本意ほい)” の例文
お登和嬢ひそかに兄の袖をき「そうすると大原さんは二、三日内に御出発なさるようになりましょうか」と今更別るるを本意ほいなく思う。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「これだけいうても理不尽に、拙者に斬りかかるとならば、えんりょはいたさぬ。斬るぞ! 本意ほいではなけれども、拙者も斬るぞ!」
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
わびたりとて肯くべきにあらず、しおしおと引返す本意ほいなき日数ひかずこそ積りたれ。忘れぬはわがために、この時嬉しかりし楓にこそ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われいまだかれを見しことなければ、もし過失あやまちての犬をきずつけ、後のわざわいをまねかんも本意ほいなしと、案じわづらひてゐけるほどに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
あのおりおもいのほか乱軍らんぐん訣別わかれ言葉ことばひとつかわすひまもなく、あんなことになってしまい、そなたもさだめし本意ほいないことであったであろう……。
そのうちその不為合ふしあわせな御方は、御自分の本意ほいからでもなく、ときおり殿をお通わせになさっていられるらしい御様子だった。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
重吉は母親の時のあの本意ほいない悔いをふたたび妻には繰り返すまいと、魚屋に魚のない日は自分で夜釣に出かけたりした。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
ひとりこの禅寺は松の古葉の少しこぼれたるばかりなるぞ清らかに淋しく禅寺の本意ほいなるべきと口ずさみたる者ならん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
中の君はこれを本意ほいないことに思ったが、とめることはできなかった。あのできごとに心の乱れている女であったから、あまり長く話もせずに去った。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
人に別れる時、何かその人に贐をやりたいと思うけれども、遂にることが出来なかった。その志を致さぬということが一層この別れを本意ほいなくする。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
が、いつも買ひおほせずに本意ほいなく帰つてきてしまつた。とはいへある晩たうとう思ひきつて葡萄餅の行燈のそばにたちよつた。婆さんはお客だとおもつて
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
きのふまで君をしたひしも、けふはたちま怨敵あたとなりて、本意ほいをもげたまはで、いにしへより八九あとなきつみを得給ひて、かかるひなの国の土とならせ給ふなり。
申せしゆゑ早々さう/\かへりしと見えたりさぞかし本意ほいなく思ひしなるべしと云ひながら文右衞門煙草たばこのまんと煙草盆たばこぼん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
まことに本意ほいくは侍れど心に任せぬはそらの事なり、まづ兎も角も休ませ玉へと云へば、父上は打笑ひ玉ひて、天のさまの測り難きは常の事なれば喞つべからず
鼠頭魚釣り (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
又もや彼の路次をわざ/\通りぬけて、本意ほいなく秋元へ帰ったが、それからは毎夜々々、そんなことに本郷から柳橋やなぎばしまで出て来て、話しにならぬ苦労にやつれて居たが
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
それでお島は、小野田が自分をつれて来なかった理由が解ったような気がして、父親が本意ほいながるのもかずに、その日のうちにN——市へ引返して来たのであった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼我に、語るも本意ほいなし、されど明かなる汝のことば我に昔の世をしのばしめ我を強ふ 五二—五四
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
おものも申さで立ち候こと本意ほいなき限りに存じまいらせ候。なにとぞお許しくだされたく候。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
幽霊いうれいといふものはなしにはきゝつるが見しははじめて也、袖振合そでふりあはすも他生たしやうえんとこそいふなれ、いたづらに見すぐさんも本意ほいなし、今夜こそ仏法ぶつほふのありがたさも身にしみつれば
「美人御苦労だったね、此れは少しだがかんざしでも買いなさい」と、一人が紙に幾干いくらひねって渡したのを受取ったまま、お光は何か本意ほいなさそうに跡見送って、ほっと溜息ついて
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
鋭き言葉に言いこらされて、餘儀なく立ちあがる冷泉を、引き立てん計りに送り出だし、本意ほいなげに見返るを見向みむきもやらず、其儘障子をはためて、仆るゝが如く座に就ける横笛。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
見れば雜踏こみあひの中を飄然として行く後ろつき菊五郎おとはやに似たる通仕立つうじたておきなあり誰ぞと見れば幸堂得知かうだうとくち氏なりさては我々の行を送らんとしてこゝに來て逢はぬに本意ほいなく歸るならん送る人を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
兼太郎はただ「いいかねいいかね。」と念を押しながら本意ほいなくも下駄をぬいで上った。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
われも正剣解いてこれにまじり、打てども打てども、球あらぬ方へのみ飛ぶぞ本意ほいなき。
文づかい (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お糸さんは笑声が余所の部屋でするけれど、顔も見せない、私は何となく本意ほいなかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
本意ほいなう死んだ姉が、気の毒でいとしうて、うちなど、どないなってもかめへん、いつまでも離れんといて、思うとおりにうちの身体使つこて、仕残したことをなんなりやったらええ
姦(かしまし) (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
おなじ山科に隱れても、大石内藏之助おほいしくらのすけは見事にかたき討の本意ほいを遂げたが、近松半二は駄目だ、駄目だ、いくら燥つても藻掻いても歌舞伎に對してかたき討は出來ない。(又咳き入る)
近松半二の死 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
「既に出家の本意ほいを遂げて了いました。今は山林の中へ遁れようと思います」
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おん目にかゝらんことは、まことに喜ばしき限なれど、かく強ひて迎へまつらんこと本意ほいなく、二たび三たび止めしに、ベルナルドオの君聽かれねば是非なし。さきにはめでたき歌をたまはりぬ。
あるじ本意ほいならじとはおもひながら、老婢は止むを得ず彼を子亭はなれ案内あないせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いとど帰国の本意ほいなき事を語り出でられぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それと知る身は本意ほいなくも
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
太郎冠者こそ本意ほいなけれ
駱駝の瘤にまたがつて (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
しかれどもその姿をのみ見て面を見ざる、諸君はさぞ本意ほいなからむ。さりながら、諸君より十層二十層、なお幾十層、ここに本意なき少年あり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
に致すによりかたく相斷り候て受取申さゞるを市之丞は本意ほいなく存じたるにや私し儀質物流れの掛合に參り候留守に煙草盆たばこぼんうちへ人知れず入れ置て歸りしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
われも正剣せいけんいてこれに雑り、打てども打てども、球あらぬかたへのみ飛ぶぞ本意ほいなき。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
朧気おぼろげながら逢瀬おうせうれしき通路かよいじとりめを夢の名残の本意ほいなさに憎らしゅう存じそろなどかいてまだ足らず、再書かえすがき濃々こまごまと、色好み深き都の若佼わこうど幾人いくたりか迷わせ玉うらん御標致ごきりょうの美しさ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私は少し本意ほいなかったが、やがて奥まった処で琴のがする。雪江さんに違いない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
然るに爾そののちは、われを恐れて里方へは、少しも姿をいださざる故、意恨をはらす事ならで、いとも本意ほいなく思ふ折から。朱目あかめぬしが教へに従ひ、今宵此処に罠をかけて、ひそかに爾がきたるを待ちしに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
君のような人には大根でも人参にんじんでも何でもよく煮ないで生煮なまにえの硬い方がいいのだろう。そういう人の処へお登和をげても折角苦心して柔く煮た料理がかえって君の気に入らんようでは本意ほいないね。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
とお君が本意ほいないように言いました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ひきモシ若旦那さういつては「イヤ吾儕わしは花見にはモウゆかぬ是から家へかへるなり」と言捨いひすて足を早めるに和吉は本意ほいなき面地おもゝちにて夫では花見はやめになつたかさうして見ば辨當を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さなきだに葬礼法会ありしと聞けば、うおはらわたに寄するとびのごとく十里を遠しとせざるやからが、しかも丁寧に告知らせしに、めしに応ぜざるはそもいかに、貴婦人方は本意ほいなげなり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別れたてまつりし時は今生に御言葉を玉はらんことも復有るまじと思ひたりしに、夢路にも似たる今宵の逢瀬、幾年いくとせの心あつかひも聊か本意ほいある心地して嬉しくこそ、と細〻こま/\と述ぶ。
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
わたくしは本意ほいなく思つて、或時父にうつたへました。すると父はかう申しました。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
某この年頃諸所を巡りて、数多あまたの犬とみ合ひたれども、一匹だにわが牙に立つものなく、いと本意ほいなく思ひゐしに。今日不意ゆくりなく御身に出逢であいて、かく頼もしき伴侶ともを得ること、まことなき父の紹介ひきあわせならん。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
... 生憎あいにくだったね。折角君に御馳走しようと思って楽しんでいたに、妹もさぞ本意ほいなく思うだろう」大原「ところがね、外の人の御馳走ではモー一口も食べられんが御令妹のお手料理と聞いては腹が裂けるまでもこのままに引下がれん」
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
と、本意ほいない色を現わしました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
其日のうち逃帰にげかへらむかとすでに心を決せしが、さりとては余り本意ほい無し、今夜こよひ一夜ひとよ辛抱しんばうして、もし再び昨夜ゆうべの如く婦人のきたることもあらば度胸をゑての容貌とその姿態したいとを観察せむ
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
本意ほいないことであります。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)