法衣ころも)” の例文
鼠の法衣ころもは裂けて汚れて、片足には草履をはいて片足は跣足はだしであった。千枝太郎はすぐに駈け寄って二人のあいだへ割ってはいった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ただ、秋草が、河原に咲いています。——三位殿は、老花おいばなを咲かせました」範宴は、法衣ころもたもとから数珠じゅずを取りだして、指にかけた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれども、その緋絹が無用になった坊さんの法衣ころもを利用したものと思えば、出所が知れているだけに、不思議でもなんでもありません。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分の法衣ころもをずたずたに引き裂いて庫裡くり床下ゆかしたへ投げ込んで、無断で寺を飛び出した。興津に父を頼って来たのはその時であった。
さけんで、大音だいおん呵々から/\わらふとひとしく、そらしたゆびさきへ、法衣ころもすそあがつた、黒雲くろくもそでいて、虚空こくういなづまいてぶ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
チョンガレも独りで煮タキして独りで寝る……おおかた法衣ころもと女房の取り換えっこをしたのだろう……というのが村の者の解釈であった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それにこれはわいの色だ。ほかのものは赤い法衣ころもを着ることならんといふのぢやもの。人の物とか我れの物とかいふのは、一番分らん話ぢや。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
もしわが誰なるを知るをねがふあまりに汝此岸を下れるならば知るべし、我は身に大いなる法衣ころもをつけし者なりしを 六七—六九
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
今しも破蚊帳を法衣ころもの樣に纏つて、顏を眞黒に染めた一人の背の高い男が、經文の眞似をしながら巫山戯ふざけて踊り過ぎるところで。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
法衣ころもの上から縄に掛るは極って居る、今改心しても駄目ですぜ、やいみんなはどうだい、山三郎と刺違えて死ぬ心底か、みんなは何うだい
天井裏にはの飼猫と近くの寺の猫が血に染って死んでいたが、その傍に三尺近い大鼠が死んでいたが、それは僧侶の法衣ころもを被ていた。
義猫の塚 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
銀燭台に身をそむけて、夜食をベラベラ食べているのは、大原の住職法印良忠で、法衣ころもはつけず白衣びゃくえばかりの丸腰、禿げ頭を光からせていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
這入はいって来る。白木綿の着物に同じ丸絎まるぐけの帯をしめて、上から蚊帳かやのようにあら法衣ころもを羽織って、すこぶる気楽に見える小坊主であった。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでやむをえず、頭を丸め、法衣ころもを着て、廻国の修行者となって、浮浪の旅に出かけます。つまり郷里を逃亡するのです。
内談ないだんも既にきまり候につき、浄光寺の住職がたへは改めて挨拶あいさつ致し、両三日中さんにちちゅうには抹香まっこう臭き法衣ころもはサラリとぬぎ捨て申すべき由。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さなきだに梢透きたる樹〻をなぶりて夜の嵐の誘へば、はら/\と散る紅葉なんどの空に狂ひて吹き入れられつ、法衣ころもの袖にかゝるもあはれに
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
甚内じんないは一声叱ったまま、元の通り歩いて行きそうにします。わたしはほとんど気違いのように法衣ころもすそすがりつきました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
で、檀那寺だんなでらに頼んで、新しく戒名を附けて貰ふ事にした。お寺の坊さんはけばけばしい色の法衣ころもを引掛けて、鸚哥いんこのやうな風をしてやつて来た。
物馴れた調子で斯う言うのは、一人の尼、中年者の豊満な身体を、墨染の法衣ころもに包んで、いとも慇懃に小腰を屈めます。
私は翌朝、父に表の病気の一日も早く全快するように誦経ずきょうしてくれるよう頼んだ。父は、法衣ころもを肩にまきつけながら
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
尼僧に御無沙汰挨拶をして、それから、法衣ころもを借してくれと云った。尼僧も別に怪しいと思わず貸してったら、女衣服おんなぎの上にそれを着て出て行った。
取り交ぜて (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
法衣ころもは先に貰ってあるもので間に合うから買わない。で、私の学部のジェ・ターサンの大教師に逢いに参りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
寺法なりとて近くる事をゆるさず、閉眼めをとぢしわありてねふりたるが如し。頭巾づきん法衣ころもはむかしのまゝにはあらざるなるべし。是、他国には聞ざる越後の一奇跡きせきなり。
古壁に懸けてある黄な法衣ころもは多分住職の着るものであらう。変つた室内の光景ありさまは三人の注意を引いた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
袈裟けさのご光、法衣ころものてまえに対しても申しわけがあるめえ。いいや、仏心をお持ちなら、もっとすなおにざんげができるはずだよ。理にはずれたことアいわねえつもりだ。
つうじければ山内先生の御出とならば自身に出迎でむかうべしと何か下心したごころのある天忠が出來いできた行粧ぎやうさう徒士かち二人を先立自身はむらさきの法衣ころも古金襴こきんらん袈裟けさかけかしらには帽子ばうしを戴き右の手に中啓ちうけい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
多分僧形そうぎょうをしているのであろうが、襟に大きな数珠を懸けていることは分るけれども、その身にまとっているものは法衣ころもとも何とも正体が見定め難いほど、袖口やすそり切れていて
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
バタバタツとそこで法衣ころもの裾をはたいて逃げるやうにして歸りくさつたわ。
黎明 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
一生のあいだ教会や僧房そうぼうの冷たい日影に身をかがめていること、死人の家以外を訪問してはならないこと、見知らない死骸のそばに番をしていること、いつも喪服にひとしい法衣ころもを自分ひとりで着て
いちばん前の列に、なんだか白い法衣ころも錦襴きんらんのかざりが日にかがやいているのをわたしは見た。これはぼうさんたちで、鉱山こうざんの口へ来て、わたしたちの救助きゅうじょのためにおいのりをしてくれたのであった。
それが法衣ころもに見えるといふ
春と修羅 第二集 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
薄汚うすぎたない法衣ころもを着て、背には袋へ入れた琵琶を頭高かしらだかに背負っているから琵琶法師でありましょう。莚張むしろばりの中へつえを突き入れると
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もちろん、その何分の一かは、あだかも岩肌を伝う小さい渓水たにみずみたいに彼の胸毛や法衣ころもをビシャビシャにして地に吸われている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今しも破蚊帳やぶれがや法衣ころもの様にまとつて、顔を真黒に染めた一人の背の高い男が、経文おきやうの真似をしながら巫山戯ふざけて踊り過ぎるところで。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
思案しながら半七は、再び善昌の死骸に眼をやると、首のない尼は白い麻の法衣ころもを着て横たわっていた。半七はその冷たい手を握ってみた。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
夕立雲ゆふだちぐも立籠たちこめたのでもなさゝうで、山嶽さんがくおもむきは墨染すみぞめ法衣ころもかさねて、かたむらさき袈裟けさした、大聖僧だいせいそうたいがないでもない。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
名音はぎょっとして其の方へ眼をやった。鼠色の法衣ころもを着て腰に太い紐を巻いた法華僧の背後うしろ姿が見えた。名音は驚いて声をかけようとした。
法華僧の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女菩薩にょぼさつはた、墨染の法衣ころも、それから十文字の怪しい護符、一目見て私の甥は、それが例の摩利信乃法師だと申す事に、気がついたそうでございます。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一所ひとところに静止したかと思うと——ヒューッと鋭い音を立てて端然と坐っているオースチン老師の法衣ころもの袖へ飛び込んだ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
少し時間をた時分に、用事を済ませて来た、ありがとうとその法衣ころもを返したから、尼僧はそれをとこにおいた。
取り交ぜて (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
月を超ゆること數日、我は大いなる法衣ころもが、これをひぢに汚さじとつとむる者にはいと重くして、いかなる重荷もたゞ羽と見ゆるをしれり 一〇三—一〇五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
嫌つて居るやうぢや、宗次郎坊主にうんと未練があるんだらう。墨染の法衣ころもを脱がせて洗ひ上げた上、見事娘に添はせてやれ——とさう言つて來るが宜い
彼は全身にしぶに似たかきに似た茶に似た色の法衣ころもまとっていた。足も手も見えなかった。ただくびから上が見えた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寺法なりとて近くる事をゆるさず、閉眼めをとぢしわありてねふりたるが如し。頭巾づきん法衣ころもはむかしのまゝにはあらざるなるべし。是、他国には聞ざる越後の一奇跡きせきなり。
ラマはやはり仏教の僧侶のように剃髪ていはつして法衣ころもなども着け、そしてその種族中で一番最上の席を占めて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
又何処までも殊勝気に狼が法衣ころもを着とおすならば物のわかる狼だから其儘そのままにして置いて宜い、というので
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
我ながら魂を洗い清めたように、只今は手前夢の覚めたようなる心持で、此の上は頭髪あたま剃毀そりこぼち、墨の法衣ころもに身をやつし、立退たちのきます、手前はこれから立帰り
ところがそのうちに三人の連れ立った姿が街道に見られなくなって、その代りに頭を青々と丸めて、法衣ころもを着たチョンガレの托鉢姿だけが、村の人の眼につくようになった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この時上段のみすの前には赤川大膳あかがはだいぜん藤井左京ふぢゐさきやうの兩人繼上下つぎかみしもにて左右に居並び常樂院天忠和尚てんちうをしやう披露ひろうにつれ大膳が簾をまけ雲間縁うんけんべりでふの上ににしきしとねしき天一坊安座し身には法衣ころもを着し中啓ちうけい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
坊さんは鸚哥のやうな法衣ころもて、鸚哥のやうに習ひ覚えたお経の文句を繰返して、それで無事に亡者まうじやを極楽へ送りつけたらしい得意な顔をしてゐたが、遺族の注意を聞くと、さつと顔色をかへて