赤蜻蛉あかとんぼ)” の例文
お馴染のガラツ八こと八五郎、髷節まげつぷし赤蜻蛉あかとんぼを留めたまゝ、明神下の錢形平次の家へ、庭木戸を押しあけて、ノソリと入つて來ました。
一廻りななめに見上げた、尾花おばなを分けて、稲の真日南まひなたへ——スッと低く飛んだ、赤蜻蛉あかとんぼを、かざしにして、小さな女のが、——また二人。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それと同時に腰巻の唐縮緬から、血の飛沫しぶきが八方へ散ったと見たのは、今まで藤蔓に止まっていた赤蜻蛉あかとんぼが、驚いて逃げたので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
ラムネを並べた汚ない休み茶屋の隣には馬具やすきなどを売る古い大きな家があった。野に出ると赤蜻蛉あかとんぼが群れをなして飛んでいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
八月の晴れた空に、まぶしいほど白い雲が幾つか浮かび、それを背景に、ごみのようなものが飛んでいると思ったら、赤蜻蛉あかとんぼの群れであった。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
久「蜻蛉とんぼうの出る時分に野良のらへ出て見ろ、赤蜻蛉あかとんぼ彼方あっちったり此方こっちへ往ったり、目まぐらしくって歩けねえからよ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
到頭その夏は、秋風が立って十月赤蜻蛉あかとんぼの飛び交う頃まで、体温計と首っ引きで、伊東で寝て暮してしまいました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
水も空も秋でなくては出ないあおさを出していた。赤蜻蛉あかとんぼが今日は高くにいて藁灰わらばいのように太陽のおもをかすめている。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はげしく群れ飛ぶ赤蜻蛉あかとんぼの水平動。集り散っていった食卓の菜類の中でまだ青紫蘇だけが変らず出てくる。
あの気まずい別れぎわの春日の揚言ようげん哄笑こうしょうとが、私の耳の底に凝着こびりつき、何とはなくぐずぐずしているうちに、もう、明るい陽射しの中を、色鮮やかな赤蜻蛉あかとんぼの群が
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
主人公の名の糸七は「縷紅新草」のそれとひとしく、点景に赤蜻蛉あかとんぼのあらわるる事もまた相似たり。
遺稿:01 「遺稿」附記 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その種類ははちせみ鈴虫すずむし、きりぎりす、赤蜻蛉あかとんぼ蝶々ちょうちょう、バッタなどですが、ちょっと見ると、今にもい出したり、羽根をひろげて飛び出そうというように見えます。
去年から赤蜻蛉あかとんぼの出ようが遅くなり、この飛んでいる方向がすこし違ったわけは、近頃この地球上に起っている異常気象と関連しているものと思われるものであって
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
むかし矢野大膳といふ馬乗うまのりの名人が居た。ある時友達のところを訪ねようとして馬に乗つて出掛けた。晴れた美しい秋の日で、町には人間や赤蜻蛉あかとんぼが羽をして飛びまはつてゐた。
赤蜻蛉あかとんぼのような雲が、一筋二筋たなびく、野面はけむりっぽく白くなって、上へ行くほど藍がかる、近処の黄木紅葉が、火でもともされたようにパッと明るくなる、足許の黒い砂には
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
高い日があおい所を目の届くかぎり照らした。余はその射返いかえしの大地にあまねき内にしんとしてひとぬくもった。そうして眼の前に群がる無数の赤蜻蛉あかとんぼを見た。そうして日記に書いた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
紅蓮白蓮ぐれんびゃくれんにおいゆかしく衣袂たもとすそかおり来て、浮葉に露の玉ゆらぎ立葉に風のそよ吹ける面白の夏の眺望ながめは、赤蜻蛉あかとんぼ菱藻ひしもなぶり初霜向うが岡の樹梢こずえを染めてより全然さらりとなくなったれど
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
店屋つづきの紺暖簾こんのれん陽炎かげろうがゆらいで、赤蜻蛉あかとんぼでも迷い出そうな季節はずれの陽気。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
早稲わせから米になって行く。性急せいきゅう百舌鳥もずが鳴く。日が短くなる。赤蜻蛉あかとんぼが夕日の空に数限りもなく乱れる。柿が好い色に照って来る。ある寒い朝、不図ふと見ると富士の北の一角いっかくに白いものが見える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
広い圃の中に出ると、小春日に、虚空を赤蜻蛉あかとんぼ翻々ひらひらと、かよわく飛んでいるのやら、枯れた足元の草の上にとまっているのもある。遠く、うす黒きけむりの、大空に溶けるようにのぼっているのも見える。
ある時は、秋の空に、無数につるんでいる赤蜻蛉あかとんぼを。等々々、……
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
もっともそれでなくっても、上野の山下かけて車坂を過ぐる時※ば、三島神社を右へ曲るのが、赤蜻蛉あかとんぼひとしく本能の天使の翼である。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
晩秋のある日、神田の裏長屋の上にも、赤蜻蛉あかとんぼがスイスイと飛んで、凉しい風が、素袷すあはせの襟から袖から、何んとも言へない爽快さうくわいさを吹き入れます。
すると野郎、火の玉みたいな顔をかかえて、赤蜻蛉あかとんぼみてえに、素ッ飛んで行ってしまった
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうか、辻川博士か。——それからもう一つ、この村では赤蜻蛉あかとんぼが出てくるのは何時ごろからかネ。そしてその赤蜻蛉が飛びながらいつも向いている方角はどっちの方だろうね」
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いよいよ秋もたけなわになってすいすいと赤蜻蛉あかとんぼの飛び交う爽やかな陽射しとなってきたが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「人よりも空、よりももく。……肩に来て人なつかしや赤蜻蛉あかとんぼ
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
久「えゝ、お前様の姿が赤蜻蛉あかとんぼの眼の先へちら/\いたしそろ
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
晩飯の烏賊いかえびは結構だったし、赤蜻蛉あかとんぼに海の夕霧で、景色もよかったが、もう時節で、しんしんと夜の寒さが身にみる。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名殘りのあぶが障子に鳴つて、赤蜻蛉あかとんぼの影が射しさうな縁側に、平次は無精らしく引つくり返つて、板敷の冷えをなつかしんでゐる或日の午後のことです。
赤蜻蛉あかとんぼを見送りながら、藤吉郎はちょっと考えこんでいた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名残りのあぶが障子に鳴って、赤蜻蛉あかとんぼの影が射しそうな縁側に、平次は無精らしく引っくり返って、板敷の冷えをなつかしんでいるある日の午後のことです。
月夜つきよほしかぞへられない。くまでの赤蜻蛉あかとんぼおほいなるむれおもつた場所ばしよからこゝろざところうつらうとするのである。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
樣子やうすでは、其處そこまで一面いちめん赤蜻蛉あかとんぼだ。何處どここゝろざしてくのであらう。あまりのことに、また一度いちどそとた。一時いちじぎた。爾時そのときひとつもえなかつた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
八五郎のガラツ八が、長んがい顏を糸瓜棚へちまだなの下から覗かせた時、錢形の平次は縁側の柱にもたれて、粉煙草をせゝり乍ら、赤蜻蛉あかとんぼの行方を眺めて居りました。
出額おでこをがッくり、爪尖つまさき蠣殻かきがらを突ッかけて、赤蜻蛉あかとんぼの散ったあとへ、ぼたぼたとこぼれて映る、烏の影へ足礫あしつぶて
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八五郎のガラッ八が、なんがい顔を糸瓜棚へちまだなの下から覗かせたとき、銭形の平次は縁側の柱にもたれて、粉煙草をせせりながら、赤蜻蛉あかとんぼ行方ゆくえを眺めておりました。
歌俳諧や絵につかう花野茅原とは品変って、おのずから野武士の殺気がこもるのであるから、蝶々も近づかない。赤蜻蛉あかとんぼもツイとそれて、尾花の上からながめている。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「髷節を赤蜻蛉あかとんぼの逢引場所にしてゐるやうな野郎だもの、この世の中が面白くてたまらねえことだらうよ」
田圃たんぼには赤蜻蛉あかとんぼ案山子かゝし鳴子なるこなどいづれも風情ふぜいなり。てんうらゝかにしてその幽靈坂いうれいざか樹立こだちなかとりこゑす。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
赤蜻蛉あかとんぼが僅ばかり見える空を、スイスイと飛び交はす時分、女房のお靜はもう晩飯の仕度に取りかかつた樣子で、姐さん冠りにした白い手拭が、お勝手から井戸端の間を
主人公の名の糸七は「縷紅新草」のそれとひとしく、点景に赤蜻蛉あかとんぼのあらわるる事もまた相似たり。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
赤蜻蛉あかとんぼがわずかばかり見える空を、スイスイと飛び交わす時分、女房のお静はもう晩飯の仕度に取りかかった様子で、あねさんかぶりにした白い手拭が、お勝手から井戸端の間を
かげとひなたにうすく、りかゝつたのをときに、前日さきのひ赤蜻蛉あかとんぼむれ風情ふぜいおもつたのである。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ある秋の日の夕景、山の手の街は、もう赤蜻蛉あかとんぼがスイスイと頭の上を飛ぶ時分のことです。
色も空も一淀ひとよどみする、この日溜ひだまりの三角畑の上ばかり、雲の瀬にべにの葉がしがらむように、夥多おびただしく赤蜻蛉あかとんぼが群れていた。——出会ったり、別れたり、上下うえしたにスッと飛んだり。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は相變らず赤蜻蛉あかとんぼの亂れ飛ぶのを眺め乍ら、鐵拐仙人てつかいせんにんのやうに粉煙草の煙を不精らしくふかすのでした。女房のお靜は、貧しい夕食の仕度に忙しく、乾物ひものを燒く臭ひが軒に籠ります。
秋日和の三時ごろ、人の影より、きびの影、一つ赤蜻蛉あかとんぼの飛ぶ向うのあぜを、威勢のい声。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は相変らず赤蜻蛉あかとんぼの乱れ飛ぶのを眺めながら、鉄拐仙人てっかいせんにんのように粉煙草の煙を不精らしくふかすのでした。女房のお静は、貧しい夕食の仕度に忙しく、乾物ひものを焼く臭いが軒にこもります。
とおくれ毛を風に吹かせて、女房も悚然ぞっとする。やっこの顔色、赤蜻蛉あかとんぼきびの穂も夕づく日。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)