稲妻いなずま)” の例文
旧字:稻妻
この時水色のはげしい光の外套がいとうを着た稲妻いなずまが、向うからギラッとひらめいて飛んで来ました。そして童子たちに手をついて申しました。
双子の星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
遠くで稲妻いなずまのする空の下を、修理の屋敷へ帰りながら、宇左衛門は悄然しょうぜんと腕を組んで、こんな事を何度となく胸の中で繰り返えした。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
するうちくもの中からぴかりぴかり稲妻いなずまがはしりして、はげしいかみなりがごろごろしました。やがてひどい大夕立おおゆうだちになりました。
雷のさずけもの (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「あらもう消えちまった。暗い空の中にひらめく稲妻いなずまのようだったわ。」そして彼女は立ち上がりながらやや乱れているつまをそろえた。
影のような稲妻いなずまのような言葉のうちからその消息をぼんやりと焼きつけられたのは、天下に自分の胸がたった一つあるばかりであった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
……やどかりも、うようよいる。が、真夏などは暫時しばらくの汐の絶間たえまにも乾き果てる、壁のようにかたまり着いて、稲妻いなずま亀裂ひびはいる。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
苦しく切ない稲妻いなずまがもぬけの私の身体の中を駆け廻り、ところ/″\皮膚を徹して無理な放電をするから痛い粟粒あわつぶが立ちます。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
いまや、その裾野すそのの一角にあって、咲耶子さくやこがふったただ一本のふえの先から、震天動地しんてんどうちの雲はゆるぎだした。閃々せんせんたる稲妻いなずまはきらめきだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
稲妻いなずまの如く迅速に飛んで来て魚容の翼をくわえ、さっと引上げて、呉王廟の廊下に、瀕死ひんしの魚容を寝かせ、涙を流しながら甲斐甲斐かいがいしく介抱かいほうした。
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と、三郎の頭の中に、そのことが稲妻いなずまのようにひらめいたが、とたんに、横の仕切りの扉の向こうに大きなもの音があった。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すべてこれらの過去った日の光景ありさまが前にあったことも後にあったことも一緒に混合いれまざって、稲妻いなずまのように岸本の胸を通過ぎた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
両三日来夜になると雷様かみなりさま太鼓たいこをたゝき、夕雲ゆうぐもの間から稲妻いなずまがパッとしたりして居たが、五時過ぎ到頭大雷雨だいらいうになり、一時間ばかりしてれた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
八分通りつまった両側の乗客に稲妻いなずまのように鋭く目を走らしたが、左側の中央近く新聞を見入った、やせた中年の男に視線がとまると、はっと立ちすくむほど驚いた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その怖ろしい顔は仮面であって、その下にこそまぼろしの女の美しい顔がひそんでいるのではないかという考えが、稲妻いなずまのように私の頭にひらめいた。その時である。
ところがあわてているから、槍の石突で突いてしまっているから、また槍を取り直す時にお銀様は、ようやく掻巻の中から脱け出すと、その鼻先に神尾の槍の穂の稲妻いなずまです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたしはわたしにもたれかかった。ゆるくゆるくゆるんで行くねむまぶたのすぐまのあたりをすご稲妻いなずまがさッと流れた。わたしはうとうと睡りかかるとハッとわたしははじきかえされた。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
暗い闇の中に、時折、稲妻いなずまが走る。その度にかぶとの星が、夜目にもはっきりと、きらりきらりと輝くだけで、人のそよとも動く気配も感じられないのが、一層、不気味さを誘う。
少女は「さても礼儀知らずの継子どもかな、汝らにふさはしき接吻のしかたこそあれ。」と叫び、ふりほどきて突立ち、美しき目よりは稲妻いなずま出づと思ふばかり、しばし一座をにらみつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しかしこの日は全然それとことなった一大革命いちだいかくめいが精神の上に稲妻いなずまのごとく起こった。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
ただ、光の鈍い、長々とを引いた、えだに分れたような稲妻いなずまが、空にひらめいているだけで、それもひらめくというよりはむしろ死にかけている鳥のつばさのように、ぴくぴくふるえているのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「いつだってああなのよ。稲妻いなずまみたいに早いんですもの。」
左手の渚には、波がやさしい稲妻いなずまのように燃えて寄せ、右手の崖には、いちめん銀や貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
小野さんの句切りは例になく明暸めいりょうであった。稲妻いなずまははたはたとクレオパトラのひとみから飛ぶ。何を猪子才ちょこざいなと小野さんの額を射た。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
島はだんだん近くなったが、ぴかり、ぴかりと稲妻いなずまがきらめくたびに、一同は不安にかられ、神に祈り、誓いをたてた。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たばしるつるぎ稲妻いなずまにまきこまれた、可憐かれん咲耶子さくやこの身はどうなるであろう。——そして、武田伊那丸たけだいなまるの運命は、はたしてだれの手ににぎられるのか?
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時たくましい黒犬が一匹、稲妻いなずまのように踏切へ飛びこみ、目前にせまった列車の車輪から、見事に実彦を救い出した。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
滝かと思ふ蝉時雨せみしぐれ。光る雨、輝く、此の炎天の下蔭したかげは、あたか稲妻いなずまこもる穴に似て、ものすごいまで寂寞ひっそりした。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
稲妻いなずま。あー こわー なんて男にしがみつく、そのわざとらしさ、いやらしさ。よせやい、と言いたい。こわかったら、ひとりで俯伏うつぶしたらいいじゃないか。
チャンス (新字新仮名) / 太宰治(著)
界隈かいわい野犬やけんが居て、あるいは一疋、ある時は二疋、稲妻いなずま強盗ごうとうの如く横行し、夜中鶏を喰ったり、豚を殺したりする。ある夜、白が今死にそうな悲鳴をあげた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
急いで部屋を出て見ると、台所には震えながら祈祷いのりをあげている下宿の主婦かみさんがある。屋外そとには暗い空を仰いで稲妻いなずまのような探海燈の光を望む町の人達がある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
稲妻いなずまのように宿の上下にひろがったと見え、ぜひ一度、先生に来てみていただきたい、先生に見ていただきさえすれば、病人がその晩に死んでも心残りはないという注文である。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
左手のなぎさには、なみがやさしい稲妻いなずまのようにえてせ、右手のがけには、いちめんぎん貝殻かいがらでこさえたようなすすきのがゆれたのです。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
一度途切とぎれた村鍛冶むらかじの音は、今日山里に立つ秋を、幾重いくえ稲妻いなずまくだくつもりか、かあんかあんと澄み切った空の底に響き渡る。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「わははは。これはいいおもてなしを受けたもんだ。稲妻いなずまのごちそうとは、親善の客にたいして無礼きわまる」
怪星ガン (新字新仮名) / 海野十三(著)
我ながら相応そぐはない事を云つて、火桶ひおけ此方こなたへ坐つた時、違棚ちがいだなの背皮の文字が、稲妻いなずまの如く沢のひとみた、ほかには何もない、机の上なるも其の中の一冊である。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
彼の心には刹那せつなの間、あの古ぼけた教室の玄関に、雨止あまやみを待っていた彼女の姿が、稲妻いなずまのように閃いた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夜行汽車の窓は暗かった。遠い空には稲妻いなずまが光って、それが窓の玻璃に映ったり消えたりした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「わッ——」と弓なりにそってたおれたと見るや、のこる三人のさむらいは、必死に若者の左右からわめきかかる、疾風しっぷうか、稲妻いなずまか、やいばか、そこはただものすごい黒旋風くろつむじとなった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駒をとどめて猫背ねこぜになり、川底までも射透さんと稲妻いなずまごとを光らせて川の面を凝視ぎょうししたが、潺湲せんかんたる清流は夕陽ゆうひを受けて照りかがやき、瞬時も休むことなく動き騒ぎ躍り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その時この三箇月ほど忘れていた、過去の下宿の匂が、狭い廊下の真中で、自分の嗅覚きゅうかくを、稲妻いなずまひらめくごとく、刺激した。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども窓の外では、いっぱいに咲いた白百合しらゆりが、十本ばかり息もつけないあらしの中に、その稲妻いなずま八分一秒びょうを、まるでかがやいてじっと立っていたのです。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
突然白け切った夜の静寂せいじゃくを破って、けたたましい音響がほとばしる。毒々どくどくしい青緑色せいりょくしょく稲妻いなずま天井裏てんじょううらにまで飛びあがった。——電路遮断器サーキット・ブレッカーが働いて切断したのだった。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
のみならず神鳴かみなりも急に凄じく鳴りはためいて、絶えず稲妻いなずまおさのように飛びちがうのでございます。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
陽気はそれでもかったが、泳ぎは知らぬと見える。ただいきおいよく、水を逆にね返した。手でなぐって、足で踏むを、海水は稲妻いなずまのように幼児おさなごを包んでその左右へ飛んだ。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
馬春堂は目前の稲妻いなずまにいよいよ胆をちぢめて、今はたまらぬと思ったか、不意に——吾を忘れて、内から戸を閉めきッて抑えたので、その音に、初めて居所を知った久米之丞
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
君に黄昏たそがれが来はじめたのだ……君は稲妻いなずまもてあそんだ。あまり深く太陽を見つめすぎた。
虚構の春 (新字新仮名) / 太宰治(著)
誰も御出迎に参らないうちに、御客様はつかつかと上がっていらっしゃると見え、唐紙の開く音がして、廊下がきしむ。稲妻いなずまのような恐怖おそれは私の頭の脳天から足の爪先までき通りました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
狐にかされたような顔をして茫然ぼうぜんと塔を出る。帰り道にまた鐘塔しゅとうの下を通ったら高い窓からガイフォークスが稲妻いなずまのような顔をちょっと出した。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
らいよ、もっと落ちよ。もっと鳴れ。稲妻いなずまよ。もっとはげしく光れ。この塔を、電撃でうちこわしてもいいぞ。もっとはげしく、もっと強く、この塔に落ちかかれ」
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
八大竜王はちだいりゅうおう鳴渡なりわたりて、稲妻いなずまひらめきしに、諸人しょにん目を驚かし、三日の洪水を流し、国土安穏あんおんなりければ、さてこそ静のまいに示現ありけるとて、日本一と宣旨せんじたまわりけると、うけたまわそうろう。——
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)