あけ)” の例文
と思うまに、伊織の前へ、あけにまみれた死骸が、一つまた一つ——と続けさまに蹴落されて来て、彼の顔へ、しぶきを浴びせかけた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戸をひしめかして、男は打ちたおれぬ。あけに染みたるわが手を見つつ、重傷いたでうめく声を聞ける白糸は、戸口に立ちすくみて、わなわなとふるいぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その提灯によって照らして見ると、金右衛門は右の肩を斬られて、あけみて倒れていたが、おさんの姿はそこらに見いだされなかった。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
全身あけに染んで血刀を提げしよんぼりと枕元に立つて居る夢を見て、ハテ気掛りな龍馬に怪我でもありはせぬかと独り心配して居りますと
千里駒後日譚 (新字旧仮名) / 川田瑞穂楢崎竜川田雪山(著)
ただ艇のつないであったところに、マスクをかぶった人間が一人、脚をピストルで撃たれてあけまって倒れているのを発見したばかりだった。
月世界探険記 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「聞け、長羅、猪は爾の頬を脹らせるであろう。鶴は爾の顔をあけに染めるであろう。爾の母は我に猪と鶴とを食わしめた。」
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ところで、ここにかかつてゐる羅曼的ろまんちくな釣り橋はその附近の山々の盛んな紅葉の光りに照りはえて、矢張りあけや青に色取られたかけ橋である。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
午食前ひるめしまえに、夫妻鶴子ピンを連れて田圃に摘草つみくさに出た。田のくろの猫柳が絹毛きぬげかつぎを脱いできいろい花になった。路傍みちばた草木瓜くさぼけつぼみあけにふくれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
見廻せば片邊かたへに女のたふれ居てあけそみ息も絶たる樣子やうすなりとて憑司ははたと手を打是と云も元は傳吉からおきたこと然らば此死骸しがいへ昌次郎お梅が着類きるゐ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
あけに輝く夕雲のすき間から、今入りかけの太陽が、細く強い光を投げて、稲田の原を照り返しうるおいのある空気に一種の色ある明るみが立った。
紅黄録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
左右からい寄ると、血に濡れ、あけに染みた二人はひしと力を合せて抱き合いつつ、よろめきまろぶようにし乍ら、ようやく表の庭先まで出ていった。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
空高く西の雲に残光があけににじんでとびに追われる鳥のむれであろう、ごまをいたように点々として飛びかわしていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
少女シノを救うべく呉一郎に肉迫すると見る間に、前者は横頬を、後者は前額部を呉一郎の鍬の刃先にかけられ、あけに染まって砂の上に昏倒した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一と間の敷居際に八五郎は思はず立ちすくみました。若旦那の兵三郎は床の上に寢たまゝ、匕首あひくちか何かで喉をゑぐられ、あけに染んで死んで居たのです。
それに対して「成田山」だの「不動明王」だのとしたいろいろの古い提燈……長かったりまるかったりするそれらの褪せたあけの色のわびしいことよ。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
自分もいつか受けた数ヵ所の負傷きずで、——斬った敵方の返り血で、全身あけに染まり、次第に迫る息を調え、だんだん衰える気力を励まし励まし、……
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もし神の怒りに觸れなば何ぞ罰をあけの都の中にうけざる、またもし觸れずば何故にかゝる状態さまにありや 七三—七五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ひかりの中につらつら御気色みけしきを見たてまつるに、あけをそそぎたる竜顔みおもてに、一二八おどろかみひざにかかるまで乱れ、白眼しろきまなこりあげ、あついきをくるしげにつがせ給ふ。
山裾の勾配に建てられた堂、塔、伽藍は、更に奥に、あけに、青に、金色に光りの靄を幾重にも重ねて見渡された。朝日のすがしさは、其ばかりではなかつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
呼子の市街を纏へるをかの半腹には、愛宕あたご、天満、権現、八幡などの諸殿堂、その他二三の寺院は緑樹のあひだに連り、かしこにあけの欄干はその半勾をほのめかし
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
こんもりと盛り上がった乳房の下を、一と刺し、キッサキが心臓に達したと見えて、衣類はあけに染まっているが、大して苦しんだ様子もないままに息は絶えていた。
凄いほどな麗人といふよりも美しい野の少女があけの頬を火照ほてらしながら、それでも瞳を反らしてしまはずに、うるんだ眼差しで、凝と見入みいつてゐるやうな、捨てがたい
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
それが早くもあけを流いた空を黒々と肩にかぎつて、隠者の前に頭を下げると、恐る恐る申したは
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なんて物好きなお客さまだろうと思いながら、客室のドアを開けてみたのだが、開けてみてそこのベッドの横にパジャマのままの押山が、あけに染って倒れているのを見ると
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
すると、万年屋の二階の雨戸が二、三枚、あけに染まった虚空こくうの中へ、紙片かみきれか何んぞのようにひらひらと舞い上がりました。と、雨戸のはずれた中から真黒のけむりがどっと出る。
室内はすっかり荒され、散乱した書類の中に、有松はあけに染って倒れていた。その右手にはピストルがかたく握られてあったが、彼は引金をひく前に、心臓をさされたものらしかった。
深夜の客 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
あけに染みたる白刃しらはをば貫一が手に持添へつつ、宮はその可懐なつかしこぶし頻回あまたたび頬擦ほほずりしたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
と云って肩からはすに斬りおろした。伊右衛門の体はあけに染まって雪の上へ倒れた。
南北の東海道四谷怪談 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其歌は人生の短きと戀愛の幸あるとを言へり。こゝに大概あらましを意譯せんか。其辭にいはく。あけの唇に觸れよ、誰か汝の明日あす猶在るを知らん。戀せよ、汝の心の猶わかく、汝の血の猶熱き間に。
なお金森かなもりに充分の枝葉しようを茂らせ、國綱に一層のとぎを掛け、一節切に露取つゆとりをさえ添え、是に加うるに俳優澤村曙山さわむらしょざんが逸事をもってし、題して花菖蒲はなしょうぶ沢の紫と号せしに、この紫やあけより先の世の評判を奪い
けふのとまりのことを知りて出迎へし「リフレエ」着たる下部しもべに引かれて、白石はくせききざはしのぼりゆくとき、園の木立をもるるゆふ日あけごとく赤く、階の両側ふたがわうずくまりたる人首じんしゅ獅身ししんの「スフィンクス」を照したり。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
鴉飛びてあけの満月過ぎにけりあざやかに見えつ太きくちばし (一八五頁)
文庫版『雀の卵』覚書 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かなしみのゆるに似たりかまつかの濡れてかなしきあけの小さきは
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
稲荷坂見あぐるあけの大鳥居ゆりうごかして人のぼり来る
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ぎたる海を白帆あげて、あけ曾保船そほふね走るごと
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
その愛くるしくあけの吹いた柔手やわでと、その足で
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
かくはえうなく忘られてあけもふりたる歌口を
故郷の花 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
海はあけなれが乳房を褐色かちいろの真珠とはなし
林檎あけ榲桲まるめろ黄なる秋の日を
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
ひとすじ夜明けのあけを見た。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
かなたへ、——いざ、あけ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
春はまだきのあけ雲を
文語詩稿 一百篇 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
色もあけなる小箱には
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
はねは血汐のあけ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あけの袖口
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
まもなく烏山修理亮しゅりのすけ、大井田式部があとを慕って追ッついて来る。また一ノ井兵部、厚東こうとう駿河守、堀口美濃守貞満も、満身、あけの姿で
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、あけにそまって死んでいくお三根のまわりを、なおもとびまわったので、お三根のからだのほうぼうを傷つけた。どうだ。わかるかね
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いいえ。」と云って、袖に抱いた風呂敷包みの紫を、皓歯しらはんだ。この時、この色は、瞼のそのあけを奪うて、さみしく白く見えたのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一と間の敷居際に八五郎は思わず立ちすくみました。若旦那の兵太郎は床の上に寝たまま、匕首あいくちか何かでのどをえぐられ、あけに染んで死んでいたのです。
其緑の蔭に大震の日の半日を私共一家が避難した庭の山楓やまもみじが、三日三夜東京横浜を焼いた焔の色のあけに染めかけた頃、ある日その楓を横に見る客室で
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)