おぼえ)” の例文
旧字:
その頃は金も少しは彼のために融通してやったおぼえがある。自分は勇気を鼓舞こぶするために、わざとその当時の記憶を呼起してかかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
聞きおぼえのある張鎰の声がして、そそくさと跫音あしおとがした。宙は不思議に思って顔をあげた。伯父の張鎰が機嫌のいい顔をして立っていた。
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
と云いさま、此方こちらも元は会津の藩中松山久次郎まつやまきゅうじろういさゝか腕におぼえが有りまするから、庄三郎の片手をおさえたなり、ずうンと前にのめり出し。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山水もはた昔時に異なりて、豪族の擅横せんわうをつらにくしともおもはずうなじを垂るゝは、流石さすがに名山大川の威霊もなかば死せしやとおぼえて面白からず。
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
成程然ういえば、何か気に入らぬ事が有って祖母が白眼しろめでジロリとにらむと、子供心にも何だか無気味だったようなおぼえがまだ有る。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼は聡明の方で、彼の父は彼に小学など教えてはそのおぼえの好いことを無上の喜楽として、時々は貧困の苦痛をも忘れていた。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
風を引いて寝ている筈の友人は、朝から東京へ出掛けて留守だというし、書生に聞いて見ても、電話なんかかけたおぼえがないということであった。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
濡髪ぬれがみをかぶつてわたしほゝとこへくつゝいたから、たゞすがいてじつとねむつた[「眠つた」に「ママ」の注記]おぼえがある。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
依之増修ぞうしうせつに於て此事はかの書に見しとおぼえしも、其書を蔵せざれば急就きうしの用にべんぜず、韈癬べつせんするが多し。かつ浅学せんがくなれば引漏ひきもらしたるもいと多かるべし。
依之増修ぞうしうせつに於て此事はかの書に見しとおぼえしも、其書を蔵せざれば急就きうしの用にべんぜず、韈癬べつせんするが多し。かつ浅学せんがくなれば引漏ひきもらしたるもいと多かるべし。
知れた事お辰が。誰と。冗談は置玉おきたまえ。あなたならで誰とゝいわれてカッと赤面し、乾きたる舌早く、御亭主こそ冗談は置玉おきたまえ、私約束したるおぼえなし。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
び/\にんでゐるうち、一なにかでんだおぼえのある恋愛論れんあいろん出会でつくはしなどするのであつたが、ハイカラな其青年そのせいねん面目めんもくが、さきえるやうである。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あるひは其因果孫彦まごひこむくふか、或子に報か、或其身にむくふかなど、云しぞかし、しかは云ど、今は皿のはたを廻り侍るよと、世俗のことわざなりしが、げにおぼえにけり
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二人とも腕におぼえのある狩人でした。五日たってから、二人は目をまわして帰って来ました。そして、自分たちが見て来たことを話すとき、二人の舌はふるえました。
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
リット提督は、心におぼえのある悪夢にしいたげられ、まだ幾分の弱気で中尉にすがりつかんばかりだった。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「怪からんぢやありませんか、貴方に殺される訳が有るとは。私はして貴方に殺されるおぼえは無い」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それからまた、そこに廿はたちまでいる間に店の勘定をごまかして、遊びに行った事が度々あるが、その頃、馴染みになった女に、心中をしてくれと云われて弱ったおぼえもある。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
家庭料理を学ぶものはよく食品の合物あいものおぼえて衛生上に適った料理を作らなければなりません
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
まさかに黒子ほくろの事は明らさまには言出しにくいので、「自分には別におぼえがないんですけれど、誰かわたくしの事を誤解している人がありはしないかと思うような事が御在ます。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そりゃあ人違だ。おいらあ泉州産せんしゅううまれで、虎蔵と云うものだ。そんな事をしたおぼえはねえ」
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
持ち逃げタダ拾い(戦争中は泥棒なんて言葉はないや。持ち走り、先き拾い。所有権なんてりゃしねえぞ。それをチャンと心得たんだ)モウケ放題にモウケてやるからおぼえてやがれ。
武者ぶるい論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
血の文字を書きしとは、如何に考うるとも受取られず、あゝ余はたゞこれだけの事に気附てより、後にも先にもおぼえなき程に打驚うちおどろき胸のうちにわかに騒ぎいだして、轟く動悸どうきに身も裂くるかと疑わる。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
手前おぼえがあらう、それおれがまだすつぺかしたての時分よ、親父の云付いいつけで、御所ごぜの町へ鮨を商ひにいつたらう、その時は手前も振袖かなんか着込んで、赤いきれを頭へかけ、今たあちがつて
貴所の御高徳をきずつけることになりまするのはく存じて居りまするから、だ心の底の秘密として、かつて一語半句も洩らしたおぼえのありませぬことは、神様が御承知下ださいます——其れを
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
「ぼく、おぼええました」とかれはさけんだ。「ルミが教えてくれました」
されどもわれ彼の猿に、意恨うらみを受くべきおぼえなければ、何故なにゆえかかる事をすにやト、更に心に落ちざりしに、今爾が言葉によりて、かれが狼藉の所以ゆえも知りぬ。然るにかれ今日もまた、同じ処に忍びゐて。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
腕におぼえがあったところで糊米ほどの祿を出して召抱めしかかえる大名もなく、棒振剣術の道場は、稲荷の祠と数を争う江戸の街で、浪人者の生活の足しになる仕事などは、金の草鞋わらじで捜しても見付かりません。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しかもヨブは罪を犯せしおぼえなしと称して、強硬に友の言をしりぞける。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
あなたに何もいたしたおぼえはありません。
おぼえ
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
するとほどなく坂越の男から、富士登山のを返してくれと云ってきた。彼からそんなものを貰ったおぼえのない私は、ちやっておいた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其傍になまぐさき血のほとばしりかゝれる痕をみたりと言へば、水にて殺せしにあらで、石に撃つけてのちに水にいれたりとおぼえたり。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
誰かがコッソリそんな冗談をいっていたのをおぼえている。恐ろしい鉄のとびらの並んだ有様は、如何にも「地獄の停車場」みたいな感じであった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
証拠人しようこにんならおつれなさい、此方こつちちつともおぼえのない事だから。甚「エヘヽヽヽ、ナニおせきさんぢやない赤いソノなんとかつたつけ、うむ、お赤飯せきはんか。 ...
八百屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
新造に取着とッつかれるおぼえはないから、別に殺そうというのじゃあなかろう、生命いのちに別条がないときまりゃ、大威張りの江戸児えどっこ
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
我今まで恋とう事たるおぼえなし。勢州せいしゅう四日市にて見たる美人三日眼前めさきにちらつきたるがそれは額に黒痣ほくろありてその位置ところ白毫びゃくごうつけなばと考えしなり。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
祝盃などを受けるおぼえは無いと言つて、手を引籠ひつこめてゐたけれど、なかなかみんな聴かないぢやないか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「憎むのは阿母さんばかりです。私はこれまで人に憎がられたおぼえなんかありゃしませんよ」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
三右衛門は精神がたしかで、役人等に問われて、はっきりした返事をした。自分には意趣遺恨を受けるおぼえは無い。白紙の手紙を持って来て切って掛かった男は、顔を知って名を知らぬ表小使である。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「何をするッ、拙者は江州の井上半十郎、手籠にされるおぼえは無い」
江戸の火術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「成程そんな新聞を見たおぼえもある」と誰やらが言ふ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
ちぢのかなしみをおおぼえあそばしながら
「ありますとも。第一この私があなたに対してどんな悪い事をしたおぼえがあるんでしょう。まあそれから伺いますから、云って御覧なさい」
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見たのです。僕は少しもおぼえがないけれど、縁の下に何かがあったのでしょう。それを云って下さい。それを見せて下さい
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
可いやさ、罷違まかりちがえばというおぼえがあるから世の中を何とも思わんだろう、中々可い腕があるんだっていうじゃあないか。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
悪事をいたすくらいの侍ゆえ腕におぼえが有ると見え、ひらりと飛び上りながらスーッとまた長刀を引抜き、仙太郎の鼻の先へ、ひらめくところの鋒尖きっさきを突き附けられ
どうでも詰らぬ恋を商買しょうばい道具の一刀にきっすて、横道入らずに奈良へでも西洋へでもゆかれた方が良い、婚礼なぞ勧めたは爺が一生の誤り、外に悪い事おぼえはないが
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
一体貫一はお前の何だよ。何だと思ふのだよ。鴫沢の家には厄介者の居候ゐさふらふでも、お前の為には夫ぢやないかい。僕はお前の男妾をとこめかけになつたおぼえは無いよ、宮さん、お前は貫一を玩弄物なぐさみものにしたのだね。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
内願ないぐわん差出左之通。おぼえ。私拝領仕候御紋附類悴めぐむへ著用為仕度奉内願候、以上。私拝領仕候木綿御紋附御羽織異父兄飯田安石へ相譲申度奉内願候。以上。両通共勝手次第之旨、御頭おんかしら乾三殿被申談候まうしだんぜられそろ
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
おぼえ