せん)” の例文
「いいえ、そんな事はありません。どうせ僕は飲まないんですから。どうです、いま召し上りませんか。一本、せんを抜きましょう。」
やんぬる哉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
すなわち、ドア向うの壁に、三つ並んでいる洗手台のせんを開け放しにして、そこから溢れてくる水に、自然の傾斜を辿たどらせたのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
口のけてある瓶は、いでしまふ度にせんをして、さかさに閾に寄せ掛けて置くのである。八は妙な事をするものだと思つて見てゐる。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
燃料を満載してある上に、しかも発火すると同時に出口が人間で閉塞へいそくし、その生きたせんが焼かれる仕掛けになっているからである。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
揚句あげくはて踏張ふんばりせんが一度にどっと抜けて、堪忍かんにんの陣立が総崩そうくずれとなった。その晩にとうとう生家を飛び出してしまったのである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その大きな部屋には、今はただ光の弱い電燈一つだけがビールのせんの上で輝いていた。外もやはりまだ深い暗闇で、吹雪ふぶきのようだった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
やがて、戸を閉め切って、ガスのゴム管を引っぱり上げた。「マダム、今夜はスキ焼でっか」階下から女給が声かけた。せんをひねった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
城太郎は、竹筒のせんを抜いてから、中をのぞいた。吉岡道場の返書はたしかに入っている。やっと安心して、またくびへかけながら
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私はまだほや/\の怪しげな京言葉で礼を言つたが、実はまだラムネなるものを飲んだことがなく、せんの抜き方も知らなかつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
鼻孔にはわたせんが血ににじんでおり、洗面器は吐きだすもので真赤に染っていた。「がんばれよ」と、次兄は力のこもった低い声で励ました。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
それから、薬品のならんだ棚から、ある薬品の入ったびんをとると、せんをぬいて、無色の液体をすこしばかり試験管につぎこんだ。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
せんをねぢって瓦斯ガスを吹き出させ火をつけたら室の中はにはかに明るくなった。署長はまるで突貫する兵隊のやうな勢でその奥の室へ入った。
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
おまけに、明治が大正に変わろうとする時になると、その中学のある村が、せんを抜いた風呂桶ふろおけの水のように人口が減り始めた。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
船に仕掛けをこしらへて、中流で沈めにかゝつたのは、あの三吉でございますよ。私は船底のせんを拔かせまいと思つて一生懸命組打をしました。
そして、大通りを曲って自分の家のある路地へ這入はいると直ぐ、其処にある水道せんで、彼の妻が洗い物をして居た。彼が不意に
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
水道のせんからほとばしるように流れ落ちて来る勢いの好い水の音を聞きながらなべの一つも洗う時を、この婆やは最も得意にしていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
富岡は、褞袍にも着替へないで、ゆき子の枕もとで、ウィスキーのせんをあけて飲んだ。雨風はますますひどくなつて、家が時々風にゆれた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
片手に洋傘こうもり、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗きれい禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるでせんをはめたように見える。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
木挽の治平が角材を枠にかけ、き目に時々せんを打ち込んでは、膝を立て腰をあげさげして、鋸をズイズイと入れている。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
肩から吊した水筒を外し、せんをとった。強いウィスキイの香が拡がった。口をつけて水筒を傾けた。舌を焼くような液体が咽喉へ落ちて行った。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
今度こんどは『召上めしあがれ』といた貼紙はりがみがありませんでしたが、それにもかゝはらずあいちやんはせんいてたゞちにくちびるてがひました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
かれはそれでも煙管きせるして隙間すきまから掛金かけがねをぐつといたらせんさしてなかつたのですぐはづれた。かれくらしきゐまたいでたもと燐寸マツチをすつとけた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
子供を抱いたかみさんが、土間の通り路で着物の前を開けさせて、水道のせんを抜いたような音をさせているのである。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
試みにせんをひねってみると水は音を立てて勢いよくほとばしり出た。窓は大きく取ってあって寝台の上に坐りながらなお外が見通されるくらいであった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
どのビンせんなしには置かないし、開いたガラス瓶には必ず紙のふたをして置く。くずも床の上に散して置かないし、悪い臭いも出来るだけ散らさぬようにする。
教えられたとおりに、徳利のせんを抜いて口移しに湯をすすった。太息を吐いて、いくらか安らかな気持になって
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
『これが水道ツて言ふんですよ。ござんすか。それで恁うすると水が幾何いくらでも出て來ます。』とお吉は笑ひながらせんひねつた。途端とたんに、水がゴウと出る。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
管絃楽は、ベートーヴェンの序曲を几帳面きちょうめんに演奏し、それから円舞曲ワルツを猛然と演奏した。タンホイゼルの巡礼が奏されてる間に、酒瓶さけびんせんを抜く音が聞えた。
さっき自分がひねったせん口に釘付けにされたまま、人形の眼のように動かなくなってしまった。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
女中ねえさんかい、その水を流すのは。」閉めたばかりの水道のせんを、女中が立ちながら一つずつ開けるのをて、たまらずなじるように言ったが、ついでにこの仔細しさいも分かった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その中に入れてあった薬を手早くかたえの紙へあけて、その代りに、いま書いたお松への返事の手紙を入れてしまって元のようにせんをして、障子を前よりはもう少し広くあけると
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
浅い透明な湯が、桃色の皮膚に映えて揺れていた。ブラドンは自分も衣服を脱ぐていをしながら、湯の中へ手を入れてみた。そして、すこし微温ぬるいようだといって、湯のせんひねった。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
鼠股引ねずみももひきの先生は二ツ折にした手拭てぬぐいを草にいてその上へ腰を下して、銀の細箍ほそたがのかかっている杉の吸筒すいづつせんをさし直して、張紙はりこ髹猪口ぬりちょくの中は総金箔ひたはくになっているのに一盃ついで
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いい気味! と光代は奪上とりあげ放しに枕のせんを抜き捨て、諸手もろてに早くも半ば押しつぶしぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
私はなんだかいやな気がして、その女から眼をそらしながら、ふとその眼を私がときどきふんづける小さなやわらかなものの方へ持って行くと、それが三鞭酒シャンパンせんらしいことを認めた。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
先刻泥吐口どろはきを抜こうと思って池の中に入ったんだが、口が赭土をくわえこんでいるのか、なかなかせんが動かんので骨折ったところだ、どうしても捕まえにゃ腹がえん、と話しながら
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
取り出した物は大きなびん、彼はたもとからハンケチを出して罎の砂を払い、更に小な洋盃コップ様のものを出して、罎のせんぬくや、一盃いっぱい一盃、三四杯続けさまに飲んだが、罎を静かに下に置き
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
けれどほんのちょっと会っただけなので、そうも出来かねて、水道のせんをひねった。
丁度耳にせんをした時の様に、ツーンとあらゆる物音が聞えなくなって、謂わば良心が聾になって了って、その代りには、悪に関する理智が、とぎすました剃刀かみそりの様に、異常に鋭くなり
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
平常はせんがしてありますが、雨が降って来ますと、亜鉛の漏斗じょうごの大きなのを挿入れます。夕立の激しく降る時にはひどい音がしますし、あられなどは撥返はねかえって、見ているのが面白いのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
酒樽のせんが自然にはずれて酒があふれ出したとか、意地の悪い姑が死んで七日目に棚の徳利が落ちて嫁の頭に当たったとかすれば、いかにも霊魂がいまだ家の中に留っているごとくに感じ
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
俺も釣られて、吐き気を催しそうになり、これはいかんと耳に指でせんをした。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
それへ曲り三四軒くと左側の板塀に三尺のひらきが付いてあるが、それから這入はいれば庭伝い、右のほうの四畳半の小座敷にお國源次郎が隠れいる事ゆえ、今晩私が開きのせんをあけて置くから
そうして眼のたまをコスリまわしながらよく見ると、すぐ足の爪先の処に、今の騒動のお名残りの三切れのパンと、野菜の皿と、一本のフォークと、せんをしたままの牛乳の瓶とが転がっている。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
せんを買わんためにリエージュ(訳者注 キルク栓の意)の町に手紙を書き
そうすると柴は穴のせんにはならずに、するすると穴の中に入っていった。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
予審判事の書記が寄れる卓子ていぶるの足の下に転がりて酒瓶さけびんの栓のりし事をも記臆し、そのせんはコロップにて其一端に青き封蝋ふうろうそんしたる事すらも忘れず、此後こののち千年生延いきのびるとも是等の事を忘る可くもあら
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
わたしのいない間に、母は新しい隣人りんじんから、灰色の紙にしたためた手紙を受取っていた。しかもそれをふうじた黒茶色の封蝋ふうろうときたら、郵便局の通知状か安葡萄酒やすぶどうしゅせんにしか使わないような代物しろものだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
浜田がビンのせんを取ると
前哨 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
せんひねり水爽やかにほとばし
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)