えさ)” の例文
日並が悪いでどうも喰いがたたねえ、昨日はひとつもあげなかっただあ、ところ島せえってこの沖に寄り場があるで、あそこならえさ
麦藁帽子 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手巾ハンケチが落ちました、)と知らせたそうでありますが、くだん土器殿かわらけどのも、えさ振舞ふるまう気で、いきな後姿を見送っていたものと見えますよ。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そろそろ山の宿の方に近づきますと、綺麗に見える隅田川すみだがわにも流れ寄るごみなどが多く、それでもえさでもあさるのか、かもめが下りて来ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
この利慾のふかい武士へ、伊那丸いなまるというえさをもってりにきたのは、いうまでもなく、武士にけているが、八幡船ばはんせん龍巻たつまきであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「釣れません。さかなの泳いでいるのは見えていながら、なかなかえさに食いつきませんよ。水があんまり澄んでいるせいですな。」
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
冬でもの笠をかぶって浜へ出て、えさを拾って、埠頭場はとばに立ったり幸神潟こうじんがたの岩から岩を伝ったりして、一人ぼっちでよく釣魚をしていた。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
それから船頭がまたえさをつける。「旦那、つきました」と言うと、竿をまた元へ戻して狙ったところへ振込むという訳であります。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
芸術というものは、いかなるいやしい風来人にも渡される賤しいえさではない。確かに一つの享楽であり、最も人を陶酔させる享楽ではある。
吉雄よしおは、学校がっこうへゆくまえには、かならず、かわいがってっておいたやまがらに、えさをやり、みずをやることをおこたりませんでした。
ある日の先生と子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「あれだ。おもしれえはどくだぜ。千きちいもうとのおせんをえさにして、若旦那わかだんなから、二十五りょうという大金たいきんをせしめやがったんだ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
お澪をえさにしてこの上の大金儲けをするには、周助と伝吉が邪魔でしようがない、いろいろ考えた末、伝吉の家に忍び込んで灯までつけた上
二頭の犬に代る代るえさを与えたり、じいやと二人でブラシをかけてやったりしたが、暫くすると茶の間へ戻ってぼんやり畳に寝そべっていた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「恭一はな」と、にわとりえさをやりに出てきたおばさんが、きかしてくれました。「ちょっとわけがあってな、三河みかわの親類へ昨日きのう、あずけただがな」
小さい太郎の悲しみ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
前の日に磨いて立てかけて置いた銃や剣や背嚢の前に坐ると、独言を云いながら、ちょッぴりちょッぴりいじった。魚がえさでもつッつくように。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
このことはうなぎの住んでいる海底なり、えさなりがかわるからなのであって、うなぎは絶えずカンをはたらかし、餌を追って移動しているようだ。
鰻の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
金魚のえさもらいに来た女中は、「職人の手間賃がやすくなったので普請ふしんは今のうちだと旦那だんな様はおっしゃるんだそうです」
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
つやつやした、まるまる肥った食用豚は、おりのなかでのんびりと、ほしいままにえさを食べながら、ぶうぶういっていた。
しかしながら、これらはまだ、二人の苦役としてはなま優しい部類であって、最も始末に終えないのは、この悪魔どものえさに対する偏癖であった。
それでもなお余ったのがからすねずみえさとなるのだが、中にはそれらの動物の目にも触れないで、わんだ枝のまま地にうずまって腐っているのもあった。
と正三君はえさなしの秘法を説明したのだった。別段いいつけ口をするのではないが、安斉さんは若様がたご指導上の参考としていろいろとたずねる。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
まるで聖書の中の放蕩息子ほうとうむすこのように売り物の豚に与えるえさでもいいから、何か食べたくてたまらなく思ったが、それさえ食べさせてもらえなかった。
中の一羽は静かに羽根を畳み、悠々とながれるように泳いでいたが、他の二羽はなにかえさでも見つけたのであろう。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
えさを拾う雄鶏おんどりの役目と、羽翅はねをひろげてひなを隠す母鶏ははどりの役目とを兼ねなければならなかったような私であったから。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ぜひにも二人三人手がるゆえ、一両をえさにして人足共を狩り集めたのじゃ。小判を投げたは早乙女流の人選みよ。
しかし竹の先に輪をつけて臭い泥溝をつついてアカイコ(東京でボーフラ)を取つては金魚のえさに売るといふ商売に至つては実に一点の風流気もない。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
下袴したばかまの糸をぬいて釣糸つりいとになされ、お食事のおあとのごはんつぶえさにして、ただでも決してることができないあゆをちゃんとおつり上げになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
が、それは罠の中のえさに、俺が喰い付いたのと、丁度同じだったのだ。彼奴は、俺を散々かつえさした揚句、俺の旧知を買収して、俺に罠をかけたのだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「この薬を飲んで利かなけりゃ、もうしかたがない、みんなでいびってから、えさにしましょうよ、ひっ、ひっ、ひっ」
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
老主人チャンは、かごの小鳥にえさをやっていたが、店の方をふりかえって、びっくりした。珍らしい客人きゃくじんである。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
えさは牛乳、茶、スープ、キセリ、マンナヤ・カーシャ、やき林檎とオレンジの汁、その他は自身の皮下脂肪。
一九二九年一月――二月 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
或日彼は誰も宅にいない時を見計みはからって、不細工な布袋竹ほていちくの先へ一枚糸を着けて、えさと共に池の中に投げ込んだら、すぐ糸を引く気味の悪いものに脅かされた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
子供の時分に蜻蛉とんぼを捕るのに、細い糸の両端に豌豆えんどう大の小石を結び、それをひょいと空中へ投げ上げると、蜻蛉はその小石を多分えさだと思って追っかけて来る。
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まるで小鳥にえさをやるような工合ぐあいにお口に押し込み、のろのろといただいているうちに、お母さまはもうお食事を全部すましてしまって、そっとお立ちになり
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
眼の前へ振りかれたえさの分前で同志討ちが始まろうというわけなんだから、全く浅ましいもんでげす。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
メレンスの半襟はんえり一かけ、足袋の一足、そっひとの女中のたもとにしのばせて、来年のえさにする家もある。其等の出代りも済んで、やれ一安心と息をつけば、最早彼岸だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「俺か……」と泰軒は首すじをなで、「何分えさがようないでな、はははは。しかし、そういえば、このごろおぬし眼立って肥った。やはり徳川の飯はうまいとみえる」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
実際えさをやるときには、きっと誰かが扉をあけるにちがいないが、一年三百六十五日の間には何十とある猛獣の檻の扉を一つぐらいしめ忘れることはありそうなことだ。
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
なに、ほかの連中は皆忠義の士と言われたさに、名というえさに釣られて、眼をつぶって死の関門へ飛びこもうとしているのだ。眼を瞑って死の関門へ飛びこむことは易い。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
餌壺えつぼえさを入れてやると、いきなりくちばしの先でとびかかって、あたり一面にき散らしてしまう。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「坊ちゃんはいつも私にえさを下さるから、私がひとつうたを歌って坊ちゃんを起してあげよう」
(新字新仮名) / 竹久夢二(著)
庭にえさ拾う小雀は鷲の心を知らぬというが、小雀といえども鷲の心情を一から十まで誤解するのでない、その一は確に理解するも、あとの七分通りが分らぬのである。
自由の真髄 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「一体誰がはじめにそんなものを欲しいと云い出したんだ」と人びとが思う時分には、尾羽打ち枯らしたいろいろな鳥がすずめに混ってえさあさりに来た。もうそれも来なくなった。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それは大きな連城れんじょうたまを得た喜びにもまさっていた。そこで盆の上にせて飼い、粟や米をえさにして、手おちのないように世話をし、期限の来るのを待って献上しようと思った。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
そうして、えさについたら、もう占めたもんで……。まもなく、飾り台パデストールのうえに、ちょこなんと乗る。撞球棒キューのうえへ玉をのせたのを、鼻であしらいあしらい梯子はしごをのぼってゆく。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
弾く妖精・モリエレルの下男・キャロウの乞食・女装に厚化粧した変態の美青年・椅子直しのつのらっぱ・鳥のえさ売りの十八世紀の叫び・こうる天ずぼんの夜業工夫・腹巻ベルトに剃刀を
『慈善をえさに利を釣る、巧くやつてるもんだよ。アノ旅館やどやの贅澤加減を見ても解るさ。』
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
はためきおらび、たちまち悪獣のえさに跳るがごとく突き寄らんとするや、若僧は怪しく叫びて谷に下れる森林の中に身を退すさり、妙念これにつづきて二者の姿見えずなる。若僧の悲鳴。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
ランチュウのがありまして、こいつは、うまくそだてりや、たいしたものになるでしよう。いえ値段ねだんはいいです。さしあげるんですよ。えさは、当分とうぶんのうち、たまご黄身きみにしてください。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
確かにえびかにと同じく甲殻類に属するが、蝦や蟹が活溌に運動してえさを探し廻る中に交って、此奴こいつだけは岩などに固着して、一生涯働くこともなく、餌の口に這入はいるのを待っている。
そのことのあった日から、わたしは恐怖ということを深く刻みつけられてしまったのです。まったくその十分間は恐怖のえさになって、その怖ろしさが絶えず私の心に残っているのです。