かね)” の例文
旧字:
するともう、かねて打合せてでもしてあったと見えて、裁判長が、黙って頷いたんです……いや、驚きましたよ……ところがどうです。
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
沈黙家むつつりやではあつたが、世間並に母親おふくろが一人あつた。この母親おふくろがある時芝居へくと、隣桟敷となりさじきかね知合しりあひなにがしといふ女が来合せてゐた。
『奥様、誠に御気の毒なことで御座ます。猪子先生の御名前はかねて承知いたして居りまして、蔭乍かげながら御慕ひ申して居たのですが——』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
唯今田中君の御質問がございましたが、その御質問の初めにかねて質問書を出して居る、何故に返答が遅いかといふ御催促でありました。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
もっとのぼりは大抵たいていどのくらいと、そりゃかねて聞いてはいるんですが、日一杯だのもうじきだの、そんなにたやすかれる処とは思わない。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かねて何となく用意した岩見銀山を三包、福三郎の持薬と摺替すりかえ、あっしの家へ来て、その間に福三郎に飲ませるように仕向けた——
そこで今度はいよいよ訪問の鉾先を市外に向けて、かねての約束を果すために地主のマニーロフやソバケーヴィッチを訊ねることにした。
そう幾つも手が有りませんと、強情ッぱりばゝあだ……さ此方へ………お変りもございませんで……御難渋の事で、かねて承わって居りますが
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
身嗜みだしなみよくキチンと頭髪をくしけずって、鼻下にチョビひげを蓄えた、小肥りの身体はかねて写真で調べておいたとおりの伯爵に違いはない。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その日の二時過ぐる頃、美奈子の打つた急電に依つて、かねて美奈子の傷を治療したことのある外科の泰斗近藤博士が、馳け付けた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
かねての心願に任せて至極安穏に、時至って瓜がへたから離れるが如く俗世界からコロリと滑り出して後生願い一方の人となったのであろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、それが聞届けになるべき様子が知れたので、かねて朝廷と幕府のお召もあったからかたがた、世子は上京せられることになった。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
こんなところへ出てくれば多くの知り人が有り、また歌の上手なことがかねて知られているというのは、一体どういう境涯の女なのであろうか。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼女は、この時、祖母からかねて聞かされてゐた可笑をかしな逸話を思ひ出した。それは、彼女が小さな時分、父に頬ずりをされて
落葉日記 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
それで丁度其の日は、夏休み中でもあり、かねて小田夫婦とは知己の仲だったので、日がえりか何かのつもりで、K町へ泳ぎに来たのでした。
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
それから町人ちょうにんいえよりの帰途かえり郵便局ゆうびんきょくそばで、かね懇意こんい一人ひとり警部けいぶ出遇であったが警部けいぶかれ握手あくしゅして数歩すうほばかりともあるいた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「七瀬、かねて、申しつけておいた通り、勤め方の後始末を取急いで片付け、すぐ、国へ戻れ。許しのあるまで、二度と、この敷居を跨ぐな」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
かねにくみいた奴が招かざるに推参と聞いて大いに怒り、宮宰をして内官一同を召集せしめ、アをしてアを呼んだ者を指摘せしめんとした。
自分達母子おやこかねて疑っている如く、お葉という女は市郎と情交わけがあるに相違ない。もなければ自分に対して、あんな乱暴を働く筈がない。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
狼狽ろうばいきょく逆上ぎゃくじょうしたようになっている音松を案内して、若侍は、かね命令いいつけられていたものらしく、ドンドン奥へ通って行く。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひだと云ふひだを白くいたアルプス連山の姿はかねて想像して居た様な雄大なおもむきで無く、白い盛装をした欧洲婦人のむれを望む様に優美であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「ワタクシハかねテ世間ニ於テ人間ノ美ト醜トニヨル差別待遇ノはなはダシイノニ大ナル軽蔑ヲ抱イテイタ」とヒルミ夫人はその論文にしるしている。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
いよいよかねての事を断行するときが来たのである。松田用人は長い巻紙に書いたるものをそこへ置き、「これをよくみろ」と若さまに云った。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私を賞めて遠州を引き合いに出すのは、私を正しく見てのことであろうか。遠州程度では全くこまるというのが、私のかねての気持なのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
人間は百二十五歳までの寿命をもっておるというのが我輩かねての説である。しかしこれにはあえて深い論のある訳でない。
それに勝次郎という人の仕事の上手であることをもかねてから知っており、この人と一緒に仕事することは、いろいろ智識を開くことにもなろう。
経たりしに突然福地家の執事榎本破笠えのもとはりゅう子よりかねて先生への御用談一応小生よりうけたまわおくべしとの事につき御来車ありたしとの書面に接し即刻番地を
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
と云うのは、彼がかねて知っていた、アサクサ・ストリート・ボーイズのことだ。猟奇家の彼が、そういうものの存在を知らぬ筈はないのだから。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
居室南側裏窓の硝子戸かまち(高さ床上より約一丈)に麻縄約一尺(作業用紙袋材料を括りたるものをかねて貯え、居室内に包蔵しいたるものゝ如し)
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
然るに同年五月二十四日、かねてから不快であった能静氏が、重態となったので、態々わざわざ翁を呼寄せて書置を与えたという。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
時刻はかねて打ちあわせてあるから、セニョリタは厚化粧をして待っていて、古城の姫君にでもなった気ですっかり片づけている。
私はかねて申す通り一体の性質が花柳かりゅうたわぶれるなどゝ云うことは仮初かりそめにも身に犯した事のないのみならず、口でもそんな如何いかがわしい話をした事もない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それからうま呼名よびなでございますが、わたくしかねての念願ねんがんどおり、若月わかつきあらためて、こちらでは鈴懸すずかけぶことにいたしました。
その時にはかねてこの学校でお読みになッた書物あるいはさッきからお話するところの日々に二十分なり三十分なりお読みなさる書物で学んだところの
人格の養成 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かねてから猫の産月うみづきが近づいたので、書斎の戸棚とだな行李こうり準備よういし、小さい座蒲団を敷いて産所にてていたところ
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
それから、かねて行きつけの今から二時間ばかり前に一寸のぞいただけで入らなかつた其のバーに再び立ち寄つて熱いのをのどに通はせてから家へ帰つて寝た。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
もとより今はうとは少しも予期しなかつたので、その風采ふうさいなども一目見るとかねて想像して居つたよりは遥かに品の善い、それで何となく気の利いて居る
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その人たちは北の方に行くのもございましたがまた後へ引き返す者もありました。かねて私は道は東南に取らずにずっと東へ取れということを聞いて居った。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
彼が立ち去るなり、私は手早く、友江さんを下し、人工呼吸を施しますと、間もなく息を吹き返しましたので、かねて妻と打合せてあった室に運びこみました。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
といろいろ工夫をする場合に、誰か余所よそで会った人とか、自分のかねて知ってる者とかのうちで、稍々やや自分のってる抽象的観念に脈の通うような人があるものだ。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
確かにこれは駒井能登守が窮地に陥ったなと、かねての噂を聞いている者は、ひとごとながら見てはいられない気の毒の感じを起したものも少なくはありません。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昼はもとより夜も暑いのと蚊が多いのとで、かねて計画して居た勉強などは少しも出来ない。話相手になる友達は一人もなし毎日毎日単調無味な生活に苦しんで居た。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
其処にかねてそういう考を抱いていた岸田劉生や木村荘八の諸君が合体して、フューザン会が成立した訳だ。フューザン会という名は斎藤与里さんがつけたのである。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
その狩野氏は妻君を持たないで独身生活をつづけているという事を私はかねて漱石氏から聞いていたが
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そのような訳で、坂口はかねてからの希望通り倫敦へ来て、伯父と一緒に住む事を許されたのである。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
といふのは友情的な心懐を全く別にしてかね々僕はこれらの作品については、その厭世の偏奇境から沸然として発酵し奇天烈無比なる滑稽演説家「風博士」との会合以来
かねてよりリチャード・バートン輩と交わりて注目をける折柄、エクセター教区監督を誹謗し、目下狂否の論争中なる、法術士ロナルド・クインシイとねんごろにせしため
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その彫像をかねてから欲しがっていた胡買者けいすがいのシモン・スヌッドはスパイダーに話を持ち掛けた。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
温泉の下の湯川の河原では、人夫達が荷拵にごしらえして待っていた。殿下はかねて御用意の登山靴をお穿きになり、写真機もお弁当もリュックサックに入れて、御自身お背負になる。
その薬法はかねて記して置いたが、それよりも、眠り薬を巧みに用いれば、宿直とのいの者も熟睡うまいして、その前を大手を振って通っても見出されぬ。つまり姿を消したも同然じゃ。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)