はさみ)” の例文
改札孫の柴田貞吉しばたていきちは一昼夜の勤務から解かれて交代の者にはさみを渡した。朝の八時だった。彼は線路づたいに信号所の横を自宅へ急いだ。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
郊外電車の改札口で、乗客をほったらかし、はさみをかちかち鳴らしながら同僚を追っ馳け廻している切符きり、と云った青年であった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
はさみを出すと、石には負ける、けれども、紙には勝つという。そんなら石が何にでも勝つかというに、紙には負けるではありませぬか。
人格の養成 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
じいやなどはいつぞや御庭の松へ、はさみをかけて居りましたら、まっ昼間ぴるま空に大勢の子供の笑い声が致したとか、そう申して居りました。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そのえりは一はさみだけよけいに切ったもので、そこから首筋が見えていて、若い娘らがいわゆる「少しだらしない」と称するものだった。
凹字おうじ型の古びた木枕を頭部に当てがいますと、大きな銀色のはさみを取上げて、全身を巻立てている繃帯をブツブツとり開く片端かたはしから
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
でも、こんな奴こそ、馬鹿とはさみは何とやらで、また便利なときもあるかも知れないから、まあ、ちょっと、釣っておいてやろうか——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
大分以前、まだそこの主人が職人達と同様にはさみを持っていた頃、ある日私の髪を刈り込んでいる時、二人はそんな会話を取りかわした。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
見ると二本とも同じ人の毛で、根端こんたんの有様から推すとたしかに抜け落ちたものであるが、遊離端ゆうりたんはさみで切った跡がはっきりついていた。
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
その時首からその紐を解かうといたしましたが、盲結めくらむすびになつて居て、容易に解けません。仕方がないのではさみで切つてしまひました
そのとき天の方では、日の沈む側に雲がむらがっていた。その一つは凱旋門がいせんもんに似ていて、次のはライオンに、三番目のははさみに似ている。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
胸傍むなわきの小さなあざ、この青いこけ、そのお米の乳のあたりへはさみが響きそうだったからである。辻町は一礼し、墓に向って、きっといった。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「後生ですから、そこからはさみをもってきて頂戴ちょうだいな、ね」こんどはだまっていましたが、いそいでそこにあった人形を抱きあげて
人形物語 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
彼女は家の方に居た時分、妙に家の人達から警戒されて、刃物という刃物ははさみから剃刀かみそりまで隠されたと気づいたことがよくある。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
糸にかかるのは大抵ダグマえびである。ダグマ蝦というのは、親指ぐらいもある大きな体をしていて、強く逞しいはさみをもっている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
キャラコさんははさみでズボンを切り開き、手早く清水しみずで傷口を洗うと、左手でギュッと原田氏のあしをおさえながら沃度丁幾ヨードチンキを塗りはじめた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
手は掌をひろげて紙を表す形と、人さし指と中指とを延してはさみを表す形と、手を握って石を表す形の、三つの中の一つでなくてはならぬ。
「さあこれい」と代助ははさみ洋卓テーブルうへに置いた。三千代は此不思議に無作法にけられた百合を、しばらく見てゐたが、突然とつぜん
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
フィルムをはさみで切り、アセトンで継ぐことができることは、普通考えられているよりも重大な変革を芸術の世界にもたらしているのである。
美学入門 (新字新仮名) / 中井正一(著)
「商人というものは、不必要な嘘までくやつさ。どうでも、買ってもらいたかったんだろう。奥さん、はさみを貸して下さい。」
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
家人たちもいかなる異変出来しゅったいかと思い、おっ取り刀で、——女性たちは擂粉木すりこぎとかはさみとかほうきなどを持って、——集まって来た。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
後に白井は杉山を連れて、河内国かはちのくに渋川郡しぶかはごほり大蓮寺村たいれんじむらの伯父の家に往き、はさみを借りて杉山とともに髪をり、伏見へ出ようとする途中で捕はれた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「馬鹿とはさみはなんとやら、そのような人物も、当山附属の野菜畑の管理所へやっておくには、案外、適任ではおざるまいかの」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あたしはときものの興味を、今でも多分にもっている。背筋の上から、ずっと下の針止めにはさみを入れておいて、ツーと一筋に糸をぬくのがすきだ。
はさみを入れず古いいばらの株を並木のやうに茫々ぼうぼうと高く伸びるがまゝにした道の片側があつて、株と株の間は荒つぽく透けてゐた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
其処そこで、五六人のものが輪を造って、りゃんけんぽと口々に言って、石とはさみと紙とで、けんをして負けたものが鬼となった。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「私は洋傘直しですが何かご用はありませんか。しまた何かはさみでもぐのがありましたらそちらのほうもいたします。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
川えびが脚をかいのように急速に動かして、泳いで行く。蟹が赤いはさみを動かして、何かを喰べている。不意に、異様な形の奴が現れることもある。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
そして塀を飛び降り、早足に庭を横切り、人気ひとけのない奥さんの部屋の入口の椅子いすのうへにあるはさみをつかみました。ピカ/\光つた高価な鋏です。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
大久保おほくぼが、奈美子なみこうつくしいかみを、剃刀かみそりはさみでぢよき/\根元ねもとからまつたつてしまつたことは、大分だいぶたつてからつた。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
その日、裁縫のお師匠さんのところで、わたくしが間違ってお由のはさみを使ったというので、ひと言ふた言いい合いました。
蜘蛛の夢 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、今の仕事は鋭利なはさみを、右手の掌の中へ隠して、紐を指先で切ると同時に、掌へ、印籠を落す、という、掏摸の第一課の仕事であった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
どういうわけか、二匹とも、大きなはさみを片方だけもぎとられたあわれな姿で、残った片方の鋏を上に向け、よらばはさむ構えであわをふいている。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
変だと思ってはさみでその一つを切り破って行くうちに、袋の中から思いがけなく小さい蜘蛛くもが一匹飛び出して来てあわただしくどこかへ逃げ去った。
簔虫と蜘蛛 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それははさみにて昆布を五分四角に切り沢山の醤油を入れ弱火にて二時間ほど煮て汁の煮詰まりし所にて火より下し、少しの塩を振混ぜたるものなり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「はい」事務員は切符にはさみを入れて出しながら、「この会社の重役で堀見ほりみ様の自動車くるまですから、切符なぞ売りません」
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
寺の境内から虫の音がとかたまりになって、聞えた。松岡は菓子折に目も呉れなかった。冷たい、はさみのような眼付で女を依然高びしゃに打眺めた。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ルサルディは大変な猫好きで、事務所に猫を飼っていて、デスクの抽出しに牛肉を入れて置いて、ときどきはさみで肉を切っては猫にやっているのです。
お蝶夫人 (新字新仮名) / 三浦環(著)
解剖臺のテーブルの上には、アルコールの瓶だの石炭酸の瓶だの、ピンセットだののこぎりだのはさみだのメスだの、全て解剖に必要な器械や藥品が並べてある。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私のためにはさみを取つて来て薔薇の花をしよきしよきと切つて落しました。鉢植のも花壇のも高い木につて咲いたのもいのは皆切つてくれました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
福岡市では「菱足ひしあし」と呼ぶはさみを売ります。左右の足に菱紋ひしもんが刻んであるので、その名を得たのでありましょう。形もよく切れ味もよい品であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
醫者いしや爼板まないたのやうないたうへ黄褐色くわうかつしよく粉藥こぐすりすこして、しろのりあはせて、びんさけのやうな液體えきたいでそれをゆるめてそれからながはさみ白紙はくしきざんで
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
これはてて置くと笹原になるからはさみで切った。その次には職人が食べてほうったかと思う梨の芽生えが二本、松が一本と片隅に合歓ねむの木とが生えた。
そしてはさみを持った手の先で、ひとりでに、想像した曲線をひざの上に幾度もかいては消し、かいては消ししている。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
枕元で、はさみをつかいながら十子が、母さんのところから送って来た小包をあけてくれた。お母さんが五円送ってくれるなんて、よっぽどの事だと思う。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
労働者のかぶるような大きな麦稈帽むぎわらぼうをかぶった父が、片手にはさみをもちながら、そこいらの木の手入れをしていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
いや、馬鹿ばかはさみは使ひやうだ、おまへきらひだが、おれすきだ……弥吉やきち何処どこつた、弥吉やきちイ。弥「えゝー。長「フヽヽ返事が面白おもしろいな……さ此方こつちい。弥 ...
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
んでもその社には錆びた二つ三つのはさみを置き、そのがんほどきに切ったらしい、女の黒髪の束にしたのを数多たくさんかねのに結びつけてあったのを憶えている。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「奥さん、手品を見せましょうか。いま下でこのボール紙の菓子箱のふたはさみを持って来たのです。これでもって僕のとっておきの手品をお眼にかけまあす」
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
林の中にもどってゆき、彼らを捜し、彼らを呼んでみよう、と言いだした。ミルハはくすりと笑った。彼女はポケットから、針とはさみと糸とを取出していた。