靴足袋くつたび)” の例文
机の角へ右の足を載せて、少し穴のきそうになった黒い靴足袋くつたびの親指の先を、手ででていたが、足を畳の上へおろすと共に答えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒い上衣と短いズボンと白い靴足袋くつたびと白い手袋とをつけたバスクは、これから出そうとする皿のまわりにそれぞれ薔薇ばらの花を配っていた。
鳥打帽とりうちぼう双子縞ふたこじま尻端折しりはしおり、下には長い毛糸の靴足袋くつたびに編上げ靴を穿いた自転車屋の手代てだいとでもいいそうな男が、一円紙幣さつ二枚を車掌に渡した。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
仕立やの隣りには此辺このほとりにて余り見ぬほど立派な西洋小間物を商ふ家がありましたが、例のシヤツ、靴足袋くつたび襟捲えりまきなどが華やかにブラさがつて居るうち
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
低い軒に青い暖簾のれんがかかって、淋しい日影にさらされた硝子ガラスのなかに、莫大小メリヤスのシャツや靴足袋くつたび、エップルのような類が、手薄く並べられてあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
労働者などの穿靴足袋くつたびの跡で、ゴム裏の模様が型で押した様に浮出している、それが裏の土塀の所まで二列に続いているのは、賊の往復したあとだ。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
常子は畳のなくなったことを大いに不平に思っているらしい。が、靴足袋くつたびをはいているにもせよ、この脚で日本間を歩かせられるのはとうてい俺には不可能である。……
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのお二人がおぬらしになつた靴足袋くつたびを乾かしてお返しする時におつやさんのなすつた丁寧な挨拶を書斎に居て聞きながら、私はやまひの本家が自分になつたと思つて苦笑しました。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
麦稈帽むぎわらぼう鷲掴わしづかみに持添もちそへて、ひざまでの靴足袋くつたびに、革紐かはひもかたくかゞつて、赤靴あかぐつで、少々せう/\抜衣紋ぬきえもん背筋せすぢふくらまして——わかれとなればおたがひに、たふげ岐路えだみち悄乎しよんぼりつたのには——汽車きしやからこぼれて
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
現に唐物屋とうぶつやというものはこの間まで何でも売っていた。えりとか襟飾りとかあるいはズボン下、靴足袋くつたびかさ、靴、たいていなものがありました。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
刺繍ししゅうの衣をまとい、金銀を光らし、リボンで飾り立て、宝石をちりばめ、絹の靴足袋くつたびをはき、白い鳥の羽をつけ、黄色い手袋をはめ、漆塗りの靴をうがち
木の蔭に乗物を立てかけておいて、お島は疲れた体を、草のうえに休めるために跪坐しゃがんだ。裳裾もすそ靴足袋くつたびにはしとしと水分が湿しとって、草間くさあいから虫がいていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女が靴足袋くつたびしたる両足をば膝の上までもあらはし、其の片足を片膝の上に組み載せ、下衣したぎの胸ひろく、乳を見せたる半身をうしろそらし、あらはなる腕を上げて両手に後頭部を支へ
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その画のまん中には一人の女が、こちらへ横顔を向けながら、小さな靴足袋くつたびを編んでいる。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤い洋傘こうもりが股へ挟まったようにさばける、そいつを一蹴ひとけりけって黄色な靴足袋くつたびを膝でよじって両脚を重ねるのをキッカケに、ゴム靴の爪さきと、洋傘こうもりの柄をつつく手がトントンと刻んで動く、と一所いっしょ
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云いながらちょっと顔のむきを換えると、くしを入れたてのれた頭が、空気の弾力で、脱ぎ棄てた靴足袋くつたびといっしょになる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
靴足袋くつたびもなしに鉄鋲てつびょうの靴をはき、鉄輪を検査する番人の金槌かなづちの下に朝晩足を差し出し、外からきた見物人には
ワイシャツもよごれているし、よく見ると靴足袋くつたびかかとに穴があいてるの。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
靴足袋くつたびを縫ったこともないけれども、自ら縫わぬ靴足袋、あるいは自ら織らぬ衣物の代りに、新聞へ下らぬ事を書くとか
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まだ新しい背嚢はいのうを負い、手にはふしのあるごく大きなつえを持ち、足には靴足袋くつたびもはかずに鉄鋲てつびょうを打った短靴を穿うがち、頭は短く刈り込み、ひげを長くはやしている。
やなぎれて条々じょうじょうの煙をらんに吹き込むほどの雨の日である。衣桁いこうけたこんの背広の暗く下がるしたに、黒い靴足袋くつたび三分一さんぶいち裏返しに丸く蹲踞うずくまっている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ファヴォリットに至っては、ニンフにしてミューズの神だ。ある日ブラシュヴェルがゲラン・ボアソー街のどぶの所を通っていると、白い靴足袋くつたびを引き上げはぎあらわにした美しい娘を見た。
落人おちゅうどそよすすきに安からず、小野さんは軽く踏む青畳に、そと落す靴足袋くつたびの黒き爪先つまさきはばかり気を置いて這入はいって来た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さあこの包みの中に、新しい着物と靴足袋くつたびと毛布とがはいっています。」
それを行灯袴あんどんばかまに、膝頭ひざがしらまでって、たてひだを置いたから、膝脛ふくらはぎは太い毛糸の靴足袋くつたびで隠すばかりである。歩くたびにキルトの襞が揺れて、膝とももの間がちらちら出る。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかも市人の姿を認むるや、一つの仕事があることを思い出し、かてを得なければならぬことを思い出し、こがね虫のいっぱいはいった古い毛糸の靴足袋くつたびや一束のリラの花などを売りつけようとする。
「おゝ、うだつたか」とひながら、はなは面倒めんだうさうに洋服やうふくへて、何時いつものとほ火鉢ひばちまへすわつた。御米およね襯衣しやつ洋袴ずぼん靴足袋くつたび一抱ひとかゝへにして六でふ這入はいつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そして今彼はそれらの小さな衣類を寝床の上に並べ、襟巻えりまきを裳衣のそばに置き、靴足袋くつたびを靴のそばに置き、下着を長衣のそばに置き、それらを一つ一つながめた。あの時彼女はまだごく小さかった。
靴足袋くつたびまで新らしくしている男が、ひとの着古した外套を貰いたがるのは少し矛盾であった。少くとも、その人の生活によこたわる、不規則な物質的の凸凹たかびく証拠しょうこ立てていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから毛糸の靴足袋くつたび
かれえりしろかつたごとく、かれ洋袴づぼんすそ奇麗きれいかへされてゐたごとく、其下そのしたからえるかれ靴足袋くつたび模樣入もやういりのカシミヤであつたごとく、かれあたま華奢きやしや世間せけんきであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
昔しさる所で一人の客に紹介された時、御互に椅子の上で礼をして双方共かしらを下げた。下げながら、向うの足を見るとその男の靴足袋くつたび片々かたかたが破れて親指の爪が出ている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おお、そうだったか」と云いながら、はなはだ面倒そうに洋服を脱ぎえて、いつもの通り火鉢ひばちの前に坐った。御米は襯衣シャツ洋袴ズボン靴足袋くつたび一抱ひとかかえにして六畳へ這入はいった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのれいになく元氣げんきよく格子かうしけて、すぐといきほひよく今日けふうだいと御米およねいた。御米およね何時いつものとほふく靴足袋くつたび一纏ひとまとめにして、六でふ這入はいあとからいて
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼のえりの白かったごとく、彼の洋袴ズボンすそ奇麗きれいに折り返されていたごとく、その下から見える彼の靴足袋くつたびが模様入のカシミヤであったごとく、彼の頭は華奢きゃしゃな世間向きであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御米がいつもの通り服や靴足袋くつたび一纏ひとまとめにして、六畳へ這入はいあとからいて来て
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は靴足袋くつたびの裏に湿気しめりけを感じて起き上ると、足の方に当る窓が塵除ちりよけしゃで張ってあった。自分はいそいで窓をて換えた。ほかの人のはどうかと思って、聞いて見たが、答がなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寒い夜などはひそかに蕎麦粉そばこを仕入れておいて、いつの間にかている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)