拍子ひょうし)” の例文
ちょうどそのこえは、ぶなのがざわざわとからだすってうたうのに、調子ちょうしわせて、頓狂とんきょう拍子ひょうしでもるようにきかれたのでした。
縛られたあひる (新字新仮名) / 小川未明(著)
そうって、扉口とぐち拍子ひょうしに、ドシーン! ととり石臼いしうすあたまうえおとしたので、おかあさんはぺしゃんこにつぶれてしまいました。
泥酔者達は、その拍子ひょうしに足をとられて、バタバタと、折重って倒れた。その内のある者は、起上って、又ヒョロヒョロと走った。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
といって、がって、おうぎをつかいながらいをいました。四天王てんのうこえわせて拍子ひょうしをとりながら、ふしおもしろくうたうたいました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ゆかに穴がいていて、気をつけないと、縁の下へ落ちる拍子ひょうしに、向脛むこうずね摺剥すりむくだけが、普通の往来より悪いぐらいのものである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ようするに、それは扉をしめる拍子ひょうしに自動式にそこを狙って前の壁の中に仕掛けてある機関銃が一聯の猛射をったものである。
と指をかけようとする爪尖つまさきを、あわただしく引込ひっこませるを拍子ひょうしに、たいを引いて、今度は大丈夫だいじょうぶに、背中を土手へ寝るばかり、ばたりと腰をける。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
するとその時どうした拍子ひょうしか籠の底が抜け落ちたから、鸚鵡は直ぐにパッと飛び出して、さも嬉しそうに羽ばたきをたが
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
長めの黄色い顔を一方へかしげるかと思うと、今度は、反対側へかしげたりして、美しい音楽に拍子ひょうしを合せているのです。
「歩く拍子ひょうしもみのはつちと浅黄縮緬あさぎちりめん下帯したおびがひらりひらりと見え」とか「肌の雪と白き浴衣ゆかたの間にちらつく緋縮緬の湯もじを蹴出けだすうつくしさ」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
そうしてもののみごとにろばを大地にたたきつけた、その拍子ひょうしにかれは片ひざを折った。三人はその上におりかさなった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
闇を仰いでいた首が、いっせいに、なアンだ——という顔をして、少し拍子ひょうし抜けしていると、まぎれもない二度目の半鐘。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしは両足が地面に届いた拍子ひょうしに、はずみがあんまり強すぎたので、体を支えきれなかった。わたしはどさりとたおれて、一瞬間、気が遠くなった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
春吉君は、すかをくらわされたように拍子ひょうしぬけして、わらえもしなければおこれもせず、もじもじして立っていた。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
わたしは昨日きのうひる少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子ひょうしに、牟子むし垂絹たれぎぬが上ったものですから、ちらりと女の顔が見えたのです。
藪の中 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
こんな事をどうかした拍子ひょうしに面と向かって木村にいって、木村が怪訝けげんな顔でその意味をくみかねているのを見ると
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ひろほど沈むと、次第に速度が緩んで、まるで思案でもするように拍子ひょうしを取って揺れる。そしてもう潮に押されて、下よりは横の方へぐんぐん流される。
グーセフ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
とにかくわたしはハープを取り上げて、まずワルツの第一せつをひいた。カピは前足でドルスのこしをだいて、じょうずに拍子ひょうしを取りながらおどり回った。
いよ/\上手じょうずのように思われておよそ一年ばかりは胡摩化ごまかして居たが、何かの拍子ひょうしにツイばけの皮が現われて散々さんざんののしられたことがある、と云うようなもので
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
(此の男はこれから先、暫くは俺の負担となるだろう)原隊から追手が来ないと判ったことは、不安が無くなったというよりむしろ拍子ひょうし抜けの感じであった。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
すると大天狗は、ころもすそをからげ、羽うちわで拍子ひょうしを取り、おもしろい足取りで、踊り出しました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その男と話しているうちに、何かの拍子ひょうしから、話は琉球の泡盛あわもりのことに移った。最近その泡盛を飲ませる店が、この風呂屋の向横町むこうよこちょうに出来て、一杯売をしている。
なんかふざけている拍子ひょうしに昂奮してついうっかりかじってしまうのではないの? 本当に噛む気ではなくってさ。やっぱり親しみを現わしたつもりではないのかしら
愉快な教室 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
おきなのとなりに猩々しょうじょうがあり、猩々のうしろには頼政よりまさが出没しているという有様で、場面の事件と人物には、更に統一というものはないが、拍子ひょうしだけはピッタリ合って
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
言いながら、外から、あががまちの障子をあけるのと一拍子ひょうしに、茨右近は、もうスックとち上っていた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「鹿なんぼ」という文句があまり簡単だから、あるいはこれも馬乗りの方かも知れぬが、文句が残っている以上はもと拍子ひょうしをとって、叩いていたのではないかと思う。
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
どことハッキリはいえないが、どうかした拍子ひょうしにひょいとそういうものの感じられることがある。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
どうした間違いか、もう一本の吊鎖つりぐさりが外れたのだ。その拍子ひょうしに、人夫たちのたぐり寄せていた引綱ひきづなも、彼等の手からぐいっと持ってゆかれて、すべり落ちてしまったのだ。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
と手まねをする拍子ひょうしに、持っていたナイフを妙子様たえこさまのお皿のところへカチャンと投げ飛ばした。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
杏の花の小枝をって、首を俯向うつむけて髪にさそうとして、ひょいと頭をげた拍子ひょうしに王と顔を見あわすと、もうそれをささずににっと笑って花をいじりながら入っていった。
嬰寧 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
光遠は、それをきいたが、少しも驚かず(音にきく昔の薩摩さつまの氏家なら妹を質にとられようが)と、すましている。村人は、拍子ひょうしぬけがして、妹の家の方へ引き返して来た。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
犬は、驚いた拍子ひょうしに、あるいは、怒りに任せて、きっとその貴重品を滅茶滅茶めちゃめちゃにして、おまけに逃げてしまうに相違ないからである。このロス事件の場合がちょうどそれだ。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
市助まず喫驚びっくりして飛起きると、舳を蘆間に突込んだ拍子ひょうしに、蘆の穂先で鼻の孔を突かれて。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
何かの拍子ひょうしに、また、きのう迄のあんな地獄の気分に落ちるのではないかと、まだ少し心配でございます。自分のからだが、こわれもののような気がして、はらはらしています。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
すると狸の子は棒をもってセロのこまの下のところを拍子ひょうしをとってぽんぽん叩きはじめました。それがなかなかうまいので弾いているうちにゴーシュはこれは面白おもしろいぞと思いました。
セロ弾きのゴーシュ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
いつも門口かどぐちに来ると、杖のさきでぱっ/\とごみを掃く真似をする。其おとを聞いたばかりで、安さんとわかった。「おゝそれながら……」と中音で拍子ひょうしをとって戸口に立つこともある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「いや、どうも有難ありがとう」と言って、御馳走を受取ろうとしました拍子ひょうしに、ふと、その御馳走の下にそれを突き出している、それはそれは何とも言えぬほど可愛かわいらしい手が見えたのです。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
いつしか眼が曇り両人ふたりの顔がかすんで話声もやや遠くこもッて聞こえる……「なに、十円さ」と突然鼓膜こまくを破る昇の声におどろかされ、震え上る拍子ひょうしに眼を看開みひらいて、忙わしく両人ふたりの顔をうかがえば
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
その拍子ひょうしに跣足の片足を赤土に踏み滑らし、横倒しになると、坂になっている小径をたきのように流れている水勢が、骨と皮ばかりになっている復一を軽々と流し、崖下の古池のほとりまで落して来た。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と少しく拍子ひょうしぬけのしたような気持ちにさえもなった。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
お浜は、何か拍子ひょうしぬけがしたような調子だった。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
足踏みが拍子ひょうしをとって、踏み鳴らされた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
女は驚ろいたさまもなく、うろうろする黒きものを、そと白き指で軽く払い落す。落されたる拍子ひょうしに、はたと他の一疋と高麗縁こうらいべりの上で出逢であう。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふと、その拍子ひょうしあたませていた三かく帽子ぼうしがおっこちました。帽子ぼうしは、きらきらとちいさなのようにひらめいてしたちてきました。
酔っぱらい星 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼はこの世において、全く異国人であった。彼はわば、どうかした拍子ひょうしで、別の世界へ放り出された、たった一匹の、孤独な陰獣いんじゅうでしかなかった。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もう、一度、今度は両手に両側の蘆を取って、ぶら下るようにして、橋の片端を拍子ひょうしに掛けて、トンとる、キイと鳴る、トントン、きりりと鳴く。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
喧嘩になれた巌は進みくる木俣を右にすかしざまに片手の目つぶしを食わした。木俣のあっとひるんだ拍子ひょうしに巌は左へ回って向こうずねをけとばした。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そこにあった道のデコボコに馬車が引っかかってガタンガタンとはね上る拍子ひょうしに、二人共抱き合ったまま馬車の屋根の上から往来へ転がり落ちました。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
浄観はほとんど傲然ごうぜんななめに伝吉へ肩を示した。その拍子ひょうしにふと伝吉は酒臭い浄観の息を感じた。と同時に昔の怒のむらむらと心に燃え上るのを感じた。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
はじめかの女は大きな美しい目をじっとわたしに向けて聞いていたが、やがて足で拍子ひょうしを合わせ始めた。するうち、うれしそうに食堂しょくどうの中をおどり歩いた。