天狗てんぐ)” の例文
ひとが何かいうと、けッという奇怪な、からす天狗てんぐの笑い声に似た不愉快きわまる笑い声を発するのである。ゲエテ一点張りである。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
やがて、こぶみねのてッぺんにある、天狗てんぐ腰掛松こしかけまつの下にたった竹童ちくどうは、頓狂とんきょうな声をだしてキョロキョロあたりを見まわしていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
に言伝える。天狗てんぐ狗賓ぐひんむ、巨樹、大木は、その幹のまた、枝の交叉こうさ一所ひとところせんを伸べ、床を磨いたごとく、清く滑かである。
それとともに紀州藩の武士ともあろうものが、天狗てんぐ木精すだまのためにこんな目にわされるとは、何たることだと思って口惜くやしかった。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
石田は平生天狗てんぐんでいて、これならどんな田舎いなかに行軍をしても、補充の出来ない事はないと云っている。たまには上等の葉巻を呑む。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
『これは全くただごとならず。先生あまり高慢なるゆえに、かれが鼻をひしがんと、天狗てんぐさまの人に化けて来られしものなるべし』
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
大体だいたいおいもうしますと、天狗てんぐ正体しょうたい人間にんげんよりはすこおおきく、そして人間にんげんよりはむしけものり、普通ふつう全身ぜんしんだらけでございます。
大杉明神は常陸坊海尊ひたちぼうかいそんを祀るともいう。俗に天狗てんぐの荒神様。其附近に名代の魔者がいた。生縄いきなわのおてつという女侠客がそれなのだ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
じいさんがびっくりしてるうちに、天狗てんぐは羽うちわをはたはたとやりながら、宙に飛び上がって、どこともなく立ち去りました。
天狗の鼻 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
金比羅こんぴらさんの天狗てんぐさんの正念坊しょうねんぼうさんが雲の中で踊っとる。の衣を着て天人様と一緒に踊りよる。わしに来い来いいうんや。
屋上の狂人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そんなのが顔が綺麗きれいだったりするとたちまち人気を呼び、そうした子が、ろくすっぽ踊れないのに人気のために天狗てんぐになって古い先輩を軽蔑し
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
これが太古であれば、天狗てんぐさまに出会ったとでも記すところであろう。さすがの私も、すっかり頭の中が混乱してしまった。
地球要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「誰も口にせぬ者はないが、誰も見たものはない。誰も聞いた事はあるが、誰もった者がない。大和魂はそれ天狗てんぐたぐいか」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その顔が始終目について気になっていけないので、今度は右向きに横に寐ると、襖にある雲形の模様が天狗てんぐの顔に見える。
ランプの影 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
人間が不意に見えなくなって、何日か何年かの後、ヒョックリ現れるのを、昔は羽黒や秋葉の天狗てんぐのせいにして、これを神隠しと言ったのです。
鞍馬山くらまやま牛若丸うしわかまる天狗てんぐと剣術をやっているのがあった。その人形の色彩から何からがなんとも言えない陰惨なものである。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
二九 鶏頭山けいとうざんは早池峯の前面に立てる峻峯しゅんぽうなり。ふもとの里にてはまた前薬師まえやくしともいう。天狗てんぐ住めりとて、早池峯に登る者も決してこの山はけず。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それはいしきり石錐せきすい)といふものです。また、石匙いしさじといふものがありますが、むかしひと天狗てんぐ飯匙めしさじといつてゐたものです。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
曙町の様子などを聞かれましたので、二本杉のお話をしましたら、「それは天狗てんぐ寄合よりあいによい処ですね」といわれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
新郷しんごうで買った天狗てんぐ煙草が十銭、途中の車代が三十銭、清心丹が五銭、学校で取った弁当が四銭五厘、合計四十九銭五厘
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
何がそうさせていたかと思ってみますと、天狗てんぐ木精こだまなどというものが欺いて伴って来たものらしく解釈がされます。
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
とお父さんは鼻の上へこぶしを二つぎ足して天狗てんぐ真似まねをした。正三君はなんのことだやだらサッパリわからない。
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
……そんなむなしい努力の後、やっと私の頭にうかんだのは、あのお天狗てんぐ様のいるおかのほとんど頂近くにある、あの見棄みすてられた、古いヴィラであった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
我が国の奈良の七大寺は荒れ果てているし、昔は堂塔が軒を並べていた愛宕あたご高雄たかお天狗てんぐのすみかになってしまった。
天狗てんぐと呼ばれる聡明な老人が、面でも絵でも、並々ならず長い鼻を持っている人として表現されているので、知識又は褒めてよい誇りを現す時には
火事場の稼ぎにもゴムのよろいに身を固むることを忘れざれば天狗てんぐ鼻柱はなばしら遂に落るの憂なく、老眼今なほ燈下に毛蝨けじらみひねつて当世の事を談ずるの気概あり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
到底よその土地の旦那芸とは一つにならない人たちのあつまりであると同時に、こればかりは、何処どこでもかわらない自慢天狗てんぐの旦那芸の集りであった。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
この堂裏にはいろいろな絵馬額のコワれたのや、提灯の破れたのや、土製の天狗てんぐの面や、お花の束や、古い埃で白くなった材木などが積まれてあった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかしてそのあるいはこれを激するや天狗てんぐ地にちて声、雷のごとき虚無党の爆裂弾となり、等閑に触着すれば火星を飛ばす社会党の猛烈手段となり
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
あの天狗てんぐの落とし子のような彼のおいたちがすでに仙人せんにんらしい飄逸味ひょういつみに富んでいるが、茶に沸かす川の水の清さをおけの中から味わい分けた物語のごとき
茶の本:01 はしがき (新字新仮名) / 岡倉由三郎(著)
女の顔を刻んだ面すらも、天平の天狗てんぐの面よりはもっと非人間的である。従って芸術としての力ははるかに弱い。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そうして祖先は宗介むねすけと申して平安朝時代の城主であり、今でも魔界の天狗てんぐとして、どこかにいる筈でございます。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たとへば天狗てんぐにしても、印度いんど支那しな日本にほんみなそのあらはしかたことなつてる。りうなども、西洋せいやうのドラゴンと、印度いんどのナーガーと、支那しなりうとは非常ひぜうあらはかたちがふ。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
やれ天狗てんぐだの、狐だのと、いろいろ取沙汰もありましたが、お敏にとっては産土神うぶすながみの天満宮の神主などは、必ず何か水府のものに相違ないと云っていました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
水戸藩における天狗てんぐ党の騒動のように、一人の暗殺から、家中が血で血を洗うようなことになりかねない。
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ある時、裏の方ではげしい犬の噛み合う声がするので、て見ると、黒と白とが彼天狗てんぐいぬ散々さんざん咬んで居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
やはり天性好きな血が流れていたのか、なかなか天狗てんぐのところもあって、時には憎い口をきいたものだという。あるときふとこの人に私は子供らしい質問をした。
前途なお (新字新仮名) / 小山清(著)
しかしながら新らしい技法というものは昔の画法や画伝の如く、天狗てんぐから拝領に及んだ一巻がある訳ではない。その一巻がない処に近代の技法が存在するのである。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
当時、なんぴとの構へたれ事でございませうか、天狗てんぐ落文おとしぶみなどいふ札を持歩く者もありまして、その中には「徹書記てっしょき宗砌そうぜい、音阿弥、禅竺、近日此方こちらきたシ」
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
「どうです。こういう天狗てんぐならいつでも来てもらいたいでしょう。」と彼は元気よく伯母にいった。
天狗てんぐ孔平以来、江戸末期に行われた何丁がけの法式にのっとらずとも、また平俗であっても、相応の意匠を凝らして作成したもので、アメリカの登山小舎に見る鉛筆の落書や
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
これは桔梗の方の発案であって、織部正も和歌にかけては昨今大いに天狗てんぐになりかけている矢先ではあり、殊に夫人の慫慂しょうようでもあるから、一も二もなくその議に同意した。
それは自然自他ともにそれを感ずるのであって、自分がいかにお天狗てんぐでも人はそれを許さず、人の評判ばかり高くて虚名がよしあるにしても、楽屋内では、それを許さない。
「アーメン、ソーメン、トコロテン。スッテンテレツク天狗てんぐめんか。アハハハハ。鶴亀鶴亀」
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「へえい! だが、丹下さまより強いやつなんて、ねえ殿様、そいつあまあ天狗てんぐでげしょう」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そりゃそうだろうね、そうたやすくは出来るもんじゃなかろうね。時代が許さないだろうし、君の言のごとく作者がないだろう。しかし前山は大変な天狗てんぐで何、そのうち志野を
やれ誰が巧いとかまずいとかてんでに評判をし合って皆なで天狗てんぐになったのでございます。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
群衆心理なぞと近頃しかつめらしく言ふが、人は時の拍子にかゝると途方も無いことを共感協行するものである。昔はそれを通り魔の所為だの天狗てんぐの所為だのと言つたものである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「左の棒は、ここでは見えんな。どうだ。大きな八の字だらう。むかし、天狗てんぐさまが書いたのだ。八万八千と書くつもりなのが、八の字一つかいたら、山一ぱいになつてしまつた……」
八の字山 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
保君は肩をいからせ、両手で握りこぶしを造って、それを自分の鼻の上に重ねて、天狗てんぐの真似をして見せました。茶目ちゃめのタア公は、こんな時でも、つい日頃のくせが出てしまうのです。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)