背後うしろ)” の例文
広い室内のすみの方へ、背後うしろに三角のくうを残して、ドカリと、傍床わきどこの前に安坐あんざを組んだのは、ことの、京極きょうごく流を創造した鈴木鼓村こそんだった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
庚申塚のある四辻を右の方に折れ曲ろうとすると、塚の背後うしろの根本に藁畔わらぐろをしてある禿榎ちびえのきの梢に止っていた一羽の烏がついと飛んだ。
(新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
が、道行みちゆきにしろ、喧嘩けんくわにしろ、ところが、げるにもしのんでるにも、背後うしろに、むらさと松並木まつなみきなはていへるのではない。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と叫んだ若侍が刀の柄に手をかけたが、その利腕を掴んだ平馬は、無言のまま背後うしろ押廻おしまわした。二人の浪人と真正面に向い合った。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だツて紳士程しんしほど金満家きんまんかにもせよ、じつ弁天べんてん男子だんし見立みたてたいのさ。とつてると背後うしろふすまけて。浅「ぼく弁天べんてんです、ぼく弁天べんてんさ。 ...
七福神詣 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
「市郎、大分寒くなったな。」と、父の安行やすゆき背後うしろから声をかけた。安行は今年六十歳の筈であるが、年齢としよりもはるかに若く見られた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と、その時背後うしろの方で物音がした。お蘭は振り返って見た。頬冠りをした一人の男が、階段の下に、行燈の光を背にして立っていた。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
道翹だうげうこたへた。「豐干ぶかんおつしやいますか。それは先頃さきころまで、本堂ほんだう背後うしろ僧院そうゐんにをられましたが、行脚あんぎやられたきりかへられませぬ。」
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
直ぐさま背後うしろには物売りが人垣を作り、まえの商店からは腕力家の番頭が走り出て来て、有無を言わさず君を店内へ拉致するだろう。
ふと、サラ/\と云ふ衣擦れの音がしたかと思ふと、背後うしろドアが音もなく開かれた。信一郎が、周章あわてて立ち上がらうとした時だつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
忽ち背後うしろでガラガラと雷の落懸おちかかるような音がしたから、驚いて振向こうとする途端とたんに、トンと突飛されて、私はコロコロと転がった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
治療に望みのないことが、診察をおわった叔父が帯を締めている背後うしろから、大きい手と首を振って見せた院長の様子でも知れていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
丑松は仙太を背後うしろから抱〆だきしめて、誰が見ようと笑はうと其様そんなことに頓着なく、自然おのづ外部そとに表れる深い哀憐あはれみ情緒こゝろを寄せたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ミサを読んでしまつて、マリア・シユネエの司祭は贄卓したくの階段を四段降りて、くるりと向き直つて、レクトリウムの背後うしろうづくまつた。
祭日 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
そしてその床几と人物の背後うしろには、夏萩があります。夏萩は白い花をいい頃合に着けて、夕暮れ頃の雨上りの露を含んでおります。
虹と感興 (新字新仮名) / 上村松園(著)
彼等は自分の背後うしろに岩石の崩れる音を聞いた。間もなく何か重たい、かたまりのやうなものが、濕つた土にどしりと落ちたやうであつた。
「一應訊いて見ましたが、白ばつくれて言やしません。二つ三つ引つ叩いたら、背後うしろ苗代なはしろの中とか何んとか言ふに決つてますよ」
誰か男が背後うしろについているにちがいないとすれば大抵夜の八時九時時分には女の家に来ているであろうと、そのころを見計らって
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「モシ、モシ。」と背後うしろから呼ぶ声をきいた。泉原は悸乎ぎょっとして振返ると、中折帽をかぶった大男が、用ありげにツカ/\と寄ってきた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
かれはその背後うしろ姿を見つめたときに、いつもの暗い屋上に積みかさねられた塔を目に入れ、また彼女の足早な姿を目にいれたのである。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
呼吸をめていた、兵さんは、ウンとうなりながら、ほとんど奇蹟きせき的な力で腰をきった。が、石は肩に乗り切らないで背後うしろに、すべった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
とコンラッドの、のぶとい声が背後うしろから追っかけてくる。私は聞き流しにして、そのまま部屋を出て来る。何が始まるというのだろう。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
吸血鬼は学生がひとりになったところを見澄みすまして、背後うしろから咽喉を絞め、つづいて咽喉笛をザクリとやって血を吸ったというのだネ
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
此時このときいへいて、おほきなさら歩兵ほへいあたまうへ眞直まつすぐに、それからはなさきかすつて、背後うしろにあつた一ぽんあたつて粉々こな/″\こわれました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
と言って、四辺あたりを見廻したが、背後うしろにあったのがちょうど、庚申塚こうしんづかです。兵馬に気兼ねをしながら女は庚申塚の後ろへ身を隠しました。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まるで長靴に使う鞣革なめしがわそっくりになっているし、背後うしろには、普通なら二つに割ってある筈の裾が、四つに裂けてビロビロとさがり
鞭聲べんせいの反響に、近き山の岩壁を動かして、駟馬しばの車を驛舍の前にとゞむるものあり。車座の背後うしろには、兵器うちものを執りたる從卒數人すにん乘りたり。
徐晃はわざと敵をはずかしめながら、どうかして黄忠を捕捉しようと試みたが、そのうちに、いつか背後うしろのほうで、敵のどよめく気配がする。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どろぼう! という太いわめき声を背後うしろに聞いて、がんと肩を打たれてよろめいて、ふっと振りむいたら、ぴしゃんとほおなぐられました。
灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼女は、私の注文を聞くと、一揖いちゆうしてくるッと背後うしろを向き、来た時と同じように四つ足半の足はばで、ドアーの奥に消えて行った。
白金神経の少女 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
部屋を出て行かうとする私へ、背後うしろから兄は、故意わざと乱暴に外套ぐわいたうをかけてくれた。センチメンタルな愛情の表現を恥ぢると云ふ風に……。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
それから一同の騒ぎが鎮まるのを待つて、起ち上がつて、波を打つた髪を額から背後うしろへ掻き上げて「理想」の詩といふものを歌ひ出した。
板ばさみ (新字旧仮名) / オイゲン・チリコフ(著)
つまり七面倒な理窟ぬきにすぐと背後うしろをふりかへつてみたまへ、それだけでいいのだ、即ち人間といふものは元来が、どの血管
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
お駒と暫く遊んでゐた竹丸は何時の間にか父の背後うしろの方へ來て、千代松の言ふことを芝居の話のやうに思つて小耳に挾んでゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
中央に望樓ありて、悲しく四方よもを眺望しつつ、常に囚人の監視に具ふ。背後うしろに楢の林を負ひ、周圍みな平野の麥畠に圍まれたり。
氷島 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
クージカは袖で藁を払ってそれを被り、背後うしろからがあんとやられはしまいかと絶えず恐怖の色を浮べながら、おずおずと車に這い込んだ。
女房ども (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
長過ぎる程の紺絣の單衣に、輕やかな絹の兵子帶、丈高い體を少し反身そりみに何やら勢ひづいて學校の門を出て來た信吾の背後うしろから
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そるけんで、お種は仰天してバタバタと廊下まで走出したところ、陳が背後うしろから追付いて無残に匕首で突刺したのだと申しました
私は心の心に泣きながら、痛さに腫れた乳の上をしつかと抑えて、折々不気味な若い白痴の女のやうに自分の背後うしろを振り返つた。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
この庭先の崖と相対しては、一筋の細い裏通を隔てて独逸ドイツ公使館の立っている高台の背後うしろがやはり樹木の茂った崖になっていた。
すると良寛さんは、びつくりしたやうな恰好かつかうで、背後うしろへそつくりかへる。以前からの約束で、さうしなければならないのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
背後うしろから光一の喉をしめているのはろばらしい。手塚は前へ出たり後ろへ出たりして光一の顔を乱打した。五人と一人ひとりかなうべくもない。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
まず以って直接じかに自分にまつわっている人々が、どこまでの用意をして置くかを調べて、それによって、背後うしろの立て物を見抜くが第一——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
そして、それに不気味な笑いが伴うのであった。私は思わず背後うしろの花子を振返ると、恐怖の号びをたてて慄然りつぜんとしてしまった。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
と、背後うしろから、声をかけた。和田は、小径を中心に、左右の草叢へ、森の中へ、出たり、入ったりしていたが、暫く、身体からだが見えなくなると
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
譬へば田舎より出でたる小女の都慣れぬによろづ鼻白み勝にて人の背後うしろにのみ隠れたるが、猶其の姿しほらしきところ人の眼を惹くが如し。
花のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
すると、この時に背後うしろの方に人の足音がしたので、僕は吃驚びっくりして振り向いた。和尚おしょうさんだろう。背の高い恐い顔をした坊さんが立っていた。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
しゃくに触って堪らぬ。ホイホイ背後うしろから追い追い立て、約二里ばかり進めば、八溝川の上流、過般の出水の為に橋が落ちている。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
すすむる背後うしろへそうっと出で来れるお登和嬢「大原さん、どうぞお上り下さい」と兄の言葉について小さく言えど勧むる心は兄にも優れり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ふいと背後うしろに軽い物音がした。それはマリイであった。見返るひまもない内に、女はそこへ出て来て、輝く目をして、顔を少し赤くしている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)