焚火たきび)” の例文
普通ふつう焚火たきびの焔ならだいだいいろをしている。けれども木によりまたその場処ばしょによってはへんに赤いこともあれば大へん黄いろなこともある。
此方こちら焚火たきびどころでい。あせらしてすゝむのに、いや、土龍むぐろのやうだの、井戸掘ゐどほり手間てまだの、種々いろ/\批評ひひやうあたまからかぶせられる。
脂松やにまつに油綿を縛つたのを、炭俵の下から拾ひ上げると、暫らく見て居ましたが、そつと人に隱して、焚火たきびの中へ放り込みましたよ」
炊事の煙りが天幕テントから洩れ焚火たきびの明りが赤々と射し、森林の中は得も云われない神秘の光景を呈したが、ジョン少年の姿は見えない。
曾祖母ひいばあさん、祖父おぢいさん、祖母おばあさん、伯父おぢさん、伯母おばさんのかほから、奉公ほうこうするおひなかほまで、家中うちぢうのものゝかほ焚火たきびあかうつりました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
囲炉裡ゐろり焚火たきびをしておあたんなさいまし、おこまんなすつたらう此雪このゆきでは、もう此近このちかく辺僻へんぴでございまして御馳走ごちそうするものもございません。
そこの焚火たきびにかがみ込んだ三五兵衛は、草鞋わらじの足袋から湯気がのぼッて、頬までぼっと温まってきた頃、そろそろ話をもちだしてみた。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私達が其処で山だの湖だのを眺めながら、その岸の砂地をぶらぶらしていると到る処に焚火たきびの燃え残りのようなものが残っていた。
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
助七は、雪の上に大あぐらをかき、さちよの置き忘れた柳の絵模様の青い蛇の目傘を、焚火たきびがわりに、ぼうぼう燃やしてあたっていた。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こう言っているうちに与八と馬とは丸山台の難所を三分の一ほど通り過ぎて、行手の木蔭こかげ焚火たきびでもあろうか火の光を認めました。
さて例のとほり人家を避けて、籔陰やぶかげの辻堂を捜し当てた。近辺から枯枝かれえだを集めて来て、おそる/\焚火たきびをしてゐると、瀬田が発熱ほつねつして来た。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
阿波の半田の中島山の山姥石は、山姥が子供をつれて時々はこの岩の上にきて、焚火たきびをしてあたらせるのを見たと称してこの名がある。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と、自在鉤じざいかぎかっている下には、つい昨夜さくや焚火たきびをしたばかりのように新しいはいもり、木のえだえさしがらばっていた。
鬼退治 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
そこで、当番御目付土屋長太郎、橋本阿波守あわのかみは勿論、大目付河野豊前守こうのぶぜんのかみも立ち合って、一まず手負いを、焚火たきびかつぎこんだ。
忠義 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たれからすかして、土間へ焚火たきびをしたのに雪のような顔を照らされて、娘が縛られていたのを見ましたが、それなり目がくらんでしまったです。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その時は最早もう短い秋の日が暮れて、鳥の声も聞こえなくなっていたが、その代り真暗な杉の森の奥にチラチラと焚火たきびの光りが見えて来た。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
惜しい夜もけた。手をきよめに出て見ると、樺の焚火たきびさがって、ほの白いけむりげ、真黒な立木たちきの上には霜夜の星爛々らんらんと光って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
飯をたき味噌汁をつくった焚火たきびのおきに、縦半分にさいた干鱈をのせ、アッチアッチと言いながら指でちぎって食うのである。
飢えは最善のソースか (新字新仮名) / 石川欣一(著)
次の日の夕方、湖畔の焚火たきびを囲んでさかんな饗宴きょうえんが開かれた。大鍋おおなべの中では、羊や馬の肉に交って、哀れなシャクの肉もふつふつえていた。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
乳色のもやに隔てられて、赤い焚火たきびのあり場所がひどく遠いもののように見えた。すぐに起きだした。その周囲にいる仲間の姿もぼやけていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
にしろ附近ふきん医師いしらしいものはないところなので、漁師達りょうしたちってたかって、みずかせたり、焚火たきびあたためたり、いろいろつくしましたが
時は三月で、まだ余寒がきびしく、ぶるぶる震えながら鹿沼在を出かけましたが、村端むらはずれに人力車屋くるまやが四、五人焚火たきびをして客待ちをしております。
火勢かせいは一段と強くなった。それから先はもう困らなかった。明るい、そしてあたたかい焚火たきびが、どんどんと燃えさかった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その人たちが惜げもなく腕や肩を出して、焚火たきびのかがりの廻りにいたり、朝、原っぱを歩いていたりする景色は、とても楽しい生きた画であった。
コワゴワその場所に至れば、乞食がそこに泊まり込み、寒さを防ぐために焚火たきびをしてあたっていたのであったとのこと。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
穴釣りはどうかと思はれるどんより暖い曇天どんてんで、富士の姿は全く見えなかつた。旭ヶ丘の宿を朝五時に出たが、案内小屋にはもう焚火たきびが燃えて居た。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
教員は日光と炉の焚火たきびと同じであるか違ふものであるかの判断はつかなかつた。教員の窮理の学はここで動揺した。父は威張つてそこを引きあげた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
寒さで真青になりながら、禰宜様宮田が二度目に川から帰って来ると、もう仲間共は木片を集めてボンボン焚火たきびをし、暖かそうに眼白押しをしている。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
通りは警察がやかましいので、昔のように大仕掛おおじかけな焚火たきびをするものもないが、少し裏町にはいると、たきぎを高く積んで火を燃している家などもあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかし、寒中に焚火たきびをしてもいわゆる「涼しさ」は感じないところを見ると、やはり平均気温の高いということが涼しさの第一条件でなければならない。
しきりに焚火たきびをしようと焦ってござるが、風が吹く、雨が降る、その上燃料が湿っているので火はなかなか付かぬ。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
焚火たきびにあたって、きかなくなった馬の前脚をじっと見つめながらも考えこんだまま暮すような日が幾日も続いた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「頭も着物も濡れて泥だらけだ、起きられたらあっちの火の側へ来な、焚火たきびにあたればすぐに乾くだろうから」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は急いであとへ引き返し、曲がりかどを左へ折れると、坂の頂上にちらりと明りが見えた。その灯の赤さによって、「焚火たきびをしているな。」と彼は思った。
そのところどころに雪を解かして焚火たきびが燃えていた。高山系の植物が、隊列を作って黒い幹を露出していた。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
訶和郎は飛び起ると足で焚火たきびを踏み消した。再び兵士たちの鯨波ときの声が張り上った。二人は馬に飛び乗ると、立木に突きあたりつつ小山の頂上へ馳け登った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
つては音楽祭だと云ふので辻辻つじ/\焚火たきびが行はれ、男の等は爆丸はぜだまを投げて人を驚かし、又大通おほどほりには音楽隊を先に立てた騎馬の市民の提灯ちやうちん行列があつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
彼女は火の上に身體をげて、焚火たきびの光で祈祷書のやうな小型の黒い表紙の本に讀み入つてゐるらしかつた。
宿のあるところまで急ぐだ、庭に焚火たきびして、一服しながらあたるだよ。驢馬にゃ熱いまぐさをたらふく喰わしてやる。明日の大和の市がすんだら、堤川行きだでな。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
ほとんど死骸も同然であったが、焚火たきびをするやら、湯を沸かすやら、手を尽した介抱に、善太郎氏も一郎も二郎も、日頃健康な人達のことゆえ、難なく気力を恢復した。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして、家へ帰ってみると、玄関前に焚火たきびをしたばかりのあとがあった。それは葬式の送火であった。
葬式の行列 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
雪の中で寝るのに一番大切なことは焚火たきびをすることであるそうである。それは極めてもっともな話であるが、厳冬の雪の山で焚火をするのは決して容易なわざではない。
働いたのは島の海女あまで、激浪のなかを潜っては屍体を引き揚げ、大きな焚火たきびいてそばで冷え凍えた水兵の身体を自分らの肌で温めたのだ。大部分の水兵は溺死した。
(新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
焚火たきびけむりが威勢よく舞いあがっている前に、ゆうべは夜明かしであったと笑いながら話している職人もある。立ち停まって珍しそうにそれを眺めている人たちもある。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
焚火たきびに暖まっていると、きょうは、七月の二十三日だのに、という声が、一行の中から洩れた。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
秋の末のことで、みぞれでも降つて来さうな空合ひであつた。林檎林りんごばやしのところ/″\に焚火たきびがされてゐた。その火が、三人の話してゐる大学生の部屋の窓からチラ/\見えた。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
「そんなに焚火たきびに当ると顔が真黒になるよ」と云ったら、末の子が、「いやあーだ」と答えた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陰気な、沼蛙ぬまがえるの声がするだけの寂漠たる天地。天幕テントのそばの焚火たきびをはさんで、カムポスと折竹が火酒カンニャをあおっている。生の細茅サベジニヨスにやっと火が廻ったころ、折竹がいいだした。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
日あたりのいい停車場の廊下に来て、うずくまっては例の子守女にからかわれている、雪の降る日、氷雪みぞれの日、少年は人力車夫の待合に行って焚火たきびにあたることを許される。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
それは二年前には閲兵式の時の皇帝の席をささえていた円柱であった。グロス・カイヨーの近くに宿営していたオーストリア軍の陣営の焚火たきびのために所々黒くすすけていた。