あい)” の例文
家中うちじゅう無事か、)といったそうでございますよ。見ると、真暗まっくらな破風のあいから、ぼやけた鼻がのぞいていましょうではございませんか。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あいたにを、わずか二つ三つの羽ばたきでさっとくるなり、投げあげられた棒切れを、パクリとくわえて、かれのそばまで降りてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それも、この男としては無理もないことで、例えば、ほとんどその発端の時、あいやまでのムク犬擁護のための乱闘の後でもそうです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あいのこの湯宿には過ぎた料理だった。箸を動かしながら清子はまたしても良人のことを思った。今は妙に肚立たしい気持である。
茶粥の記 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
これを漢字に当てめると『あい』ともなれば『あい』ともなる。『あい』ともなれば『あい』ともなる。そうかと思うと『あい』ともなる。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女中はもう葉子には軽蔑けいべつの色は見せなかった。そして心得顔こころえがおに次の部屋とのあいふすまをあけるあいだに、葉子は手早く大きな銀貨を紙に包んで
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あいふすまは開け放たれたままであった。津田は正面に当る床の間に活立いけたてらしい寒菊の花を見た。前には座蒲団が二つ向い合せに敷いてあった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あいたけは大断崖を隔てて北に聳えている、北岳はここからは見えない、峻急な山頂の岩壁を峰伝いに北に向けて直下する。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
無数の小さな流れが重なり、編みあわされ、半ばは流れの法則にしたがい、半ばは植物の法則にしたがった一種のあいの産物の状態を呈する。
今日は御予定の通り農鳥のうとり岳を越して、あいノ岳との鞍部迄行きたいものだと思った。さもなければ好い泊り場所も得られない。午前七時頃に出発する。
立っておいでになったへやから、女のいる室へ続いたひさしあいの襖子をそっと押しあけて、静かにはいっておいでになったのをだれも気がつかずにいた。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
彼はぎくりとして思わず後へ退った。が、あいが離れているので、向うでは気のつくはずもない。そのまま廊下づたいに、音もなく下手しもてへはいって行く。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
投げ入れの乾からびているあいの宿、といった感じのする、埃りの白っぽい隣の町で長いこと酌婦奉公をしていた。
舞馬 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
殊に僕が草鞋をぬいだこの駅というのは、むかしからのあいしゅくで、一体が繁昌しない土地であったらしい。
山椒魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
三人の客は、壮士と書生とのあいの子という風で、最も壮士らしいのが霽波、最も普通の書生らしいのが安斎である。二人は紺飛白こんがすりの綿入に同じ羽織を着ている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あいの襖をさらりとあけて、あの月の輪型の疵痕をやにわにぬっとさらすと、千二百石直参旗本の犯しがたい威厳と共に、ずばりと一座の面々にあびせかけました。
小唄に残っているあい土山つちやまへひょっこり出る。屋根附の中風薬の金看板なぞ見える小さな町だが、今までの寒山枯木に対して、血の通う人間に逢う歓びは覚える。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
父はフランスに帰化してるベルギー人で、アンヴェルスに住まってるアングロ・アメリカ人とオランダ婦人とのあいの子であった。娘の母親はイタリー人であった。
それは話さん事もないが、しかし、りに選って又、吾輩みたいなルンペン紳士……乞食と泥棒のあいの子みたいな奴の話を、雑誌に公表する必要がドコにあるのかね。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それから春になってルミ、またいっしょに出かけようよ。まあ当分は勇気ゆうき忍耐にんたい必要ひつようだ。わたしたちはこれまでちょうどつごうの悪い、あい時節じせつばかり通って来た。
自分は一度殊更ことさらに火鉢の傍に行って烟草たばこを吸って、あいふすまめきって、ようやく秘密の左右を得た。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
学校と露路をあいにして、これも元禄げんろく年間に建った表町通りの紙店かみやの荷蔵がある。その裏の何かを取りはらって空地が出来た時、どんなに児童たちはよろこんだかしれない。
さてもそののち室香むろかはお辰を可愛かわゆしと思うより、じょうには鋭き女の勇気をふり起して昔取ったる三味しゃみばち、再び握っても色里の往来して白痴こけの大尽、なま通人つうじんめらがあい周旋とりもち
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その時、とつぜん、ガラリとあいの襖があいて、ヌッと敷居ぎわに突っ立ったのが、藤波友衛。
顎十郎捕物帳:06 三人目 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
銀子が顔を直し、仕度したくをして行ってみると、薄色のあいの背広を着た倉持は、大振りなあか一閑張いっかんばりの卓にって、緊張した顔をしていたが、ると鞄が一つ床の間においてあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
拠無よんどころなく夕方から徒歩で大坂おおさかまで出掛でかける途中、西にしみやあまさきあいだで非常に草臥くたびれ、辻堂つじどう椽側えんがわに腰をかけて休息していると、脇の細道の方から戛々かつかつと音をさせて何か来る者がある
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
猿橋はあいの宿で、大名の泊るような設備はないようにみえるが、万三郎がそう思っていると、まもなく女中が灯をいれた行燈を持って来て、兵馬の予言どおり合い宿を申し込んだ。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上古の人が遺した石製の斧や槌は雷斧、雷槌など欧亜通称して、神が用いた武器と心得、神の表徴とした。博物館でしばしば見る通り、中には斧とも槌とも判らぬあいの子的の物も多い。
南アルプスとを競い、駒ヶ岳雲を抜きて聳ゆ、仙丈岳、北岳、あいノ岳、農鳥岳のうとりだけ等天を突き、富岳整然と南アルプスを圧す、塩見岳、東岳、荒川岳、赤石岳等高く聳えて、互いに高さを競い
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
お房のためには、長光寺の墓地の都合で、二人の妹とわずか離れたところをえらんだ。子供等の墓はあいを置いて三つ並んだ。境内は樹木も多く、娘達のことを思出しに行くに好いような場処であった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういうさびしい山のあいを通って参りましたが、人は一日二日交わって居る間は誰も慎んで居りますからその性質等も分らんけれども、長く伴うに従っておのずからその人の性質も現われて来るもので
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
あいふすまをぴしゃりと閉めて、自分は二階へ上って行った。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
投入れのひからびているあいの宿。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
掃きいだす萩とすすきあいちり
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
あいの曲)
あいいて、ゆるく引張つてくゝめるが如くにいふ、おうなことば断々たえだえかすかに聞えて、其の声の遠くなるまで、桂木は留南木とめぎかおりに又恍惚うっとり
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ただ、お松の行くところには、いつもムク犬がついて行くこと、その昔のあいやまの歌をうたう娘の主従と変ることがありません。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昼ならば、あいの坂道や向うの峰の尾根に、幾つかの寸馬豆人をかぞえられましょうが、夜では、皆目かいもく何ものも見あたりません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あい襖子からかみの細めにあいた所から御覧になると、襖子の向こうから一尺ほど離れた所に屏風びょうぶが立ててあった。その間の御簾みすに添えて几帳が置かれてある。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
地蔵岳の上には白峰しらね山脈の帝王北岳、続いてあいノ岳、農鳥のうとり山と、或は尖った或は穏かな雪の金字塔が高く天半に押し立てられている。広河内ひろこうち、白河内。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
すると時計が柱の上でボンボンと九時を打ち出した。御作さんは、すぐ立ち上って、あいふすまを開けて、どうしたんですよ、あなたもう九時過ぎですよ。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
博物学者によるとてんと家猫の交合によっていろいろなあいができているそうだから。わたしが猫を飼うのだったら正にこういう猫を飼うべきだろう。
お紋すかさずあいの戸をあける。と、入り込んだ伊集院、浜路を隣り部屋へ転がし込んだ。引っ返すと戸を閉じた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丁度、白峰山脈からいえば、農鳥山の支峰の下で、河原から、赤石山脈のあいたけとは、真面まともに向き合っている。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
あいの襖のところから太夫八ツ橋が、花の八ツ橋、かきつばたにもまごう気品豊かな面をのぞかせながら、まじまじと退屈男の姿を見眺めていましたが、嫣然えんぜんとして笑いをみせると
照葉狂言は嘉永の頃大阪の蕩子とうし四、五人が創意したものである。大抵能楽のあいの狂言を模し、衣裳いしょう素襖すおう上下かみしも熨斗目のしめを用い、科白かはくには歌舞伎かぶき狂言、にわか、踊等のさまをも交え取った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼女は追い立てるように二人を蚊帳の中へ送り込んで、あいの襖を閉め切った。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
次の八畳の間のあいふすま故意わざと一枚開けてあるが、豆洋燈まめランプの火はその入口いりくちまでもとどかず、中は真闇まっくら。自分の寝ている六畳の間すらすすけた天井の影暗くおおい、靄霧もやでもかかったように思われた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
あい宿しゅくとまでもいい難きところなれど、幸にして高からねど楼あり涼風を領すべく、うまからねど酒あり微酔を買うべきに、まして膳の上には荒川のあゆを得たれば、小酌しょうしゃくに疲れを休めて快く眠る。
知々夫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
これは牡馬が牝騾に生ませた子で、牡馬と牝驉ひんきょあいたる駃騠けってい(上出の通り燕王が蘇秦に食わせた物)と等しく至極の美味と見える。これらのほかに霊薬を馬より取る事道書に見えぬようだ。