老婆ろうば)” の例文
やがて一人の老婆ろうばが群衆のなかからよろよろと出てきて、片手を額にかざし、その下からリップの顔をちょっとのぞいて、叫んだ。
この老婆ろうばは以前は大塚おおつか坂下町辺さかしたまちへん、その前は根岸ねぎし、または高輪たかなわあたりで、度々私娼媒介ししょうばいかいかどで検挙せられたこの仲間の古狸ふるだぬきである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
マリーナ(ぶよぶよした、動きの少ない老婆ろうば)が、サモワールの前にすわって靴下を編んでいる。アーストロフが、そばを歩き回っている。
翌日日暮れに停車場へ急ぐとちゅうで、自分はいねを拾ってる、そぼろなひとりの老婆ろうばを見かけた。見るとどうも新兵衛の女房らしい。
落穂 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
討手の者がたまたまそこを通り合わせた村の老婆ろうばに尋ねると、老婆は、「あの、口から白い息をいていらっしゃるのが王様だ」
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
子供こども老婆ろうばが、二人ふたりともむらからいなくなったので、人々ひとびとおどろいて、方々ほうぼうさがしまわりました。けれど、ついに見当みあたらずにしまったのです。
泣きんぼうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
うすぐらいともしびのそばに、ひとりの男が、あけにそまった老婆ろうば死骸しがいを抱きしめたまま、よよと、男泣きに泣いているのであった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
シャクは、美しく若い男女の物語や、吝嗇けち嫉妬しっと深い老婆ろうばの話や、他人には威張いばっていても老妻にだけは頭の上がらぬ酋長しゅうちょうの話をするようになった。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼らは窓を開いたかと思うとすぐに、風邪かぜにかかりはしないかと恐れてる老婆ろうばのように、その鎧戸よろいどを閉めてしまった。
そして気味わるく物凄ものすごい顔をした、雲助のような男たちにおびやかされたり、黒塚くろづか一軒家いっけんやのような家にとまって、白髪しらがおそろしい老婆ろうばにらまれたりした。
彼の胸はつねにお兼をおもうことで痛み、そのにはお兼の姿、——工場の古びた建物の前で、大勢の女や老婆ろうばたちと並んで、巧みに貝を剥いている姿が
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もとから取立てるほどのきりやうもなかつたが、それが白髪しらがだらけになると、ただありきたりの老婆ろうばだつた。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
天皇は、お父上の忍歯王おしはのみこのご遺骨いこつをおさがし申そうとおぼしめして、いろいろ、ご苦心をなさいました。すると、近江おうみから一人のいやしい老婆ろうばがのぼって来て
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
そのねこは階下かいかにすむ、ひとりもの老婆ろうばのかわいがっているねこなんだ。ぼくはのいろをうすめるくすりやらそのほかの薬やらを、苦心くしんしてそのねこにのませたんだ。
答えたのはあの快活な娘でなくて、彼等の中にまじっていた、眼鼻も見えないような老婆ろうばであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとりの老婆ろうばが小さい孫娘まごむすめといっしょにそこに住んでいて、いまこの皇帝宮を支配しています。そしてよそから来る人たちに、ここにもれている宝を見せているのです。
居士コジは、人命犯じんめいはんにはかならず萬已むを得ざる原因あることひ、財主ざいしゆ老婆ろうばが、貪慾どんよくいきどふるのみの一事いちじにしてたちま殺意さついせうずるは殺人犯の原因としては甚だ淺薄なりと
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
わたしたちと一つ屋根の下に住んでいたある貧しい老婆ろうばの、臨終りんじゅうに立ち会ったことがあった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
その群れは、道をいっぱいに占領し、溝から溝へ波を打ち、あふれ出る。る時はまた、密集して一体となり、ぶよつき、老婆ろうばのような小刻みな足どりで、地べたを踏みならす。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「ありますよ。ちょいと、乗りかえ。本所ほんじょは乗り換えじゃないんですか。」髪を切り下げにした隠居風の老婆ろうば逸早いちはやく叫んだ。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白髪しらがをさかだてたひとりの老婆ろうば蜘蛛くものように岩肌いわはだに身をりつけて、プップップッとたえまなく、ふたりのおもてへ吹きつけてくる針の息……
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただひとり、真のキリスト教信者らしい敬虔けいけんな信仰にひたすら身をまかせていたのは、あわれなよぼよぼの老婆ろうばであった。
かのじょは、老婆ろうばが、自分じぶんうつくしいといったのが、いつまでもあたまにあって、けっして、わるいがしませんでした。
だまされた娘とちょうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
はるになってゆき次第しだいけた或日あるひ墓場はかばそばがけあたりに、腐爛ふらんした二つの死骸しがい見付みつかった。それは老婆ろうばと、おとことで、故殺こさつ形跡けいせきさえあるのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
老婆ろうばは多少おしゃべりで、長い沈黙に堪えることができなかった。そしてゴットフリートとの交わりを残らず語り出した。それはごく遠い昔のことだった。
「そちはなんという老婆ろうばだ。どういうことでまいったのか」とおたずねになりました。赤猪子あかいのこ
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
男が九人、女が六人、五つ組が夫婦で、あとの男たちは独身だし、女一人は雑役の老婆ろうばだった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
持主もちぬし老婆ろうばが、ねこをさがしにきて、『わたしのねこが、こちらにきているでしょう。たしかになき声がしていましたよ』と、がなりたて、部屋へやの中をじろじろとのぞきこんだが
それとも眼病をわずらってでもいるのか、眼瞼まぶたれて垂れ下っているために始終眼をつぶっているような顔つきをした、従って表情の鈍い、けかかった老婆ろうばのような外貌がいぼうではあるけれども
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、老婆ろうばたちはおどろいて目をさまし、しばらく聞き耳を立て、騒ぎががたがたと通りすぎると大声をあげた。
「いや、そんなはずはない。たしかにあやしい男と老婆ろうばとが、密談みつだんいたしていたのを、間諜かんちょうの者が見とどけたとある。この上は自身であらためてくれる」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あるのこと、ふるくから、この病院びょういん出入でいりして、炊事婦すいじふ看護婦かんごふと、顔見知かおみしりという老婆ろうばが、ふいに、おたけのもとへやってきて、まえ約束やくそくがあるのだから
だまされた娘とちょうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
また一ツは松岡という老婆ろうばと女たちの大勢拘留せられた警察署へって、深沢という女が果してお千代の娘であるか否かを確めた後貰下もらいさげの手続をする事である。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
天皇はさっそく近江おうみ蚊屋野かやのへおくだりになって、土地の人民におおせつけになって、老婆ろうばす場所をおらせになり、たしかにお父上のご遺骨をお見出しになりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
この働き者の老婆ろうばは、どうして自分の力がにわかに折れくじけてしまったか、それを理解することができなかった。そしてただ恥ずかしい思いをした。彼はそれに気づかないふりを装った。
もう若い者はセルを着出したころだのに、あわせの上に薄綿の這入はいったジンベエを着て、メリヤスの足袋を穿いている彼女は、小柄こがらで、せていて、生活力の衰えきった老婆ろうばのように見えるけれども
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
洋服の先生はかつて磨いた事もないゴム靴を脱捨ぬぎすてて障子を開けて這入はいると、三畳敷の窓の下で、身体からだのきかない老婆ろうばせきをしている。赤児あかごがギャアギャア泣いている。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まちに、燈火あかりのつくころでした。みすぼらしいようすをした老婆ろうばが、石油屋せきゆやぐちって
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
しかし、田舎の老婆ろうばたちは、こういうことについては最上の審判官であるのだが、彼女らは今でも、イカバッドは超自然的な方法でふしぎにも運び去られたのだと言っている。
翌朝麻布の娼家しょうかを立出で、渋谷村しぶやむら羽根沢はねざわ在所ざいしょに、以前愚僧が乳母うばにて有之候おつたと申す老婆ろうば
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
たけは、少年しょうねんがなんというだろうかと、そのほうましたが、老婆ろうばとは、かねていとみえて、だまっていたので、いまさらこの病院びょういん未練みれんのあるはずがなし、そののうちに
だまされた娘とちょうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あわれな老婆ろうばは、しわのるほおをながれる、なみだでふいていました。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
白髪しらがを振乱して俯伏うつぶしになった老婆ろうばの姿が見えた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「あの老婆ろうばはなにしてやれ。」と、太陽たいようはいいました。
泣きんぼうの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、老婆ろうばは、をしばたたきながら、主人しゅじんにいった。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)