茫々ぼうぼう)” の例文
吾人かつて各地に遊びその封建城下なるものを見るに、寂寞せきばくたる空壕くうごう、破屋、秋草茫々ぼうぼうのうちにおのずから過去社会の遺形を残せり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
家に伝わる家祖のそんな遺言があるのを知ったのは、当時、兄弟ふたりともまだ二十歳はたちがらみのころだった。茫々ぼうぼう、三十年ぢかい前だった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その地が今化してエケレジヤとなり、信徒が群れ、ガラサ(聖寵)はくだり、朝夕アンゼラスの鐘が鳴る。世事茫々ぼうぼうとはこの事だらうか。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
この辺の両岸は、茫々ぼうぼうたる平原で、ところどころに水田や、バナナや椰子やしの畑、ゴムの林があり、ダイヤ族の住む小さな部落が見えた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
渠は茫々ぼうぼうたる天を仰ぎて、しばらく悵然ちょうぜんたりき。その面上おもてにはいうべからざる悲憤の色を見たり。白糸は情にえざる声音こわねにて
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
貸付けを得た原野は茫々ぼうぼうとして涯が見えなかった。わずかに一方北西のあたりにあたって、連亙れんこうした段丘が見えるだけであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その荒れた城跡に草の茫々ぼうぼうと生えた中で、夕暮方の空を眺めて一人のやせた乞食が胡弓こきゅうを鳴らして、悲しい歌を歌っていました。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
茫々ぼうぼうたる大宇宙にただ一人の孤独! その寂寥せきりょう、その苦痛果していかがであったろうか。察するに余りありというべきである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
乞食こじきにしては言葉が知識的で、髯こそ茫々ぼうぼうと生えて居りますが、物越し態度何処どことなく、贅沢ぜいたくに育った社交的な人間らしいところがあります。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
はさみを入れず古いいばらの株を並木のやうに茫々ぼうぼうと高く伸びるがまゝにした道の片側があつて、株と株の間は荒つぽく透けてゐた。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
はてしもない湿地の上に波打つ茫々ぼうぼうたる大草原の左手には、烏首里鉄道の幹線が一直線に白く光りながら横たわっております。
死後の恋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
山岳や茫々ぼうぼうたる沙漠さばく曠野こうやの大海を彷徨さまよった原始の血であろうか。あるいは南方の強烈な光りによって鍛えられた血であろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
諏訪池には自動車道ドライブ・ウェーが通じているが、まだ利用されないので、所々くさ茫々ぼうぼうたる中を押分おしわけながら私達の自動車は通って行く。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
今まで野原同然に茫々ぼうぼうとしていた往来おうらいが、左右の店の立込たてこんで来ると共に狭くなる上に、鉄道馬車がその真中を駆けつつあるにもかかわらず
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一方は茫々ぼうぼうたる平原さ、利根とねがはるかに流れてね。一方はいわゆる山また山さ、その上から富士がちょっぽりのぞいてるなんぞはすこぶる妙だ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かれ烏啼天駆は、すっかり気を腐らせたと見え、髪も茫々ぼうぼう、髭も茫々、全身熟柿じゅくしの如くにして長椅子の上に寝そべって夜を徹して酒をあおっていた。
と、或朝あるあさはや非常ひじょう興奮こうふんした様子ようすで、真赤まっかかおをし、かみ茫々ぼうぼうとして宿やどかえってた。そうしてなに独語ひとりごとしながら、室内しつないすみからすみへといそいであるく。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そうして空の朧月おぼろづきは、橇が進もうが走ろうがそんなことには頓着せず、高い所から茫々ぼうぼうと橇と人とを照らしている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日野まで相当の宿々しゅくじゅくもありますけれど、裏街道ときてはただ茫々ぼうぼうたる武蔵野の原で、青梅までは人家らしい人家は見えないと言ってもいいくらいです。
佐藤の畑はとにかく秋耕あきおこしをすましていたのに、それにとなった仁右衛門の畑は見渡す限りかまどがえしとみずひきとあかざととびつかとで茫々ぼうぼうとしていた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
が、茫々ぼうぼうたる大虚に浮んだ他の地球上のナポレオンは同じマレンゴオの戦に大敗をこうむっているかも知れない。……
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かも茫々ぼうぼう四、五千載、太古に定められたるこの唯一の原則を守ってなんら疑うを知らざる如きは何に依るか。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
死にもしかねない有様に、当時、草茫々ぼうぼうとした、あばを生麦に見つけだして、そこに連れて来てあげて、やっと心持ちを柔らげさせたのではなかったか。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「エエ、もうずっと。私共がここへ引越して来る以前から、草茫々ぼうぼうの空家なんですよ。何だか存じませんけど、変なうわさが立っている位なのでございますよ」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
弟はしばらく対岸の茫々ぼうぼうたる崖の上をながめていたが、ふと、自分でも思いがけないような声音こわねで言った。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その真暗な茫々ぼうぼうたる平地は一面の古沼であって、其処そこに沢山のはすが植わっていたのである。蓮はもう半分枯れかかって、葉は紙屑かみくずか何ぞのように乾涸ひからびている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
教育博物館の方はなかなか整頓せいとんしていて、植物などはいろいろな珍しいものがあつめてあったが、或る方面は草茫々ぼうぼうとして樹木しげり、蚊の多いことは無類で、全く
当時丸の内はまだ大部分空地で草茫々ぼうぼう、真っ昼間でもろくに人通りはなし、ことに横道は一層の閑寂、たった一人誰に気兼ねもなく、落ちては乗り、乗っては落ち
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
ほとんど常時人気ひとけのない草茫々ぼうぼうのこの私学の創立者のF氏邸の敷地が、なだらかにつづいていたのだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
茫々ぼうぼうたる曠野、草莱そうらいいたずらに茂って、千古ただ有るがままに有るのみなのを見て、氏郷は「世の中にわれは何をかなすの原なすわざも無く年や経ぬべき」とたんじた。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
茫々ぼうぼうたる世間に放れて、はやく骨肉の親むべき無く、いはんや愛情のあたたむるに会はざりし貫一が身は、一鳥も過ぎざる枯野の広きに塊然かいぜんとしてよこたはる石の如きものなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
いまは見わたすかぎり茫々ぼうぼうとした田圃たんぼで、その中をまっ白い道が一直線に突っ切っているっきり。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
茫々ぼうぼうたる宇宙に於て、大将夫妻と余をいさゝかつなぐものがあるならば、其は「寄生木」である。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
朝日が日向灘ひゅうがなだからのぼってつの字崎の半面は紅霞こうかにつつまれた。茫々ぼうぼうたる海のはては遠く太平洋の水と連なりて水平線上は雲一つ見えない、また四国地しこくじが波の上にあざやかにえる。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
僕は、怪物の背中に起き直って、四辺あたりの景色を眺め入った。相変らず、水また水の、茫々ぼうぼうたる海原だが、いつか北洋の圏内を去ったとみえて、空気もさわやかで、吹く風も暖かだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
なおすすみて、天文地質の論を聞けば、大空たいくう茫々ぼうぼう日月じつげつ星辰の運転に定則あるを知るべし。地皮の層々、幾千万年の天工に成りて、その物質の位置に順序のみだれざるを知るべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
数日経って、博雄疎開そかいの日になる。世田谷の奥から、巣鴨すがもの焼けあとへ立ちもどり、既に土中から掘り出した例の荷物を妻と共に携えて、茫々ぼうぼうたる焼けあとの学校あとに集まる。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
遠く那須野なすの茫々ぼうぼうたる平原を一眸いちぼうに収める事の出来ぬのは遺憾いかんであったが、脚下に渦巻く雲の海の間から、さながら大洋中の群島のように、緑深き山々の頭を突出とっしゅつしている有様は
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
昔のなごりが少しは残っているであろうかと云った感傷で、恋の焼跡を吟味しに来るようなものなのだ。草茫々ぼうぼう瓦礫がれきの跡に立って、只、ああと溜息ためいきだけをつかせてはならないのだ。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「県境へ行く道のあたりです。どうして、あの辺は茫々ぼうぼうとしているのでしょう」
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その上を、赤い馬の形をした火炎や、白い龍の姿をした煙や、紫のかたまりのような火とけむりの影やが、茫々ぼうぼうと、団だんと、またしいんと静まり返ってなめまわり、燃えさかっていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
侵略された内部の皮膚は乾燥した白い細粉を全面にみなぎらせ、荒された茫々ぼうぼうたる沙漠さばくのような色の中で、わずかに貧しい細毛が所どころ昔の激烈な争いを物語りながら枯れかかってえていた。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そこに立ちますと、団子坂から、蛍の名所であった蛍沢や、水田などを隔てて、はるかに上野谷中やなかの森が見渡され、右手には茫々ぼうぼうとした人家の海のあなた雲煙の果に、品川しながわの海も見えるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
しかるに「茫々ぼうぼうたる宇宙人無数なれども、那個なこの男児かこれ丈夫」
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
現実にすでに暗黒の曠野の上を茫々ぼうぼうと歩くだけではないか。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
寂々たる一笻千巌万壑いっきょうせんがんばんがくのうちを蹈破し、初めて碓氷うすい嶺上に至り、茫々ぼうぼうたる八州の平原を望むがごとく、実にその快活を感ぜずんばあらず。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
田圃たんぼとおると、ほかの田圃たんぼは、みんなよくしげっていいできでしたけれど、自分じぶん田圃たんぼばかりは、くさ茫々ぼうぼうえていました。
天下一品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
巨木うっそうと天地をおおうとりました、蘆葦ろい茫々ぼうぼうとしげれることは咫尺しせきを弁ぜざる有様、しかも、目の極まる限りは坦々たんたんとした原野つづき
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
茫々ぼうぼうたる空き地の中ほどには、骨ばかりになった古屋敷と累層した古瓦があり、それをめぐらす土塀のあとらしいものも見かけられます。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしながら友に棄てられて全く己一人となりし時、茫々ぼうぼうたる宇宙ただ神と我のみあるの実感に入りて、はじめて神と真の関係に入り得るのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)