きび)” の例文
旧字:
と、間もなく、その近江之介の首がたまりへ投げ込まれて、喬之助は、それ以来、きびしい詮議の眼をかすめて、今に姿を現さぬのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ犯罪の追及という点がみなきびし過ぎるように思える。私のものは捕物張としてはのんき過ぎるといわれるかもしれないが……。
平次と生きた二十七年 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
意外にも半兵衛儀は、まだ御申おんもうけの事を、実行しておりません。使者たるそれがし落度とも相成る事、きびしく督促とくそくいたしおきました。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつまでっても少しもらちがあかぬので、一体どうなっているかと、随分きびしいことを、手紙でいってよこしたことはたびたびあります。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
この習慣は、赤ん坊の頃から、泣いても騒いでも、時間になると、ベッドに放り込んでおかれる、というきびしい訓練から生れたものである。
パーティ物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
大抵の主人は抱えの読書をきらい、きびしく封ずるのが普通で、東京でも今におき映画すら断然禁じているうちも、少なくなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お三輪が娘時分に朝寝の枕もとへ来て、一声で床を離れなかったら、さっさと蒲団ふとんを片付けてしまわれるほどきびしい育て方をされたのも母だ。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
或残暑のきびしい午後、保吉は学校の帰りがけにこの店へココアを買ひにはひつた。女はけふも勘定台の後ろに講談倶楽部かうだんくらぶか何かを読んでゐる。
あばばばば (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
このきびしい、激しい、冷酷な、人間を手玉にとって翻弄ほんろうするところのものが今日の現実というもののほんとうの姿なのだ。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
表向おもてむきにするときびしいものですから、こうして見物に来た時、そうっと売りつけようてんで、支那人はじつ狡猾こうかつですからね。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ま、どうでしやう。余り拷問ごうもんきびしいので、自分もつひ苦しくつてたまりませんから、すつかり白状をして、早くその苦痛を助りたいと思ひました。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
台所口から家の使つかいが、お盆へ乗せてふくさをかけたものを持って来ていたが、きびしくしてくれと頼んでいる様子だった。
ことに僕は、博士に一番近い場所に居て、しかも博士の異変を最初に発見したというところから、とりわけきびしい尋問じんもんに会わなければならなかった。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
答えは冷酷だった、しかも刃の切れ先をもってするごとくきびしく要所をいた。司教はぞっとした。何の抗論もちょっと彼の心に浮かばなかった。
きびしく仕付けて頂ければ、……なよたけにとりましても、この手前にとりましても、こんな嬉しいことはござりませぬ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
そなたを見染めた当座は、折があらば云い寄ろうと、始終念じてはいたものの、若衆方の身は親方のおきてきびしゅうて、寸時も心にはまかせぬ身体じゃ。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼にきびしい訓戒を加えることがなかったら、彼はもっといろいろのことに、彼の教科書を利用したかも知れなかった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
『ハイ。』と、生徒の方も嬉しさうに莞爾につこりして、活溌に一礼して出て行く。健の恁麽こんな訓導方しつけかたは、尋常二年には余りにきびすぎると他の教師は思つてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
われわれの間に不和が生じたとすれば、それは、われわれの受けている運命の苛責かしゃくがあまりにきびしかったからだ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
けれども川はやはり水の量豊かで、底にこもる不可犯ふかぼんのこのきびしさはおのずから大河の源流を暗指していたから、僕は心中に或る満足をおぼえたのである。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そのきびしい冬がぎますと、まずやなぎ温和おとなしく光り、沙漠さばくには砂糖水さとうみずのような陽炎かげろう徘徊はいかいいたしまする。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その冬はひどく寒くて、永い間きびしい霜がり、烈しい風が吹いた。そして、可哀そうな父が春まで持ち越しそうにもないことは、初めからよくわかっていた。
もう此頃になると、太政官符に、更にきびしい添書ことわきがついて出なくとも、氏々の人は皆、目の前のすばやい人事自然の交錯した転変に、目を瞠るばかりであつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
出し妾の所はしつけきびしいので通っているそのくらいなら何で稽古に寄越よこしなさったのかと逆捻さかねじ的の挨拶あいさつ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、コンクリートづくりの建物たてものおおまちなかは、のぼらないまえさむさは、ことにきびしかったのです。
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
とかくに下らない不必要なことを饒舌しゃべり出して、それが自分の才能ででもあるような顔をするものだが、この細君は夫のきびしい教育を受けてか、その性分からか
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「さあ、もう一度やり直しだ」とかれはきびしい声で言って、いけないところを直した。「カピ、それはいけません。ジョリクール、気をつけないとしかりますぞ」
しかし私の居った寺では酒に対してはごくきびしいもので、酒を飲んだ事が知れると寺を追出されるです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それを突っかけてすぐ庭に出ることが出来る、夜分やぶんこそ雨戸あまどめて家と庭との限界をきびしくしますが、昼はほとんど家と庭との境はないといってよいほどであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
やくざ男の甘言かんげんに迷わされて、身をあやまつようなことがあれば、生涯浮ぶ瀬のないきびしい制裁を受けることになってもいるし、娘たち自身も、その制裁を怖るるよりは
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼女はせていたが頑丈がんじょうで、多少しゃくれたきついあご、短い鼻、丸みを帯びたまゆ、輝いたきびしい大胆なごく青い眼、ギリシャ式の多少つき出た太いくちびるのある美しい口
墓参に来たのは原田、桜井の女房達で、きびしい武家奉公をしている未亡人やりよは来なかった。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
はたからあまきびしく干渉かんせふするよりはかへつて気まかせにして置くはうが薬になりはしまいかと論じた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私に取って已み難き要求なる個性の表現の為めに、あらゆる有縁うえんの個性と私のそれとを結び付けようとするきびしい欲求の為めに、私はえて私から出発して歩み出して行こう。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私の母などはきびしい人で、私の出入にも相当気を配って居たらしいが、風がひどいから帰って来たというと、そうかい、と云って、よく帰って来たというような顔をしたのである。
「いゝえ、あなたがきびし過ぎるからですわ。箸の上げ下しに小言を仰有るからですわ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
外国と通商条約つうしょうじょうやくを取結びながら、産物さんぶつを或る一国に専売せんばいするがごとき万国公法ばんこくこうほう違反いはんしたる挙動きょどうならずやとの口調くちょうを以てきびしくだんまれたるがゆえに、政府においては一言いちごんもなく
そこへ、髪の手入れをしてゐた奥さんが馳けつけてアマタルの腕をつかみました。静かだが、きびしい掴み方でした。奥さんは、本当に静かだが、しかし厳しいカトリック信者だつたのです。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
その緊迫した金五郎の表情と態度に、つべこべと、抗弁する口を封じてしまう、おかしがたくきびしいものがあって、不服と不満で、仏頂面の子分たちは、だらしなく、二階へ追いあげられた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そういう路傍にえて、ともすれば人を幼年時代の幸福な追憶に誘いがちな、それらの可憐かれんな小さな花をえて踏みにじって、まっしぐらに彼のめざすきびしい人生に向って歩いて行こうとしていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
森と野と水との沈黙によって多年の間鍛え上げられた蘇武のきびしさの前には己の行為に対する唯一の弁明であった今までのわが苦悩のごときは一溜ひとたまりもなく圧倒されるのを感じないわけにいかない。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
播磨はあとできびしう叱ります。まあ堪忍して引いてくだされ。
番町皿屋敷 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
取附きの浮世噺うきよばなし初の座敷はお互いの寸尺知れねば要害きびしく
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
地獄へ連れ戻そうと、きびしくお指図なさる9120
「今一度留めて遣んなさい。小説で立とうなんて思ったッて、とても駄目だ、全く空想だ、空想の極端だ。それに、田中が此方こっちに出て来ていては、貴嬢の監督上、私が非常に困る。貴嬢の世話も出来んようになるから、きびしく止めて遣んなさい!」
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
床几へつくと、すぐその役人はきびしい声でいった。すると、先刻さっきから割竹を持って後ろにかがんでいた二人の小者が、躍り出して
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この辺はきびしいこのごろの統制で、普通の商店街よりも暗く、箱下げの十時過ぎともなると、たまには聞こえる三味線しゃみせんや歌もばったりやんで
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「行いは必ず篤敬……」などとしてある父の手蹟しゅせきを見る度に、郷里の方に居るきびしい父の教訓を聞く気がしたものであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
このことは入学の当日、お浜にもきびしく、言い渡されたことであった。しかし、お浜も次郎も、そんなことはまるで忘れてしまっているかのようであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
ほとんどあまりにきびしく彼を批判せんとしたあの政治上の意見においても、彼は寛容で穏和であって、おそらくここに語るわれわれよりもいっそうそうであろう。