わざ)” の例文
事定りてのち寺に於て稽古けいこをはじむ、わざじゆくしてのち初日をさだめ、衣裳いしやうかつらのるゐは是をかすを一ツのなりはひとするものありてもの不足たらざるなし。
特に私のくふうした切尖きっさきはずしのわざは効果がある、あの呼吸をものにすれば、派手ではないが勝ち味は充分だ、そう思わないか、上村
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かれはただ、この凄腕すごうでのある孫兵衛——丹石流の据物斬すえものぎりに、妖妙ようみょうわざをもつお十夜を、うまく利用しようというつもりなのである。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さきに我を包みいま地にちらばる美しき身のごとく汝を喜ばせしものは、自然もわざも嘗て汝にあらはせることあらざりき 四九—五一
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
しかし抽斎は心を潜めて古代の医書を読むことがすきで、わざろうという念がないから、知行よりほかの収入はほとんどなかっただろう。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
吹く人のわざつたなからぬことも、吹かれている尺八そのものの稀れなる名器であるらしいことも、竜之助は聞いて取ることができました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わざ理合りあいとは、車の両輪、鳥の両翼。その一方を欠けば、そのこうは断絶される。わざおもてに表れるぎょうであり、理合りあいは内に存する心である。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なにしろそれにはなに一つしそんじのないように、武士ぶしの中でも一ばん弓矢ゆみやわざのたしかな、こころのおちついた人をえらばなければなりません。
(新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「入ったと見せて入らなかっただけのことで、格別びっくりするようなわざじゃねえが、それほどのやつがどういうことでつかまったんだ」
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その頼兼の一族にあたる、土岐蔵人頼春の武勇——剣のわざに至っては、頼兼に劣らないばかりでなく、たち勝っていたということである。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
客観写生というのは写生のわざを磨くものである。客観写生の技を磨くことはやがてその作者そのものを充分に描き得ることになるのである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この上手というのは、正当な利益をもたらすすべてのつぼを、それぞれちゃんと知り抜いているといった、わざの完全な精通を意味するのである。
日本へも十年ばかり前に来たことがあるが、美しい声と、優雅なわざを持った人であるとしても、その頃はもう衰えていた。
批評の大概の結びは、さういふ心理的な悟道めいたことになるが、私には、やはり実際のわざの批評の方が有益である。
双葉山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
わざを練ると同時に、はらができ、人間が大きくなるとされてゐます。果してそのとほりいくかどうかわかりませんが、理想はそこにおいてあるのです。
世間もし涙を神聖に守るのわざけたる人を挙げて主宰とすることあらば、いたく悲しきことは跡を絶つにちかからんか。
山庵雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
鋳像家ちうざうかわざに、ほとけあかゞねるであらう。彫刻師てうこくしのみに、かみきざむであらう。が、ひとをんな、あの華繊きやしやな、衣絵きぬゑさんを、詩人しじん煩悩ぼんなうるのである。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それ故もののある場所やそのわざは、万べんなく一様いちように行き渡っているわけではありません。日本は今どんな所でどんなものを作っているのでしょうか。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼はあたかも例の陳腐な肩わざをかけるふりをして突貫したが、最後の瞬間に雪の上に低く身をふせてとびこんだ。彼の歯はスピッツの左の前肢を咬んだ。
頬の肉付は豊麗ふっくりとして、眺め入ったような目元の愛くるしさ、口唇くちびるは動いて物を私語ささやくばかり、真に迫った半身の像は田舎写真師のわざでは有ませんのです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その毅然きぜんとして、なにかかたく信ずるところあるがごとき花前は、そのわざにおいてもじつにかみたっしている。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
この傾向もなかなか勢力があって、上等の寿司屋はおのずから腹の張らない小形寿司を作って、飲ませるようにわざを進め、ついに一人前の料理屋になったからだ。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
わざも抜け去った世界から、出発するという、絶望のこころが、うたいだす芸術ともいえるのであります。
日本の美 (新字新仮名) / 中井正一(著)
醫師驚きたる面持おももちして、さてはかの謳者うたひては此人なりしか、公衆の稱歎は尋常よのつねならざりき、重ねてわざを演じ給はゞ、世に名高き人ともなり給はんものをなどいへり。
君が面は恐しきまで美しく、頬のべに、唇のべににてかざられき。恐しきまで美しとは、かゝる化粧のわざは、よく物事わきまへぬ妻、娘の、夢企て及ぶべき処ならねば。
舞姫 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
拳闘けんとう柔道じゅうどうでは、そのやり方がまるでちがう。拳闘はなぐるいっぽうである。柔道は投げる、おさえこむ、める、ぎゃくをとるというわざだ。どうして試合をしたらいいか。
柔道と拳闘の転がり試合 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
後鳥羽の仙洞に歌壇ができてくるまでに、よい作者たちが歌のわざの方で行くところまで修煉を積みきっていたことは、新古今の時代にとって幸なことだったわけである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
さもなくんば、詩はただわざだけのことになつて、それでは、人々の心にとゞくものとならない。
詩壇への抱負 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
いや、これこそはまさしくわざの冴え、きもの太さ、たんの冴えの目に見えぬ威圧に違いないのです。
彼は、あたかも彼の指が短剣の鋭利な切先きっさきであって、それでわざも巧みに相手のからだを刺し貫きでもするかのように、もう一度甥の胸のところに手をあて、そして言った。——
材料も吟味ぎんみし、木理も考え、小刀も利味ききあじくし、力加減も気をつけ、何から何まで十二分に注意し、そしてわざの限りをつくして作をしても、木のというものは一々にちが
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
欣々女史の書画——篆刻のわざは、素人しろうとのいきをぬけて、斯道しどうの人にも認められていたのだ。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
勾当こうとうと云う位は持っておりましてもそれは名ばかりでござりまして、もとより長年みがきをかけました藝ではなく、お耻かしいわざに過ぎませぬのに、どうしてお気に召しましたのやら。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると教官の方から疑わしいと思うなら、試してくれろっていう返辞なので、連れてってやらして見るてえと、成程わざはたしかに出来る。こんな成績の好いのは軍隊でも珍らしいというでね……
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
手裏のわざ神にもかもや的の戸にうちし小柄はわれゐやし抜く
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
どんなにわざを尽くしても写し取ることは出来なかつた。
(願はあれど名はあらず)、力とわざに勵みたり。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
その船舶を造るべきわざに彼らは疎かりき。
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
いさぎよわざを爭う
オリンピック東京大会讃歌 (旧字旧仮名) / 佐藤春夫(著)
事定りてのち寺に於て稽古けいこをはじむ、わざじゆくしてのち初日をさだめ、衣裳いしやうかつらのるゐは是をかすを一ツのなりはひとするものありてもの不足たらざるなし。
何ぞ知ろうわし自身は、ここ数年前から、殆ど、壁に頭を打ちつけたように、道もさとれず、わざも進まず、ただ昏迷こんめいがあるばかりだ。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あゝ比類たぐひなき智慧よ、天に地にまた禍ひの世に示す汝のわざは大いなるかな、汝の權威ちからわかち與ふるさまは公平なるかな 一〇—一二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「それは誰だか存じませんが……あまりわざが出来過ぎますると、自分はそのつもりでなくても、人の恨みが重なりますからね」
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
このあいだに幾たびか、十太夫は「引き太刀だち」という秘手をこころみる。十太夫自身のあみだしたわざで、この手にかなう者はないと定評がある。
饒舌りすぎる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
くずの材料は朝鮮から入るといいますが、にするわざは掛川で為されます。昔ははかまかみしも素地きじとして主に織られましたが、今はほとんど皆襖地ふすまじであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
中にも弥一右衛門の二男弥五兵衛はやりが得意で、又七郎も同じわざたしむところから、親しい中で広言をし合って、「お手前が上手じょうずでもそれがしにはかなうまい」
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
左膳のごとき達人になれば、わざ理合りあいも、内も、外も、いっさい無差別。すべては融然と溶けあって、ただ五月雨さみだれを縫って飛ぶ濡れ燕の、光ったつばさあるのみ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
味方みかたのこらずにと覚悟かくごをきめたりしたこともありましたが、そのたびごとにいつも義家よしいえが、不思議ふしぎ智恵ちえ勇気ゆうきと、それから神様かみさまのような弓矢ゆみやわざてき退しりぞけて
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
『陣中狼火のろしの法』のひとつで、凧糸のつりにむずかしい呼吸のあるもの、また、これをあげるにも相当のわざがあって、八歳や十歳の子供などにあつかえるようなしろものじゃない。
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
言換れば叫びは無論生活で、その生活に近似せしめる習練——わざの習得が芸術となるのだつた。そして芸術史上の折々に於て、殆んど技巧ばかりが芸術の全部かの如き有様を呈した。
生と歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)