椰子やし)” の例文
一度は話の種に見物しておこうぐらいの料簡りょうけんで、ともかくも劇場の前に立って見ると、その前には幾枚も長い椰子やしの葉が立ててある。
マレー俳優の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
酋長ミンチの住居すまいは、大きな九本の椰子やしの木にささえられた大きな家で、遠くからみると、納屋に九本の足が生えているようだった。
太平洋魔城 (新字新仮名) / 海野十三(著)
こんなに親切にしてくれた男はあったか——お雪は、ミモザの花に埋もれたようになって、椰子やしの木影のベンチに、クタクタといた。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
驟雨しうういて力車りきしやに乗り市内を見物して廻つたが、椰子やしは勿論、大きな榕樹ようじゆ、菩提樹、パパイヤじゆ爪哇竹ヂヤワちくなどの多いのが眼に附く。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
ピアノも黒い胴を光らせている。鉢植えの椰子やしも葉を垂らしている。——と云うと多少気がいていますが、家賃は案外安いのですよ。
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
妾達はラムブルデル・セントロの椰子やしの大通りで、狂気のように接吻しました。コロンブスの銅像の前で、陽気に恋を語りました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そのスタートに立って僕は待っていたねえ、向うの島の椰子やしの木は黒いくらい青く、教会の白壁はへしみる位白く光っているだろう。
風野又三郎 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
椰子やしを並べ、蘭を飾り、種々くさぐさの熱帯植物の咲き乱れたサン・ルームの中からは、手に取るように二人の話が耳を打ってくるのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
折柄、その晩は大空に皎々きょうきょうたる月がかかり、海上千里、月明の色に覆われて、会場は椰子やしの葉の茂る木の間に開かれてありました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いままでみづんだり、それを保存ほぞんするには椰子やしからのようなものとか、貝類かひるいからとかを使つかふことのほかはなかつたのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
校庭に椰子やしの樹の茂った白い三階建の建物を謙一が指さした。風通しのよさそうなヴェランダのついた小ざっぱりした校舎だった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
大王椰子やしの幹に身を支え、辛うじて私は立っていた。何かしら或る不安と期待のようなものが心の隅に湧いて来るのを感じながら。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
他にビクターにコルトーが二枚「椰子やし木陰こかげ」と「セキディリア」。それからビクターのイトゥルビの「コルドバ」は異色がある。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
椰子やしの葉蔭に横たわって日を過す人々は別として、働かねばならぬ温帯の国の田舎では、日の夕暮はただこれ等の人々にのみ寂しかった。
香水河と云つたユヱ河に添つた遊歩道には、カンナや鉄線花が友禅いうぜんのやうに華やかだつた。椰子やし檳榔びんらう、ハシドイが到る処に茂つてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
大きな椰子やしや、橄欖かんらんや、ゴムの樹の植木鉢の間に、長椅子だのマットだの、クッションだの毛皮だのが大浪おおなみのように重なり合っている間を
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
これは椰子やしの実を半分に切ったような、まるい底部から、長さの異る何本かの竹管が縦に出ているもので、吹奏口は底部の横についている。
各部将は、それぞれの位置に、陣小屋を構え、椰子やしの葉をいて屋根とし、芭蕉ばしょうを敷いてしとねとし、毎日の炎天をしのいでいた。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まして台湾以南の熱帯地方では椰子やしとかバナナとかパインアップルとかいうような、まるで種類も味も違った菓物がある。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
同じ檳榔樹びんろうじゅの葉を壁代りに、椰子やしの葉骨で屋根をいた土民の家であっても、巫女のそれは屹立するように破風が高く、がっているのである。
蒐集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
巨男おおおとこは、死んだ魔女まじょを白いかんにおさめて、椰子やしの木の根もとにうめました。そして、すぐ白鳥をつれて森の家を出ました。
巨男の話 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
私の見つけた果樹園には椰子やし檳榔樹びんろうじゅやパインアップルやバナナの大木が枝もたわわに半ば熟した果実このみをつけて地に垂れ下がっているのであって
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大佐たいさいへは、海面かいめんより數百尺すひやくしやくたか斷崖だんがいうへたてられ、まへはてしなき印度洋インドやうめんし、うしろ美麗びれいなる椰子やしはやしおほはれてる。
といってちょっとポケットから椰子やしの実をのぞかしてむこうへ行った。多分たぶんモンマルトルのまつり射的しゃてきででも当てたのだろう。
売春婦リゼット (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……これでは動物園とはいわれねえ、というので、椰子やしの木をすこしばかり植えつけて植物園ということにしたのでス。
たとえば妙な紅炎が変にとがった太陽の縁に突出しているところなどは「離れ小島の椰子やしの木」とでも言いたかった。
断水の日 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
コバルトの軍艦旗は色うすく、金剛石山の隠顕いんけん砲台をかくす椰子やしの葉も、ざわざわと悲しみの歌をうたっている。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
なほ、珈琲こーひー椰子やし護謨樹ごむじゆ船材せんざいにする麻栗等ちーくなど非常ひじよう有用ゆうよう大抵たいていこのたい栽培さいばいすることが出來できます。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
木がこんもりとしげり、椰子やし棕櫚しゆろが、からかさのやうに葉をひろげて、いろんな花がさきほこつてゐます。
シロ・クロ物語 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
二本の椰子やしの木と、一本のイヌシデの木が立っているのが、この島の特徴で、航海者のいい目じるしになる。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
河中かはなかに碇泊して居る帆前船ほまへせんを見物して、こわい顔した船長から椰子やしの実を沢山貰つて帰つて来た事がある。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「なかや。おもちゃ箱から椰子やしの実を持ってきて。」と大きい声で云ったら、なかやの返事はなくて「とぼけちゃいけないよ。」と私を叱る祖母の声が聞えた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
ふと、そこに、大きい岩を背後うしろにして、この島には珍しい椰子やしの木が、十本ばかり生えているのを見た。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
で今、東海岸散歩道パイラマールうきカフェーからぶらりと出た折竹が、折からの椰子やしの葉ずれを聴かせるその夕暮の風を浴びながら、雑踏のなかを丘通りのほうへ歩いてゆく。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一度何処どこか方角も知れない島へ、船が水汲みずくみに寄つた時、浜つゞきの椰子やしの樹の奥に、うね、透かすと、一人、コトン/\と、さびしくあわいて居た亡者もうじゃがあつてね
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
椰子やしの葉でいたひさしの下で、ぼろぼろのお米をみしめて、一晩じゅう発達した性技巧をろうして、そのお米の数ほども多い子供を産んで、つまり、一口には、皆がみな
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
そこには、洋服は洋服だが、椰子やしの木の生えたひろい畑の隅に、跣足はだしで柄の長いくわをもった林のお父さんと、そばかごをもってしゃがんでいるお母さんとがならんでいた。
こんにゃく売り (新字新仮名) / 徳永直(著)
海岸の散歩街プロムナアドでは巨人の椰子やしがあふりかのほうへ背伸びをしながら行列していた。化粧クリイムの浪へ樺色に焼けた海水着の女達が走り込んだり逃げかえったりしていた。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
バオバブ樹の実をす、またピーター・シンブルの話に猴吸い(サッキング・ゼ・モンキー)といえるは、椰子やしを割って汁を去りその跡へラム酒を入れて呑むをもいえば
水夫が、輪切りにした椰子やしの実でよごれた甲板かんぱんを単調にごし/\ごし/\とこする音が、時というものをゆるゆるすり減らすやすりのように日がな日ねもす聞こえていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
土産にと言って民助のくれた椰子やしの実の菓子鉢かしばちなどを見るにつけても熱い地方のことを子供心に聞きたがるという風で、食後まで伯父さんの側を離れようとはしなかった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あたかもアラビアの沙漠を旅行する商人らが椰子やしの樹の茂っている蜃気楼しんきろうを見て、あそこまで行けば涼しい樹陰と、冷たい水とがあると思うてしきりに急ぐのと少しも違わぬ。
戦争と平和 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
背戸のポプラのいく群は、露わながら緑が萌えて、リヴィエラの春、サハラの緑島オアシス、カムパニヤ、エミリヤ、ヴェネートォと、椰子やしの広葉とミルトゥスや月桂の黒ずんだ森に
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
あたりには椰子やしがびっしり丸くなって茂っている。みんなは食事をしているのに、彼はそばをさらさらと流れている小川にいきなり口をつけて、絶えず水をがぶがぶ飲んでいる。
一人の旅行者——ヘルメツト帽をかぶり、白い洋服をきた人間が、この光景を何所どこかで見て居た。彼は一言の口もかず、黙つて砂丘の上に生えてる、椰子やしの木の方へ歩いて行つた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
麦藁むぎわら椰子やしでちょっとしたおもしろい玩具おもちゃをこしらえてくれたからである。
ヌルヌルした肌をおののかせ、無恰好な手足を藻掻もがく、大蜘蛛の様なえぞわかめ、水底の覇王樹さぼてんと見えるかじめ、椰子やしの大樹にもすべきおおばもく、いやらしい蛔虫かいちゅう伯母おばさんの様なつるも
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もしお前の手がゆたかにもっているのならなつめ椰子やしの木のように惜しげなくあるがよい。けれども何にもあたえるものがないなら、糸杉のごとくアザッド、すなわち、自由なる者、となれ。
そこも海軍が占拠していて、その家にはジャンパアを着た海軍軍属ぐんぞくらしい男が住民の女と一緒に住んで居た。宇治の病気を知ると同情して、何処からか椰子やしやマンゴオの実を取って来て呉れた。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「ねえ皆さん、どうでしょうね、もうじき水を掛けてもらえるんでしょうかしら?」と、水気の大好きなサゴ椰子やしが尋ねました、「あたくしもう、ほんとに今日はあがってしまいそうですのよ。」