てら)” の例文
先生の博士問題のごときも、これを「奇をてらう」として非難するのは、あまりに自己の卑しい心事をもって他を忖度そんたくし過ぎると思う。
夏目先生の追憶 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
傲慢をてらっていながら傲慢が三文の値にもならないことに気づいて、私は公園にでも散歩した帰りのような陽気なふうをして見せた。
アーティストの評価は、奇をてらうことを避けて、有識者、具眼者の説に聴従しても大した間違いはあるまいと思う。贔屓ひいき贔屓は別だ。
沼南の清貧咄はあながち貧乏をてらうためでもまた借金を申込まれる防禦ぼうぎょ線を張るためでもなかったが、場合にると聴者ききてに悪感を抱かせた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
江戸の初めの戦場落伍の遊民たちの大阪末の成功夢想時代から持ち越した、自恣な豪放をてらふ態度は、社会一般に、長い影響を及した。
佳子としても結局あなた方の中から一番信頼に値すると思う人をえらぶことになります。私共両親は決して奇をてらうものではありません。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
公民の妻と覺しき婦人の際立ちて飾りてらへるあり。權夫けんふ(夫に代りて婦人に仕ふる者、「チチスベオ」)と覺しき男これに扈從こじうしたり。
雑器の美などいえば、如何にも奇をてらう者のようにとられるかも知れぬ。または何か反動としてそんなことを称えるようにも取られよう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
寒月君が「ちとてらうような気味にもなりますからめに致します。四百六十五行から四百七十三行を御覧になると分ります」
と言われたが、磊落らいらくにして世評などに無頓着をてらう豪傑にしても、なおかつかかる人が多い。いわんや普通の凡人においてはなおさらである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
むしろ好んで皮肉をてらふやうなその歪んだ口許くちもとに深い皺を寄せ乍らにや/\とほこりがに裕佐の顔を見てゐた孫四郎はかう云つて高く笑ひ出した。
あながち悪趣味から来る、豪華のてらいというわけではなく、何か茄子そのものの味に、千金にも替え難き新鮮味が味わえたからではなかったか。
その話がまた、いちいち該博がいはくで、蘊蓄うんちくがあって、そしててらわずびずである。惚々ほれぼれと人をして聞き入らしめる魅力がある。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その下等な動機や行為を、熱誠に取り扱うのは、無分別な幼稚な頭脳の所有者か、然らざれば、熱誠をてらって、己れを高くする山師に過ぎない。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大家の坊々ぼんぼんとしての鷹揚おうようさをてらう様子が見えて不愉快なのであるが、今日は興奮しているらしく、いつもよりもき込んだ口調で云うのであった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
立法者にして殊更に文章の荘重典雅をてらわんがために、好んで難文を草し奇語を用うる者はディオニシウスの徒である。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
ウィルスンがたとい何者であろうとも、少なくともこのことは、実にてらいの、あるいは愚の最たるものにすぎなかった。
「けれども、私はこの間から考えているんだが、人並はずれたことが必ず正しいこととは定っていないからね。奇ばかりてらうのははたの迷惑だよ」
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
尋常一様詩詞ししの人の、綺麗きれい自ら喜び、藻絵そうかい自らてらい、しこうして其の本旨正道を逸し邪路にはしるを忘るゝが如きは、希直きちょくの断じて取らざるところなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分はこれよつ艶冶えんやてらある階級の巴里パリイ婦人を観察する事が出来ました。しかれ等の仮装の天使が真の仏蘭西フランス婦人の代表者で無い事は勿論である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
「私は、善に誇らず、労をてらわず、自分の為すべきことを、ただただ真心をこめてやって見たいと思うだけです。」
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
少しも動ぜず、いささかもてらわず、思うままを流れるように云って憚らぬ団兵衛の態度を、光政はじっと見戍みまもった。
だだら団兵衛 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
浅薄あさはか表面うわべの装飾やてらいでなく、全人格を挙げて立派に装飾し、それを女子の誇とするようにつとめねばなりません。
離婚について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
為すべきは必ず為して、おのれてらはず、ひとおとしめず、恭謹にしてしかも気節に乏からざるなど、世に難有ありがたき若者なり、と鰐淵はむし心陰こころひそかに彼をおそれたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それからは朝鮮語で奇をてらうような、或は淫靡いんびを極めたような文章を綴って低俗な雑誌へ方々売り込みに歩いた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
英国には、うるさい父も親類もおらず、謹直をてらうこともいらないから大きに羽根を伸し、よからぬ貴族の子弟と交わって、放埓無残な生活を送っていた。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
如何なる種類の人でも、気取ったり、装ったり、てらったり、もの欲しそうな、附焼刃つけやきばなものは鼻もちがならぬ。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それらの家庭は、さまで小心翼々としてないかあるいはいっそう好奇心に富んでるかしていて、おそらく芸術上の見栄から奇をてらいたがってたのであろう。
野依のよりさんは真実さう云ふ気持のいゝ処がありますが、ともするともう一歩進んでそれを殊更にてらふやうな傾きがあつて馬鹿々々しくなつて来る事があります。
六 人としての子規しきを見るも、病苦に面して生悟なまざとりをてらはず、歎声を発したり、自殺したがつたりせるは当時の星菫せいきん詩人よりも数等近代人たるに近かるべし。
病中雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
単に日常ありのままの平面的なものを、わざと裏の分らぬやうに取りだし、恰も小学生の綴り方に近づかうとする故意の単純さをてらつて読者の前に投げだす。
枯淡の風格を排す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
しかし、ヴェルテルそのものは、かつて見たり想像したりしたよりずっとすばらしい人間で、その性格はなんらのてらいもなく深く沈潜している、と考えられた。
彼れは其学識をてらひて、ミル、スペンサー、ベンダム、ハックスレー、何でも御座れと並べ立てゝ傲然がうぜんたることなほ今の井上博士が仏人、独逸人、魯人、以太利人
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
が、いえばその家づくりに、店飾りに、嘗てのような「てらい」がなくなった。「焦慮」がなくなった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
しかもその醜き人が誇り顔に、自己の偉大をてらうがごとくにしてわれらの前に立つときにわれらは一種の皮肉なる感情を挑発さるる誘惑を感ずることを禁じ得ない。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
強いて風流をてらうわけではないが、一面に積った雪の上に、煤に汚れた湯をこぼすのは、多少気が引けるようなところがある。概念的にこういう趣を弄ぶのではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
花を愛し、風景を眺め、古蹟をう事は即ち風流な最も上品なたしなみとして尊ばれていたので、実際にはそれほどの興味を持たないものも、時にはこれをてらったに相違ない。
美をてらい知られんことを求めているのも、明るい海端の広漠たる自然の中では、また生存の必要であること、あたかも孤婦の装いするごときものなることがよくわかった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
けれどもその親切な友人は、どうにも、それは異様だから、やめたほうがいい、君は天気の佳い日でもはいて歩いている、奇をてらっているようにも見える、と言うのである。
服装に就いて (新字新仮名) / 太宰治(著)
ずゐ文帝ぶんてい宮中きうちうには、桃花たうくわよそほひあり。おもむき相似あひにたるものなりみないろてらちようりて、きみこゝろかたむけんとする所以ゆゑんあへ歎美たんびすべきにあらずといへども、しかれどもこゝろざし可憐也かれんなり
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
決してただ単に三味線をオモチャにして奇をてらっているのではなく、あくまで姿態や情景をそこにほうふつと見せてくれていたところに立派な不世出な芸境があったとはいえよう。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)
芝居しばいの女優を喝采かっさいしてはおのれの趣味を示さんとし、兵営の将校と争論してはおのれの勇者なるをてらい、狩猟をし、煙草をふかし、欠伸あくびをし、酒を飲み、嗅煙草かぎたばこをかぎ、撞球たまつきをし
しかし、派手の特色たるきらびやかなてらいは「いき」のもつ「諦め」と相容れない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
晩桜おそざくらと云っても、普賢ふげん豊麗ほうれいでなく、墨染すみぞめ欝金うこんの奇をてらうでもなく、若々わかわかしく清々すがすがしい美しい一重ひとえの桜である。次郎さんのたましいが花に咲いたら、取りも直さず此花が其れなのであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今や時勢滔々奢侈に流れ、人心華美をてらふ。ここにおいてか天下の士、気節の貴ぶべきをわすれて、黄金光暉の下に拝趨す。それ黄金は士気を麻痺するの劇薬、名節を変換するの熔爐なり。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
ほかに対しては卑屈これ事とし、国家の恥辱ちじょくして、ひとえに一時の栄華をてらい、百年のうれいをのこして、ただ一身の苟安こうあんこいねがうに汲々きゅうきゅうたる有様を見ては、いとど感情にのみはしるのくせある妾は
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
裁縫師には、娘二人ありて、いたく物ごのみして、みづからてらふさまなるを見しが、迎取られてよりうかがへば、夜に入りてしばしば客あり。酒など飲みて、はては笑ひののしり、また歌ひなどす。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
又は新智識をてらって雑誌や新聞の受け売りを吹く。女を見ては色眼を使う。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
ソレさっきも云った通り、その親切の心持ちから、いろいろ変った目標を、手を代え品を代えて見せてくれる。並み大抵な苦労ではあるまい。もっとも幾分のてらい気と、示威運動とが伴うがな。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
馬琴は己れの理想を歌ひて馬琴の文学をてらひたるに過ぎず、種彦は人品高尚にして俗情にうときところあり、馬琴によりては当時の社会を知るには役に立たず、種彦は平民に縁遠きが故に不可なり
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)