脚絆きゃはん)” の例文
旅人たびにんだよ、この通り、旅路だから草鞋わらじ脚絆きゃはんという足ごしらえだあな、まずゆるゆるこれを取らしておくれ——それ、お洗足すすぎの用意用意
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
旅装をして、手甲、脚絆きゃはんに、草鞋をはいたまま、駕籠の中で横坐りになって、——垂れがあがると、静かにあにいのほうへ振向いた。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人が、チンドン屋の寅太郎とらたろうという、いつも手甲てこう脚絆きゃはん大石良雄おおいしよしおを気取って歩く男を捉えたのは、それから間もなくの出来ごとだった。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
僕は朝早く弟と共に草鞋わらじ脚絆きゃはんで元気よく熊本を出発った。その日はまだ日が高いうちに立野たてのという宿場まで歩いてそこに一泊した。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
梶子は旅なれた武家の女房、そういったような扮装をし、道行みちゆきなどを軽やかに着、絹の手甲てっこう脚絆きゃはんなどをつけ、菅笠などをかむっていた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あいと脚絆きゃはんの膝をよじって、胸を、くの字なりに出した吸付煙草。亭主が、ふっかりと吸います、その甘味うまそうな事というものは。……
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌日の午前は、小泉兄弟を始め、ここへ来て脚絆きゃはんを解いた人達が一つ部屋に集って、正太が亡く成った後のことまでも話し合った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それが、一同ついの鼠いろの木綿袷もめんあわせに浅黄の袴、足半あしなかという古式の脚絆きゃはんをはいているところ、今や出師すいしの鹿島立ちとも見るべき仰々ぎょうぎょうしさ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
泥まみれな脚絆きゃはん草鞋わらじばき、股立ももだちくくったはかまは破れていて、点々と血らしいものがついている。年ばえはまだようやく二十三、四ぐらい。
旗岡巡査 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遂には相当な身分の人達でさえ脚絆きゃはんに足を包み、顔を笠にかくして、恥しさを忍びながら軒並に食を乞いながら歩くと云う有様になった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
万筋まんすじの野暮ったいあわせに、手甲てっこう脚絆きゃはんをつけ、置手拭までした恰好は、誰に教わったか知りませんが、すっかり行商人の板についております。
宮古の津は諸国の人が集まるところだというので、宿々で人のうわさに耳を立てながら、宮古の浦へ行き、岩泉屋という宿で脚絆きゃはんをといた。
奥の海 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
少し、襟垢がついていて、旅疲れを思わせる着物であるが、平島羽二重ひらしまはぶたえの濃紫紺、黒縮緬ちりめんの羽織に、絹の脚絆きゃはんをつけていた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
黒い繻子しゅすのみじかい三角マントを着てゐたものもあった。むやみにせいが高くて頑丈ぐゎんぢゃうさうな曲った脚に脚絆きゃはんをぐるぐるいてゐる人もあった。
花椰菜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ほこりを吸った脚絆きゃはん姿の旅びとや、リュックサックを背負った登山客や、皮革くさい軍隊やはその疲れた脚をこの高台で休めてゆくのが普通である。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
そしてよろいかぶとおいの中にかくして、背中せなか背負せおって、片手かたて金剛杖こんごうづえをつき、片手かたて珠数じゅずをもって、脚絆きゃはんの上に草鞋わらじをはき
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
同行八人の寝室も、食堂も、ここで兼ねるのである。早速、焚火にかかって、徒渉に濡れた脚絆きゃはんを乾すやら、大鍋をつるして湯を沸かしたりする。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
圭さんも碌さんも、白地の浴衣ゆかたに、白の股引ももひきに、足袋たび脚絆きゃはんだけをこんにして、濡れた薄をがさつかせて行く。腰から下はどぶねずみのように染まった。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
舞台では菊五郎の権八が、したたるほどのみどり色の紋付を着て、赤い脚絆きゃはん、はたはたと手を打ち鳴らし、「きじも泣かずば撃たれまいに」とつぶやいた。
狂言の神 (新字新仮名) / 太宰治(著)
脚絆きゃはんをはいて、草履を穿いて、こんにちでいう遠足のこしらえで、三人は早朝から山の手へのぼって、新宿、淀橋、中野と道順をおってかちあるきです。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
脚絆きゃはんを着け、素足に麻裏穿き、柳行李やなぎごうり袱裹ふくさづつみ振分ふりわけにして、左の肩に懸け、右の手にさんど笠をげ、早足に出づ。
よく見ると、子猫のからだがまっ黒になっているし、三毛の四つ足もちょうど脚絆きゃはんをはいたように黒くなっている。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
よく似合っていて、まるで忠臣蔵の与市兵衛でも見るようであった。納豆屋は五十がらみのおばさんで、手拭をかぶり、手甲てこう脚絆きゃはんに身を固めていた。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
関東じまあわせに、鮫鞘さめざや長脇差ながわきざしして、脚絆きゃはん草鞋わらじで、厳重な足ごしらえをした忠次は、すげのふき下しの笠をかぶって、先頭に立って、威勢よく歩いていた。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
向こう岸の土手では糸経いとだてを着て紺の脚絆きゃはんを白いほこりにまみらせた旅商人たびあきんどらしい男が大きな荷物をしょって、さもさも疲れたようなふうをして歩いて行った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
かねてその旨吩咐いいつけられていたので、両人とも旅支度をして脚絆きゃはんまで穿いていたこととて、その書状を受取るなり、一同に暇乞いとまごいして、涙を拭き拭き出て行った。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
かまちに腰をかけて阿賀妻は草鞋わらじを脱いだ。取った脚絆きゃはんと手甲をそれぞれのひもゆわえてその隅に置いた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼にはその歌の節廻しと、白羽二重しろはぶたえ手甲てっこうに同じ脚絆きゃはん穿いて、上りがまちで番頭に草履のひもを結んで貰っていたお久の今朝のいでたちとが、かわるがわる心に浮かんだ。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
脚絆きゃはんをはいてたびはだしになり、しりばしょりをして頭にほおかむりをなしその上に伯父さんのまんじゅうがさをかぶった母の支度したくを見たときチビ公は胸が一ぱいになった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
脚絆きゃはん、素わらじの、すでに物々しく十手を掴んだ捕物どもの方へ、怖れ気もなく近づいてゆく。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ゆっくりとした足どりで、影を踏むように、汚れのない黒の脚絆きゃはん草鞋わらじが動く——いさな引出しつきの木箱を肩から小腋こわきにかけて、薄藍色の手拭てぬぐいを吉原かむりにしている。
そこで在京日数およそ二百日の後、余は空しくまた京都に逆戻りと決し、六月何日に根岸庵を出て木曾路を取ることにめた。古びた洋服に菅笠、草鞋わらじ脚絆きゃはんという出立いでたち。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
S君は草鞋ばき、脚絆きゃはんで、着物の尻を引きからげてM君に並んで立っている。そこへ馬車が来た。私はこの人達に会釈して、天井に頭がつかえそうな馬車のなかに乗り込んだ。
帰途 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
きたない手ぬぐいが三本、破れた手甲、脚絆きゃはん、それから尾籠びろうこのうえない女のはだ着……。
右門捕物帖:30 闇男 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
家を出て二三町歩いてから持って出た脚絆きゃはんめ、団飯むすび風呂敷包ふろしきづつみをおのが手作りの穿替はきかえの草鞋わらじと共にくびにかけて背負い、腰の周囲まわりを軽くして、一ト筋の手拭てぬぐいほおかぶり
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
飾りけのない手甲てっこう脚絆きゃはんの仕事衣は、マンを、キリッと、甲斐々々しく見せる。そして、若さの内部に充実している、なにかの力が、マンに溌剌としたかがやきをあたえている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
宿屋の構えも広重ひろしげにでもありそうな、脚絆きゃはん甲掛けに両掛けの旅客でも草鞋わらじをぬいでいそうな広い土間が上がり口に取ってあったりして、宿場の面影がいくらか残っており
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山に行くときは、私はまず、足袋たび穿脚絆きゃはんきつけ、草履ぞうりを足に縛りつけるのだった。
『花見の仇討』浪人者と六部、六部のなりは鼠の袈裟、鼠の手甲、鼠の脚絆きゃはんに鼠の足袋。
噺家の着物 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
「僕今度、皮の脚絆きゃはんを貰うんだぜ、君。こないだの演習のとき一等を取ったからね……」
そこでほこらの扉を開けた。中には袈裟けさ頭陀袋ずだぶくろかさ手甲てこう脚絆きゃはんの一切が入っていた。道家は老人のことばに従ってそれを着て旅僧たびそうの姿になり、うしこくになって法華寺の別院へ往った。
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それが道のまん中に立ちはだかって、一々通行人をとがめているのである。やれ脚絆きゃはんをつけて居ないことの、もんぺいのがらがだて過ぎることの、そんな立ち入った干渉をして居た。
花幾年 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
あくる朝眼がめた時には、こわいもの見たさからか、好奇の色を泛べた村の若い者たちが七、八人、手に手に棍棒こんぼう鳶口とびぐちを持って草鞋わらじ脚絆きゃはん姿で、その間には昨夜ゆうべの石屋のオヤジもいれば
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
ふと気付くと蜜柑の木の下に立っている。見覚えのある蜜柑の木だ。蕭条しょうじょうと雨の降る夕暮れである。いつの間にか菅笠すげがさかぶっている。白い着物を着て脚絆きゃはんをつけて草鞋ぞうり穿いているのだ。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
関のさびれた町に入って主人は作楽井が昨年話して呉れた古老を尋ね、話を聞きながらそこに持ち合っている伊勢詣りの浅黄あさぎ脚絆きゃはんや道中差しなど私に写生させた。福蔵寺に小まんの墓。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
脚絆きゃはん手甲てっこうのいでたちで、夕靄の山陰からひよいと眼前へ現れてくる女達の身の軽さが、牝豹の快い弾力を彷彿させ、かつて都会の街頭では覚えたことがないやうな新鮮な聯想を与へたりする。
木々の精、谷の精 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
草鞋わらじ脚絆きゃはん股引ももひき、ドンブリ、半纏はんてん、向う鉢巻で、ルックサックの代りに山伏が使用するような物を背負い、山頂快晴ならば日の丸の鉄扇を振って快を叫び、霧がまいて来ると梅干をしゃぶり
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
笈摺おいずるも古ぼけて、旅窶たびやつれのした風で、白の脚絆きゃはんほこりまぶれて狐色になっている。母の話で聞くと、順礼という者は行方知れずになった親兄弟や何かを尋ねて、国々を経巡へめぐって歩くものだと云う。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
脚絆きゃはんもつけ草鞋も穿いて武装しなければならない。坂を下ると人の住まぬ古家がある。たけ高き草が茂っている、家の前には釣橋がある、針金を編んで、真中に幅広からぬ板が一枚置かれてある。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
京の町々を歩くと、珍らしくも紺絣こんがすりの着物に前垂掛まえだれがけ、頭には手拭てぬぐい、手には手甲てっこう、足には脚絆きゃはん草鞋わらじ出立いでたちで、花や柴木を頭に山と載せ、または車に積んで売り歩く女たちの姿を見られるでしょう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)