ふる)” の例文
青年は何ともしれぬ恐怖に襲われ、ブルブルッと身をふるわせた。気がつくと、銜えていた紙巻煙草シガレットの火が、いつの間にか消えていた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかも陰二月暮れの北風はまだ雪と霜にがれて身をきりさいなんだ。爺はがたがた歯をふるわせつつ街外れの市場をうろつき廻った。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
隣の棟に居て氏のノドボトケのふるえるのを感じる。太いが、バスだが、尖鋭な神経線を束ねていかだにしそれをぶん流す河のような声だ。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
イワンは、恐ろしく、肌がふるえるのを感じた。そして、馬の方へ向き直り、鞭をあてて早くその近くから逃げ去ってしまおうとした。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
ハガキを書くと少し手がふるえたが、もう痛まないだけでも大助かりです。やっぱり八王子へ行っただけのことはあったと思いました。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
儀右衛門はそこでハッとなり、鋭い苦痛を思って、ふるおののいた。彼は夜具に触れる衣擦きぬずれにも、けだものめいた熱っぽさを覚えるのだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
内儀は賊の姿を見るより、ペったりとひざを折り敷き、その場に打ちして、がたがたとふるいぬ。白糸の度胸はすでに十分定まりたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たいがいはふるえ上がッてしまう。だが、客に化けて乗りこんでいた弟の浪裏白跳ろうりはくちょう張順が「ふざけるな」と啖呵たんかをきッて抵抗しかける。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなことを考えながら、とぼとぼ歩いてゆくと、或る家の軒下にもう一人の乞食がぶるぶるふるえながら立っているのが眼にとまった。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
……でも、そんな話を初めて聞いた時には、わたしもうビックリしちゃって髪毛かみのけをシッカリと掴みながらブルブルふるえて聞いていたようよ。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
豪い哲学者もこうして忘れられてゆくのだと思ったときオブスキュリチーにふるえる君を思い出して痛ましく思わずにはいられなかった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
勘次は怒りのためにふるえ出した。と、彼は黙って秋三の顔を横から殴打った。秋三は蹌踉よろめいた。が、背面の藁戸を掴んで踏み停ると
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
町役人はふるえ上った。殺したのはこのやからであるにきまっている。そうして、このやからは新撰組のほかの者でありようはずがない。
二人はっと藁苞わらづとの中から脇差を出して腰に差し、ふるえる足元を踏〆ふみしめて此のの表に立ちましたのは、丁度日の暮掛りまする時。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ですからその子供が大臣の前に出て来るとぶるぶるふるえてから、もう今にもぶん擲ぐられはせぬかといつも逡巡あとじさりをして居るです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
狂犬! 私はそのとき狂犬の毒の恐ろしさよりも、「犬のたたり」即ち、これぞ身の破滅のいとぐちだ! という観念の恐ろしさに全身をふるわせた。
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
近頃東京じゅうの金持ちが名前をきくだけでもふるえあがっている仮面強盗に変装してご婦人のかたを吃驚びっくりさせようと目論もくろんでいたのです。
探偵戯曲 仮面の男 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
土を凝視みつめて歩いていると、しみじみと侘しくなってきて、病犬のようにふるえて来る。なにくそ! こんな事じゃあいけないね。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
然うしてその小さな眼のうちは、はたの批評を一句も聞き漏らすまいといつもおど/\とふるへてゐた。義男の友達も多勢見に來た。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
宮はおふるい出しになって、水のような冷たい汗もお身体からだに流しておいでになる。失心したようなこの姿が非常に御可憐かれんであった。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
聞き汝が見たる八十兩は是なるやと懷中くわいちうより取出して見せければ如何にも是にて候と云に彼の男喜八のていを見て其方其如くふるへては此金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ふるへるやうな冷い風に吹かれて、寒威さむさ抵抗てむかひする力が全身に満ちあふれると同時に、丑松はまた精神こゝろ内部なかの方でもすこし勇気を回復した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
んでゐるむねには、どんな些細ささいふるえもつたはりひゞく。そして凝視みつめれば凝視みつめほどなんといふすべてがわたししたはしくなつかしまれることであらう。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
愛子の顔はろうのように白くなって、全身はワナワナとふるえて居ります。が、あまりの精神の激動に、物を言う事さえ出来なかったようです。
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「そんな藥は毒にもならん代り利きやせん。」と、辰男はぶる/\ふるへながら、顏をしかめた妹の苦しげな樣を見下ろしてゐた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
一体そこには何があったのか、二郎青年に脳貧血を起させ、商売人の警官をふるえ上らせたものは、そもそも何であったのか。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
われ等は歸途にきたり。此時身邊なる熔岩の流に、爆然聲ありて、陷穽かんせいを生じ炎焔ほのほを吐くを見き。されどわれはをのゝふるふことなかりき。
汽車はあまり混んで居なかつたが、車中の人は、皆な怪訝けげんさうに私をじろ/\と眺めた。私は何となく心がふるへた。皆掏摸すりではないかと思つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
子供達は、ガタガタふるえながら、土間の隅っこにちぢこまって、りつくような眼で、母が盛っている残飯をにらめていた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
それまでの陽気な幸福は拭い去られ、蒼ざめて彼はふるえだした。そのときは、すでに角を曲ってくる歌声は、明瞭に私たちの耳にひびいていた。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
元禄袖の双子ふたごは一つとし下の従妹いとこを左右から囲んで坐つた。暫く直つて居た榮子の頬のふるへが母の膝に抱かれるのと一緒にまたはげしくなつてきた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
だから、ゆるされて部屋に上っても、ガックリと気抜けがして、ガチガチと歯の根がふるえ、だるくて箸さえもとれなかった。
「行きましょう行きましょう。こんな所にぐずぐずしていられやしない」お島はふるえあがるようにして小野田を急立せきたてた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
じつは弟たちが出て行った後、私は一人で娘相手に酒を飲み続けていたが、私は坐っているにも堪えない気持で、盃持つ手のふるえもやまなかった。
父の出郷 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
いろいろに姿をかえた木や石がふるえる指をのばすように前うしろから迫って、真実、魔性の息が小蛇のように襟元えりもとへ追いかけてくる気もするぞい。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
ポケットの中には拳銃ピストルが秘められ、私の胸は無暗にわくわくとふるえた。ホームズはと見れば、冷静に粛然と黙している。
私は、その瞬間、ぞっとして、背筋を冷たいものが走った様に感じたのでございます——おこり発作ほっさにでもとらわれたようなふるえを感じて参りました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
さうして豆腐とうふたびみづ刺込さしこむのがふるへるやうにみた。かさ/\に乾燥かわいたみづへつけるたびあかくなつた。ひゞがぴり/\といたんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
もう戒厳令もしかれ、軍隊が消防に努めつつあると伝え聞いても、大火にふるえ上がった我々には、とてもこの火が消しとめられそうに思えなかった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
和三郎は小腕をまくって、ブルブルふるえながら、冷静をとりもどそうとして、煙管キセルに火をけたが、のぼせているので火皿ほざらの方を口へもっていった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ゐるなと思つてその雨のやうな、蓼のやうな、うすい樹の蜜のやうな匂ひを嗅ぐと、実際に釣心がぷるるとふるへる。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
色々云ひなだめてゐた妻も、我慢がし切れないと云ふ風に、寒さに身をふるはしながら、一言二言叱つて見たりした。
An Incident (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
しかし二人が森に近づいた時、そこには限られた他人の家があつて、知られざる人々が木の陰に彼等を眺め、野にはやはり枯草がみにくゝふるへてゐた。
幸福への道 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
この何でもない言葉に、患者はふるえ上がってしまった。『摩擦だと……何をこする、誰をこする? この俺をだ!』
而して、物を言わずに其処に立竦たちすくんでしまった。もう、気力が衰えて、がっかりとしてしまったのである。老婆は、怖れと、寒さに自分もふるえていた。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
これを知らないで天地の大法に支配せられて……などと云ってすましているのは、自分で張子はりこの虎を造ってその前でふるえているようなものであります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第三篇の発表された『都之花』を請取った時は手がブルブルふるえて、歩きながら読んで行くうちたちまち顔色が変って
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
これは自分達の器械じゃないからと靴磨きが正直に弁解するのを、たくんだゆすりの手と思い込んでますますふるえ上がりとうとう二百五十円まで奮発する。
初冬の日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ジョヴァンニはびっくりして、窓のかげから差し出していた首を急に引っ込めて、ふるえながら独りごとを言った。
東京から釣りに来た客達が寒そうに舟の中でふるながら沖へ沖へと出て行った。「田沼」を三度書き直した。今度はどうやらうまく緒口いとぐちをみつけたらしい。