あぶ)” の例文
火が、ぴしぴし、音を立てて、盛に燃え出すと、樺の立木の葉が、鮮やかに、油紙の屋根に印して、劃然とした印画があぶり出される。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
鹿の湯というのは海の口村の出はずれにある一軒家、樵夫きこりの為に村醪じざけも暖めれば、百姓の為に干魚ひうおあぶるという、山間やまあいの温泉宿です。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
たいていはいわしの頭、髪の毛などを小さな串のさきにはさんで、ごくざっとあぶったもので、これを見ると鬼が辟易へきえきして入って来ぬという。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
主人の忠兵衞が指圖さしづすると、内儀のお縫がお勝手へ飛んで行つて、何が無くとも冷飯にあぶさかな、手輕な食事になつてしまひました。
がんりきは手を伸ばして鮎を一串抜き取って、少しばかり火にかざしてあぶってみると、濁りでもいいから一杯飲みたくなりました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雛鶏ひなどり家鴨あひると羊肉の団子だんごとをしたぐし三本がしきりにかやされていて、のどかに燃ゆる火鉢ひばちからは、あぶり肉のうまそうなかお
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
かわやへ立つとき、笹村は苦笑しながらそこを通った。女はうつむいて、畳鰯たたみいわしあぶっていたが、白い顔には酒の気があるようにも見えなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
忽ち焔はメラメラと六歌仙を包んで燃え上がったが、火勢にあぶられたためでもあろうか、六歌仙六人の左の眼へ、一字ずつ文字が現われた。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして大勢の郎党たちと共に、雑穀や木の実をつき交ぜた異様な粥に、小鳥の肉などあぶって、賑やかに、食べていた時である。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう思うあとから事実はますますたしかに、いよいよ動かし難くなるばかりだった。それはおせんを搾木しめぎにかけ、火にのせてあぶるのに似ていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
するとその農家のじいさんとばあさんが気の毒がって、ありあわせの秋刀魚さんまあぶって二人の大名に麦飯を勧めたと云います。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ハムや、牛の舌や、ベーコンが天井からぶらさがり、炉ばたでは、あぶ串廻くしまわしがからからとたゆみなく鳴り、片隅に柱時計がこちこちいっていた。
駅馬車 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
それらの裸の野蛮人はもっと火から遠くはなれているにかかわらず、「そんなにあぶられるのでたらたら汗を流している」
... 殺してあるいはあぶりあるいは煮て喰う者があった時分にはあなたはこれをどう思うか。」氏は答えて「そりゃ鬼です、人ではありません」という。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
偃松の枝にすがって下を覗き込むと、赭黒い岩の膚が強烈な日光を浴びて、火にあぶられた肉塊のように陽炎が燃えている。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
茂二作は火種にいけて置いた炭団たどん掻発かきおこして、其の上に消炭を積上げ、鼻をあぶりながらブー/\と火を吹いて居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
曇天の夕焼が消えかかつた時、私たちは囲爐裡の火を囲んで、竹串にあぶつた山女やまめを肴に、鍋で炊いた飯を貪り食つた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
魚をじかに火であぶるということは、ほかの国ではしないことなのか。西洋を旅行して、裏町を歩いても、魚を焼く匂いをかいだ記憶はないように思う。
庶民の食物 (新字新仮名) / 小泉信三(著)
「や、火事だぞ、それにしても、こんな大きな火事は、俺の家より他にないが、ままよ、急いで帰ったところで間に合うまい、ここで尻でもあぶろうか」
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女の心の臓が案外健康ぢやうぶだつたので、幾らか物足りない気持で、医者が待合室へ入つて来ると、そこには中馬が引き拗つた耳朶みゝたぶを火鉢の火であぶつてゐた。
一説に依れば仏人の脚肉きやくにくを食ふは、ことさらに英人の風習に従ふをいさぎよしとせざる意気を粧ふに過ぎず。故に仏人の熱灰ねつくわい上に鱷の脚をあぶるを見て、英人は冷笑すと。
が、それをあぶると、新鮮な肉からは、香ばしい匂いが立ち、俊寛の健啖けんたんな食欲をいやが上にも刺激する。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これは毎夜の事でその日漁した松魚かつおいてあぶるのであるが、浜の闇を破って舞上がる焔の色は美しく、そのまわりに動く赤裸の人影を鮮やかに浮上がらせている。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼等としてはづ用意周到に処理した積りであつたが、次郎は彼の赤膏薬を火鉢であぶつてゐる際に、なるべくく炙らうとして謝つて自分の右の小指を火に触れた。
赤膏薬 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
朝又もちあぶりて食し、荊棘いばらひらきて山背をのぼる、昨日来もちのみをきつし未だ一滴の水だもざるを以て、一行かつする事実にはなはだし、梅干をふくむと雖も唾液つばつゐに出できたらず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
到るところで錬金術師はふいごを吹いたりレトルトをあぶったりしましたが、ついに成功しませんでした。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
腹の中へシイタケ、ミツバ、ギンナンその他サザエのツボヤキのようにねじこんであぶったもの。
現代忍術伝 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
わしの左ひじが鶏になったら、時を告げさせようし、右臂がはじき弓になったら、それでふくろうでもとってあぶり肉をこしらえようし、わしのしりが車輪になり、魂が馬にでもなれば
悟浄出世 (新字新仮名) / 中島敦(著)
婦人おんなの意地と、はりとのために、勉めて忍びし鬱憤うっぷんの、幾十倍のいきおいをもって今満身の血をあぶるにぞ、おもては蒼ざめくれないの唇白歯しらはにくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うまく味わうが為に雉子きじの一羽や二羽のいけづくりが何であろう。風の神にささげる野猪いのししの一匹や二匹の生贄いけにえが何であろう。易牙えきがが子をあぶり物にして君にささげたという。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たけ三尺たに中に入りてかにを取りて人間の火についてあぶり食う、山人これを越祀の祖というと載す。
物をあぶり物をるも火力平均するがため少しくその使用法にるれば仕損しそんずる気支きづかいなし。費用は薪炭の時代に一日壱円五十一銭を要せしが今は瓦斯代九十五銭を要するのみ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
金銀の大皿に盛ったこうしあぶり肉や、香料を入れた鳥の蒸し焼き、紅鶴の舌や茸や橄欖の実の砂糖漬、蜂の子の蜜煮、焼き立ての真っ白な麺麭パンが所狭きまでに並べられていた。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼らはモンテスーマに使嗾されたことを自白し王宮前の広場で火あぶりの刑に処せられた。
鎖国:日本の悲劇 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
 の一句、わずかに前の湯婆の句と種類を同じうするのみ。この句の意は黒塚の鬼女が局女を捕へてその肉か子ごもりをり取り、これを火鉢の上にてあぶりなどしをる処なるべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
めえさんはひょっとしてチーズを一きれ持ち合していやしねえかね、え? 持たねえって? やれやれ、俺あ幾晩も幾晩もなげうさりチーズの夢をみたよ、——大概てえげえあぶった奴さ。
肉をあぶる香ばしい匂いが夕凍ゆうじみの匂いに混じって来た。一日の仕事を終えたらしい大工のような人が、息を吐く微かな音をさせながら、堯にすれちがってすたすたと坂を登って行った。
冬の日 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
斯様こんな時にはあぶれば青いほのおつ脂ぎった生魚を買って舌鼓したつづみうつのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
こんな晩に行ってやる志で女の恨みは消えてしまうわけだと思って、はいって行くと、暗いを壁のほうに向けてえ、暖かそうな柔らかい、綿のたくさんはいった着物を大きなあぶかごに掛けて
源氏物語:02 帚木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
介添の給仕人がカンテラの火であぶつて吸はせてゐる。
頭から襟頸から背筋へかけてあぶられるように感じる。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼はれたるきぬあぶらんと火鉢ひばちに寄りたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これなら、もう火であぶってもいいのである。
人脂をあぶるやうな重いものは
女中 (新字旧仮名) / 石川善助(著)
穴の外に火をいて置くと、たけ六尺ほどで髪の長さはかかとを隠すばかりなる女が沢蟹さわがにを捕へて此火にあぶつて食ひ、又両人を見て笑った
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かえって反動的に軽侮の念をき起し易いということを知っている、そこで清次はまた雲をあぶって月を出すの法を考えました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
串差くしざしにしてあぶる小鳥のにおいは広い囲炉裏ばたにみちあふれたが、その中には半蔵が土産みやげの一つの加子母峠かしもとうげつぐみもまじっていると知られた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
傍にお庄兄弟が、消し炭の火を吹きながら玉蜀黍とうもろこしあぶっていた。六つになる弟と四つになる妹とが、附け焼きにした玉蜀黍をうまそうにかじっている。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おかげで私はそれ以来鳥や獣を獲ることが出来て、それらの肉を火であぶって賞味することが出来るようになった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
杓子しゃくしを並べたように、霧の中にうすぼんやりとあぶり出されて、大きくひろがったり、小さく縮んだりしている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)