隅々すみずみ)” の例文
不残のこらずずツと引込んで、座敷の隅々すみずみ片着かたづいて、右も左も見通しに、開放あけはなしの野原も急に広くなつたやうに思はれたと言ひます。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
こうして見ると旧劇と云うものはずいぶん田舎の隅々すみずみにまでも行きわたって、深い根底を据えていることが察せられる。———
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、よくよく座敷の中をしらべてみると、その座敷の隅々すみずみ四隅よすみところに、素麪そうめんとお茶が少しずつ、こぼしたように置いてあった。
□本居士 (新字新仮名) / 本田親二(著)
山の上の春の空気はなごやかに静かに部屋に満ちて、堂母ドーモから二人が持って帰った月桂樹と花束の香を隅々すみずみまでめていた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
と、御叩頭おじぎをして、二人の前へ、茶を置くと、しとやかに出て行った。茶室好みの小部屋へは、もう夜が、隅々すみずみへ入っていて、沁々しみじみと冷たさがんだ。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
だから君は駄目だめだよ。世の中の隅々すみずみを知らないのだよ。そんなクラブなんかおちゃさ。この東京には、まだまだもっとひどいものだってあるよ。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
玄関をはいると古びた家の匂いがプンと鼻をく。だだっ広い家の真中に掛かる燈火ともしびの光の薄らぐ隅々すみずみには壁虫が死に絶えるような低い声で啼く。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
一旦名前が消えればその結末を問うこともできぬが、しかも彼らでなければ運べなかった歌や物語が、永い記念となって全国の隅々すみずみのこっている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
空気のいささかな動揺にも、対比、均斉きんせい、調和、平衡等の美的方則を破らないよう、注意が隅々すみずみまで行き渡っていた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
その夢想は、彼の魂のあらゆる隅々すみずみから、彼の進路のあらゆる石ころから、泉のようにほとばしり出ていた。彼は幻覚者のような状態に生きていた。
おんなならではのあけぬ、その大江戸おおえど隅々すみずみまで、子供こどもうた毬唄まりうたといえば、近頃ちかごろ「おせんの茶屋ちゃや」にきまっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
『日本百科辞典』巻七、追儺ついなの条にも明示された通り、当夜方相は戈で盾をたたき隅々すみずみより疫鬼を駈り出し、さて十二獣を従えて鬼輩を逐い出すのだ。
落ちぶれたと言っても、さすがに、きちんとした二部屋のアパートにいたが、いつも隅々すみずみまで掃除そうじが行きとどき、殊にも台所の器具は清潔であった。
メリイクリスマス (新字新仮名) / 太宰治(著)
城の隅々すみずみはもちろんのこと、近くの野原や街に至るまで、家来けらい達が四方八方に手分けして、王子を探し廻りましたが、どうしても見つかりませんでした。
夢の卵 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
我々青年を囲繞いぎょうする空気は、今やもうすこしも流動しなくなった。強権の勢力はあまねく国内に行わたっている。現代社会組織はその隅々すみずみまで発達している。
源氏は「胡角一声霜後夢こかくいっせいそうごのゆめ」と王昭君おうしょうくんを歌った詩の句が口に上った。月光が明るくて、狭い家は奥の隅々すみずみまであらわに見えた。深夜の空が縁側の上にあった。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ところが、事実はもう立派な若者だし、ものいえば、戦国の策士、三国の謀士なども、三舎さんしゃを避けるばかり、ことばの隅々すみずみまで、智慧がゆき届いている。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寺男は両手を深くその中に差入れたり、両足の爪先つまさきで穴の隅々すみずみを探ったりして、小さな髑髏どくろを三つと、離れ離れの骨と、腐った棺桶かんおけ破片こわれとを掘出した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
既に薄暮はくぼのこととて庭の隅々すみずみ篝火かがりびが燃されている。それを指さしながら子路が、「火を! 火を!」と叫ぶ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
冬中とざされてあったすすけた部屋の隅々すみずみまで、東風こちが吹流れて、町に陽炎かげろうの立つような日が、幾日いくかとなく続いた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ここで私たちはこの仕事が最初から如何いかに天与の恵みに頼っているかを知ることが出来る。自然の資材がこんなにも隅々すみずみまで、その力や美を示すものも少い。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
毎日のようにして、隅々すみずみまで案内を知っている家である。手槍を構えて台所の口から、つとはいった。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「それにちがいない。さあ、皆をよんで、そこらの隅々すみずみをさがしてみろ。きっとその悪者がみつかるだろう」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
うしろ隅々すみずみについている瓦斯ガス裸火はだかびの光は一ぱいにつまっている見物人の頭にさえぎられて非常に暗く、狭苦しいので、猿のように人のつかまっている前側の鉄棒から
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ベートーヴェンの音楽は美しく強大ではあるが、世界の隅々すみずみには、いつの世にも、少なからざる「ベートーヴェン嫌い」のあることを無視するわけにはいかない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
長い春の夜もやがて明けて華やかな朝陽あさひが谿谷の国の隅々すみずみ隈々くまぐまにまで射し入って夜鳥のしめやかな啼き声に代わって暁の鳥の勇ましい声が空と地上にち満ちた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしそれが活きて流れておれば、いつの間にか適当な自然淘汰が行われて、必要な知識の集積が、実験室の記憶となって、その室の隅々すみずみまで浸みて残るのである。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
床に掛けた軸は隅々すみずみも既に虫喰むしばんで、床花瓶とこばないけに投入れた二本三本ふたもとみもと蝦夷菊えぞぎくは、うら枯れて枯葉がち。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
宿禰は憂慮に悩んだ顔をして、自ら美しい乙女を捜し出さんがため、奴国の宮の隅々すみずみを廻り始めた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
なんじらの穀物こくもつかるときには汝等なんじらその田野たはた隅々すみずみまでをことごとかるべからずまたなんじ穀物こくもつ遺穂おちぼひろうべからずまたなんじ菓樹園くだものばたけくだもの取尽とりつくすべからずまたなんじ菓樹園くだものばたけおちたるくだもの
聖家族 (新字新仮名) / 小山清(著)
なるほど、小屋の隅々すみずみから、母親たちのき声が交錯こうさくし、授乳の時刻を告げている。それが、にんじんの耳には一律単調いちりつたんちょうであるが、仔羊にとってはどこかに違いがあるのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
しかしそれはまだ有機的な全体として、自分のうけた感動を隅々すみずみまで充たすことはできない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
で、外へ出るたんび、公園だの、貸自動車屋の車庫だの、しまいには、こわれた自動車たちが、雨や風に吹きさらしになっている、きたない裏町の隅々すみずみまでもさがしまわりました。
やんちゃオートバイ (新字新仮名) / 木内高音(著)
彼女の言うことなすこと、彼女の身ぶり物ごしのはしはしにも、微妙びみょうな、ふわふわした魅力がただよって、その隅々すみずみにまで、他人には真似まねのできぬ、ぴちぴちした力があふれていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
私は、去年からそっくりそのままの、綺麗きれいな、小ぢんまりした村を、それからその村のどの隅々すみずみにも一ぱいに充満している、私たちの去年の夏遊びの思い出を、再び見いだした。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
この連中にかかったら、どんなに隠しておきたいことでも、遠慮会釈えしゃくなくあかるみへひき出され、なん倍かに引きのばされ、拡声機にかけてホテルの隅々すみずみにまで吹聴されてしまう。
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あくあしたの食後、貫一はづこの狭き畑下戸はたおり隅々すみずみまで一遍ひとわたり見周みめぐりて、ぼその状況を知るとともに、清琴楼の家格いへがらを考へなどして、かはらに出づれば、浅瀬にかかれる板橋の風情ふぜい面白く
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
Kは、レーニがこの部屋に隠れていまいかと思い、商人に隅々すみずみまで捜させたが、部屋はからっぽだった。裁判官の絵の前でKは、商人の後ろからズボンつりをつかんで押しとどめた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
文麻呂 衛門、……それはきっと僕の心の隅々すみずみまですっかり晴れ渡った証拠なのだよ。……僕がまた新しい僕自身を取戻した証拠なのだよ。……僕はこの日のためにすべてにえて来た。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
敷居に立って豆洋燈を高くかかげて真闇の隅々すみずみじっと見ていたが、かまどの横にかくれて黒い風呂敷包が半分出ているのに目が着いた。不審に思い、中を開けて見ると現われたのが一筋の女帯。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そこでは、すべての物の象ががっちりとしてなつかしく人間の眼に映ってくる。どんな微細な症状もここではくまなく照らし出されるのだが、そのかわり細胞の隅々すみずみまで完膚なきまで治療されてゆく。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
隅々すみずみを調べてみて当惑の色はいよいよ深く
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
兵営へいえい隅々すみずみまでこのビラをらせ!
奈良の建物は白木と云っても年代が古く、うす汚れしていて、暗く陰鬱いんうつな感じがしたが、ここは壁や柱の隅々すみずみまでが真新しく、清々すがすがしかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
不思議に斯邦このくにではあちらからの消息が絶えず、それも現世の果報に結びついて、墓とも寺とも縁のない一種の東方仏教が、国の隅々すみずみには成長している。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そして時間つぶしに、それを隅々すみずみまでまた読み返してると、ある地名にはっとした。どうも覚えがあるようだった。
喧嘩だという声が御長屋の隅々すみずみまですぐ鳴り渡った。藩邸なので、表役人や門側の番士なども駈けつけて来る。
濞かみ浪人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ヘルンは常に散歩を好み、学校の帰途きとなどには、まだ知らない町の隅々すみずみ徘徊はいかいしたが、新しい興味の対象を見出すごとに、必ず妻を連れてそこへ再度案内した。
広い広い纐纈城の隅々すみずみ隈々くまぐまにまで鳴り渡るような鋭い女の叫び声が、大廊下の外れから聞こえて来た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
楽劇「ジークフリート」から主題を採り、ドイツの古い子守唄こもりうたが織り込んであり、ワグナーにしてはこの上もなく美しい曲で、隅々すみずみまでも愛情が行きわたっている。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)