擂鉢すりばち)” の例文
キノヲのヲは男の意で、臼を女と見立てての至って粗野なる異名であった。是と同じ思想は、今では擂鉢すりばち擂木すりこぎとが承け継いでいる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
色はくすんだ赤黄色のもので、よいいろどりを与えます。この窯でかつて長方形の片口のような擂鉢すりばちを作りましたが、惜しいことに絶えました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しばらく溜めて日に干しておくとカラカラになりますから擂鉢すりばちかあるいは石臼いしうすき砕いてふるい幾度いくども篩いますと立派なパン粉が出来ます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ぬたをの……今、わっし擂鉢すりばちこしらえて置いた、あれを、鉢に入れて、小皿を二つ、いか、手綺麗てぎれいよそわないと食えぬ奴さね。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると猫は何時の間にか、棚の擂鉢すりばちや鉄鍋の間に、ちやんと香箱をつくつてゐた。その姿は新公と同時に、忽ちお富にも見つかつたのであらう。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大きな擂鉢すりばちとげてがかった丼を三つ四つ、急いで持って出てきた彼女は次々に棚へ載せてみた。と、その途端にだった。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
せっかく丹念に擂鉢すりばちにすり貯めて、その余汁をもって、道庵先生の揮毫きごうを乞わんものをと用意していた墨汁のすりばちを踏み砕いてしまいました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
村のうしろに、雑木山が二つ向きあつてゐる間から、擂鉢すりばちをふせたやうな形の山が、のぞいてゐて、そのまん中どころに、大きな八の字が書いてあるのです。
八の字山 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
こそぎ取った肉が三とすれば味噌七ぐらいの割合でいっしょにしたものを、擂鉢すりばちでよくすり、裏漉しせずに通常の味噌汁を拵えると同じ方法でこれを拵える。
夏日小味 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
全島足の踏み込み場もないまでに、背丈くらいの松が密生して、擂鉢すりばちを伏せたような恰好かっこうのいい小島は、市人から親しまれ、絶好のピクニック場と、目されている。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
よく人は、甲府を、「擂鉢すりばちの底」と評しているが、当っていない。甲府は、もっとハイカラである。
新樹の言葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
頭痛のマジナイに擂鉢すりばちをかぶりて、その上にきゅうを点ずれば治すといい、また一法には、京橋の欄干北側の中央なるギボウシを荒縄をもってくくり、頭痛の願掛けをなさば
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
擂鉢すりばちの底は半円形を劃して空に向って広がる内側面には人間のへいが段々に横輪をえがいている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丘の頂に達すると眼下に猪鼻村の景色が一望の下に見降せるが私は、この頂を丁度巨大な擂鉢すりばちのふちをたどるように半周して、一気に村の向い側へ飛び越えるつもりであった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
ただ一面の短い草の原、今まで来た道は何処へやら、さっぱり判然わからなくなってしまった。が仕方がない、川を伝って下りて行った。何だか擂鉢すりばちの底でもめぐっているような思いがする。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
第三日は、うららかな天気に帰路に就いた。七八里も来たころ、父は茶屋に寄つてぬたもちを註文した。ぬた餅とふのは枝豆を擂鉢すりばちつて砂糖と塩で塩梅あんばいをつけて餅にまびつたものである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
国境の尾根は此処から東北に迂廻して、更に西北を指すようになるので、其方へ向って少し下ると笹がや深い。夫を押し分けて十二、三歩も進むと、俄然として擂鉢すりばち状の小窪地に行き当った。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そして、遂に彼等が運ばれたのは、巨大なる花の擂鉢すりばちの底でありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
近所の小供たちも、「おっさん、はよ牛蒡ごんぼ揚げてんかいナ」と待てしばしがなく、「よっしゃ、今揚げたアるぜ」というものの擂鉢すりばちの底をごしごしやるだけで、水洟みずばなの落ちたのも気付かなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
晴衣はれぎ亘長ゆきたけを気にしてのお勢のじれこみがお政の肝癪かんしゃくと成て、廻りの髪結の来ようの遅いのがお鍋の落度となり、究竟はては万古の茶瓶きゅうすが生れも付かぬ欠口いぐちになるやら、架棚たな擂鉢すりばち独手ひとりで駈出かけだすやら
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
まるで擂鉢すりばちみたいな底の方に、雪のまだらに消えた草原と、一とかたまりの村が表われた、それを取りかこむ東の崖に、大きな弧を二度画いて、だんだん近づくと、村を貫くアルブラの流れのふちに
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
ず米一合と糯米もちごめ一合と混ぜてく洗って三日ほど水へ漬けておきます。それからその水ともに擂鉢すりばちへ入れてよく摺って水嚢すいのうします。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
浪江なみえ近くに一基の窯があって、海鼠釉なまこぐすりを用います。鉢だとか擂鉢すりばちだとか片口だとかに、しっかりした品物を見かけます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
東津軽の駒込村などでいうことは、弘法大師は十二年に一度ずつうしの年に村を巡って擂鉢すりばちに目を打って行かれる。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
擂粉木すりこぎ擂鉢すりばちとを、くだんの日蓮宗派に属するお寺の坊さんが恭しく捧げて、祭壇の前へ安置した時、端坐していた道庵先生が、おもむろにそれに一瞥いちべつをくれて
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あゆはたで酢がつきものだが、たで酢の作り方はまずたでを擂鉢すりばちり、絹漉きぬごしにかけ、後で酢を入れる。この場合たでの沈殿を防ぐために飯粒を入れて摺るとよい。
若鮎の塩焼き (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
背後うしろに三段ばかり棚を釣りて、ここになべかま擂鉢すりばちなど、勝手道具をせ置けり。かわやは井戸に列してそのあわい遠からず、しかもいたく濁りたれば、して飲用に供しおれり。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まるで擂鉢すりばちの底に住んでいると同じ有様だと告げた上、安井はその友達の小さい時分の経験として、五月雨さみだれの降りつづく折などは、小供心に、今にも自分の住んでいる宿しゅく
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第三十五 ホウレン草のスープ はホウレン草の青い葉だけよくやわらか湯煮ゆで一旦いったんしぼって水を切って擂鉢すりばちでよく擂ります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
もとより田舎の勝手道具ばかりであるから小品はない。飯鉢めしばち、片口、かめ、壺、大鉢、擂鉢すりばち等を作る。出たものを選べば窯毎に一つや二つの名器は必ず得られるであろう。
現在の日本民窯 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
余りでもって住職のために、唐紙へけえてやることは先生の御承諾になっているところだが、余沢よたくでない、本目的に向っての擂鉢すりばちの墨汁は、果して何に使用するものか——
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
演奏台ははるかの谷底にある。近づくためには、登り詰めた頂から、規則正しく排列された人間の間を一直線に縫うがごとくに下りて、自然とせま擂鉢すりばちの底に近寄らねばならぬ。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かつおぶし一合に醤油三勺ぐらい入れた味をつけ、微温程度に冷ます(ただし刻み昆布一合煮だし二合ぐらい)。以上で材料は調ったわけである。次は擂鉢すりばちに前に刻んだ昆布を五勺とか一合入れる。
昆布とろ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
ぶたにくこまかくたゝいて、擂鉢すりばちであたつて、しやくしでしやくつて、てのひらへのせて、だんごにまるめて、うどんをなすつてそれからねて……あゝ、つてください、もし/\……そのあらつてありますか
湯どうふ (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
別に黒胡麻をって擂鉢すりばちでよくって味淋と醤油でドロドロにゆるめたものの中へ鯛の身を入れて炊きたての御飯へかけて茶椀のふたをして出します。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
益子は東京に一番近い大きな窯場とて、東京の台所で用いられる雑器の多くは、この窯から運ばれます。鍋、行平ゆきひら片口かたくち擂鉢すりばち、土瓶、火鉢、水甕みずがめ、塩壺など様々のものを作ります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
宗助そうすけはそんな擂鉢すりばちそこ一生いつしやうすごひと運命うんめいほどなさけないものはあるまいとかんがへた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
剥いた豆は御覧の通り擂鉢すりばちへ入て先ず摺木すりこぎでよく搗砕いてそれから充分に摺潰すりつぶすのですがこれもなかなか骨が折れます。炒りようが悪いほどねばりついて摺れません。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
水甕みずがめ、酒甕、大壺、小壺、鉢、土瓶、急須、茶碗、徳利、花立はなたて湯呑ゆのみ、皿、擂鉢すりばち、植木鉢、水注みずつぎ等々々。その範囲はいたく広い。小さな窯場でこれほど多様なものを造る所も珍らしい。
日田の皿山 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
与次郎は共同水道栓のそばに立つて、此夏このなつよる散歩にて、あまりあついから、此所こゝで水をびてゐたら、巡査に見付かつて、擂鉢すりばち山へ馳けがつたと話した。二人ふたりは擂鉢山の上で月を見て帰つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
体外には裏漉うらごしだの擂鉢すりばちだのという便利の機械があって造作なく繊維をれるけれども胃と腸とは何の機械も持っていない。それへ手数をかけさせるのは気の毒でないか。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
あさきてからよるまでるものはやまよりほかにないところで、まる擂鉢すりばちそこんでゐるとおな有樣ありさまだとげたうへ安井やすゐその友達ともだちちひさい時分じぶん經驗けいけんとして、五月雨さみだれりつゞくをりなどは、小供心こどもごゝろ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
出来るものは平茶加ひらちょか、山茶加、伊勢(擂鉢すりばち)、素麪鉢そうめんばち、盆釜、半胴はんどう、徳利、肴鉢さかなばち捏鉢こねばち蕎麦掻そばかき等々々様々である。それを大中小と色々に造る。形は昔を守ってくずさない。どこの国のとも甚だ違う。
苗代川の黒物 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
って渋皮のままザッと湯煮て擂鉢すりばちの中でその豆を米をぐように磨ぎますと渋皮がけます。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
余の浩さんにおけるもその通り。浩さんはどこへ出しても平生の浩さんらしくなければ気が済まん。擂鉢すりばちの中にき廻される里芋さといものごとく紛然雑然とゴロゴロしていてはどうしても浩さんらしくない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから白胡麻をって擂鉢すりばちでよく擂って今の油揚の白い処を入れてまた擂って味淋と酢と砂糖と少しの醤油で味をつけて今の品々と外に蓮根の煮たのを入れてよくえます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
多くは粉と玉子と擂鉢すりばちで擂るそうですから手製のカステラよりも味が重くって胸に持ちます。あのカステラをケーキの種に使うと西洋人は菓子でないパンだといって食べないそうです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)