くは)” の例文
多分お嘉代を刺した曲者が、盜んだ財布の中味を拔いて、生垣の中に空財布だけを突つ込んで行つたのを、犬でもくはへて來たのでせう。
純吉は、湯の中に仰向けの儘煙草をくはえて、悠々とふかし始めた。静かな朝だつた。煙りはゆらゆらと立ち昇つて、天井に延びた。
明るく・暗く (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
軒下に立つて指をくはへ乍らさも羨ましさうにそれを見てゐた敏雄は、圭一郎の姿を見るなり今にも泣き出しさうな暗い顏して走つて來た。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
太綱ふとづな一端いつたん前齒まへばくはへてする/\と竿さをのぼりてたゞち龍頭りうづいたる。蒼空あをぞらひとてんあり、飄々へう/\としてかぜかる。これとするにらず。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
若し怒り惡意に加はらば、彼等我等を追來り、その慈悲なきこと口にくはへし兎にむかひてむごき犬にもまさりぬべし 一六—一八
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
先刻から浜の岩に大きな檜笠を被つてくは煙管ぎせるのまゝ膝掛けて、都合によつては自分も網を下ろさうと他の舟の様子を眺めて居た甚六の爺さんは
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
僕は巻煙草をくはへたまま、ふとこの少女の耳の根にあかの残つてゐるのを発見した。その又垢は垢と云ふよりも「よごれ」と云ふのに近いものだつた。
春の夜は (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
見れば省吾の弟、泣いて反返そりかへる児を背負おぶひ乍ら、一人の妹を連れて母親の方へ駈寄つた。『おゝ、おゝ。』と細君は抱取つて、乳房を出してくはへさせて
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
『黒い煙の中を蜂が子をくはへて逃げて行つたね。』と、小池はこの名も知れぬ神の宮の大銀杏おほいてふを、愛宕あたごさんの大銀杏でゝもあるやうに、見上げつゝ言つた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
さて飲みさしの烟草をくはへて考へた。それは汽車の中で読むには何が好からうかと考へたのである。先生は市中で電車に乗るにでも、きつと何か本を持つて乗る。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
大きい蟻の足を小さい蟻がくはへてどうしても離さない。大きい蟻が怒つて車輪の如くに体をまはす、小さい蟻はそのままにはされ、埃を浴びて死んだやうになる。
三年 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かう云つて男は敷島を一本たもとから出して口にくはへた。そして手を両方のたもとへ入れて燐寸マツチを捜して居る。
御門主 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
葉巻を横くはへにしながら、場所柄をも考へないやうに哄笑してゐる巨漢は、逓信大臣のN氏だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
物を言ふ間にも、白髪かつらの長い毛の端を口にくはへて咬んでゐる。己が此度の旅立の事、その旅の目的の事なぞを話して聞かす間も、主人はぢつとして聞いてゐられぬらしい。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
洗吉さんは眠さうな目をして楊枝をくはへて水口から下りて行かれた。六月に高等工業の試験をお受けになるので、その準備に神田の方の学校へ通つてゐられるのださうであつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
「さあ」與吉よきちした煙管きせる卯平うへいきもせずにくちくはへた。しばらくしてから卯平うへいにがかほをしてぢより/\とこそつぱいくちどろをぴよつとしてそれからくち衣物きものでこすつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
うつかりしてる間にくはへてつたことは御存じございますまい。
犬は鎖に繋ぐべからず (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
『打つたり叩いたりなさるんですもの』と袖をくはへて口籠る。
口にくはへて立つてゐる
都会と田園 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
ガラツ八は指をくはへてだまつて引下がる外はありません。四ツ目の銅八と自分とでは、あまりにも貫祿が違ひます。
片頬かたほれたやなぎ葉先はさきを、おしなそのつややかにくろ前齒まへばくはへて、くやうにして引斷ひつきつた。あをを、カチ/\とふたツばかりむでつて、てのひらせてた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
早曉に起きて、楊子をくはへながら扉を開けたお道は、キヤツと叫んで氣絶しさうになつた。
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
無念にも一人ポプラの木の下にしよんぼりと指をくはへて立つてゐなければならなかつた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
しまひに御飯をおひつに取つて額際に汗を見たおくみは、仕度した皿のものをお盆に載せて、そろ/\座敷のテイブルに運んで、袂の先をくはへて、すべてのものを恰好よく並べた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
卯平うへいしばら隱居いんきよ落付おちついてからは一せんづゝでもふところこしらへねばならぬといふ決心けつしんからうながされて、毎日まいにち煙管きせるよこくはへては悠長いうちやうではあるが、しか間斷かんだんなくなはをちより/\とつたり
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼は巻煙草をくはへながら、(それは彼が同志と一しよに刑務所を出た三日みつか目だつた。)ふと彼女の顔へ目をそそいだ。近頃夫を失つた彼女は熱心に彼女の両親や兄弟のことを話してゐた。
鬼ごつこ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鶴村は、金口の煙草をくはへて、瞑目しながら蓄音機の音に聴き惚れてゐた。
眠い一日 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
少焉しばらくして猫は一尾の比目魚かれひくはへて来て、蘭軒の臥所ふしどかたはらに置いた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
指をくはへてかどに立つウヽウ
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
くはへて引込んぢや居られない。御守殿お茂與の一生の仕事じまひ、恩になつた宗方の旦那のために、せめて敵を討つて上げ度い——と涙を流して頼みましたよ
ふつさりとむすんでさげたその姫樣ひいさまおびくはへたり、くちをなめたりして、落着おちついたふうでじやれてゐるのを、附添つきそひが、つとつけて、びツくりして、しつ! といつてひやつた。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
白いきれを頭から被つて、其の端を口にくはへた一つの人影が、すうつと縁側へ上つて來た。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
卯平うへいくはへた煙管きせるすこふるへるつて途切とぎれながらやうやれだけいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
片つ方の人差指を口にくはへてとぼ/\とお帰りになる。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
キヤツとさけびてたふるゝを、見向みむきもやらずとほりしは、いうにやさしきひとの、黄楊つげくしくちびるくはへしなり。うらぶれし良家りやうかむすめの、ちゝ病氣いたつきなるに、夜半よはへるみちなりけり。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「其積りで下手人をつかまへて來い、殺しの現場を見て、指をくはへて引下がる奴があるものか」
さうして、其處にあつたお客からの預り物の簔の端をくはへて引つ張つたので、主婦は其の方へ氣を取られて、この時ばかりは、店の前をわざと荒々しく通る文吾の方に眼が屆かなかつた。
石川五右衛門の生立 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
小屋へ腰を掛けて居ると鶺鴒せきれいが時々蟲をくはへて足もとまで來ては尾を搖しながらついと飛んで行く。脇へ出て見ると射干ひあふぎが一株ある。射干があつたとて不思議ではないが爺さんの説明が可笑をかしいのだ。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
華奢きやしやなのを、あのくちびるあつい、おほきなべろりとしたくちだとたてくはへてねまい。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
くはへさして四つん這ひに這はしてやる
剣幕けんまくに驚きまどひて予もあわたゞしく逃出にげいだし、れば犬は何やらむ口にくはへて躍り狂ふ、こは怪し口に銜へたるは一尾いちびうをなり、そも何ぞと見むと欲して近寄れば、獲物えものを奪ふとや思ひけむ
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)