屹立きつりつ)” の例文
五六ぽん屹立きつりつしたもみいたやうこずゑあひつて、先刻さつきからかるいひかりいと踊子をどりこおほうて一ぱい陰翳かげげてたのであるが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
西洋の寺院は大抵単独に路傍ろぼう屹立きつりつしているのみであるが、日本の寺院に至っては如何なる小さな寺といえどもみな門を控えている。
じっとその霧の上に屹立きつりつして、シュレックホルンの鋭い岩角が、脚もとのフィルンに、蟻のように集まった私達四人を下ろしている。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
たとえば女夫めおと岩という二つの岩の屹立きつりつしている所があると、それに接続している数町歩の田畑または村里の字をも女夫岩という。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
うしろに南支那大陸の九竜きうりよう半島を控へて居る所は馬関海峡の観があるが、ピンクの屹立きつりつして居る光景は島原の温泉うんぜんだけを聯想するのであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
南方数十歩には、天工のまさかりで削ったような、極めて堅緻けんちの巨岩が、底知れずの深壑しんがくから、何百尺だかわからなく、屹立きつりつしている。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
安場は七輪しちりんのような顔をぐっと屹立きつりつさせると同時に鼻穴をぱっと大きくする、とすぐいのししのようにあらい呼吸いきをぷうとふく。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
まず山雲やまぐもと戦う 時に油然ゆうぜんとして山雲が起って来ますと大変です。修験者は威儀をつくろ儼乎げんこたる態度をもって岩端いわはな屹立きつりつします。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
岳神、大慈大悲、我らに代り、その屹立きつりつを以て、その威厳を以て、その秀色を以て、千古万古天に祈祷しつつあるを知らずや。
山を讃する文 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
もし彼が貴族の家に生れ、顕栄の位地に立つべき身を以て、農民を愛撫し、誠信を以て世に屹立きつりつするに至りたる来歴を問はゞ
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
いずれも林子平の伝記や功績を記したもので、立派な瓦家根の家の中に相対して屹立きつりつしている。なにさま堂々たるものである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
姜維きょういは、四十九人の武者とともに、帳外に立って、彼も、孔明のいのりが終るまではと、以来、食も水も断って、石のごとく、屹立きつりつしていた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
第三のは極地の冬空に突き立つた氷山の尖塔せんたふを現はしてゐた。北光の集まりが地平線に沿つて槍を並べたやうに密集してほの暗く屹立きつりつしてゐる。
そこには理智と数学で固まっている、氷づけの結晶した「純美」があり、大理石によって刻まれた造型美術が、立体結晶キュービカルの冷酷さで屹立きつりつしている。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
この塔こそはヘクザ館の名物で、山岳地帯にそびえる古塔は、森林のなかに屹立きつりつして、十里四方から望見ぼうけんされるという。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
平原の地平線の上に屹立きつりつし、緑の濃い風景、——と、昔の東部アングリアの、光栄と殷盛を想わしめるものであった。
意気軒昂けんこう、不屈不撓ふとう、孤岩屹立きつりつ、多少めちゃくちゃな感じかもしれないがおれとしても無関心ではいられなかったさ。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
横町を左へ折れると向うに高いとよ竹のようなものが屹立きつりつして先から薄い煙を吐いている。これすなわち洗湯である。吾輩はそっと裏口から忍び込んだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「図示しましたその枝川がトウベツ川の本流と合する地点に年古りたる水松が屹立きつりついたし、そこを基点として——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
拱廊きょうろうのあいだから見あげると、青い空がわずかに見え、雲が一片流れていた。そして、寺院の尖塔せんとうが太陽に輝いて蒼天そうてん屹立きつりつしているのが眼にうつった。
しき因縁いんねんまとわれた二人の師弟は夕靄ゆうもやの底に大ビルディングが数知れず屹立きつりつする東洋一の工業都市を見下しながら、永久にここにねむっているのである。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もし往航おうこうならば左舷さげん彼方かなたにエトナがたか屹立きつりつしてゐるのをるべく、六七合目以上ろくしちごうめいじよう無疵むきづ圓錐形えんすいけいをしてゐるので富士ふじおもすくらゐであるが
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
或る大きな都会の娯楽街アミューズメントセンター屹立きつりつしている映画殿堂では、夜の部がもうとっくに始まって、満員の観客の前に華やかなラヴ・シーンが映し出されていました。
気の毒な奥様 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
種子島も見ないづくだつたし、いま、眼の前に屹立きつりつしてゐる屋久島さへも見ようとはしない。ゆき子にとつては、どんな陸上でもよかつたのかも知れない。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
奇怪ともみっともないともいいようのない、みじめで情ない姿なのだ。中央部から屹立きつりつする高さ二十メートルほどの煙突も、半分までを真黒に塗られていた。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
橋あり長さ数十間その尽くる処嶄岩ざんがん屹立きつりつ玉筍ぎょくしゅん地をつんざきて出ずるの勢あり。橋守に問えば水晶巌なりと答う。
旅の旅の旅 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
(酔っていたから、ほんとうに部屋が舟のように思われた。)あたかもギリシャ彫刻にある『大言家の像』のように屹立きつりつして、両手を拡げて海の歌をうたった。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
それでも彼はなお進もうとする、その顔には残酷醜悪な色がみなぎっている。二人の視線ははたと合って、互に屹立きつりつしたまま深讐仇敵しんしゅうきゅうてきのごとくに猛烈に睨み合った。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
しかれども封建社会の精神は巍然ぎぜんとして山のごとく屹立きつりつするにあらずや。吾人は今日において封建割拠の結合のほかにいまだ政治上の結合なるものを見ざるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
この勢いに激して屹立きつりつするはもとよりやすきにあらず、非常の勇力あるにあらざれば、知らずして流れらずしてなびき、ややもすればその脚を失するの恐れあるべし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
だから聯想的れんそうてき形容詞でなく、厚ぼったい匂や、ざらざらな匂や、すべすべな匂や、ねとねとな匂や、おしゃべりな匂や、屹立きつりつした匂や、やけどする匂があるのである。
触覚の世界 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
赤城と白根の間に男体山が見える、人夫の一人は男体山を富士山だかと三、四回も自分に質問した、浅間山がさかんに噴煙している、頸城くびきの平野を隔てて妙高みょうこう山が屹立きつりつしていて
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
焼ヶ岳は、信濃と飛騨にまたがって、穂高と乗鞍の間に屹立きつりつする約二千五百メートル、日本北アルプスの唯一の活火山ですから、鳴動することはそんなに不思議ではありません。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
カンヌの町を三方から囲んで屹立きつりつしている高い山々に沿うて、数知れず建っている白堊はくあの別荘は、折からの陽ざしをさんさんと浴びて、うつらうつら眠っているように見えた。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
「そこへ。」とお丹が座を示せば、老婦人の前に光子を押据え、牛頭馬頭ごずめず左右に屹立きつりつせり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど石で畳んだように、満々と湯をたたえた温泉いでゆの池である。屹立きつりつする巌のあいだに湧く天然の野天風呂——両側に迫る山峡を映して、緑の絵の具を溶かしたような湯の色だった。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
家の前方には、牧場や木の茂った長い斜面が広がり、突兀とつこつたる岩が屹立きつりつし、曲がりくねったもみがけにしがみつき、大きく腕を広げたぶなが後ろに倒れかかっていた。空はどんよりしていた。
脚下きゃっかは一たい白砂はくさで、そして自分じぶんっているいわほかにもいくつかのおおきないわがあちこちに屹立きつりつしてり、それにはひねくれたまつその常盤木ときわぎえてましたが、不図ふとがついてると
二つ目の隆起は、字クワノキ平の標木があった。食慾減退のたたりがそろそろ現れて来たようだ。前に高く屹立きつりつした鋸山の最高点へは登らずに済むかと思ったが、どうも登らずには通れぬらしい。
皇海山紀行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
島の中央に巍然ぎぜんとして屹立きつりつする・蝙蝠模様で飾られた・り屋根の大集会場バイを造ったのも、島民一同の自慢の種子である蛇頭の真赤な大戦舟を作ったのも、すべて此の大支配者ムレーデルの権勢と金力とである。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それが、広間のところどころに、巨人のように屹立きつりつした、数本の太い円柱をめぐって、チラチラと入乱れている有様は、地獄の饗宴とでも形容したいような、世にも奇怪な感じのものでありました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あるひはまた浅草本願寺の屹立きつりつせる屋根を描きたる図中その瓦の色と同様なる藍と緑を以て屋根瓦を修繕する小さき人物を描きたるが如き
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
喨々りょうりょうたる奏楽は満堂の酔をしてさらに色に誘った。母公はふと、玄徳のうしろに屹立きつりつしている武将に眼をそそいで
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
酒田の本間家は現今の富豪であるが、この家号も広く出羽地方に播布はんぷしておって佐藤・五十嵐二勢力の外に屹立きつりつしているが、この家は佐渡の本間である。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
空濠からほりにかけてある石橋を渡って行くと向うに一つの塔がある。これは丸形まるがた石造せきぞうで石油タンクの状をなしてあたかも巨人の門柱のごとく左右に屹立きつりつしている。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
※クトリヤ・ピンクは湾に臨んで屹立きつりつし、その山脈は左右に伸びて山腹と山下さんかとに横長い市街を擁して居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
青いみるやうな海原の上に、ビロードのやうにうつそうとした濃緑の山々が、晴れた空に屹立きつりつしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
実にその物凄く快濶かいかつなる有様に見惚みとれて私は湖岸の断壁岩だんぺきがん屹立きつりつして遙かに雲間に隠顕いんけんするところのヒマラヤ雪峰を見ますると儼然げんぜんたる白衣びゃくえの神仙が雲間に震動するがごとく
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
金華山きんかざんは登り二十余町、さのみ嶮峻けんしゅんな山ではない、むしろ美しい青い山である。しかも茫々たる大海のうちに屹立きつりつしているので、その眼界はすこぶるひろい、眺望雄大と云ってよい。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この湾はサクラ湾とはまったくおもむきをことにし、サクラ湾のように一帯の砂地ではなく、無数の奇岩怪石きがんかいせきがあるいは巨人のごとくあるいはびょうぶのごとくそこここに屹立きつりつしている
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)