たわ)” の例文
ただたわみ曲った茎だけが、水上の形さながらに水面に落す影もろとも、いろいろにゆがみを見せたOの字の姿を池に並べ重ねている。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
再び高いはしごに昇って元気よく仕事をしていた。松の枝が時々にみしりみしりとたわんだ。その音をきくごとに、私は不安にたえなかった。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
遮二無二しゃにむに、木蓮の枝にしがみついて、木のたわむのも、枝の折れるのも頓着なく、凧を引っぱずしにかかるものだから、神尾主膳が
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
梅の木はみな古く、たわめた幹や枝ぶりが、ひるちかい日光のなかで、いかにも清閑に眺められたが、新八のところからは花は見えなかった。
盆栽でよく見かける恰好のいい黒槍の一尺ほどのものが、棕梠縄しゅろなわで枝をたわめられたまま岩間に生えている。植木屋の仕業に相違あるまい。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
彼女の心は、すでに十分になめされ、たわめられてあった。この上はただ、彼女に最後の暗示を与えさえすればよいのであった。……
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
やわやわとたわみ、つづいて沈み、方形であった紙帳が、三角の形となって、暗い中に懸かって見えた。しかし、左門の姿は見えなかった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
クールフェーラックとジョリーとボシュエとフイイーとコンブフェールとが長くささえていた中央部は、彼らの戦死とともにたわんできた。
男は石膏のたまを放つこと雨より繁かりしかど、屈せずしてかの竿をたわませんとせしに、竿は半ばよりほきと折れて、燭のたばははたと落つ。
卑弥呼は鹿の毛皮に身を包んで宮殿からぬけ出ると、高倉の藁戸わらどに添って大兄を待った。栗鼠りすは頭の上で、栗のこずえの枝をたわめて音を立てた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
依って曰く、敵を殺すの多きを以て勝つにあらず、威を耀かし気を奪い勢をたわますの理をさとるべしと。中村は近江おうみ国の人なり。
胸の血汐ちしおの通うのが、波打って、風にそよいで見ゆるばかり、たわまぬはだえの未開紅、この意気なれば二十六でも、くれないの色はせぬ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そは意志は自ら願ふにあらざれば滅びず、あたかも火が千度ちたび強ひてたわめらるともなほその中なる自然の力を現はす如く爲せばなり 七六—七八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それも強雨の霧しぶきの中の浜辺で、あちこちと奔走している黒い人影までが、つぎつぎと吹き飛ばされそうにたわんでいる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
路傍みちばたの柿の樹は枝もたわむばかりに黄な珠を見せ、粟は穂を垂れ、豆はさやに満ち、既に刈取つた田畠には浅々と麦のえ初めたところもあつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
人は何とも思え、自分は正しい勇ましい道を辿たどっているのだと、彼女は心の中で、ともすればたわみがちな勇気を振い起した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
友人が一緒になる場合の条件などを提げて出て行ってから、二時間ばかり経つと、笹村もたわめられた竹がもとね返るような心持で家へ帰った。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
晴れても曇っても、冬が日一日と溶け去るけはいは争われなかった。街路樹の梢は、いつかしなやかなたわみを持ち始めた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
一度は掘り返して火に焼いてしまおうと思った、やくざな梨畑の樹という樹は、枝もたわむばかりに大きな果実を幾つとなくつけているのであった。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
上からサーッと風が吹きおろすと、山の木が一斉になびいて、鳴きしきっていた蝉の声が、一瞬吹きたわめられるように感ぜられる、というのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
そして芽は幹の尖端に生ずる。枝を持つたのもあるが、先づ幹だけの一本立が多い。何しろとげだらけの幹をたわめて摘むので、なかなか骨が折れる。
家のめぐり (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
すなわちたわむの意義からタマの名が起ったと解したのと全然同一の理由で、撓むことがすなわち曲ることなのである。
八坂瓊之曲玉考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
義を見ては死を辞せざる、困苦に堪へ艱難かんなんち、初志を貫きて屈せずたわまざる、一時の私情を制して百歳の事業を成就じょうじゅする、これら皆気育に属す。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その時のことを想い出して信神しんじんも信神であるが、これだけのことをきずたわまず、毎日々々やり透すということは普通のものに出来ることではない。
彼らはフランス人のごとき喧騒けんそう浮薄な快活さを有しない。彼らは魂を多分にもち、その愛情はやさしくかつ深い。働いてまず、企画してたわまない。
お梅(かの女の名にして今は予が敬愛の妻なり)の苦心、折々たわまんとする予が心を勤めはげまして今日あるにいたらせたる功績をも叙せざるべからず。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
ややしばらく凝視みいっているうちに、彼の心の裡のなにかがその梢にとまり、高い気流のなかで小さい葉と共に揺れ青い枝と共にたわんでいるのが感じられた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
私の才能の半ばをおさへつけ、私の趣味を元來の傾向からたわめ、私が生れつき何の興味も持てない仕事に私を強ひて導き入れねばならないやうな氣がした。
とそこの、三つばかり先のテーブルに、二十七八の美貌の婦人が、綺麗な左手の指をたわめながらこっちを視詰めていた。彼はその婦人に向けて眼をみはった。
指と指環 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ボンヤリ見ている私は手伝いたくてウズウズしている。小僧さんが天秤棒てんびんぼうたわむほど、かごに一ぱいの大きなうりを担いで来て、土橋どばしをギチギチ急いで渡ってた。
どうしても真犯人を見出して処刑し、永年のがんであった彼等一味の、のさばり加減かげんたわめる必要があった。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
活溌々転轆々ろくろくとしておよそその馳騖ちぶするを得る所はこれに馳騖し、いよいよ進みて少しもたわまざる者なり。
一間もあろうかと思う張子はりこの筆や、畳一畳敷ほどの西瓜のつくりものなどを附け、竹ではたわまって保てなくなると、屋のむねに飾ったなどの、法外に大きなのがあった。
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
そうして今彼が歩いている弓型にたわむその町の通りは、急にその反対の方へ反り返えるように思われた。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
梢一杯にたわこぼれるほど実ったり、美しい真赤なぐみの玉が塀のそとへ枝垂れ出したのや、青いけれど甘みのある林檎、杏、雪国特有のすもも、毛桃などが実った。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
御影石みかげいしを敷き詰めて枝もたわわに、五月躑躅さつきつつじの両側に咲き乱れた、広い道路を上った小高い丘の中腹には、緑の山々を背景にした立派な家が、そびえ立っているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
「たわ」及「たをり」は今日のたわむという語と、語源を同じくしていることは明かであるが、その「たわ」は山頂の線が一所たわんで低くなっていることをいうのか
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
十八年前にムンツの金属というたわみ易いが、ごく強い金属を硝酸第二水銀の液に漬けると、すぐもろい硬い物になることをファラデーに見せようと思って持って行った。
たわに押されおされた渡し舟は、ゆっくりと大きな半円を描いてずしんと南の岸にぶっつかった。その足場にとびあがった阿賀妻は、咄嗟とっさに、官員の土地を感じた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その枝の片なびきは、満木の緑をゆすった劫風の方向を示し、枝のたわみは、積雪の圧力を物がたる。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
そのかわり葉かげにかくれていた柿の実は色づいて、枝は重さを支えかねるようにたわんで来た。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
これらの樹木はいずれもその枝のたわむほど、重々しく青葉に蔽われている上に、気味の悪い名の知れぬ寄生木やどりぎが大樹のこぶや幹の股から髪の毛のような長い葉を垂らしていた。
何しろ、ポムプへ引いてある動力線の電柱が、草見たいにたわむ程、風が雪と混って吹いた。
坑夫の子 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
樹の鳴る音、枝のたわむ音、葉の触れ合ふ音、あらゆる世の中の雑音ざふおん、悲しいとかわびしいとかつらいとかうらめしいとかいふ音が一斉に其処に集つてやつて来たやうにかれは感じた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
右手の壁は腰の辺から硝子戸になっているので、はじめて外が見えた。石灯籠の笠には雪が五六寸もあろうかと思う程積もっていて、竹は何本か雪にたわんで地に着きそうになっている。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
合点がってんです!」意気込んだ宅助、三角を右に見て、腕ッ限りグングンとたわめる。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不死不朽、彼とともにあり、衰老病死、我と与にあり。鮮美透涼なる彼に対して、たわみ易く折れ易き我れ如何に赧然たんぜんたるべきぞ。こゝに於て、我は一種の悲慨に撃たれたるが如き心地す。
一夕観 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そんな性質にもっとも背馳するもの——なにか深く計算された策略をたわみなく実践しろとか、卑小な狡さをときに応じて発揮しろなどということを奨めるのはもってのほかであった。
湿気を含んだ空気は、沈鬱ちんうつ四辺あたりを落着かせた。高くひいでた木の枝が、風にたわんで、伏しては、また起き上り、また打ち伏していた。他の低い木の枝は、右に泳ぎ、左に返っていた。
森の暗き夜 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いて道衍の為に解さば、ただれ道衍が天にくるの気と、自らたのむの材と、莾々もうもう蕩々とうとう糾々きゅうきゅう昂々こうこうとして、屈すからず、たわむ可からず、しょうす可からず、おさう可からざる者
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)