えぐ)” の例文
アケスケにえぐり付け、分析し、劇薬化、毒薬化し、更に進んで原子化し、電子化までして行くために生れた芸術界の鬼ッ子である。
探偵小説の真使命 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まるで、悲しむような、それでいて、異常な興味をたたえている、えぐるような視線を、船待ちの屍体のうえに注いでいるのだった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
中にも一枚岩の河床が雨樋のようにえぐれて、一丈近い飛瀑を奔下させている上を徒渉した時には、皆危く足をさらわれる所であった。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
心臓を一えぐりにやられたということであったが、顔には苦悶くもんあともなく、微笑しているのかと思われる程、なごやかな表情をしていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
才気をもった姉さんは捨吉の腹の底をえぐるようなことを言った。姉さんは半分串談じょうだんのようにそれを言ったが、思わず捨吉は顔を紅めた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それはズッシリと重い頭が永く載っていたらしく真中がえぐったように引込んでいた。僕は蒲団の中で、ソッと手を伸ばしてみた。
鍵から抜け出した女 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たとえ、亡霊でも、悪魔でも、ふたたび自分に魔の手を伸し、心臓をえぐり取ろうとするまでは、こちらから手出しはできないとおもった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
あるいは伍子胥ごししょとなっておのが眼をえぐらしめ、あるいは藺相如りんしょうじょとなって秦王しんおうしっし、あるいは太子丹たいしたんとなって泣いて荊軻けいかを送った。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
同時に、その脾腹ひばらへ深く刺しこんでいた彼の手の短刀が、しずかに王倫の立ち往生のままな苦悶をえぐっていた。……ポト。ポト。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
村人は総出になったが、火はふくれ拡がり、深く野の胴腹どうばらえぐって山麓の方に、怒濤どとう状の起伏を音響のある火風になって押し寄せて行った。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
このあたりにもう人間は生活を営み、赤ん坊さえ泣いているのであろうか。何ともいいしれぬ感情が私の腸をえぐるのであった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
こんなぶざまな目に遭わせやがった、老いぼれの不具かたわだ。もう一人は、己が心の臓をえぐり出してくれようと思ってる餓鬼だ。さあ、兄弟——
川幅がひろがって大きく曲る左岸の、えぐったように岸へ侵蝕しんしょくしたところによどみがあり、そのみぎわに沿って葦は生えていた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ラランのやつにだまされたとづいても、可哀かあいさうなペンペはそのえぐられた両方りやうほうからしたたらすばかりだつた。もうラランのばない。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
「親の敵!」という悲痛な叫びと共に、匕首あいくちが闇に閃いたかと思うと、彼は左の脇腹をえぐられて、台所口の敷居の上に、のけざまに転倒した。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
あの花魁のはえぐってあるんだそうですから、何か遺恨いこんがあって、つまり恋の恨みだろうと言って、もっぱらの評判でございますよ
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
反対あべこべに世話をしてやらねばならなくなったことを思うと、父親の丹七は、短刀をもって胸をえぐられるほど辛かった。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
三度目に、○、まるいものを書いて、線のはしがまとまる時、さっと地を払って空へえぐるような風が吹くと、谷底のの影がすっきりえて、あざやかに薄紅梅うすこうばい
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、わたくしどもにむかって身上噺みのうえばなしをせいとッしゃるのは、わばかろうじてなおりかけたこころ古疵ふるきずふたたえぐすような、随分ずいぶんむごたらしい仕打しうちなのでございます。
乙に言葉をからんでは有るけれど全くえぐる様に聞こえる、此の抉り方は女の専売で、男には何うしても出来ぬ事だ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
鵜呑うのみにして埋めて来たかなしみがえぐりだされるのだ、「蝦夷のうぐいすめは季節の去就にまよっておるのじゃ、たわけものが、ろくなことはあるまいさ」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
眺めますと夏蜜柑の皮の裏のように丸くぽっこりえぐれている真ん中に大きな水晶のかんざしのようなシャンデリアが沢山のぴら/\を垂らして釣り下っています。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その、うしろ姿の波打つような肩の呼吸から、何事か、この一言がひどく彼の胸をえぐったことを物語っていた。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
というのを突込んだなり呑口を明ける様にぐッぐッとえぐると、天命とはいいながら富五郎はばた/\苦しみまして、其の儘うーんと呼吸いきは絶えました様子。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
えぐるような恋ごころとの、辛い甘い、ふしぎな交錯に身をゆだねて、ひとり居間にたれこめていた萩乃は、侍女にせきたてられて白の葬衣をまとい、さっき
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
机の上の傷は小刀ナイフで白くえぐった傷である。X形のもあればS形のもある。ある傷は故意に付けたものだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
私もうかっとなって、胸がこんなに脹れ上って、この野郎と思うと、初めおどかすつもりだったのが本気になって、出刄庖丁で一つぐいとえぐってやろうとしたよ。
人間繁栄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
他人に盛った毒をまず自分があおらねばならないような立場を、彼は胸をえぐり取られるように感じた。罪に立とう! 彼はいっさいのものに対して目を瞑ろうとした。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
人を刺して、いきなりえぐるのは、武芸の心得のある者だ。素人のめくら突きではない。——曲者はあの晩加島屋に三百両の金が用意してある事を知っている武家だ。
おも下町したまちをあらして歩いたんですが、なにしろ物騒ですから暗い晩などに外をあるくのは兢々びくびくもので、何時いつだしぬけに土手っ腹をえぐられるか判らないというわけです。
半七捕物帳:18 槍突き (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
僕にとって、認識するとは、生身をえぐることであり、血を流すことであった。そして、今、僕の誠実さの切尖が最後の心臓に擬せられたからとて、僕は躊躇ためらうだろうか。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
しゅッと一せん、細身の銀蛇ぎんだが月光のもとに閃めき返るや一緒で、すでにもう怪しの男の頤先あごさきに、ぐいと短くえぐった刀疵が、たらたら生血なまちを噴きつつきざまれていたので
小谷が、劔附近特有の、いわゆる「窓」の形にえぐれた口から、滝になって白珠を散らしながら落ちて来る。窓の奥には、仙人山の側尾根が、石筍を幾本も押立てている。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
痛烈つうれつ骨をえぐるが如き筆をもって、縦横無尽、完膚なきまでに解剖し、批判したものである。
ごつごつした岩は不恰好に海面から五メートルばかり突き出し、波にえぐり取られ風化したその固いでこぼこのあいだに、ちょうどすっぽりとぼくの身体が入るほどの窪みがある。
はやい秋 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼奴あいつのどてっ腹をえぐった奴は、大きな声じゃ言えないけれど、おれはよく知っている」
負けない男 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
孝孺いよ/\奮って曰く、すなわち十族なるも我を奈何いかにせんやと、声はなははげし。帝もと雄傑剛猛なり、ここに於ておおいいかって、刀を以て孝孺の口をえぐらしめて、また之を獄にす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
えぐり取ったと云うそれと動機は異なるけれどもその志の悲壮ひそうなことは同じであるそれにしても春琴が彼に求めたものはかくのごときことであったか過日彼女が涙を流して訴えたのは
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ご旅行の方! この、ちょっとした言葉が、針のように鋭く竜太郎の耳をえぐった。
墓地展望亭 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
最近強壮の肉体を持った若い男子が頻々として行衛ゆくえ不明となるということ、そうして夫れらの不幸の男子は、きまって心臓をえぐられて、市中、郊外、海、堀などに、所嫌わず遺棄されて
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
胸をえぐるような感動、そういう特質があるとは、夢にも知らなかった。それにさ、読み方も手に入ったものだ。ほかのものなら、もっと頭で行くところだ。もっと派手に行くところだ。
御婦人のある場所をえぐり取ったとみえて、これも白くカラカラに乾干らびきった皮膚が、ただ一掴みの毛だけはそのままに綿にくるまって出てまいりました時には、その場におりました者七
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
目玉だけえぐり抜いて料理することはないから、目玉の周辺の肉なり骨なりに擁護されて、その中に点じられている目玉を周辺とともに料理することになるのだが、これは焼いて食う法もある。
西園寺公の食道楽 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
あごから、耳の下をくびに掛けて、障ったら、指に軽い抗抵をなしてくぼみそうな、鵇色ときいろの肌の見えているのと、ペエジをかえす手の一つ一つの指の節に、えぐったような窪みの附いているのとの上を
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
三代目ということは、日本の川柳で極めてリアルにえぐって描写されているが、今から先の三代目という時代の日本というものを文化の面でも切実深甚に考慮しなければならないのだろうと思う。
明日の実力の為に (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そして、水源にえぐり込んだ深渓には、四季雪原と雪橋が消えないのだ。
利根の尺鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その前へ毛氈もうせんを二枚敷いて、床をかけるかわりにした。鮮やかなの色が、三味線の皮にも、ひく人の手にも、七宝しっぽう花菱はなびしの紋がえぐってある、華奢きゃしゃな桐の見台けんだいにも、あたたかく反射しているのである。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
野辺の送りのさまざまな行事がとり行われている間は、わたくしの劇しい苦しみは、気でも狂うかと思われるほどでしたが、それは、いわば胸をえぐられでもするような、肉体的な苦しみでありました。
(新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
漆戸を喪った悲しみが、そんなにもお前の胸を鋭くえぐったのか。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
職業軍人のだらしなさは敗戦日本の肺腑はいふえぐる悲惨事である。
咢堂小論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)