薄気味わるげに見守っているのにも気がついた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あの疼痛とうつうに似たせつない空腹感、やがてききってそれが痛みかどうかさえわからなくなり、ただ、どこにも力の入れようのない苛立いらだたしさがからだ全体に漂いだし、遠くのものがかすみ
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)