椅子いす)” の例文
取り付きの角の室を硝子窓ガラスまどから覗くと、薄暗い中に卓子テーブルのまわりへ椅子いすが逆にして引掛けてあり、ちりもかなりたまっている様子である。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
脚を重ねて椅子いすに座す。ポケットより新聞と老眼鏡とを取り出し殊更ことさらに顔をしかめつつこれを読む。しきりにゲップす。やがてねむる。
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その広々とした部屋の隅に、まるでめたさに吹き寄せられたようにして一つの卓子と数脚の椅子いすらしい破れたものが置かれてある。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それから、ね上がる。寝台の鉄具かなぐにぶつかる。椅子いすにぶつかる。暖炉だんろにぶつかる。そこで彼は、勢いよく焚口たきぐちの仕切り戸をける。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
倫敦という所は実際不思議な都ですと答えた。敬太郎の眼はその時驚嘆の光を放った。すると教師は椅子いすを離れてこんな事を云った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それはたしか部屋へや全体はもちろん、椅子いすやテエブルも白い上に細い金のふちをとったセセッション風の部屋だったように覚えています。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ぱうは、大巌おほいはおびたゞしくかさなつて、陰惨冥々いんさんめい/\たる樹立こだちしげみは、露呈あらはに、いし天井てんじやううねよそほふ——こゝの椅子いすは、横倒よこたふれの朽木くちきであつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
床は勿論もちろん椅子いすでもテーブルでもほこりたまっていないことはなく、あの折角の印度更紗インドさらさの窓かけも最早や昔日せきじつおもかげとどめずすすけてしまい
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
四、マドロンネット監獄においては、たとい金を払うも囚徒に椅子いすを与えざる特殊の規則あれど、その何ゆえなるやを解するあたわず。
安ものの青い絨毯じゅうたんが敷かれて、簡素な卓子テイブル椅子いすが並んでおり、がっちりした大きな化粧台の上に、幾つかの洋酒のびんも並んでいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
巨大なかしの机を前に、虎の皮を掛けた椅子いすり、じっと正面を見詰めている五十近い一人の武士がある。これぞ弾正太夫であった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が耕吉のほかにもう一人十二三とも思われる小僧ばかりは、幾回の列車の発着にも無頓着な風で、ストーヴの傍の椅子いすを離れずにいた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
自分は北隅に位置をしめた十二畳程もある湯殿へと椅子いすや寝台を移し、そこで日夜を過ごす事に充分な満足を感じてゐたのである。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
倶楽部くらぶの音頭を取って居るのは、子爵玉置たまおき道高氏、正面の安楽椅子いすにもたれて、先刻から立て続けに葉巻を吸って居るのがその人です。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
それが寒い時候にはいつでも袖無そでなしの道服を着て庭の日向ひなた椅子いすに腰をかけていながら片手に長い杖を布切れで巻いたのを持って
ステッキ (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
丈の高いかし椅子いすが、いかつい背をこちらへ向けて、掛けた人の姿はその蔭にかくれて見えぬ。雪のやうなすそのみゆたかに床にふ。
ジェイン・グレイ遺文 (新字旧仮名) / 神西清(著)
例えば西洋であって見れば水浴の図とかあるいは椅子いすによる女とか、化粧図とか色々裸の女とその自然な生活との関係が描かれてある。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
「しかし加納の家も変つたなあ!」……わるかつたかなと思ひながら、野田は椅子いすの背をぐつとらせて、感歎するやうに云つた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
今朝は日曜なれば家にれど、心は楽しからず。エリスはとこすほどにはあらねど、さき鉄炉てつろほとり椅子いすさし寄せて言葉すくなし。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いほりのなかはさつぱりと片附かたづいてゐました。まんなかに木の卓子テーブルがあつて、椅子いすが四つ並んでゐました。片隅かたすみにベッドがありました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ポアイエ・ドゥロルム夫人は、椅子いすの上にきちんと威儀を正して、料理を勧めるときでさえ、たえず妹へ教訓をたれてるがようだった。
ある朝女が目を覚して見ると、男がそばにいないので、ひどく驚いた。起き上がって見ると、男は窓の側の腕附うでつき椅子いすに腰を掛けている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
状元橋じょうげんきょうの橋だもと。精肉おろし売小売と見える大きな店のうちへ、ずっと入っていった魯達は、そこの椅子いすの一つへ、でんと腰をおろした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
で、椅子いすにかけたまま右後ろを向いて見ると、床板の上に三畳たたみを敷いた部屋へやの一ぐうに愛子がたわいもなくすやすやと眠っていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
召使ひたちがび込まれて、食堂の卓子テエブルが運び去られ、ともし火もいつもと違つた風に置かれ、迫持アアチに向つて椅子いすが半圓形に置かれた。
夫人は、そう云いながら、いそ/\と椅子いすを離れた。信一郎が、入って来たときは、夫人はたゞ椅子から、腰を浮かした丈だったのに。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「やァ、椅子いすがある。椅子がぼくのあしをぬすんだのかもしれない。よし、けとばしてやろう、ぼくのあしならいたいはずだ。」
あし (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ベンチ、椅子いす、それぞれ数脚。ベンチの一つに、ギターが載っている。テーブルのじきそばに、ブランコがさがっている。午後二時すぎ。
その舞台裏のように荒涼とした部屋の、片隅の椅子いすに、一かたまりのボロくずみたいに、あわれに取り残されている若者があった。
黒蜥蜴 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
客は微笑ほほえみて後を見送りしが、水に臨める縁先に立ちでて、かたえ椅子いすに身を寄せ掛けぬ。琴の主はなお惜しげもなく美しき声を送れり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
妹娘は安楽椅子いすにからだをうずめて、明るい燭台の下で厚い洋書らしいものを、読んでいました。きまり悪げに頭をいている私を見ると
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
空箱の椅子いすに腰をおろして教えるはだかの先生。机も、黒板も、紙も鉛筆も、なんにもない無人島教室に、こうした学科が進んでいった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
応接室といっても、テーブル椅子いすがあるわけではなく、がらんとした普通の六畳で、粗末そまつな瀬戸火鉢がまんなかに置かれてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その内側の壁にはジョンの先祖たちの記念碑が飾られ、やわらかい座蒲団ざぶとんや、立派な上張りの椅子いすが心地よくしつらえてある。
そして、すらりとした華奢きゃしゃな体を、揺り椅子いすに横たえて、足へはかかとの高い木沓きぐつをうがち、首から下を、深々とした黒てん外套がいとうが覆うていた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
開戦後まもなく軍需大臣となり、次いで陸軍大臣に転じ、ついに今は総理大臣の椅子いすを占め、隠然として連合諸国の総大将たるの観がある。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
否々いないな位地を得たため、かえって理想を失するやからが多い。理想は椅子いすにあるものでないから、椅子を得たによってまっとうするとはいわれぬ。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
椅子いすにこしかけて、一晩中、聞いてゐればいゝのですから。けれども、ある晩、ニユースを聞いてゐますと、かうなのです。
泣き虫の小ぐまさん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
ぶるぶるふるえながら吾郎が、厳重な、ドアの鍵をこじあけて書斎へ入って見ると、博士は深椅子いすにかけて、片手に拳銃ピストルを持って死んでいました。
幽霊屋敷の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
とうとうあきらめて、鬼は、椅子いすの上にこしをおろしました。そしてがつがつ、がぶがぶ、たべたりのんだりしはじめました。
ジャックと豆の木 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
出さないから、おまい、そこの椅子いすにおとなしく待つておいで。もう十五分ばかりで十一時になるから。こんどはよつぽど長くないてゐるよ。
鳩の鳴く時計 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
店の奥の椅子いすには、色の白い若い女がひとりひっそりと腰かけていました。これはこの店の給仕女で、久美子という女です。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
正面には、りっぱな机があり、ふかふかしたひじかけ椅子いすが一つおいてありましたが、その椅子には誰がすわるのでしょうか。
豆潜水艇の行方 (新字新仮名) / 海野十三(著)
改めまた昔の懐しい家具は椅子いす卓子テーブルに至るまでことごと巴里パリー街頭の家具店に見られるような現代式のけばけばしい製造品に取替えられている有様
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
水銀のげちらした鏡一つと、壊れた脚を麻縄あさなわでくるくるといた木の椅子いすが一つあるっきりの身窄みすぼらしい理髪屋であった。
そこに、小さな子供椅子いすが置いてありました。カイとゲルダは、めいめいの椅子に腰をおろして、手をにぎりあいました。
まちつかれた身體からだをそつと椅子いすにもたれて、しづかなしたみちをのぞこふとまどをのぞくと、窓際まどぎは川柳かはやなぎ青白あをしろほそよるまどうつくしくのびてた。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
廊下にずるものあり、煙草に火を点ずるものあり、また二人ふたり三人みたりは思い思いに椅子いすを集め太き声にて物語り笑い興ぜり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この満場つめも立たない聴衆の前で椿岳は厳乎しかつべらしくピヤノの椅子いすに腰を掛け、無茶苦茶に鍵盤けんばんたたいてポンポン鳴らした。
聴衆の少しく静まるを待つて、司会者の椅子いすを離れたる渡部伊蘇夫わたべいそをは、澄み渡る音声に次の弁士を紹介す「篠田長二君——演題は社会党の……」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)