無気味ぶきみ)” の例文
すると椅子の前の陳彩は、この視線に射すくまされたように、無気味ぶきみなほど大きな眼をしながら、だんだん壁際の方へすさり始めた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
センチ速射砲の無気味ぶきみなる砲口を桟敷の中央に向けたと思うと、来賓席の二段目を目がけて、たちまち打ち出す薔薇やアネモネの炸裂弾。
あちらには、獰猛どうもうけものの、おおきいのごとく、こうこうとした黄色きいろ燈火ともしびが、無気味ぶきみ一筋ひとすじせんよる奥深おくふかえがいているのです。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
とうとう黙っているのが無気味ぶきみになって葉子は沈黙を破りたいばかりにこう呼んでみた。貞世は返事一つしなかった。……葉子はぞっとした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鼻息の荒いお島たちは、人の気風の温和でそして疑り深いN——市では、どこでも無気味ぶきみがられて相手にされなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おとなしく身をまかして機会を待つか、それともサッと相手の足をはらって出るか、無気味ぶきみな沈黙が三人の息を止めた。
疑問の金塊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
根太ねだたヽみ大方おほかたち落ちて、其上そのうへねずみの毛をむしちらしたやうほこりと、かうじの様なかびとが積つて居る。落ち残つた根太ねだ横木よこぎを一つまたいだ時、無気味ぶきみきのこやうなものを踏んだ。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
上等のバタを使うので、出来上できあがりがねっとりしていていささ無気味ぶきみに感ぜられる。蛙はむしろラードのようなものでからりとげた方があっさりしていてよくはないだろうか。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は四十五と五十五を見分けてやるほどの同情心を年長者に対してたなかったと同時に、そのいずれに向っても慣れないうちは異人種のような無気味ぶきみを覚えるのが常なので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白い無気味ぶきみなものが、あっちへ行ったり、こっちへ来たりして、ちょうど母親を失った仔羊こひつじのように、闇のなかを泣き叫ぶのを見たら、おそらく君だってぞっとしたろうと思う。
つののあるもの、いもの、おおきなもの、ちいさなもの、ねむっているもの、あばれているもの……。はじめてそんな無気味ぶきみ光景ありさませつしたわたくしは、おぼえずびっくりしてけてさけびました。——
と頭巾/\と云われるだけにの侍も無気味ぶきみになったと見えたか、大声にて
子規が掲げた二句を見ても、すぐに自分を動かすのは、その中にただよ無気味ぶきみさである。こころみに言水句集を開けば、この類の句はほかにも多い。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
配達された郵便物の上に無気味ぶきみな三角のマークをつけることも、少々冒険ではありましたが、やって見ました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、さらに、なんとなく無気味ぶきみかんじたので、がまがえるからもとおくはなれてったのです。
冬のちょう (新字新仮名) / 小川未明(著)
人間が新しい食物にれるまでには蝸牛に対するのと同じ気味きみ悪さを経験したに違いないと主張する。云われて見ればそうかもれないが、日本人にとっては無気味ぶきみ此上このうえもないものである。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なにしろ腕力わんりよくがあるからかなひませんね。それに兇器きようきももつてゐるやうです。洋行やうかうするときの護身用ごしんようにとつたものです。一しよにあるいてゐると、途中とちう時々とき/″\ぬかれるんでね。あの無気味ぶきみです。
彼女の周囲 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
それは丁度ちょうど悪夢あくむおそわれているようなかんじで、その無気味ぶきみさともうしたら、まったくおはなししになりませぬ。そしてよくよくつめると、そのうごいてるものが、いずれもみな異様いよう人間にんげんなのでございます。
その声がまだ消えない内に、ニスの匀のする戸がそっと明くと、顔色の蒼白い書記の今西いまにしが、無気味ぶきみなほど静にはいって来た。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
壊れたかわらの山を踏む無気味ぶきみな足音が、僕のうしろをまわって横に出た。僕のひざががたがたふるえだした。うつろになった僕の眼に一人の少年の姿が入ってきた。
海底都市 (新字新仮名) / 海野十三(著)
格別かくべつ不思議ふしぎとも無気味ぶきみともおもわれない、自然しぜん現象すがたぎませぬ。
かれは、多少たしょう無気味ぶきみになりました。
死と話した人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
オルガンティノは一瞬間、降魔ごうまの十字を切ろうとした。実際その瞬間彼の眼には、この夕闇に咲いた枝垂桜しだれざくらが、それほど無気味ぶきみに見えたのだった。
神神の微笑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僕んちはここから十三丁も離れているが、高台たかだいに在るせいか、家の屋上からあのネオン・サインがよく見える。それは朱色しゅいろ入墨いれずみのように、無気味ぶきみで、ちっとも動かない。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
評論がポオの再来と云ふのは、たしかにこの点でも当つてゐる。その上彼が好んでゑがくのは、やはりポオと同じやうに、無気味ぶきみな超自然の世界である。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は腰のあたりに爆弾をうちつけられたような無気味ぶきみな寒気に襲われた。もう三十秒これがつづいたならば僕は運転手を射殺しても、この車から外へ飛び出そうと決心した。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
今度もまた相手の目鼻立ちは確かに「はにかみや」の清太郎である。Nさんは急に無気味ぶきみになり、抑えていた手をゆるめずに出来るだけ大きい声を出した。
春の夜 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一同は心臓をギュッと握られたように、無気味ぶきみさにふるえあがった。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
茶屋の手すりに眺めていた海はどこか見知らぬ顔のように、珍らしいと同時に無気味ぶきみだった。——しかし干潟ひがたに立って見る海は大きい玩具箱おもちゃばこと同じことである。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
という言葉が、いつまでも無気味ぶきみに思い出されるのであった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところが藤沢は存外不快にも思わなかったと見えて、例のごとく無気味ぶきみなほど柔しい微笑を漂わせながら
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
欠伸あくびばかりしているのもいけないらしかった。自分は急にいじらしい気がした。同時にまた無気味ぶきみな心もちもした。Sさんは子供の枕もとに黙然もくねん敷島しきしまくわえていた。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
田宮は色を変えた牧野に、ちらりと顔をにらまれると、てれ隠しにお蓮へさかずきをさした。しかしお蓮は無気味ぶきみなほど、じっと彼を見つめたぎり、手も出そうとはしなかった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ただ薄暗い湯気ゆげの中にまっ赤になった顔だけあらわしている、それもまたたき一つせずにじっと屋根裏の電燈を眺めていたと言うのですから、無気味ぶきみだったのに違いありません。
温泉だより (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僕はとこの上に腹這はらばいになり、妙な興奮をしずめるために「敷島しきしま」に一本火をつけて見た。が、夢の中に眠った僕が現在に目をましているのはどうも無気味ぶきみでならなかった。
彼 第二 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たね子は紋服もんぷくを着た夫を前に狭い階段を登りながら、大谷石おおやいし煉瓦れんがを用いた内部に何か無気味ぶきみに近いものを感じた。のみならず壁を伝わって走る、大きい一匹の鼠さえ感じた。
たね子の憂鬱 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「これは珍品ですね。が、何だかこの顔は、無気味ぶきみな所があるようじゃありませんか。」
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、万一鳴ったとしたら、——僕は何か無気味ぶきみになり、二度と押す気にはならなかった。
悠々荘 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ビイアスは無気味ぶきみな物を書くと、少くとも英米の文壇では、ポオ以後第一人の観のある男ですが、(Amborose Bierce)御当人も第四の空間へでも飛びこんだのか
近頃の幽霊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし浄海入道じょうかいにゅうどうになると、浅学短才の悲しさに、俊寛も無気味ぶきみに思うているのじゃ。して見れば首でもねられる代りに、この島に一人残されるのは、まだ仕合せの内かも知れぬ。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それより竹藪の中にはひり、竹の皮のむけたのが、裏だけ日の具合ぐあひで光るのを見ると、其処そこらに蛞蝓なめくぢつてゐさうな、妙な無気味ぶきみさを感ずるものなり。(八月二十五日青根温泉にて)
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
両峯の化け物は写真版によると、妙に無気味ぶきみな所があつた。冬心のはさう云ふ妖気えうきはない、その代りどれも可愛げがある。こんな化け物がゐるとすれば、夜色も昼よりは明るいであらう。
支那の画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
空にはかさのかかった月が、無気味ぶきみなくらいぼんやりあおざめていた。森の木々もその空に、暗枝あんしをさしかわせて、ひっそり谷を封じたまま、何か凶事きょうじが起るのを待ち構えているようであった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それどころか、堅く結んだ唇のあたりには、例の無気味ぶきみな微笑の影が、さも嘲りたいのをこらえるように、漂ってるのでございます。するとその不敵な振舞に腹を据え兼ねたのでございましょう。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ランプは相不変あいかわらず私とこの無気味ぶきみな客との間に、春寒い焔を動かしていた。私は楊柳観音ようりゅうかんのんうしろにしたまま、相手の指の一本ないのさえ問いただして見る気力もなく、黙然もくねんと坐っているよりほかはなかった。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
同時にそれが彼のうしろにうろついていそうな無気味ぶきみさを感じた。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
三人は一種の無気味ぶきみさを感じて無言のまま、部屋を外へ退しりぞいた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風になびいたマツチのほのほほど無気味ぶきみにも美しい青いろはない。
都会で (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すると兄の眼の色が、急に無気味ぶきみなほど険しくなった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)