たま)” の例文
「そう俯向いてばかりいないでたまにはこっちをごらんよ、私はまだ妻の顔さえよく知らない良人だ、——これは少し変則だと思うがね」
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飯「おれほかたのしみはなく釣がごく好きで、番がこむから、たまには好きな釣ぐらいはしなければならない、それをめてくれては困るな」
それはね、エアさん、ロチェスターさんが、こゝにお出になるのはたまのことなのですけれども、いつも突然で、思ひがけないんです。
「上野は筋の良い客が居るから、たまには小袖幕こそでまくから呼込まれるやうな都合にならないものでもあるまいと思つてやつて來ると——」
銭形平次捕物控:167 毒酒 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
石田は平生天狗てんぐんでいて、これならどんな田舎いなかに行軍をしても、補充の出来ない事はないと云っている。たまには上等の葉巻を呑む。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
浄瑠璃の「寺子屋」で、源蔵に近づきになつてゐる人達がたまに訪ねてゆくと、爺さんは長い髯をしごきながら色々な自慢話を始める。
それぞれ御用ごようちがうので、平生へいぜい別々べつべつになっておはたらきになり、たまにしかしょになって、おくつろあそばすことがないともうします……。
この方面からの登山は、甚しく困難でもありつ危険でもあるから、たまに入込む猟師などの外は登山者絶無という有様であったと想われる。
何処どこやしきの垣根ごしに、それもたまに見るばかりで、我ら東京に住むものは、通りがかりにこの金衣きんい娘々じょうじょうを見る事は珍しいと言ってもい。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私の生活がああいう態度によって導かれる瞬間がたまにあったならば私ははじめて真の創造を成就することが出来るであろうものを。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
こうした落ち付きのない間にも、わたくしはまだ静かにすわる余裕をもっていた。たまには書物を開けて十ページもつづけざまに読む時間さえ出て来た。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
れに、長二、私の許嫁いひなづけで亡くなつた、お前の義伯をぢさんも来るの、其れにうしてお前もたまには来て呉れる、斯様こんな嬉しいことがありますか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
『それぢや困るぢやないか。たまにたのむんだもの、何んとかしてくれたつてよささうなもんだね、先刻さっきからあんなに頼んでるぢやないか?』
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
たまに摺れ違う者が有れば二重廻にじゅうまわしに凍え乍ら寒ざむと震えて通る人相の悪い痩せた人達許りで、空には寒月が皎々と照り渡って居りました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
おとらは青柳と大師まいりなどするおりには、初めはお島だけしか連れていかなかったものだが、たまにはお花をも誘い出した。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たまに、姉のお君が見舞に来て呉れるほか誰一人見舞人を持たなかつたが、私は少しも淋しいとも心細いとも思はなかつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
若い詩人仲間の保護者パトロンもつて任じ、たまには詩の一つも作ると云つた風の貴婦人もその若い仲間に取巻かれなが長閑のどかに話して居る。(一月二十三日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
飯粒めしつぶらるゝ鮒男ふなをとこがヤレ才子さいしぢや怜悧者りこうものぢやとめそやされ、たまさかきた精神せいしんものあればかへつ木偶でくのあしらひせらるゝ事沙汰さたかぎりなり。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
「いいえ、たまにで御座いますよ。日に一度ずつお供が出来ますと好いのですが、月の内には数える程しか御座いませんよ」
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
たまにやつて來ても、心の落着かぬ時に誰もするやうに、たわいの無い世間話を態と面白さうに喋り立てて、一時間とは尻を据ゑずに歸つて行つた。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
もっともそれは極くたまのことらしく、顎から両方の頬の下部したが、まるで厩で馬を清掃するとき使う針金製の馬節ブラッシそっくりだ。
これ変ったと云えば大に変り、変らんと云えば大に変らん所じゃないか。だから先きへばかり眼を向けるのがそもそもの迷い。たまには足許も見てはうか。
私は懐疑派だ (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
さうして田舍の新聞へたまに自分の名が出ると、鬼の首でも取つたやうにして、持つて來て見せびらかす旦那の仕業が、ます/\淺ましく思はれて來た。
兵隊の宿 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
現在の収入は? (長い沈黙)非常に不定ですが……家庭教師の口が時々……大方は友達から借りたり……それと、たまに勝負事で儲けることがあります。
クロニック・モノロゲ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
たまの休暇で帰つてみても昼と夜とをとりちがへた騒々しさで、絶えず客の気を兼ねてばかりゐなければならぬやうなこの商売は自分の気質に合はないこと
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
誰も腰を掛けてゐて亡くなつたことのない椅子がたまにあると、ひどくその椅子丈が幅の利かないわけである。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
たまに大きな煉瓦建があると見ると、煉瓦の間にはさまれた石が火に焼けて無残に欠け落ちたままになっている。それ等の建物にも人が住んで仕事をしている。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それでも染める紺屋がたまには無いでもないので、私は以前これを秋田県の花輪町で染めさせた事があった。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それでもたまには向うで伊太利イタリー領のトリエステまでいって飛行機に積むとみえて、どうかした拍子には来ることもあるというような話なぞを、してくれたのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
たまに情人と分かれてゐる時は、二人は中洲へ往つて魚や貝の料理を食つた。凡そ市にありとあらゆる肉欲に満足を与へる遊びには、己達二人のあづからぬことは無い。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
でも、どうせ今日は繰り越し仕事が溜っているんだから、たまには早出も信用を取り返していいだろうさ。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
たまには一度にガブッと食べて釣竿を持って行くというようなこともありますけれども、それはむしろ稀有けうの例で、ケイズは大抵は一度釣竿の先へあたりを見せて
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
恐ろしい話ではあるが、こんな乱暴な親がたまには世の中にいるからなお以て恐ろしい。こないだも一封の手紙が来て「私の親は犯人ですが如何どうしたらよいでしょう」
イエスキリストの友誼 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
遠くへ遊びに出てゐて、カーン/\の聞えないことはたまにはあることでしたが、でも授業が半分もすんで、まだ帰つて来ないといふことは、めつたにないことでした。
先生と生徒 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
といって、子供の時は、まったくたまにしか見ることはなかったのですけど、それが、中学のなかば頃からは、殆んど毎夜のように夢の世界を彷徨うろつき廻っていたのです。
歪んだ夢 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
たまにマスクを付けて居る人に、逢うことが嬉しかったのに、自分がそれを付けなくなると、マスクを付けて居る人が、不快に見えると云う自己本位的な心持も交って居た。
マスク (新字新仮名) / 菊池寛(著)
また反対にどこへ出してもきっと落第させられるというものもたまにはあるであろうが、その中間のものがなかなかの多数であることは統計学的に考えても明白なことである。
学位について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
とうから是非お話致したいと思ふ事があるのでございますけれど、その後ちよつともお目に掛らないものですから。間さん、貴方、本当にたまにはお遊びにいらしつて下さいましな。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その時分からずつと九月の末まで五十日ばかりの間雨天の日の方が多かつた山の上でも、たまには清い初秋の風が習々と高原を吹いてゆくやうな美しい日に出會ふことがあつた。
箱根の山々 (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
たまにはそういう病的な婦人もありましょうが、婦人がすべてそうであるとは思われません。これは婦人でなくてはなかなか解りにくい事で、男の書かれた物のみでは信用し兼ねます。
産屋物語 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
いつも小ざっぱりしたなりをして、夏は日傘をさしました。たまにはこちらから宗教だの政治の話を仕掛けてやると、そうされるのが嬉しいのでしょう。お茶やジャムでもてなしました。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
美しく粉飾して、眺めくらして、はかない欲望を充たすのである、さもなければ、たまに古城の御濠の水を、石垣の曲りくねつた黒松の行列や、埃だらけで、灰色に化けてゐる名ばかりの
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
「私たちだって、たまにゃ真面目な稼ぎの一つくらいはしますからね。先生にだって一生楽に暮せるくらいの、お礼は差しあげるつもりなんですよ。ねえ、先生ったら、うんと言って……」
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それにたまにしか帰つて来ない田舎のことだし、私自身は不評判な息子なのだからと思ふと、せいぜい世俗的な丁寧さをもつてくる私の挨拶を見て、弟はあてがはづれたといふ顔をしてゐたし
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
たまには激浪げきらう怒濤どたうもあつてしい、惡風あくふう暴雨ぼううもあつてしい、とつて我輩わがはいけつしてらんこのむのではない、空氣くうきが五かぜよつ掃除さうぢされ、十あめよつきよめられんことをこひねがふのである。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
始終うちを外の放蕩三昧ほうとうざんまい、あわれなかないを一人残して家事の事などはさら頓着とんじゃくしない、たまに帰宅すれば、言語もののいいざま箸のろしさてはしゃくの仕方がるいとか、琴を弾くのが気にくわぬとか
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
馬が何年もその主人を覚えていてたまに会ったときなみだを流したりするのです。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
眼の凹んだ・口の突出た・黒い顔は、ごくたまに笑うとひどく滑稽な愛嬌あいきょうに富んだものに見える。こんな剽軽ひょうきんな顔付の男に悪企わるだくみなど出来そうもないという印象を与える。目上の者に見せるのはこの顔だ。
牛人 (新字新仮名) / 中島敦(著)
北國のやうな暗澹たる色を現してゐることもたまにはあつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
人のえ知らぬ不思議をもたまには見たり。