ほぐ)” の例文
おくみは鋏を入れては縫ひ糸をほぐしながら、その抜いて行く糸の一筋づゝに、さつきからの、小さびしい自分の心が読み返された。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「東京の靴屋へ送りたいと思つて……」内田氏はくるみかけた小包をまたほぐして、そのなかから穿き減らした靴を取り出して見せた。
新八郎ややゆるむ。——かん! ——む。ほぐれる。久作、起きかえる。咄嗟とっさ。久作の手、鎧貫よろいどおしを引き抜いて、新八郎ののどへ目がけて突く。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、その時鑑識課員が姉妹の指紋を採りに入ってきたので、偶然緊迫した空気がほぐれて、一同はやっと一息くことが出来たのである。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
組んづほぐれつ闘いますうち私は滑らかな床に足を辷らせ、自分で摚と倒れました、此の時次の室の片隅から苦痛に耐えぬ声が聞こえました。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それを手早くほぐして開くと、その中にいつ用意してあったのか、一組の衣類と、見苦しからぬこしらえの大小一腰が現われました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そしてほぐした髪の毛の先が触手の恰好に化けて、置いてある鉢から菓子をつかみ、その口へ持ってゆこうとしているのです。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
いくらしても片端じから崩れたりほぐれたりしてものにならない藁束に向って、彼女の満身の呪咀と怨言が際限もなく浴せかけられたのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
かれ毎日まいにちのやうにおつぎをつれて、唐鍬たうぐはおこしたつちかたまり萬能まんのうたゝいてはほぐして平坦たひらにならさせつゝあつたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
見ればジルベールとボーシュレーとは組んづほぐれつの大挌闘、血塗れになって床の上を上になり下になって転々しておる彼等の衣服は血だらけだ。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
し糸が切れようものなら確かに敷石の上に落ちる。若し糸がほぐれようものならの子はきっと天へあがってしまう。乃公おれは大声立てて人を呼んだ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一はことに價たふとし、されど一はむすびほぐすものなるがゆゑにあくるにあたりて極めて大なるわざさとりもとむ 一二四—一二六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
これはてつきり源太めが仲間外れにされて、それを口惜くやしがつて、それでそんなことを云つて皆をおどかすのだらうと思つた。皆はまた組みつほぐれつした。
花束 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
酒が廻るに従ってほぐれて来、父の隣に席を占めた御牧が、如何でございますか皆さん、この親子はちっとも似ていないと云う評判があるんですが、………と
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すぐに肩癖けんぺきほぐれた、と見えて、若い人は、隣の桟敷際へ戻って来て、廊下へ支膝つきひざ以前もとのごとし。……
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何しろ、得体の判らぬ男であるが、何時いつまで睨み合っていても際限はてしがないと、市郎の口もほぐれ初めた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と答へて千登世は縫物を片付け、ピンを拔き髮をほぐし、寢卷に着替へようとしたが、圭一郎は彼女のやつれた裸姿を見ると今更のやうにぎよつとして急いで眼をつぶつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
まる落語家はなしかはなしっても無いです。が、綸はまだ着いてましたので、旦那は急いで綸を執る、私は苫をほぐすで、又二度めの戦争が始まりましたが、どうかこうか抄い上げました。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
その間にも、組んずほぐれつ、焔のかたまりは互いに往来をいつ転げつしていたが、私にもようやくおぼろ気ながらに、この場の様子が呑み込めてきた。走り狂っていると思ったのは私の見誤りであった。
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ほぐれるように語るお秀、それを迎えて平次は優しくうながしました。
我はこの青玉せいぎよくの珠數をほぐして
そぞろごと (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ほぐし難くうちまじりたる群集ぐんしふ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
大勢にて追取卷くんほぐれつ戰ふ有樣善か惡かは分らね共若者のはたら凡人ぼんじんならず天晴の手練かなと感じながらに見て居たるに今大勢おほぜいの雲助にたゝふせられ已に一命も危く見ゆるゆゑかの武士は立上り何はともあれ惜き若者見殺しにするもなさけなしいざたすけて呉んときたえ上たるてつ禪杖ぜんぢやう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「ええ……」と、内侍もやや頬のほぐれをみせて「武者のお家はおろか、世間のことも、何一つようぞんじてはおりませぬ」
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と或る場合に対する異常な決意をほのめかせて、滝人はきっと唇を噛んだ。しかし、その硬さが急にほぐれていって、彼女の眼にキラリとあかい光がまたたいた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
おつぎは勘次かんじおこしたかたまりを一つ/\に萬能まんのうたゝいてさらりとほぐしてたひらにならしてる。輕鬆けいしようつちから凝集こゞつてかたまりほぐせばすぐはらはれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ふと、もう一つの悪い方の丸帯をほぐして表にして、青木さんの夏のお蒲団を拵へてお上げしようかと思ひ附く。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
沈黙はどちらからともなくほぐれ、お茂登はいかにも助け合って商売をして来た総領息子に向う口調で
その年 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
わたくしは朝から無暗に笑いたくって仕様がないので、お朝をその相手にしようと思って、さっきから色々に誘いかけるのですが、お朝はどうしても口脣くちびるほぐしませんでした。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それからそれへと纏まりのない思想の断片が脳中をんずほぐれつした。
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いばらの実は又しきりに飛ぶ、記念かたみきぬは左右より、衣紋えもんがはら/\と寄つてはけ、ほぐれてはむすぼれ、あたかも糸の乱るゝやう、翼裂けて天女てんにょころも紛々ふんふんとして大空よりるばかり、其の胸のる時や
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
主『鮒は、大きくなると、皆此様こんな風になるです。そして、泥川のと違ひ、鱗に胡麻班ごまぶちなど付いてなくて、青白い銀色の光り、そりやア美しいです。話しばかりじやいかんから、君ほぐしてくれ給へ。』
元日の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
ほぐれる樣に語るお秀、それを迎へて平次は優しくうながしました。
七兵衛は身仕度をほぐしはじめる。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
手と膝と胸とで、朱実は体を山茶花さざんかつぼみみたいに固くむすんでいた。八十馬はどうかしてこの筋肉の抵抗をことばでほぐさせようとするのだった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああ、もの云う表象テル・テール・シムボル。——とは何であろうか。そのほぐれきれない霧のようなものは、妙に筋肉が硬ばり、血が凍りつくような空気を作ってしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
私は先刻さつきまで彼女が仕かけてゐた乏しいほぐし物が束ねてあるのを寂しく見守りながら、自分のやうな男の妻になつた彼女の運命を、憫れと思ふ事も度々あつた。
金魚 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
という意味がこの手紙の書きだしで、流麗りゅうれいな女の手跡しゅせきが、順にほぐれゆくに従って、万吉の眼底異様な光を帯びてきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主婦さんは、ひつそりした帳場で、物馴れないやうな年の入つた下女とたつた二人でほぐし物なぞをした。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
華奢きゃしゃな指に、一筋髪を摘まんで、輪になったそれをほぐしながら
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
幼少の頃よくやったちんコロの喧嘩みたいに、どっちの手も、首の根をったり、襟もとをつかまえて、そのままいつまで、ほぐれようともしなかった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
片づけてこちらへ来て、序に帯をほぐしにかゝる。やつぱり軽い糊を附けてちやんとしなければならないから、縫ふのはあすの午後ひるからでなくては出来さうにもなかつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
妙に緊迫していた空気が、偶然そこでほぐれてしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「何かと、お世話でござった。それでは早速、拙者もその奈良井の大蔵とかを、尋ねて参ろう。——お蔭でかすかながら、緒口いとぐちほぐれて来た心地がする」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宗仁の書面は彼の指にほぐれた。極めて短文であり、また非常な走り書である。——が、一読卒然そつぜんとして、秀吉のえりもとの毛は、燈火にそそけ立っていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
正成は、唇をむすんで、やがて、そのおもてにあった戦場いらいの硬ばったものを、自然な微笑にほぐしていた。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牛が仆れると、燃えていた車蓋は、紅い花車はなぐるまが崩れるように、ぐわらぐわらと響きを立てて、ほぐれてしまった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と共に、あらゆる飢寒きかん辛酸しんさんとの闘いも心ゆるんで、骨も肉も、筋も、いちどにばらばらにほぐれるかのような気もちになり、どたっと、そこへ坐ってしまった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵と、伊織のあいだに、あつらえておいた蕎麦そばがもう来ていた。大きなぬりの蕎麦箱の中に、蕎麦の玉が六ツ並んでいて、その一山を、はしほぐしかけていた所である。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日吉もまた、一歩そこの土塀を出ると、青空のあおさに心を吸われて、ほぐれた気持のほか何もなかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)