いじ)” の例文
と、再びぞろぞろと裏へ来て見ると、炭焼の作兵衛は、その跫音にも気づかずに、三番竈の目塗りをしきりにいじっている様子なので
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は非度く神経的な手附で屍体をいじり始めた。屍体は既に冷却し完全に強直してはいるが、その形状は宛ら怪奇派の空想画である。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
南はもう一度荷物を開けて中から双眼鏡を取り出すと、こ奴かびっくりさせたのは、と云いたげなにたりとした表情でいじってみていた。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
礼儀ただしいのでからだをこごめて坐っているが、退屈をするとびんの毛の一、二本ほつれたのを手のさきでいじり、それを見詰めながらはなす。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は好い気になって、書記の硯箱すずりばこの中にある朱墨しゅずみいじったり、小刀のさやを払って見たり、ひと蒼蠅うるさがられるような悪戯いたずらを続けざまにした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乾山の陶器を見るたびに、もし乾山が土をいじっていたら……と思わずにはいられないのであるが、彼はそこまでの精力を欠いたのであろう。
乾山の陶器 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
この問いに対して、お浪は捗々はかばかしい返事をしなかった。彼女はお仙が出してくれた団扇をいじくりながら、黙って俯向いていた。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
寒がりの叔母は、炬燵こたつのある四畳半に入り込んで、三味線をいじりながら、低い声で端唄はうた口吟くちずさんでいたが、お庄の姿を見るとじきにめた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
予備よび後備こうびか知らないが、盆栽をいじったり謡曲うたいを唸ったりして、先ず悠々自適というところだ。目黒もこの界隈は筍と共に軍人の古手が多い。
閣下 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
僕たちこっちにいる連中は、もう今までのように、ただぼんやり外国文学の本などを、いじり回すことに飽いてしまったのだ。
無名作家の日記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彦から貰った鞐もあるし、こいつあ臭えと上ってみるてえと、勘の前だが、落花狼藉よ。なあ、勘、枝をいじくった竹っ切も落っこってたなあ。
死ぬ以前からめっきり気が弱くなりまして、仏いじりばかりいたしておりましたが、これもやはり因縁なのでございましょう。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
広栄は次のへやで計算していた。黒柿くろがきの机に向って預金の通帳のような帳面を見い見い、玩具おもちゃのような算盤そろばんの玉をいじっていた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「きみはぼくらが畑にいるうちからこっちへ来て、いちばんにこっちへ来て、先生の洋服をいじっていたそうじゃねえか?」
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
どこから手に入れたか、この日は舶来はくらい解剖図かいぼうずを拡げて、それと一緒に一ちょうのナイフをいじりながら独言ひとりごとを言っています。
零下十度位になると、雪の結晶は全く安全で、どのようにいじっていてもける心配はないので、勝手に切ったり細工したりして調べることが出来る。
工手は切取られた排気管の前に立って、殺された技師の残した仕事をあれこれといじり廻していたが、急に身を起すと
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
植木いじりも好き、義太夫と接木が巧者で、或時は白井樣の子供衆のために大奉八枚張の大紙鳶だここしらへた事もあつた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
これが第一怪物ばけものである、黒くなっているうちはいじっても熱くないが火になって赤くなれば触ることさえ出来ない
大きな怪物 (新字新仮名) / 平井金三(著)
下世話げせわに、犬は貰われる時お子様方はお幾たりと尋ねるが猫は孩児がきは何匹だとくという通りに、猫は犬と違って児供にいじられるのをうるさがるものだが
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
「あれは僕の眼鏡の玉に違いないのだよ。検べて見たら形も度もこれと全く同じだと思うよ」星田はそう云って、彼の鼻の上のロイド眼鏡をいじって見せた。
平次は一応疑いましたが、辻斬の手際や、研屋を斬った腕の冴えは、どうも遊び人の長物いじりではありません。
娘は前掛のはしをいじくりながら低声でうなずいたが、そこへ戻ってくると、くるッと向うむきに起ってしまった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
珍らしそうにキューピスさんをいじくってる子供達の心より、それを見てる俺の心の方が一層喜んでいた。俺はにこにこ笑いながら、バットに火をつけて吸った。
神棚 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
狭い仕事場で小仏を小刀の先でいじっているとはまた格別の相違……青天井の際限もない広大な野天の仕事場で、拵えるものは五丈近い大きなもの、陽気はよし
趣味は草花いじりと謡曲をうなるくらいで、至極平凡な男であった。叔母は叔父とは十も年の違った、背のすらりと高い、上品な、悧巧りこうな、その上しっかり者だった。
祖母は、赤漆で秋の熟柿を描いた角火鉢の傍に坐り、煙管などわざとこごみかかっていじりながら云う。
祖母のために (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
女もしばらくは言い出づる辞もなく、ただつらそうに首をばれて、自分のひざ吹綿ふきわたいじっていたが
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
夫人はそれを見て、ひどく怒って、小翠を呼びつけて口ぎたなく叱った。小翠はつくえっかかりながら帯をいじって、平気な顔をして懼れもしなければまた何もいわなかった。
小翠 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
若い身空で女のたすきをして漬物樽つけものだるぬか加減かげんいじっている姿なぞは頼まれてもできる芸ではない。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
与里と同じく眉を険しく寄せ乍ら顫へる手先に何かしら仕事をしたりいじつたりしてゐる——黄色い顔にはさらに光沢つやといふものがなく見るからに深い老を漂はしてゐるのに
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「……あんな立派な躯をした男たちが、詰らぬ木剣いじりをしたり、水浴びをしたり、大飯を食ってごろごろ寝ているとは、一体あの男たちは世の中をどう考えているのでしょう」
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
時計はらぬ人さえ紹介を求めて見に来るので、数日のうちにいじこわされてしまった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
と彼はそこで恥しそうに着物の腰あげをいじくっている伜の手を引っ張るのであった。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この夜も六七人の子供がみんな大きな周囲まわりに黙って座りながら、鉄鍋の下の赤く燃えている榾火ほだびいじりながらはなしている老爺おやじ真黒まっくろな顔を見ながら、片唾かたずを呑んで聴いているのであった
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
連は中年の岩丈な船員風の男で、長い口髭をいじりながら、太い声で青年の言葉に合槌を打っていた。二人は以前余程親しい間柄で、久時しばらく別れていて、つい其日始めて出会ったらしかった。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
一知もラジオいじりさえ許してもらえれば……という条件附で承知したもので、その纏まり方の電光石火式スピードというものは、万事に手緩てぬるい村の人々をアッと云わせたものであったが
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
暫らく凝乎じっと彼女をみつめ続けて居ると彼女は時折眼鏡の懸具合が気になるらしく真白い指先で眼鏡の柄をいじくるのでありますが、——それは間違い無く眼鏡の故障を立証する所作であって
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
……。尤も、定太郎のせいばかりじゃない。子供のときから親父のいいなり次第。張りのねえ男で、しみったれが盆栽をいじるようにすっかり枝をめられてしまったせいなんでしょうが……
何やら考え込みながら自分の持っている大きな黄金の刻印をいじったりしていた。
ソレに君がこんな大造たいそうな長い刀をいじくると云うのは、君に不似合だ、すがい、御願おねがいだからしてれ。論より証拠、君にはこの刀は抜けないにきまって居る、それとも抜くことが出来るか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ただに医者いしゃとして、辺鄙へんぴなる、蒙昧もうまいなる片田舎かたいなかに一しょうびんや、ひるや、芥子粉からしこだのをいじっているよりほかに、なんすこともいのでしょうか、詐欺さぎ愚鈍ぐどん卑劣漢ひれつかん、と一しょになって、いやもう!
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
バイロン卿が世に現われはじめていた。ミルボアのある詩の注には次のような言葉で彼をフランスに紹介していた、あるバイロン卿とかいう者。ダヴィッド・ダンジェは熱心に大理石をいじくっていた。
のみならず以来は長吉に三味線をいじる事をば口喧くちやかましく禁止した。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
出していじってみるのが関の山で、いまでは荷厄介にやっかいです。
云う人は極めて真面目であるが、云われる方は余り馬鹿馬鹿しくて御挨拶ができぬ。お葉はある岩角に腰をおろして、紅い木葉このはいじっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
とあまりに度はずれなやすさに吃驚びっくりしてしきりに蒲団をいじり廻している私の側へ来て、親父も愉快そうに蒲団を撫でます。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
赤児が持っている一種の厭なにおいのようやくぬけて来た正一を、笹村は時々机の傍へ抱き出して来て、いじりものにした。そしてしまいには泣かした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
クリヴォフ夫人は、それまで胸飾りのテュードル薔薇ローズ(六弁の薔薇)をいじっていた手を卓上に合わせて、法水に挑み掛るような凝視を送りはじめた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その孫の家には一羽の鸚鵡おうむを飼ってあったが、急に死んでしまったので、こどもが持ってきて孫の榻の傍でいじっていた。
阿宝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)