“譬(たと)” の例文
花によって荘厳(しょうごん)されているということで、仏陀への道を歩む人、すなわち「菩薩(ぼさつ)」の修行をば、美しい花に譬(たと)えて、いったものです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
「そう具体的に挙げろと言われちゃ、なんにも言えないがね。きみが偽映鏡の話をするから、ぼくもそれを譬(たと)えに使っただけで……」
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
既に決定せられたがように、譬(たと)えこの頂きに療院が許されたとしても、それは同時に尽(ことごと)くの麓の心臓が恐怖を忘れた故ではなかった。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
こうして猿小僧の御蔭で十三人の子供は皆無事で都に着いて、両親や兄弟に会う事が出来たが、皆の者の喜びは譬(たと)えようもなかった。
猿小僧 (新字新仮名) / 夢野久作、萠円山人(著)
譬(たと)えば妻の処女時代、又私が不在時、或いは外出時、それらのものに科学以上の絶対の信頼の置けないことは、自明の理であります。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
紫は鳩(はと)の胸毛の如くに美しくも色(いろ)褪(さ)めたるもの、また緑は流るる水の緑なるが如く、藍は藍染(ぞ)めの布の裏地を見る心地(ここち)にも譬(たと)へんか。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし胴の肥(ふと)り方の可憐(かれん)で、貴重品の感じがするところは、譬(たと)えば蕗(ふき)の薹(とう)といったような、草の芽株に属するたちの品かともおもえる。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
天王山を間違えたのかどうだか、天目山などと言う将軍も出て来た。天目山なら話にならない。実にそれは不可解な譬(たと)えであった。
苦悩の年鑑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
〔譯〕閑想(かんさう)客感(きやくかん)は、志の立たざるに由る。一志既に立てば、百邪退き聽(き)く。之を清泉(せいせん)湧出(ようしゆつ)せば、旁水(ばうすゐ)渾入(こんにふ)することを得ざるに譬(たと)ふべし。
譬(たと)えていえば、玲瓏たる富士の峰が紫に透(す)いて見えるような型の、貴女をといっている。これはだいぶ歌集『踏絵』に魅せられていた。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
床の上に起き上がつたお富、——青白い顏、大きい眼、恐怖と疑惑とになやまされて、譬(たと)へやうもなく病的なそして美しい眼です。
まあね物の譬(たと)えがですわ。それとも言葉ではなんといってもむだだから、実行的にわたしの潔白を立ててやろうとでもいうんでしょうか
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その姿が譬(たと)えようもなく醜悪で、私にはまるで私自身の歩む姿としか思われず、面を背けたいほどに憎悪が込み上げて来たのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
その時は早や、夜がものに譬(たと)えると谷の底じゃ、白痴(ばか)がだらしのない寐息(ねいき)も聞えなくなると、たちまち戸の外にものの気勢(けはい)がしてきた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
譬(たと)えば天下に乞食を禁ずるの法はもとより公明正大なるものなれども、人々の私において乞食に物を与えんとするの心は咎むべからず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
落し娘兩人は苦界へ沈(しづ)み夫のみ成らで其身まで此世の縁(えに)し淺草なる此中田圃(なかたんぼ)の露と共に消(きえ)て行身の哀(あは)れさは譬(たと)ふるものぞなかりける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
瑠璃子(るりこ)夫人を、あの太陽に向って、豪然と咲き誇っている向日葵(ひまわり)に譬(たと)えたならば、それとは全く反対に、鉢の中の尺寸の地の上に
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そう気づいたおどろきは譬(たと)えようもなかった。かれはわれを忘れて窪地をとびだし、「斬り込め」と絶叫しながら敵塁へ迫った。
石ころ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お前は、譬(たと)えどんなことがあろうとも、兄としての私が、どこまでもお前を愛し憐れんでいるのだということを、よく知っていて欲しい。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
暗夜の海にも譬(たと)へようず煩悩心(ぼんなうしん)の空に一波をあげて、未(いまだ)出ぬ月の光を、水沫(みなわ)の中に捕へてこそ、生きて甲斐ある命とも申さうず。
奉教人の死 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
譬(たと)へば敵の毛羽艶やかに峨冠(がくわん)紅に聳(そび)えたる鶏の如く、此方(こなた)は見苦しき羽抜鳥の肩そぼろに胸露(あら)はに貧しげなるが如くであつたが
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
すべて獲(う)べからず、譬(たと)えば沙を圧して油を覓(もと)め、水を鑽(き)って酥を求むるがごとく、既に得べからずいたずらに自ら労苦すとある。
薬罐(やかん)のくらくら煮立っているのが、吉弥のむしゃくしゃしているらしい胸の中をすッかり譬(たと)えているように、僕の妻には見えた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
譬(たと)ヘバ、読書手習ヲ終リ、遊ビテモヨシト、親ヨリ子供ヘ許シ、公用終リ、役所ヨリ退キテモヨシト、上役ヨリ支配向ヘ許ス等、是ナリ。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
譬(たと)え木綿たりとも花美高価のものを取扱い致すまじく、相背く者これ有るにおいては不便(ふびん)ながら政事には替え難く、急度(きっと)申渡す。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
我存在の中心を古手の思想に託して、夫(それ)で自(みずか)ら高しとしていたのだ。が、私の別天地は譬(たと)えば塗盆(ぬりぼん)へ吹懸(ふきか)けた息気(いき)のような物だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これを草木に譬(たと)うれば、緑(みどり)の柳(やなぎ)、紅(くれない)の花と現れる世の変化も思想なる根より起こるものであるから、なにはさておき根の培養(ばいよう)は怠(おこた)れない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
竹はまた「暮春には春服已に成る」と云った様に譬(たと)え様もない鮮(あざ)やかな明るい緑の簑(みの)をふっさりとかぶって、何れを見ても眼の喜(よろこび)である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
大和心(やまとごころ)にそれを譬(たと)えた和歌は子供ですら知っている。画家はまたどんなにそれを画題として好んだであろう。模様にも広く取り容れられた。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
コスモはもう譬(たと)えようのない嬉しさであった。たいていの人間は秘密な宝をかくし持っているものである。吝嗇(りんしょく)の人間は金をかくしている。
譬(たと)えて申しましょうなら、御本宅や御親類は蜂(はち)の巣です。其処へ旦那様が石を投げたのですから、奉公人の私まで痛い噂(うわ)さに刺されました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
色雪を欺いて、乱れて居れど髪つややかに、紅梅の唇愛らしく、眉細くして、第一眼は玉とも露とも秋の水とも譬(たと)えかたなく澄んで美しい。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
しかし間もなく、心臓をギュッと握られたときの駭(おどろ)きに譬(たと)えたいものが彼を待っていようなどとは、気がつかなかった。ああ、突然の駭き。
蠅 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いずれにせよ、彫梁(ちょうりょう)の美、華棟(かとう)の妍(けん)、碧瓦(へきが)の燦(さん)、金磚(きんせん)の麗、目も綾(あや)なすばかりである。豪奢雄大、この世に譬(たと)えるものもない。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さて茲(こゝ)に到りてわが記憶才に勝つ、そはかの十字架の上にクリスト煌(かゞや)き給ひしかど我は適(ふさ)はしき譬(たと)へを得るをえざればなり 一〇三—一〇五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
譬(たと)へば、吝嗇者(りんしょくもの)のやうに貨(たから)は夥(おびたゞ)しう有(も)ってをっても、正(たゞ)しう用(もち)ふることを知(し)らぬ、姿(すがた)をも、戀(こひ)をも、分別(ふんべつ)をも、其身(そのみ)の盛飾(かざり)となるやうには。
譬(たと)えば一家の主人が黙って物を考えて何か浮かない顔をしていたら妻君が心配して貴郎(あなた)どうかなさいましたかと尋ねるだろう。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「じゃ何かお考えがあって、特に目をかけていらしたというようなことはございませんか、譬(たと)えばあなたとご結婚でもおさせしようとか——」
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
譬(たと)えて見れば、誰(た)れかお前の処(ところ)へ来て云うのだな。あなたは千九百七十年五月一日(じつ)にお亡くなりなさいますよというのだな。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
これは子規(しき)が、説明(せつめい)のわかり易(やす)いように作(つく)つて見(み)たゞけで、固(もと)より譬(たと)へにすぎません。子規(しき)のは三十一字(さんじゆういちじ)のたゞの文章(ぶんしよう)で、歌(うた)ではありません。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
我らがこの句を咏(えい)じて感動するのは、その景色に感動するばかりでなく、芭蕉の心に感動するのである。譬(たと)えてみれば此処(ここ)に一本の木がある。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
譬(たと)へば見も知らぬゆひなづけの夫に幼少の時死に別れたればとて、それが為に鼻を殺(そ)ぎ耳を切りて弐心(ふたごころ)なきを示せしとか。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
たるむとは一句の聞え自(おのずか)ら緩(ゆる)みてしまらぬ心地するをいふ。譬(たと)へば琴の糸のしまりをるとしまりをらぬとは素人(しろうと)が聞きても自ら差違あるが如し。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
太閤殿下の御恩を蒙り給うことは海山にも譬(たと)え難(がと)う存じますけれども、先年若君が御誕生になりましてからは、我等のひがみかは存じませぬが
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
無縁の墓は幾らも有るから、能(よ)く掃除をして水を上げ、香花を手向けるのはよい功徳になると仏の教えにもある、昔から譬(たと)えにも、千本の石塔を
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
棒ほど願って針ほど叶う、という譬(たと)えもありますから、なるべく古く逆行して、調子の高きに就くが賢明だと思います。
そして持前の根強い力で一人ぼつちの寂しい道を鑿(き)り拓(ひら)いて往(ゆ)かうとはしたが、女の身にとつて掛替のない愛人の死は譬(たと)へがたない重荷であつた。
木に竹をつぐと世の譬(たと)へにも申すのは、ほんにこの事でござります。どなたか書く人を大阪からお呼びなされては……。
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「では、一度お伴(とも)を致しましょう、ナニ、一度は見てお置きにならなければ、出世ができないという譬(たと)えがございます」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黒がねの額(ぬか)はありとも、帰りてエリスに何とかいはん。「ホテル」を出でしときの我心の錯乱は、譬(たと)へんに物なかりき。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)