鴨居かもい)” の例文
縁側なしに造った家の敷居、鴨居かもいから柱、天井、壁、畳まで、bitumeビチュウム の勝った画のように、濃淡種々の茶褐色に染まっている。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
頭の上の鴨居かもいに取り付けてある瀬戸物の白い標札を読んでみると、小さなゴチック文字で「標本室」と書いてあることがわかった。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼方かなたの床の間の鴨居かもいには天津てんしん肋骨ろっこつが万年傘に代へてところの紳董しんとうどもより贈られたりといふ樺色かばいろの旗二流おくり来しを掛けたらしたる
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そこの鴨居かもいのところへぶらりとつりさげながら、取りよせたすずりの筆をとって、さらさらと不思議な文句を懐紙に書きしたためました。
やおら、鴨居かもいに顔のつく程な巨躯を起した覚明は、常住の護剣、金剛杖に仕込んである四尺余寸の戒刀をとって庭先へ出向いた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
立ち上っても、頭が鴨居かもいの下に来た。椅子に坐ってみても丁度ちょうど腰の下ろし具合がいい。もうこれで元のようになったと感じた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
脊がすらりとして、結上げた髪が鴨居かもいにもつかえそうなのが、じっと此方こなたを見詰めていたので、五助は小さくなって氷りついた。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
床の間の掛軸が、バラ/\と吹きまくられて、ね落ちると、ガタ/\とはげしい音がして、鴨居かもいの額が落ちる、六曲の金屏風きんびょうぶが吹き倒される。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「きのう行灯の出ていた二階に間違いはありませんよ。鴨居かもいから赤い扱帯しごきで、女草履が片っ方ブラ下がっているのは不思議じゃありませんか」
その店さきのガラス戸や内の鴨居かもいなどには赤い短冊たんざくのような紙片しへんを貼ってあるのが見えた。それは謙作が見慣れている支那街の色彩であった。
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
茂緒はその鴨居かもいにとどきそうな倉島の後姿に歯をかんだ。そしてぷいと外に出た。それしか、もう意志表示ができなかった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
... とてもかくてもこの外に、鼠をさがらんにかじ」ト、言葉いまだおわらざるに、たちまち「あっ」と叫ぶ声して、鴨居かもいより撲地はた顛落まろびおつるものあり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
表には、「永田清涼飲料水製造所」という看板が出ているが、入口の鴨居かもいには、昔の「永田組」の提灯がかかげられてある。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
怪しい気配をいぶかしがった城入道その他の人々が、廊を踏鳴らして近寄ると、天狗たちはばらばらと柱をよじ上り、鴨居かもいを伝わって逃散ります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
アンテナはわずかに二メートルくらいの線を鴨居かもいの電話線に並行させただけで、地中線も何もなしに十分であったのが、捲線が次第にびたり
ラジオ雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
外出する時でも、孫の手を鴨居かもいから並べてぶら下げて置くと、ネコはそれをおそれて僕の部屋には入ってこないようです。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
浦賀港から東へ約一里ばかり行つた鴨居かもいといふ漁村に、丸茂英太郎君といふ四十二三歳の漁師がゐるがこの人が二三年前素晴らしい大物を捕つた。
東京湾怪物譚 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
そして敷居しきい鴨居かもいとを無理に取り附けて、障子を入れ、所々はがれている漆喰の壁には、妙な形の柱を添えて軸物が掛けてあるという風であった。
満洲通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
おしょさんのうちには、そうした団扇に虫がつかないように、細い磨竹みがきだけに通して、へやの隅に三角に、鴨居かもいへ渡してあった。
家ごとに羔羊こひつじを屠ってその血を門口の柱と鴨居かもいとに塗り、火にいてあまさず食い、またたね入れぬパンに苦菜にがなをそえて食うべきことを命ぜられた。
何かの形と字を、木版摺りにした、気鎮めの禁厭の紙が、彼女の乱れた髪を見下すように、鴨居かもいにヒラヒラしていた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして、房枝は一週間目に、鈴木女教員が学校へ出ていったあとで、その下宿の二階の鴨居かもいに自分の赤い帯をかけて、みずからくびれて死んだのだった。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
吉の作った仮面は、その後、彼の店の鴨居かもいの上で絶えず笑っていた。無論何を笑っているのか誰も知らなかった。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
年齢としのころは四十あまり、剃刀かみそりのような長い蒼白いあばた面、薄い一文字の口、鴨居かもいをくぐりでもしそうな珍しい背高、これぞ饗庭亮三郎その人である。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一人は七尺の鴨居かもいを頭を下げてくぐるほどの大男の異国人であり、一人はずんぐりとしたその供の下役であった。
愈々いよいよ、暗い運命の手は、更に一枚のとばりを増して、私たちを包んだことになるではないか? こう思ってふと鴨居かもいを見ると其処そこには「金毘羅大神」の文字が
犬神 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
薬屋の小店から、店員らしい男が鴨居かもいに手をかけて身体を乗り出し、わたくしたちの様子を眺め始めました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
短刀をのせた三方は、つぶてとなってすッ飛んだ。ま横によぎった。鴨居かもいに近い障子の桟をたたきつぶした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
ふすまの蔭で小夜子がはなをかんだ。つつましき音ではあるが、一重ひとえ隔ててすぐむこうにいる人のそれと受け取れる。鴨居かもいに近く聞えたのは、襖越ふすまごしに立っているらしい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると書斎の鴨居かもいの上に鳶口とびぐち一梃いっちょうかかっていた。鳶口はを黒と朱とのうるしに巻き立ててあるものだった。
死後 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
木の幹などはいうに及ばず窓のふち縁側えんがわや時としては鴨居かもいまでにおる、なめくじりは雨を喜ぶあまりに自分の栖家すみかもふりすてて高歩たかあるきをしておるというのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
一枚五厘ずつのオモチャ絵紙の、唐紅かなにかでひた赤くそめたやつを二、三枚、唐紙の鴨居かもいに張つけて眺めていられ、しきりと面白い理由を説明して聞かせられた
竹乃里人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そして銭湯から帰ると、一尺四方ばかりの板きれを捜しだし、勝手から目笊めざるを持って来て、部屋の隅の鴨居かもいのところへ板を渡し、その上へ目笊を伏せて、坐りこんだ。
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
貧弱な下宿屋の鴨居かもいに頭がつかえる。風采ふうさい生地きじの学生時代にロマンスがあったという丈けに眉目秀麗びもくしゅうれいで通る。間瀬君ほど強度ではないが、矢張り近眼鏡をかけている。
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして戸口には、Kがさっき遠くから認めた男が立って、たけの低い鴨居かもいにしっかりと身をささえて、気短かげな観客のように、爪立つまだちながら少し身体を揺すっていた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
夜中に鴨居かもいへ細帯を引掛け、あるいは井戸端いどばたをうろついて見せる女、いづれも人の来つて留めるを待つこと、これまた袂を振つて帰る帰るとわめく甚助親爺じんすけおやじと同様なり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「電気は不経済なばかりじゃない、柱や鴨居かもいへ穴を明けて家を台なしにするから考え物じゃ。今夜のようなことがあるとすると保険はつけといた方がええかもしれんが」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
家じゅうで、いちばん高い、あの子の頭はもう一寸四ぐらいで鴨居かもいにまで届きそうに見える。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鴨居かもいにつかえそうに背の高い吉田さんを見ていると、私は何か圧されそうなものを感じている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
森村は見向きもせずに前どおりな無表情な顔を眼の前の窓の鴨居かもいあたりに向けたままで
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まだ四十をしていくつにもならないというのが、一けん五十四五にえる。まげ白髪しらがもおかまいなし、床屋とこや鴨居かもいは、もう二つきくぐったことがないほどの、あかにまみれたうすぎたなさ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
越後の中部ではこの日の行事に、米の粉を練って小狗こいぬの形をこしらえて戸のさんに飾り、または十二支の形を作り鴨居かもい長押なげしに引掛ける習わしがあり、犬の子正月の名はこれに基づいている。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それで電燈は、出居と囲炉裏いろりとの仕切の鴨居かもいくぎを打ちつけて、その釘にコオドを引き掛けてあるのを、夕食のおりだけはずして来て、食卓を側面から照らすように仕向けるのである。
それは二階にあったのですが——安っぽいとこの傍に、一間の押入がついていて、その内部は、鴨居かもいと敷居との丁度中程に、押入れ一杯の巌丈がんじょうな棚があって、上下二段に分れているのです。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
総桐そうぎり箪笥たんすが三さおめ込みになっており、押入の鴨居かもいの上にも余地のないまでに袋戸棚ふくろとだなしつらわれ、階下したの抱えたちの寝起きする狭苦しさとは打って変わって住み心地ごこちよく工夫されてあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それをひょろひょろとさけながら庭へ下りるとかわらが落ちてくる、私は父を思いだして寝室へはいると、とこ鴨居かもいが落ちており、そこで父の枕元の長押なげしを両手で支えていたことを覚えている。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
あお向けに寝てめている室の周囲まわり鴨居かもいのあたりをめぐって
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
稽古場の鴨居かもいに貼りつける。
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ほうしょの黒の五つ紋(借りもの)を鴨居かもいの釘に剥取はぎとられて、大名縞とて、笑わせる、よれよれ銘仙めいせんの口綿一枚。素肌の寒さ。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして鴨居かもいから二つはさみを取りおろして積もったちりを口で吹き落としながら両ひじを動かしてぐあいをためして見せた。
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)