幾何いくばく)” の例文
いよ/\城の運命が幾何いくばくもないことを悟って、八歳になる嫡男と六歳になる姫君とを、乳人めのとに預けてひそかに或る方面へ落してやった。
甲州小判大判取りぜ、数万両、他に、刀剣、名画等を幾何いくばくともなく強奪したのを最後に、世の中から姿を消してしまったそうじゃ
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さらば一時代の長さ幾何いくばくかと云へば、これは時と処とにより、一概には何年と定め難し。まづ日本ならば一時代約十年とも申すべきか。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かくして最早幾何いくばくもなくなつてゐる生涯の残余ざんよを、見果てぬ夢の心持で、死を怖れず、死にあこがれずに、主人のおきなは送つてゐる。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
似て非なる漢文の著述は時代と共に全く断滅してしまつた如く、吾々の時代の「新しき文章」も果して幾何いくばくの生命を有するものであらう。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
父母の年齢は忘れてはならない。一つには、長生を喜ぶために、二つには、餘命幾何いくばくもなきをおそれて、孝養を励むために。」
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
たゞ美しいと思えば、それでいゝ、そして人間は、幾何いくばくもない生を存分に享楽することが出来れば、それでいゝのであります。
草木の暗示から (新字新仮名) / 小川未明(著)
この世に生れた最も美しい工藝品を陶器なり織物なり各部門に亘って幾何いくばくかを選ぶとしたら、その一切が無銘品なのに気附かれるでしょう。
日本民芸館について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
彼がザビーネを愛してる時から、彼女はすでに苦しんでいた。その自分の崇拝者にたいする幻影を、すでに幾何いくばくか失いかけた。
宗助そうすけべつにそれをにもめなかつた。それにもかゝはらず、二人ふたりやうや接近せつきんした。幾何いくばくならずして冗談じようだんほどしたしみが出來できた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
柾木愛造は、すでに世を去った両親から、幾何いくばくの財産を受継うけついだ一人息子で、当時二十七歳の、私立大学中途退学者で、独身の無職者であった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しからばこの国際連盟に於ても、抑々そもそも如何いかなる事を為すべきであるか。この問に対して米の大統領ウィルソン氏は果して幾何いくばくの成案を有するか。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
幾何いくばくの作曲料が入ったりしたが、ボヘミアン生活にはなんの変りもなく、いつの間にやら、彼をめぐって「シューベルト組」なる仲間が出来
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
さればわが愛する遠祖とほつおやよ、ふ我に告げよ、汝の先祖達は誰なりしや、汝わらべなりし時、年は幾何いくばくの數をか示せる 二二—二四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
傷負ておいは数知れず、しかも重将ことごとく討たれ、新附しんぷの兵はみな離散し、この御本陣においてすら、今は幾何いくばくの兵が残っていると思し召すか
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
攘夷の冥加金みょうがきんを名として斬奪群盗きりとりぐんとうが横行している始末に、大之進つくづく考えると徳川三百年の余命よめい幾何いくばくとも思われない。
量と質とに於て、實際長期に亙る補助食物としての資格が有るか。榮養價は果して幾何いくばく。いまだ檢出せられざる微量の毒物を、含有してはゐないか。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
そして、ここに最も面白いのは、この家界の測定法、則ち家の周囲幾何いくばくの距離までを家界とするかの定め方である。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
だが結局後に述べるような突発事件のために、折角考えた散歩コースを行くこと幾何いくばくもなくして、遂に前途を放棄しなければならなくなったのだった。……
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もう齢も六十近くなり、あともう余命幾何いくばくもない時になってから一つの新しい住いを造って住んだ事があった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
余をして幾何いくばくか獄窓に呻吟するにまさると思はしむる者は此十歩の地と数種の芳葩ほうはとあるがために外ならず。
小園の記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
我生活は今彼に殊なること幾何いくばくぞ。われは深くこれを思ふことを好まず。われは傍なる帽を取りて、目深まぶかにかぶり、惡魔に逐はるゝ如く、學校の門を出でぬ。
私はまだ学界のために真剣に研究せねばならぬ植物を山のように持っているのに、歳月は流れわがよわい余す所幾何いくばくもない。感極って泣かんとすることが度々ある。
俸給幾何いくばく、家持手当、子供老人手当、夕食代、これは所帯持ちに、配当、ボーナス等々合計○○○何々殿、年月日、と一人一人異なる事情と計算を書き上げる。
自分の眼で自分の頭で自然を観察するものが果して幾何いくばくあるだろうかという事を考えざるを得なかった。
寛永の鎖国令こそ千秋せんしゅうの遺憾なれ。もしこの事だになくは、我が国民は南洋群島より、支那シナ印度インド洋におよび、太平洋の両岸に、その版図を開きしものそれ幾何いくばくぞ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
幾何いくばくならずして被害者の慘殺體は竈中に投入せられたことが推定され、それより現場に蝟集せる幾百の觀衆の手を藉りて竈の火に水をかけた上死體引出に着手した
無法な火葬 (旧字旧仮名) / 小泉八雲(著)
そして彼女は何時か、姉や母を偽はつて幾何いくばくかづゝの金をねだる事さへしなければなりませんでした。
内気な娘とお転婆娘 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
もし土地からの粗生生産物の価値がこの価値を超過するならば、その額が幾何いくばくであろうと、それは地代に属する。もし何ら超過がないならば、地代はないであろう。
甲馬乙馬に幾何いくばくの投票あるゆえ丙馬を買って、これを獲得せんとするこそ、馬券買の本意ならずや。
我が馬券哲学 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分じぶん老衰者らうすゐしやであることをつたときあきらめのないすべては、もすればたがひ餘命よめい幾何いくばくもない果敢はかなさをかたうて、それが戲談じようだんいうて笑語さゞめときにさへえず反覆くりかへされて
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その広々とした淵はいつもくろずんだ青い水をたたへて幾何いくばく深いか分からぬやうな面持おももちをして居つた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
しかしながら私は今日これで御免ごめんをこうむって山をくだろうと思います。それで来年またふたたびどこかでお目にかかるときまでには少くとも幾何いくばくの遺物を貯えておきたい。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そうした場合には、右の人物の悪癖の矯正に手間どれて、あますところが幾何いくばくもないことになる。
是と関係のある幾何いくばくかの事実が、そのために記憶せられ、また伝説として言い継がれてもいた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その間の苦悶そも幾何いくばくなりしぞや。面白からぬ月日を重ねて翌廿三年三月上旬一男子を挙ぐ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
彼のその姿を度々見かける村の者は、長年、彼の豪勢へ持つてゐた反感を、この頃、幾何いくばくの同情に変へて来た。泰松寺から家へ帰つて行く彼の心は暗かつた。恐ろしかつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
手前てまへぞんじをりまするは是限これぎり。内祝言ないしうげん乳母うば承知しょうちはず何事なにごとにまれ、われら不埓ふらち御檢斷ごけんだんあそばれうならば、餘命よめい幾何いくばくもなき老骨らうこつ如何いか御嚴刑ごげんけいにもしょせられませう。
上述のわが畏くも高貴にして顕赫なる云々の陛下が幾何いくばくの軍隊をカナダ及び北アメリカに送る準備をしておられるかを、邪悪にも、不忠にも、叛逆的にも、その他種々奸悪にも
身は学舎にあり、中宵枕を排して、燈をりて亡友の為に哀詞を綴る。筆動くこと極めて遅く、涕つること甚だ多し。相距あひへだゝること二十余日、天と地の間に於てこの距離は幾何いくばくぞ。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
したがつなにゆゑとなくむつましくはなれがたくおもはれたが、其後そのゝちかれ學校がくかう卒業そつぎやうして、元來ぐわんらいならば大學だいがくきを、大望たいもうありとしようして、幾何いくばくもなく日本ほんごくり、はじめは支那シナあそ
幾何いくばくかの余裕を保ちつつ、恋の心理を解剖しあるいは恋の情調を描くというこの『古今』の傾向は、必然に歌人の注意を「瞬間の情緒」よりもその「情緒の過程」の方に移させる。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
君を指してマンチェスター派と曰ひたるは君が自由貿易を主張し、保険事業を以て政府に属すべからずとなし、国を建つるの価は幾何いくばくぞと論じ、個人主義世界主義を唱へられしが為也。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
あわれこのあふれ出ずる涙を思うままに溢出さしめ、思うままに声を挙げて泣き叫ばしめたらんには、幾何いくばくかわがこの悲しみを洗い去ることを得しなるべけれど、人に聞かるるの恐れあれば
一夜のうれい (新字新仮名) / 田山花袋(著)
いつ何時なんどき私が重態に陥りましても差支えないように、調べる片端かたっぱしから不眠不休でノートに致して参りましたのですが……おかげで持病の喘息ぜんそくが急に悪化しまして、幾何いくばくもない私の余命が
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
銘々の婦人に幾何いくばくの共通な方向があって、制作を規定したり、撰択したりするのかは知りませんが、こうも現代の女流画家のように誰も彼も同じような美人画が出来ようとは思われません。
雷同性に富む現代女流画家 (新字新仮名) / 上村松園(著)
何ぞと見るに雉子きじ雌鳥めんどりなれば、あわれ狩する時ならばといいつつそのままやみしが、大路を去る幾何いくばくもあらぬところに雉子などの遊べるをもておもえば、土地ところのさまも測り知るべきなり。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
学問の進歩が極点に達した時なら知らず、何も彼も多くは疑問として存してほんの理窟の言現いひあらはし方を少しづゝ違へた位で総て研究に属してゐる今日では学者と無学者とは相去る事幾何いくばくも無い。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
正則英語学校予備校に入ったこの時の有三は幾何きかというものを知らなかった。それを幾何いくばくと読んで友達に笑われた。だが、翌年の秋には、東京中学の五年の二学期の補欠試験に合格している。
山本有三氏の境地 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は幾何いくばくの給料を貰っていたか知らないが、舞台の上では定めて役不足もあったろうと察せられて、その全盛時代を知っている私たちには、さびしくいたましく感じられることも少くなかった。
源之助の一生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)