ひと)” の例文
裏路地うらろじ佗住居わびずまいみずかやすんずる処あらばまた全く画興詩情なしといふべからず、金殿玉楼も心なくんば春花秋月なほ瓦礫がれきひとしかるべし。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
昨夜とひとしく、月は水の如く、大空に漂つて、山の影はくつきりと黒く、五六歩前のくさむらにはまだ虫の鳴く音が我は顔に聞えて居る。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
既にして群集ぐんじゆ眸子ぼうしひとしくいぶかしげに小門の方に向へり、「オヤ」「アラ」「マア」篠田長二の筒袖姿忽然こつぜんとして其処に現はれしなり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そして蘭軒の門人録に一の馬屋原周迪しうてきがあることを発見した。伯孝と周迪とはひとしく馬屋原を氏として、均しく蘭軒に接触した人である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それが海の上でも山の中でも、ひとしく人を助けたまう大きな神であるとわかって、いよいよ有難さを加えたということを説いたものらしい。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
近き年の破裂の時も、我等拿破里人は傘さして行きしが、ひとしく灰降るといふも、拿破里に降るとコンスタンチノポリスに降るとは殊なり。
バンクス島でココク(コドリングトンの『メラネシア語篇』四四頁、『ゼ・メラネシアンス』一八頁)等とひとしく、その鳴き声を名としたのだ。
見ると驚く可し、居丈いたけひとしい程ざるが積まれてある、何でも十はあったようだ。それを余さず平げる人のあればこそ、斯うして出すものと見える。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
識者間の考量もまたもっぱら国交上にありて、いかにして彼らと富強をひとしくすべきかの問題は、士君子をして解釈に苦しましめたるや疑いあらず。
近時政論考 (新字新仮名) / 陸羯南(著)
(ははあ、ここは空気の稀薄きはくほとんど真空しんくうひとしいのだ。だからあの繊細せんさいな衣のひだをちらっとみだす風もない。)
インドラの網 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
それで又見掛けは女子おなごひとしい物優しさ、天然の美貌は衆人の目につき、北国街道の旅人の中にも、あれは女の男に仮装したものと疑う者が多いのであった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
其後多く年経て此訓をなして、山城の稲荷山の荷田の家にとふに、全く古大人の訓にひとしといひおこせたり。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
かように「いき」の内包的構造と外延的構造とをひとしく闡明せんめいすることによって、我々は意識現象としての「いき」の存在を完全に会得することができるのである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
麻痺の軽くなった左腕は云うまでもないことだが問題の右腕にもひとしい温度でかすかに体温が残っている。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
市郎はすかさず第二の燐寸をると、彼は再び眼をおおった。彼は野獣にひとしく、非常に火を恐るるらしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
同時に西比利亜シベリアの無限の富、驚くべき広漠こうばくなる不毛の土地もひとしく世界に開いて、種々の法令を設けて外国の事業家を妨げるということを禁ずることが必要である。
東亜の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
彼は纍々るゐるゐたる紅球燈の光を浴びて、新富座の木戸口にたたずみつつ、霖雨の中に奔馳ほんちし去る満村の馬車を目送するや、昨日の憤怨、今日の歓喜、ひとしく胸中に蝟集ゐしふし来り
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その数はほとんどひとしいので、まず勅任官ちょくにんかんの僧侶が百六十五名ある。俗人もまた百六十五名もある。僧侶の勅任官をチェ・ズンといい俗人をズン・コルといって居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これらはただ名義上トルコ国を宗国と仰ぐのみにてほとんど独立の邦国にひとしく、ついでまたベルリンの条約にてトルコ国は四五五八方英里の土地を取り上げられたれば
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
展望室にいた連中は、ひとしく誰も彼も大宇宙の悽愴なる光景に大きな衝動をうけたのであろう。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これは米国の上下の専門家、非専門家がひとしく驚愕、怪訝けげんの眼をみはっているところであります。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二十八日卯の頃、総軍十二万五千余は、ひとしく内城に迫った。城中の宗徒も今日が最後と覚悟したから、矢丸やだまを惜しまず、木石を落し、器具に火をつけて投げ、必死に防ぐ。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
と書送りしはけだし余が余の愛するものの墓において心に聞きし声とひとしきものならん
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
我国の雪意ゆきもよひ暖国だんこくひとしからず。およそ九月のなかばより霜をおきて寒気次第しだいはげしく、九月の末にいたれ殺風さつふうはだへ侵入をかし冬枯ふゆがれ諸木しよぼくおとし、天色てんしよくせふ/\として日のひかりざる事連日れんじつ是雪のもよほし也。
惟うに、これ余一人の冀望なるに止まらず、恩人隈公・校長・議員・幹事及び講師諸君も、ひとしくこの冀望をいだき、共に本校の独立をねがい、共に他の干渉を受けざるを望むならん。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
かなしいそれらの百姓に筒井はみんなとおなじにひとしく良い挨拶をあたえていた。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その声を聞くとひとしく、文三起上たちあがりは起上ッたが、えた胸もいざとなれば躍る。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
歯の根も合わぬほどなるも、風雨の中を縦横奔走して、指揮監督し、る時は自らくわふるい、または自らぬいで人夫に与え、つとめて平気の顔色がんしょくを粧いたりしも、予もひとしく人間なれば
と四人ひとしく刀を抜きつれ切ってかゝる、花車はかたわらった手頃の杉のを抱えて、総身そうしんに力を入れ、ウーンとゆすりました、人間が一生懸命になる時は鉄門でも破ると申すことがございます。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ひとしく尽きる命数を、よしやちとばかり早めたと云つて、何事かあらう。可哀かはいい娘が復讐の旨味しみめるのを妨げなくても好いではないか。己は毎晩その恐ろしい杯を、微笑を含んで飲み干してゐる。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
女史と相別れしのちしょう土倉どくら氏の学資を受くるの資格なきことを自覚し、職業に貴賤きせんなし、ひとしく皆神聖なり、身には襤褸らんるまとうとも心ににしきの美を飾りつつ、しばらく自活の道を立て、やがて霹靂へきれき一声いっせい
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
こはあたかも土佐とさ狩野かのうの古画と西洋油画とを区別して論ずるにひとし。余は新旧両様の芸術のためにその境界を区別するの必要を感じてまず。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その中間に於て、関東地方とこれに隣接するやや広い区域が、両度の八日節供を相対立するものとして、ひとしく休みまた祝っているのであった。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
所謂いはゆる「此年」は即ち前の「去年壬辰」をして云つたもので、秋水が書を出し示した四年癸巳より見れば去年も此年もひとしく一年前でなくてはならない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
この日ヴュルテンブルグ枢密議官ドイツ国会代議士フォン・ビューレルは全ドイツ国民はひとしくこれ平和を好む者なれども今にしてその兵備を緩にすることあたわざるは
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
教育到らざる小民は小児とひとしく、知らずして罪に陥るようのこと、なるべく防がれたし。故に、あまりに威儀厳重なる大神社などを漁夫、猟師に押しつくるは事件の基なり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
ここに学問が発達して専門学校が大学となり、時代要求の結果は相当の程度に達したところの大学には公私を区別せずしてひとしく大学の待遇を与えるということになったのである。
始業式訓示 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
すなわち「いき」をも「上品」をもひとしく要素として包摂ほうせつし、「野暮やぼ」「下品」などに対して、趣味の「繊巧」または「卓越」を表明している。次に coquet という語がある。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
実におんからみそなわすならば勲章やエボレットなどは瓦礫がれきにもひとしいじゃ。
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
かつ思えらく古昔いにしえの英雄或は勇み或は感謝しつつ世を去れり、余も何ぞひとしく為しあたわざらんやと、ことに宗教のたすけあり、復活ののぞみあり、もし余の愛するものの死する時には余はその枕辺まくらべに立ち
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
三月余りを殆ど囚虜とらわれの身にひとしく過ごしたのであった。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
なかでも婚姻は民族をこぞって、ひとしく思い悩まねばならぬ問題であるが故に、特に丁寧にこれと彼との交渉の跡を尋ね究めなければならぬのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
若し此推測が當つてゐるとすると、伊澤の刀自の記憶してゐる蒔繪師は、ひとしくれ壽阿彌の妹の子ではあつても、手紙の中の「愚姪」とは別人でなくてはならない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
ただし予が知るところ、邦産は三種にせよ三態にせよ、いずれもひとしく役に立つ。初夏から初冬まで海より遠からぬ丘陵また殊に沙浜すなはまに少なからず、注意せば随分多く集まる物と思う。
ひとしくこれ津軽家の藩士で、柳島附の目附から、少しく貞固さだかたに遅れて留守居に転じたものがある。平井氏ひらいうじ、名は俊章しゅんしょうあざな伯民はくみん小字おさなな清太郎せいたろう、通称は修理しゅりで、東堂とうどうと号した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
兎に制条を出した東洋人とひとしく、文化に誇る欧州でも、古くデモクリトスは重罪を犯した動物の死刑を主張し、ヴァロはローマ人労働の棒組たる牛を殺すを殺人罪とかんがえたのみならず
その花房の記憶にわずかに残っている事を二つ三つ書く。一体医者の為めには、軽い病人も重い病人も、贅沢薬ぜいたくぐすりを飲む人も、病気が死活問題になっている人も、ひとしくこれ casusカズス である。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それと等しくヒルデプランチアも元海に生えたが繁殖の余勢で淡鹹両水のまざった江に侵入しそれから高地の急流や滝が岩を打つ勢いちょうど海波が磯を打つにひとしき処に登って生存し居るらしい