だま)” の例文
だまされたとは思いませんでしたが、その時始めて小田切さんの姿、いや、男の人というものの真の姿を見たような気がいたしました。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
此凄まじい日に照付られて、一滴水も飲まなければ、咽喉のどえるをだま手段てだてなくあまつさえ死人しびとかざ腐付くさりついて此方こちらの体も壊出くずれだしそう。
この混ぜ方が少しむずかしいので、パラパラと振りかけておいて、今のササラかはしで極く軽くやわらかにホンのだますような心持こころもちで混ぜます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
事によると Invitation au Voyage の曲も、この沼の精が悪戯いたづらに、おれの耳をだましてゐたのかも知れない。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その細心いたらざるなき注意と、事件にあたってまず周囲の人を完全にだます俳優的技能とは、まさに前古未曽有みぞうのものといわれている。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
いくら自堕落に身を持ち崩しても、彼は決して腹からの悪人ではなかった。八橋が思うように、ひとをだまして平気ではいられなかった。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「保羅さん、いまいろいろ、うかがっていたところよ。あたしをだましてこんなところへ連れて来て、いったい、どうなさるおつもり?」
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
四月馬鹿の日とは此日このひである。此日は嘘をついて人をだましても構わない日である。正月からクリスマスよりも此日が待遠しかった。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
お繼をだまして共に打殺し、私と一緒に逃げ延びて遠い処へ身を隠すか、いやじゃアと云えば弐心ふたごゝろじゃア、お前も打殺さなければならん
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ただ、相手に白刃はくじんがあることだが、何とかだまして取り上げる工夫くふうはないかしら?——気違いに刃物、これほど危いものはない。待てよ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
だまし討になし其金をうばとりそれ而已成のみならず文妹富をあざむきて遊女に賣渡し同人の身の代金三十兩をかすとり其後十兵衞後家ごけやすを己れが惡事露顯ろけん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
御飯もろくに召し上らない事が多かったと聞いていましたから、近所の人や、お客様をだますのには、ホントに都合がよかったのです。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
牝牛を買いたく思う百姓はって見たり来て見たり、容易に決心する事ができないで、絶えずだまされはしないかと惑いつおそれつ
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
侯爵にだまされたもんで、王様が泣いたというところがね。……でも侯爵はただ、皇子のためを計って王様を欺しただけなんだぜ。
農民二(ややあって)「いま、もぐり歯医者でも懲役ちょうえきになるもの、人だまして、こったなごとしてそれで通るづ筈なぃがべじゃ。」
植物医師:郷土喜劇 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
お前はわたしにだまされたと言うか言わない時に、一番はしに伏していたわにがわたくしをつかまえてすつかり着物きものいでしまいました。
そいつにすっかりだまされてしまって、私子供をはらんでしまったの。そいつの子供だってことは、ちゃんと判っていたから云ってやったわ。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
うまい工合におだましなされましたので、殿様もにわかにお笑いなされ、それならよし/\と仰っしゃって、事なく済んだと申します。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だますに事を欠いて、涙をもって男の情をほだし、義をかりて武士の心胆しんたんをあざむき去った滝川三郎兵衛を討ってその首を見ることである。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「よし、相談があるなら、往ってもいいが、長くはいけないぞ、それに俺だちをだましといて、警察なんかに云いつけたら、承知しないぞ」
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『御医者様が入来いらッしゃるとお水を下さる』そんなこと言ってだましましたら、ようやくそれで温順おとなしく成ったところなんですよ……
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
今夜、午前三時、俺の中止命令がなければ俺の部下二名が、貴様の親父の室へ入り、言葉でだますか、力ずくでやるか、どちらにしても親父を
ラランのやつにだまされたとづいても、可哀かあいさうなペンペはそのえぐられた両方りやうほうからしたたらすばかりだつた。もうラランのばない。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
どう云ふものか急に暮し向きが思はしくなくなつて——詰り古賀さんがあまり御人が過ぎるけれ、御だまされたんぞなもし。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おさよさんが自分を可愛がるのは真実に可愛がるので決してだますのじゃあないとこういう風に考えていたのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
匂いというものは、感覚的なものと精神的なものとを一緒にした一種の要素ですから、時どき、こういうふうにわれわれはだまされやすいのです。
「へえへえ、恐れ入りました」、と莞爾にっこりして、「じゃ、尋常ただのでもいから、屹度きっとよ。ねえ、阿母かあさん、だましちゃ厭よ。」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
だけど私、過日このあひだでモウ皆に笑はれて、懲々こり/\してるんですもの。ぢやけて下さいつて、だまして逃げて來たもんだから、野村さんに追驅けられたのよ
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
「大隅さんは、あんなことをして罰が当らないでしょうか、坊主をだますと七代たたるということだから、後生ごしょうが怖ろしい」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
パリス だまされて、なかかれて、侮辱ぶじょくされて、賤蔑さげすまれて、ころされてしまうたのぢゃ。にく死神しにがみめにだまされたのぢゃ。
これは城内の洞窟内で発見したものだというて、主人をだまそうとした。小さな歯車はダイヤモンドを彫る道具である。
彼は白人を三通りに区別していた。「余を少しくだました者」「余を相当に欺した者」「余を余りにもひどく欺した者」。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「そんなに着物をたつてだまされるもんかい。」売子は相手を見上げながら、べそを掻き/\言つた。「たつた今骸骨の所を見ちやつたんだもの。」
だまされる人は、招牌かんばん見ないで店に飛びむようなもので、商品が違っていたら、それは自分が悪かったのであります。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
人をだまいて可惜あたらしき若き命をむざむざと枯木の如くちさす教……(やうやう夢幻的になり)それがし在家の折柄は蝴蝶は花に舞ひ戯れ、鳥が歌へばわが心
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
伝平は、それほど愚鈍なのではなかったが、馬のためにはだまされてやる寛大な善良と狡猾を持っているのだった。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
さればお客に対しても悪く物を強請ねだったり、故意にたくらんでだますような悪辣な処は少しもなかった。その代り無責任の事はまた想像意外といってもよい。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「それで、私にあの娘をおしつけたおつもりなら、大間違いですよ。私は泥棒にあったのだ、だまされたんだ。あの娘は、おもてに追い出してやるばかりだ。」
やッぱりそうだッた、私しゃだまされたのだと思うと、悲しい中にまた悲しくなッて涙が止らなくなッて来る。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
不可いけないよ。貢さんは何でもほんとにするからだまされるんだよ。このにぎやかなのに、何だってまた野衾なんかが出るものかね。嘘だよ、綺麗な野衾だから結構さ。」
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帰って来たH教授の話では、どうもこの話には何か政治的の陰影があるらしく、承知の上でやっていることか、だまされているのかよく分らないということであった。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
このままでは物足りない。だまされでもしたようにあっけない。駈けつけてみようかしらと思うけれど、考えると、その伴れに来た人間に顔を見られるのが厭である。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ちょっとラサ府へでも行って何か西洋小間物の奇態な物でも見付け出して買って来ると、其品それを寺へ持帰ってほかの小僧をだまかして売るとかほかの物と取換えるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
区長さんのところから、出征軍人の遺族扶助米として、月に二三度届けてくれる僅かの米袋を見るたびに、母は何かにだまされたもののようにいかって、米袋を投げつけた。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
それでも、なんだか少しだまされたような気がしたのは、存外自分ばかりではないだろうと思った。
雑記(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
このわしをそんな手でだまそうとするのは、浅墓あさはかだよ。わしは何もかも知っているのだ。若し罪がないものなら、なぜ逃げ隠れをするのだ。それも普通の逃げ方ではない。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
職務しよくむるのはまへにも不好いやであつたが、いまなほそう不好いやたまらぬ、とふのは、ひと何時いつ自分じぶんだまして、かくしにでもそつ賄賂わいろ突込つきこみはぬか、れをうつたへられでもぬか
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
型を押したやうな父の週末の帰宅は、蘆屋で病院を経営するかたはら、大阪の大学病院へも出て忙しいためだとの母親の言葉は、もつともらしかつたが、修一はだまされなかつた。
六白金星 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
役侍のくせに悪党働きやがって、人をこんなにだまし斬りしやがるんだから猫ッかむりなんです。おお痛え! 畜生ッ、くやしいんだッ、人を欺しやがって、くやしいんだッ。
「それで、よしと言って、お前に隠れ蓑を返してしまったら、それ切りお前がげてしまって、帰って来なければそれまでじゃないか? そんなことで俺をだまそうとしたって……」
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)