ひっさ)” の例文
たった一人の婆やを使って、其処そこから、世界を驚かすような大発明をひっさげて出るまで、人に顔を見せないだろうと言われて居たのです。
音波の殺人 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
二人の女が他愛もなく笑い転げている真正面の細骨障子に、音もなく小さな人影がした。脇差をひっさげた与一の前髪姿であった。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
騎兵は将軍を見送ると、血にんだとうひっさげたまま、もう一人の支那人のうしろに立った。その態度は将軍以上に、殺戮さつりくを喜ぶ気色けしきがあった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
真紅の衣裳に胸飾り、槍をひっさげた怪美童を一杯に描いた看板が小屋の正面に懸かっている。外題はどうやら、「収紅孩」らしい。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すなわち剣をひっさげて、衆に先だちて敵に入り、左右奮撃す。剣鋒けんぽう折れ欠けて、つにえざるに至る。瞿能くのうあいう。ほとんど能の為に及ばる。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そこに、たしかに竜之助が立っているには立っていましたけれど、その人は血をあびて、手には白刃をひっさげて立っています。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
怪量はそのまま松の木をひっさげて家の内へ入って往った。四つの首はもう体へ帰って、血だらけになって呻き苦しんでいた。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
下島は切られながら刀を抜いたが、伊織に刃向うかと思うと、そうでなく、白刃をひっさげたまま、身をひるがえして玄関へ逃げた。
じいさんばあさん (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今や最期と防戦に従事するその勢いは関将軍かんしょうぐん大刀だいとうひっさげて大軍に臨んだごとき勢いを示し、強くここに神咒しんじゅを唱えつつ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なかぞらのやみをこぼれてしのつくばかり降りかかる吹上げの水を照し、相対あいたいして、またさきに申上候銅像の右手めてひっさげたる百錬鉄の剣に反映して
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
偶然とは言いながらも是ほど確乎かっこたる基礎のある今日の新文明を、或いは提督ていとくペルリがひっさげてでも来たもののように、考える人さえあったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
鷲郎は黒衣が首級くびを咬ひ断離ちぎり、血祭よしと喜びて、これをくちひっさげつつ、なほ奥深く辿たどり行くに。忽ち路きわまり山そびえて、進むべき岨道そばみちだになし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
木剣をひっさげ、歯を食いしばり、肩で息をつきながら、自分をとり囲んでいる藩士たちを、白い眼で睨みつけている。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と云いながら突然いきなり鉄砲をひっさげ飛ぶが如くに駈出しましたが、無鉄砲と云うのはこれから始まったのだそうでございます。文治郎はこれを見て驚きました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かくのごとき考えをもってその欠点を矯正きょうせいせんとつとめるものがあるかと思って、新たに工夫をめぐらすに至る人もあろうと思い、僕は本問題をひっさげたのである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
彼らは左手に聖経を携え、右手に剣をひっさげ、以て勧化せんと欲す。彼らが天下の人士を勧化する、あたかも酒を人にいるが如し、酔えば怯者も勇夫となる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
少しく首を転じて寝ながらると、黒紋付の綿入れを着た男が抜刀をひっさげて老爺を追うに、二人ながら手も足も動かさず、眉間尺みけんじゃくの画のごとく舞い上り舞い下りる。
大学の制帽をかぶって、旅行用の大革包おおかばんひっさげた若い男が、四辺あたり光景ありさま幾度いくたびか見返りながら、急ぎ足で角川家の門をくぐった。門口かどぐちには七兵衛老爺じじいが突ッ立っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この意味から考えると、芳夫さんが三越をやめるのはおおいに結構なことだ。生活の心配のない大学出身者が牛刀ぎゅうとうひっさげて雛っ子上りの間へ飛び込むのが元来間違っている
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
人間はいくら窮した場合でも、時々は芝居気しばいぎを出す。自分がアテシコをしりに敷いて、深い坑のなかで、カンテラをひっさげたまま、休んだ時の考えは、全く芝居じみていた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただここに掲げる一篇の事実をひっさげて、いっさいを諸君の批判の下に委ねんと思うのみである。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
学士は当時英国留学中であったが、病弱な体躯たいくひっさげて一行に加わり、印度内地及び錫蘭セイロンに於ける阿育王あいくおうの遺跡なぞを探り、更に英国の方へ引返して行く途中で客死した。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
主義者といわれる人の心を私はこの点に於てさびしく物足らなく思う。彼は自分が授かっただけの天分をひっさげて人間全体をただ一つの色に塗りつぶそうとする人ではないか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
説明者が引込むと、二郎には分らぬけれど、賊の娘の文代が、洋服美々びびしく着飾って現われる。続いて、例の道化姿の座長が、手に青竜刀せいりゅうとうの様な大ダンビラをひっさげて出て来る。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
白人を代表して東洋人のにわかに勃興したのを征伐することを夢想して、かつて独帝が悪魔が東洋から現れて来たから、君主、大統領、女皇、剣をひっさげて悪魔征伐に臨む画を書いた。
吾人の文明運動 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ガチンガチンと異様なる響聴ひびきのきくを始めしは、彼等がどこよりか鉄槌をひっさげ来り、一気に入口を打ち砕かんとするなるべし、おおいを握れる余の手は、その響を受けて非常なる痛みを覚え
南極の怪事 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
なかには短刀や棍棒こんぼうひっさげて、夜中ひそかにその室外をうかがう者さえあるに至りたれば、下宿屋にても、もしや書生に怪我けがでもありてはと、戸籍調べの巡査にこのことを話すと
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一方官軍は三軍を編成し、正行は弟の正時と共に第一軍を率い、次郎正儀まさのりは東条に留守軍となって居た。吉野朝廷からは北畠親房が老躯をひっさげ、和泉に出馬し、堺にある師泰に対抗して居た。
四条畷の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そういう私の気持が、すぐヤナツに通じたと見え、彼は私に、進化論をひっさげて議論を吹きかけて来た。その議論は一種奇妙なものであったが、私はだんだん言い負かされて、旗色が悪くなった。
自己を理解すれば他人の思想をも理解が出来て、其処に正しい譲歩が双方の非をなげうつことに由って成り立つ。そうして自己をひっさげて社会に順応し活動するに必要な自然の規律が完成されて行く。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
数日前、船頭のもとに、船を用意せしめおきしが、恰も天気好かりければ、大生担いけたご、餌入れ岡持おかもちなどひっさげ、日暮里停車場にっぽりステイチョンより出て立つ。時は、八月の二十八日午后二時という、炎暑真中の時刻なりし。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
上海から何処どこへ行くか、恐らく彼のおんなと黒ん坊とは、世界の果てまでも怪しい魔術をひっさげて流浪るろうして行く事であろう。己はもう、生きて再び恋いしいじょと黒ん坊の姿を見る事は出来ないだろう。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
直ぐチョークを買い整え画板がばんひっさげ直ぐまた外に飛び出した。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
大勢おおぜい神将しんしょう、あるいはほこり、あるいはけんひっさげ、小野おの小町こまちの屋根をまもっている。そこへ黄泉よみの使、蹌踉そうろうと空へ現れる。
二人小町 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのあとから薪割用の古鉈ふるなたひっさげた元五郎親爺が、びっこ引き引き駆け出したが、これも森の中の闇に吸い込まれて、足音一つ聞こえなくなった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
浮世の裏を自由自在に出入致すことが出来ましたならば、それをひっさげて良き主に仕え、天晴れ一働きいたしたく、そのための執心にござります
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
戦線から退いたクライスラーは、一挺のヴァイオリンをひっさげて、その財と力とを傾けて傷病兵と遺孤のために働いた。
白綾しらあや紅裏もみうら打ったる鎧下よろいした色々糸縅いろいろおどしの鎧、小梨打こなしうちかぶと猩々緋しょうじょうひの陣羽織して、手鑓てやりひっさげ、城内に駈入り鑓を合せ、目覚ましく働きて好き首を取ったのは
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
奥から引返ひっかえして出たのはお夏、五七人の男を対手あいてに、いかに負けじとてどうする事ぞ、右手めて長煙草ながぎせるひっさげたり。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひっさげ刀で下へおりると、三人の悪浪人わるろうにんはいよ/\たけり立って、吸物椀を投付けなど乱暴をして居ります所へ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
漁師りょうしの家がまばらにある。朝、朱実が飯をいているまに、浜へ来て、網からこぼれる五、六ぴきよしに通し、ひっさげて帰ると、ちょうどお膳ができていたものである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
即ち松陰の徒、久坂、寺島、入江の輩が、兵をひっさげて京都に入らんとするにさきだつ、九日前なりき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そしてその争うには、鉄がいつも攻勢を取り、物質上の利害問題をひっさげて夫に当るのであった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのうちにセラの壮士坊主共は各〻てんでんに刀または大きな鍵をひっさげてラサ府に侵入して来たところが、パルポ商人の家はいずれも戸が締め切ってあるので戸を叩き破って屋内に侵入し
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
日露の講和が成就じょうじゅして乃木将軍がめでたく凱旋がいせんしても上がる事は出来ん。百年三万六千日乾坤けんこんひっさげて迎に来ても上がる事はついにできぬ。これがこの塹壕に飛び込んだものの運命である。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるによし来たと『康熈こうき字典』をひっさげてその解釈に従事せられるのは聞えぬ。自分等が少し珍しい地名を人に言うと、誰も彼もいい合わせたようにそれはどんな字を書きますかと聞かれる。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
自分は久しぶりで画板と鉛筆をひっさげて家を出た。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
真っ先に立った人影は、秋山要介正勝で、かいで造った獲物をひっさげ、一巡一同を見廻したが、重々しい口調でいい出した。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高蔵人は身拵みごしらえ凛々りりしく、両刀を挟んだ上に、六尺柄皆朱かいしゅの手槍をひっさげて、相生総左衛門の屋敷に忍び込みました。
その暇に相手の若者は、奮然と身を躍らせると、——もう火の移ったすだれいて、片手につるぎひっさげながら、静な外の春の月夜へ、一目散に逃げて行った。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)