悚然ぞっ)” の例文
の消えたその洗面所のまわりが暗いから、肩も腰も見えなかったのであろう、と、うたがいの幽霊を消しながら、やっぱり悚然ぞっとして立淀たちよどんだ。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでも若旦那が血だらけになって楽屋へかつぎ込まれた時には、わたしも総身に冷水みずを浴びせられたように悚然ぞっとした。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうしてその苦しがって死ぬのを、面白がって眺めているのだとしか思われないことがあって、私は悚然ぞっとします。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
れから吾妻橋へ掛りました時に文七は「あゝ昨夜ゆうべ此処こゝとこで飛び込もうとしたかと思うと悚然ぞっとするね」
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
えたような地衣の匂いの中に立ち腐れになっている、うっかり手が触れると、海鼠なまこの肌のような滑らかで、悚然ぞっとさせる、毒蚋どくぶとが、人々の肩から上を、空気のように離れずにめぐっている
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
悚然ぞっとして、向直むきなおると、突当つきあたりが、樹の枝からこずえの葉へからんだような石段で、上に、かやぶきの堂の屋根が、目近まぢか一朶いちだの雲かと見える。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その蒼ざめた顔その悲しそうな声、今も眼に着いて耳について、思い出しても悚然ぞっとします——と声ふるわせて物語る。
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女房の何となく悚然ぞっとしたのは、黄菊の露の置きかわる、霜の白菊を渡り来る、夕暮の小路の風の、冷やかなばかりではなかった。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
或物あるものを窓の外へ推出おしだ突出つきだすような身のこなし、それが済むとたちまち身を捻向ねじむけて私の顔をジロリ、睨まれたが最期、私はおぼえず悚然ぞっとして最初はじめの勇気も何処どこへやら
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これを聞いてかれは思わず手を差延べて、いだこうとしたが、触れば消失きえうせるであろうと思って、悚然ぞっとして膝に置いたが、打戦うちわななく。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それと同時に彼女かれは黄八丈の小袖も欲かった。若いお内儀さんも気の毒であった。よもやと思うものの、若しお熊さんがこの川へ飛び込んだらうなるであろう。彼女かれはまた悚然ぞっとした。
黄八丈の小袖 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「私はまた不思議な物でも通るかと思つて悚然ぞっとした、おばあさん、此様こんところに一人で居て、昼間だつておそろしくはないのですか。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
まったくそりゃ悚然ぞっとしたよ。ひとりでに、あの姿が、城の中へふいと入って、向直って、こっちを見るらしい気がした時は。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見えん処へ隠してくれんか。——私はもう、あの人が田圃で濡れた時の事を思っても、悚然ぞっとする。どうだね、可哀想かわいそうだとは思わないかね。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
荒海の磯端いそばたで、肩を合わせて一息した時、息苦しいほど蒸暑いのに、ざあと風の通る音がして、思わず脊筋も悚然ぞっとした。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私ゃこうやってお前さんがここに盗んだものを並べてあるのを見ると、一々動くようで蛇の鱗だと思って、悚然ぞっとした。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのれ違った時、袖の縞の二条ふたすじばかりが傘を持った手に触れたのだったが、その手が悚然ぞっとするまで冷えとおる。……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
両膚脱りょうはだぬぎの胸毛や、大胡坐おおあぐらの脛の毛へ、夕風がさっとかかって、悚然ぞっとして、みんなが少し正気づくと、一ツ星も見えまする。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こういいいい体温器を入れられた時は、私は思わず、人事ひとごとながら悚然ぞっとした、お庇で五分その時は熱が上ったですよ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は何んですか、悚然ぞっとして寝床に足を縮めました。しばらくして、またその(ええ、ええ、)という変な声が聞えるんです。今度はちっと近くなって。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と鋭い目でじっと見られた時は、天窓あたまから、悚然ぞっとして、安本亀八かめはち作、小宮山良助あッと云うていにござりまする活人形いきにんぎょうへ、氷をあびせたようになりました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
円いひじを白くついて、あの天眼鏡というのを取って、ぴたりと額に当てられた時は、小僧は悚然ぞっとして震上ふるいあがった。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ左のたもとの下に包んだままで、撫肩なでがたゆきをなぞえに、浴衣の筋も水に濡れたかと、ひたひたとしおれて、片袖しるく、悚然ぞっとしたのがそのままである。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お辻は十九で、あえて不思議はなく、わずらつて若死わかじにをした、其の黒髪を切つたのを、私は見て悚然ぞっとしたけれども、其は仏教を信ずる国の習慣であるさうな。
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と崖ぶちの日向ひなたに立ったが、紺足袋の繕い。……雪の襟脚、白い手だ。悚然ぞっとするほど身に沁みてなりませんや。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同時に真直まっすぐに立った足許に、なめし皮の樺色かばいろの靴、宿を欺くため座敷を抜けて持って入ったのが、向うむきに揃っていたので、立花は頭から悚然ぞっとした。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さっと血が流れたという……話を聞いた事があって、それ一羽、私には他人の鷺でさえ、お澄さんのような女が殺されでもしたように、悚然ぞっとして震え上った。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うふん。」といって、目をいて、脳天から振下ぶらさがったような、あかい舌をぺろりと出したのを見て、織次は悚然ぞっとして、雲の蒸す月の下をうち遁帰にげかえった事がある。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
砂の上に唯一人やがて星一つない下に、果のない蒼海あおうみの浪に、あわれ果敢はかない、弱い、力のない、身体単個ひとつもてあそばれて、刎返はねかえされて居るのだ、と心着こころづいて悚然ぞっとした。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫人は時にあらためて、世に出たようなまなざししたが、苫船とまぶねを一目見ると、ぶちへ、さっと——あおざめて、悚然ぞっとしたらしく肩をすくめた、黒髪おもげに、沖のかた
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
優しい柔かな声が、思いなしか、ちらちらと雪の降りかかるようで、再び悚然ぞっとして息を引く。……
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
宗吉はかくてまた明神の御手洗みたらしに、更に、氷にとじらるる思いして、悚然ぞっと寒気を感じたのである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鐘さえ霞む日はたけなわに、眉をかすめる雲は無いが、うっすりとある陽炎かげろうが、ちらりと幻を淡く染めると、露地を入りかけた清葉は、風説うわさの吾妻下駄と、擦違うように悚然ぞっとした。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もうそのせきばらいで、小父さんのお医師いしゃさんの、膚触はだざわりの柔かい、ひやりとした手で、脈所をぎゅうと握られたほど、悚然ぞっとするのに、たちまち鼻がとがり、眉が逆立ち、額のしわ
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これに悚然ぞっとしたさまに、一度すぼめた袖を、はらはらと翼のごとくたたいたのは、紫玉が、可厭いとわしき移香うつりがを払うとともに、高貴なる鸚鵡おうむを思い切った、安からぬ胸の波動で
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
常燈明の細いあかりで、ちょいと見ると、鳥なんですって、死んだのだわねえ、もう水を浴びたように悚然ぞっとして、何の鳥だかよくも見なかったけれど、謎々よ、……解くと
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう私、二条ふたすじ針を刺されたように、背中の両方から悚然ぞっとして、足もふらふらになりました。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
思出すわ。……鋤鍬すきくわじゃなかったんですもの。あの、持ってたもの撞木しゅもくじゃありません? 悚然ぞっとする。あれが魔法で、私たちは、誘い込まれたんじゃないんでしょうかね。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
急遽そそくさして、実は逃構にげがまえも少々、この臆病者は、病人の名を聞いてさえ、悚然ぞっとする様子で
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これでまた爺どのは悚然ぞっとしたげな。のう、いかな事でも、明神様の知己ちかづきじゃ言わしったは串戯じょうだんで、大方は、葉山あたりの誰方どなたのか御別荘から、お忍びの方と思わしっけがの。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれども、私は、その姿の、ぼッとしたのといい、背後うしろだった形といい、折から、その令嬢というのを悩ます、病の魔のような気がして、こっちも病人だ、悚然ぞっとしましたよ。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瑠璃色るりいろに澄んだ中空なかぞらの間から、竜が円い口を張開いたような、釣鐘の影のなかで、そっと、美麗なおんなの——人妻の——写真をた時に、樹島きじまは血が冷えるように悚然ぞっとした。……
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とおくれ毛を風に吹かせて、女房も悚然ぞっとする。やっこの顔色、赤蜻蛉あかとんぼきびの穂も夕づく日。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
客は、ひなたの赤蜻蛉に見愡みとれた瞳を、ふと、畑際はたぎわの尾花に映すと、蔭の片袖が悚然ぞっとした。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
高坂は、悚然ぞっとして思わず手をげ、かつておんなが我にしたる如く伏拝ふしおがんで粛然しゅくぜんとした。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あまりの事に、ここへ来るは今日には限らないと思切って、はじめて悚然ぞっとして、帰ろうとして、骨を送った船のただよう処をながむれば、四五本打った、くいの根にとまったが、その杭から
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と枕に顔を仰向あおむけて、すずしい目をみはって熟と瞳を据えました。小宮山は悚然ぞっとする。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……流灌頂ながれかんちょう——虫送り、虫追、風邪の神のおくりあと、どれも気味のいいものではない。いや、野墓、——野三昧のざんまい、火葬のあと……悚然ぞっとすると同時に、昨夕ゆうべの白い踊子を思い出した。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私がお世辞を言うものですかな、真実まったくですえ。あの、その、なあ、悚然ぞっとするような、恍惚うっとりするような、めたような、投げたような、緩めたような、まあ、んと言うてかろうやら。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
遊女つとめあがりの女をと気がさして、なぜか不思議に、女もともに、あなどり、かろんじ、冷評ひやかされたような気がして、悚然ぞっとして五体を取って引緊ひきしめられたまで、きまりの悪い思いをしたのであった。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)