ふもと)” の例文
そして遥か彼方には、明るい家々が深緑ふかみどりの山肌を、その頂からふもとのあたりまで、はだれ雪のように、まだら点綴てんていしているのが望まれた。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
ふもとの村へもって行ってこの笛を吹くのだ。雪が降って外へ遊びに出られなくても、この笛があれば、吹いて楽しく家で遊んでいられる。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
伏見桃山のふもとの別荘、三夜荘さんやそうにいるころは、御門跡ごもんぜきさまとおひいさまのお琴がはじまったと、近所のものが外へ出てきたりしたという。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
六甲のふもとの金持の別荘地帯は、八畳じきぐらいの岩がたたまり落ちて家屋を埋め、地盤はその上から新しくかためなおさねばならぬ。
これは上田が鹿島と一しよに高野山のふもとで捕へられたために、上田の親友であつた四郎左衛門が逮捕せられることになつたのである。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
レキレキレキ、ロクロクロク! ふもとをさして下って行く。薬草道人旅行の発端ほったん、新規の事件の湧き起こる、その前提の静けさである。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
程もなく逢坂おうさかふもと走井はしりいの茶屋の店さきへかかると、一同はまン中の駕を下ろし、群蝶のくずれるように茶店の内や外に散らばった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この東嶺寺と云うのは松平家まつだいらけ菩提所ぼだいしょで、庚申山こうしんやまふもとにあって、私の宿とは一丁くらいしかへだたっていない、すこぶる幽邃ゆうすい梵刹ぼんせつです。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
昔、る大きな山のふもとに小さなお寺がありました。小さな和尚さんと、小さな小僧とたつた二人さみしくそこに暮してをりました。
豆小僧の冒険 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
雲の峰は崩れて遠山のふもともや薄く、見ゆる限りの野も山も海も夕陽のあかねみて、遠近おちこちの森のこずえに並ぶ夥多あまた寺院のいらかまばゆく輝きぬ。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
だ、やだ! お父さんは一人で行け。俺は里へ遊びに行く!」と言つて京内はドン/\と、山路やまみちふもとの方へけて行きました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
よど川尻かわじりで舟に乗った生絹は、右に生駒いこまの山、男山おとこやまを見、左に天王山てんのうざんをのぞんだ。男山のふもと、橋本のあたりで舟は桂川かつらがわに入って行った。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
みちはその丘のふもとまでほの白く真直ぐに伸びているけれど、丘に突き当ってそれから先はどうなるのだか、此処ここからはよく分らない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてかしらを挙げた時には、蔵海はしきりに手を動かしてふもとの方の闇を指したり何かしていた。老僧は点頭うなずいていたが、一語をも発しない。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こまたけふもと大湯村と橡尾とちを村の間を流るゝたに川を佐奈志さなし川といふ、ひとゝせ渇水かつすゐせし頃水中に一てんの光あり、螢の水にあるが如し。
わたしが九月二十四日の午後この山に登った時には、ふもとの霧は山腹の細雨こさめとなって、頂上へ来ると西の空に大きな虹が横たわっていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
巻向まきむくは高い山だろう。山のふもとがけに生えている小松にまで雪が降って来る、というので、巻向は成程なるほど高い山だと感ずる気持がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
其間をトマムの剰水あまり盆景ぼんけい千松島ちまつしまと云った様な緑苔こけかたまりめぐって、流るゝとはなく唯硝子がらすを張った様に光って居る。やがてふもとに来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もはや夏季でありますから山のふもとの方には幾分か草も生え、殊に湖水の辺には草が沢山ありますからこの辺は夏季の好牧場であります。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そこでみんなは、野葡萄や通草あけびをとりながら、山をくだつて行くことになり、てんでんバラバラに、雑木林のふもとの方へおりて行きました。
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
そのころ愛宕山あたごやまふもとには仏蘭西フランス航空団とかいた立札が出してあったが、飛行機はまだ今日こんにちの如く頻繁に空を走ってはいなかった。
枇杷の花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
九月、十月とたち、早朝などしとみを上げて見出すと、川霧が一めんに立ちこめていて、山々はふもとすら見えないようなこともあった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
こうして二三週間も経つうちに、最初はふもとの近くに在った新茶の芽が、だんだんと崑崙山脈の高い高い地域に移動して行きます。
狂人は笑う (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこからは、アカシアの植わった小さな広場の一ぐうが見え、なお向うには夕靄ゆうもやに浸った野が見えていた。ライン河は丘のふもとを流れていた。
ただ少なくとも陸中五葉山のふもとの村里には、今でもこれを聴いて寸毫すんごうも疑いあたわざる人々が、住んでいることだけは事実である。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
以前、不動堂がまだふもとの登り口にあった時分は麓にいたが、不動堂が頂上の奥の院へうつされると共に、この老人もまた頂上へ移りました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼はわたしが森に移住してからまもなくブリスターズ・ヒルのふもとの路上で死んでしまったので、わたしは隣人としては彼を知らなかった。
連亙れんこうする奥羽山脈の峰々がなだれ落ちたこのふもとの土地一帯に、そこに埋めた数百年の思いを一ぺんにふり切ろうとしていたのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
川を渡ってから暫く街道を歩き、それから路地を右手に曲ると、そこは城山の峯尾のふもとになるので、次第に急な爪先き上がりの坂道になる。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
関ヶ原の戦後、昌幸父子は、高野山のふもと九度禿かむろ宿しゅくに引退す。この時、発明した内職が、真田紐であると云うが……昌幸六十七歳にて死す。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
又、萬有のすぐれてめでたき事もくうにはあらず又かのうつ蘆莖あしぐきそよぎもくうならず、裏海りかいはまアラルのふもとなる古塚ふるづかの上に坐して
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
来た時には夕闇の為に気づかなんだが、その道の中程の岩山のふもとに、一寸した林があって、その奥に、一軒の小さなあばら家が見えていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かれの故郷なる足利町は、その波濤はとうのように起伏したしわの多い山のふもとにあった。一日あるひ、かれはその故郷の山にすでに雪の白く来たのを見た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかしてをかが、緑草あをくさや花に富める頃、わが飾れるさまを見ん爲かとばかり、己が姿をそのふもとの水にうつすごとく 一〇九—一一一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
また末枯うらがれの季節になるとふもとの村々を襲って屡々しばしば民家に危害を加える狼や狐やまたは猪の隠れ家なりとして、近在の人民にはこよなく怖れられ
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
嘉七は驚駭きょうがくした。こんな大きな声を出して、もし、誰かふもとの路を通るひとにでも聞かれたら、たまったものでないと思った。
姥捨 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そして最後に、ようやく人馬の足跡のはっきりついた、一つの細い山道を発見した。私はその足跡に注意しながら、次第にふもとの方へ下って行った。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
法隆寺の北裏に連なる丘陵を背にして、はるかに三笠みかさ山のふもとにいたる、いにしえの平城京をもふくめた大和平原の一端が展望される。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
その証拠には、第一にその泥岩は、東の北上山地のへりから、西の中央分水嶺ぶんすゐれいふもとまで、一枚の板のやうになってずうっとひろがって居ました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
海の彼方かなたに、薄茶色に煙りながら、桜島岳が荒涼としてそそり立った。あのふもとに行くのだと思った。皆、黙ってあるいた。衣嚢が肩に重かった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
私が、一番最後に登った高岩山のふもとから、三脱という部落を過ぎて南有馬の町は、まっすぐ南へ直線コースで大体、三里半ぐらいと踏みました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
イワノフ博士は、懐中電灯をつけると、どんどんふもとの方へかけだした。遠くの空が、うす赤くこげている。どうやらそれは、戸塚の方角らしい。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
南山のふもとにもとは総督府があったのだそうで、総督官邸は今でもそこにある。これも——立派というだけでなく、俺の眼には要害堅固と映った。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
そこのふもとについたのは、落ちかかつた秋のが、赤い光を投げかけて、山の紅葉もみぢが一層あかく美しく見えてゐる頃だつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
そのふもとに水車が光っているばかりで、眼に見えて動くものはなく、うらうらと晩春の日が照り渡っている野山には静かなものうさばかりが感じられた。
蒼穹 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
三、差出すに名刺あり翻すにのぼりあり。『極楽荘』が所在するタラノの谿谷は、金山モンテ・ドロという高い山のふもとの、石ころだらけの荒涼たる山地の奥にある。
されど童らはもはやこの火にかえることをせず、ただ喜ばしげに手を拍ち、高く歓声を放ちて、いっせいに砂山のふもとなる家路のほうへせ下りけり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
目をあぐれば、遠き山々静かに夕日を浴び、ふもとの方は夕煙諸処に立ち上る。はるか向こうを行く草負い牛の、しかられてもうと鳴く声空に満ちぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「お寺や僧坊につてのない人は、ふもとに下って夜をあかすよりほかありません。この山では、すべて旅人に一夜の宿をかすということはないのです」
其のうちに長き夜の白々しろ/″\と明渡りまして、身体はがっかり腹は減る、如何いかゞせばやとぼんやり立縮たちすくんで居りましたが、思い直してふもとの方へくだりました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)